
Episode 9 もしも、この店がなくなったら?
午後のCafé Solas。
いつもの席。
いつもの三人。
ケンタが突然、カップを置いた。
「なあ」
「もしさ」
タクヤが嫌な顔をする。
「その入り方、だいたい面倒な話だろ」
「いや、今回は普通」
ケンタは言う。
「この店がなくなったらどうする?」
一瞬、静かになる。
「……普通じゃないな」
タクヤが言う。
「開始三秒で重くなった」
アキラが続ける。
「いや、例えばだよ」
「もし突然、明日からCafé Solasがなくなったら」
ケンタは店内を見る。
「俺ら、何してるんだろうな」
タクヤは少し考える。
「普通に仕事してるんじゃない?」
「現実的だな」
「じゃあアキラは?」
ケンタが聞く。
「変わらない」
アキラは即答する。
「変わらない?」
「場所がなくなっても、人間関係まで消えるわけではない」
「また難しいこと言う」
タクヤが笑う。
「じゃあさ」
ケンタが続ける。
「過去に戻れるなら?」
「この店を始める前に戻る?」
「戻らない」
アキラ。
「早いな」
ケンタが笑う。
「理由は?」
「同じ選択をする可能性が高いから」
「出た」
タクヤが言う。
「アキラの“どうせ同じことする”理論」
「実際、そうだろ」
ケンタは少し笑う。
「じゃあ宇宙人が来たら?」
「この店紹介する?」
「コーヒーを出す」
タクヤ。
「そこ変わらないんだな」
「異文化交流だから」
「宇宙人、困るぞ」
ケンタが笑う。
「超能力使えたら?」
今度はタクヤが聞く。
「この店を未来から見る?」
「過去を見る?」
ケンタは少し考える。
「……いや」
「たぶんスプーン曲げる」
「まだそこなのか」
アキラが言う。
三人が笑う。
しばらくして。
ケンタが窓の外を見る。
「なんかさ」
「変だよな」
「何が?」
タクヤ。
「俺ら、ずっとくだらない話してるじゃん」
「否定できないな」
アキラ。
「宇宙人とか」
「超能力とか」
「無人島とか」
「布団な」
タクヤが追加する。
「布団は重要だろ」
ケンタが返す。
少し笑う。
「でもさ」
ケンタは続ける。
「たぶん俺、内容あんまり覚えてないんだよ」
「覚えてないのかよ」
タクヤが笑う。
「でも」
ケンタは店を見る。
「なんか覚えてる」
アキラとタクヤが黙る。
「この席で話したこととか」
「くだらないことで笑ったこととか」
「そういうのってさ」
「内容じゃなくて、時間なんじゃないかな」
少し間。
タクヤがカウンターを見る。
「じゃあ、この店って何なんだろうな」
アキラが答える。
「コーヒーを出す場所だ」
「それだけ?」
ケンタ。
「それ以上を決める必要はない」
タクヤが笑う。
「相変わらずだな」
アキラは少しだけ笑う。
「でも」
「ここで何が起きたかは、ここにいた人間が決める」
ケンタはカップを見る。
「じゃあさ」
「俺らがここでくだらない話してたのも」
「意味あったのかな」
タクヤが肩をすくめる。
「知らない」
「即答かよ」
「でも」
タクヤは続ける。
「意味があるか考えてる時点で」
「たぶん大事だったんじゃね?」
少し沈黙。
アキラが新しいコーヒーを淹れる。
いつもの音。
いつもの香り。
いつもの時間。
「なあ」
ケンタが言う。
「明日もこの話する?」
「しないだろ」
タクヤ。
「なんで?」
「忘れてるから」
「ひどいな」
ケンタが笑う。
「でも」
アキラが静かに言う。
「また別の話をする」
三人は顔を見合わせる。
「……それでいいか」
ケンタ。
「それでいい」
タクヤ。
「十分だ」
アキラ。
窓の外。
夕方の光が、店の床に伸びていく。
Café Solas。
特別なことは、何も起きない。
ただ。
今日も三人がここにいて、
くだらない話をしている。
それだけだった。