
☕ Café Solas — season3 Episode 1 『その女、突如として現る』 〜 新しい風が、ベルを鳴らした― A New Breeze Rings the Bell ―
午後のCafé Solas。
窓から差し込む初夏の陽射しが、
木のテーブルにやわらかな影を落としていた。
カウンターではアキラが静かにコーヒーを淹れ、
厨房ではケンタがプリンの仕上げに向き合っている。
奥の窓際では、
タクヤがノートパソコンを開き、
店のSNS用に写真を選んでいた。
今日も、いつもと変わらない午後。
そんな時間が、この店にはよく似合う。
「なあ」
ケンタが厨房から顔だけ出した。
「最近さ」
「なんだ?」
アキラはドリッパーから目を離さない。
「時間が過ぎるの早くない?」
タクヤが笑う。
「またその話?」
「いや、だってもう七月だぞ?」
「ついこの前まで寒い寒い言ってた気がするのに。」
アキラは小さく笑う。
「時間が早いんじゃない。」
「同じ毎日が増えたんだろ。」
「……それ、なんか刺さるな」
ケンタは苦笑する。
「でも悪くないじゃん。」
タクヤが画面を閉じる。
「毎日同じって、
ちゃんと店が続いてるってことだろ?」
アキラは頷く。
「そうだな。」
「変わらない日があるから、
変わる日にも気づける。」
静かな沈黙。
湯が落ちる音だけが店内に響く。
そのときだった。
――カラン。
ドアベルが鳴る。
三人が自然に顔を上げる。
入口には、
一人の若い女性が立っていた。
肩まで届く茶色のショートヘア。
白いシャツに、
ゆったりとしたワイドパンツ。
派手ではない。
けれど、
不思議と目を引く空気をまとっている。
「こんにちは。」
少しだけ緊張した声。
「いらっしゃいませ。」
アキラが穏やかに迎える。
「初めてですよね?」
「はい。」
女性は店内をゆっくり見回した。
まるで、
店の空気を確かめるように。
「おすすめ、ありますか?」
「今日なら、
深煎りのブレンドがおすすめです。」
「じゃあ、それを。」
アキラが頷く。
「かしこまりました。」
女性は店内を歩き始める。
空いている席はいくつもある。
けれど彼女は迷わず、
奥の窓際へ向かった。
タクヤの前で止まる。
二人の目が合う。
数秒。
沈黙。
そして女性が、
ふっと笑った。
「久しぶり。」
タクヤの手が止まる。
「……え?」
「来ちゃった。」
その一言で、
いつもの落ち着いたタクヤの表情が崩れた。
「なんで……ここに?」
「サプライズ。」
女性は悪戯っぽく笑う。
厨房からケンタが顔を出す。
「え?」
アキラも少しだけ首を傾げた。
「知り合い?」
タクヤは頭をかきながら、
照れくさそうに笑う。
「……うん。」
少し間を置いて、
「彼女。」
一瞬だけ、
店の空気が止まる。
「…………え?」
ケンタの声だけが店内に響いた。
「彼女?」
「お前に?」
「そこ!?」
タクヤがすぐに突っ込む。
「まずそこなの?」
「いやだって!」
ケンタは大げさに肩をすくめる。
「何年の付き合いだと思ってんだよ!
初耳なんだけど!」
アキラが吹き出す。
「確かに。」
「祝う準備くらいさせてほしかったな。」
女性が小さく頭を下げる。
「初めまして。」
「アイです。」
「よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
アキラが優しく微笑む。
「アキラです。」
「ケンタです!」
「タクヤにはいつもお世話になってます。」
「それ俺のセリフ。」
タクヤが苦笑する。
アイは店内を見回しながら言った。
「写真で見るより、
ずっと素敵なお店ですね。」
「写真?」
ケンタが聞く。
「この人、
毎日のように送ってくるんです。」
「今日のラテ。」
「今日のプリン。」
「今日の夕陽。」
タクヤは少し照れる。
「そんな送ってない。」
「送ってるよ。」
「ほぼ毎日。」
ケンタが笑い出した。
「やるじゃん。」
「意外とロマンチスト。」
「やめろ。」
タクヤは耳まで赤い。
その様子を見て、
店内に自然な笑いが広がる。
アキラはコーヒーを淹れながら、
ふとアイを見る。
笑っている。
ちゃんと笑っている。
それなのに。
ほんの一瞬だけ。
その笑顔の奥に、
言葉にならない影が見えた気がした。
(……初めて来た店を見る目じゃない。)
どこか。
何かを確かめに来た人の目。
そんな気がした。
しかし次の瞬間には、
その表情はもう消えていた。
「コーヒー、お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
アイは両手でカップを包み、
静かに香りを吸い込む。
そして小さく笑った。
「……来てよかった。」
その一言だけが、
店の空気に静かに溶けていった。
──夕方。
アイが帰ったあと。
ケンタは食器を片付けながら笑う。
「いやぁ。」
「びっくりした。」
「タクヤにも春が来るんだな。」
「夏だけどな。」
タクヤが答える。
アキラはカップを拭きながら、
静かに言った。
「いい人だった。」
「うん。」
タクヤは短く頷く。
でもその横顔は、
どこか少しだけ複雑だった。
閉店後。
最後のカップを片付けようとしたタクヤは、
カウンターの端に、
小さな紙が置かれていることに気づく。
手に取る。
そこには、丸い文字で。
『また来るね。』
その下に、
小さく名前。
――アイ。
タクヤは少し笑う。
紙を裏返す。
そこには、
ボールペンで数字だけが書かれていた。
『12-05-19』
「……なんだ、これ。」
店内は静かだった。
答えを知る者は、
まだ誰もいない。
窓の外では、
夕暮れの風が、
そっとベルを揺らした。
── Season3は、
新しい風とともに動き始める。