
Episode 4:扉のむこうにあるもの
午後のCafé Solas。
店内は一瞬、雨上がりの静寂に包まれていた。
「ねえ」
ケンタが、カウンターから身を乗り出すように言った。
「裏の物置の扉、あれさ。
もし開けたら異世界につながってたらどうする?」
「急だな」
タクヤが笑う。
「またケンタの妄想劇場?」
アキラがカップを置きながら肩をすくめる。
「いや、ちょっと真面目に。
異世界っていうより、“違う人生への扉”って考えてみたらさ」
ケンタが静かに続ける。
—
「たとえば、大学で違う専攻選んでたら?とか」
タクヤが頷く。
「今の仕事じゃない道を歩いてたらどうなってたかな」
アキラが窓をちらっと見ながら言う。
—
ミユキが厨房から現れ、エプロンのポケットに手を入れながら問いかける。
「後悔ってある?選ばなかった道にさ」
「ちょっとはね。例えば僕、昔ミュージシャン目指してた。
でもあの舞台で逃げて、それっきり……でも、あれがなかったら今の“ケンタ”にはなれなかったかもって思う」
ケンタが苦笑する。
—
ミユキはカップを置くと、少し遠くを見つめながら柔らかく言った。
「あのまま別の道を選んでいたら、たぶんもっと安定した暮らしがあったはず。
でも、こんなに毎日誰かと笑い合える時間を知れたのは、今の私が初めてなんだよね」
—
アイは静かにスケッチブックを閉じた。
「絵を描き続ける選択をした時、
“普通の道”から完全に外れた気がした。
でも違う扉選んでたら、多分“私”って存在も今ここにはなかったと思う」
—
タクヤはカウンターにもたれかかりながら呟く。
「俺さ、父親の言う通りに進学してたら、たぶん研究室の隅で黙って過ごしてた。
人との距離感が、もう少し遠かったかもしれない」
—
アキラがふと口を開く。
「写真家になる夢、途中で降りた。
現実は安定してたけど、どこか心が空っぽだった。
でも今、誰かの“今”に寄り添えるこの場所がある。
選ばなかった道への悔いは、ここの空気が埋めてくれてる気がする」
—
ふと、佐知が窓辺から声を上げた。
「私、昔……医療関係の道を目指してたの。
でも、心がついていかなくて。
あの頃、誰にも言えなかったけど——
物置の扉、開けてたらきっと、誰にも出会わない世界だったと思う」
—
沈黙が落ちる。
それぞれが、“もう一つの選択肢”に思いを馳せていた。
—
「じゃあ今ここにいるってことは、たまたま扉を開けなかったってこと?」
ケンタが問いかける。
「ううん。きっと、“ここに続く扉”を選んだからだよ」
佐知が言う。
「選ばなかった道にも意味があるし、選んだ先の風景にも意味がある。
このカフェって、そういう“結果”が重なった場所なのかも」
アイが呟く。
—
その時、風がふわりと物置の扉を揺らす音がした。
誰も動かなかった。
それは、開けないことで守ってきた現在への、静かな肯定のようだった。
—
Café Solas。
それぞれの“選ばなかった人生”が、今の温もりを少しだけ際立たせていた。
そして店内には、
今日もまた、“今”に灯る静かな光が満ちていた。