
Episode 10 灯りの記憶
夜。
雨。
閉店から、もう三十分が過ぎていた。
Café Solasの照明は、いつもより少しだけ暗い。
客のいない店内には、コーヒーの香りと、窓を叩く雨音だけが残っていた。
それでも。
三人は、まだ帰っていなかった。
「……なあ」
ケンタがテーブルに頬杖をつく。
「今日さ」
「その顔、また何か考えてるな」
タクヤが笑う。
「閉店は終わっている」
アキラはカップを拭きながら言った。
「いや、そうじゃなくてさ」
ケンタは店内を見渡す。
「この店って……何の店なんだっけ?」
「カフェ」
タクヤが即答する。
「コーヒーを出す場所だ」
アキラも続ける。
「いや、それは分かってるんだけど」
ケンタは苦笑する。
「なんかさ」
「俺ら、喋りすぎじゃない?」
「今さら?」
タクヤが言う。
「統計的には初日からだな」
アキラが答える。
「統計取ってたのかよ」
ケンタが笑う。
少しだけ、静かな時間が流れる。
ケンタはテーブルの木目を指でなぞった。
「最初はさ」
「ただのカフェだったよな」
「今もだろ」
タクヤが言う。
「でもさ」
ケンタは続ける。
「いつの間にか、変な話ばっかりする場所になったじゃん」
「宇宙人」
タクヤ。
「超能力」
アキラ。
「無人島」
タクヤ。
「……全部俺発信じゃん」
ケンタが気づく。
「因果関係は明確だな」
アキラが言う。
「認めたくないな、それ」
三人が笑う。
でも、そのあと。
少しだけ沈黙が落ちた。
雨音が、店の中に広がる。
「なあ」
ケンタが小さく言う。
「この店ってさ」
「結局、何なんだろうな」
タクヤは少し考える。
「カフェだろ」
「それ以外」
アキラがカップを置く。
「会話が生まれる場所」
「……言い方が固いな」
「でも間違ってない」
タクヤが言う。
ケンタは窓を見る。
「じゃあさ」
「もし俺らがいなかったら?」
「この店、どうなるんだろうな」
「普通に営業する」
タクヤ。
「静かなカフェになる」
アキラ。
「……それ、なんか寂しくない?」
ケンタが笑う。
アキラは少し考える。
「店は、誰かがいなくなっても店だ」
「冷たいな」
ケンタが言う。
「事実だ」
アキラは変わらない。
でも。
少し間を置いて。
「ただ」
「そこで過ごした時間までは消えない」
ケンタが顔を上げる。
タクヤも何も言わない。
アキラは続ける。
「場所に価値を与えるのは、場所ではない」
「そこにいた人間だ」
少しの沈黙。
「……珍しくいいこと言うじゃん」
ケンタが笑う。
「珍しくは余計だ」
アキラが返す。
タクヤが立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「え?」
ケンタが驚く。
「もう終わり?」
「店はな」
タクヤが言う。
「話は終わってないだろ」
アキラが小さく笑う。
「記録は続く」
「続くって何だよ」
ケンタが笑う。
「知らない」
タクヤが答える。
「でも、たぶんまた話す」
その言葉に、三人は少しだけ笑った。
ドアへ向かう。
カラン。
ベルの音が静かな店内に響く。
三人が外へ出る。
雨の夜へ。
誰もいなくなったCafé Solas。
テーブルの上には、飲みかけのカップ。
カウンターには、まだ少し温かいコーヒーの香り。
照明は、完全には消されていなかった。
誰かを待っているように。
誰かが戻ってくるように。
小さな灯りだけが、静かに残っている。
この場所に何が残ったのか。
答えは、まだ分からない。
でも。
確かにここには、誰かと過ごした時間があった。
それだけで十分だった。
――Café Solas
Season 1 完