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Episode 2 『ケンタ、プリンと向き合う』


    朝。

    まだ開店前のCafé Solas。

    店内には、甘いカラメルの香りだけが静かに漂っていた。

    厨房ではケンタが腕を組み、
    オーブンの前で難しい顔をしている。

    「……違う。」

    小さくつぶやいて、
    もう一度メモを見直す。

    アキラが豆を挽きながら笑った。

    「朝からずいぶん真剣だな。」

    「今日は妥協したくない。」

    ケンタは型にプリン液を流しながら言う。

    「なんとなくじゃなくて、
    『また食べたい』って思ってもらえるプリンを作りたい。」

    タクヤがノートPCから顔を上げる。

    「急に職人みたいなこと言い始めた。」

    「いや。」

    ケンタは首を振る。

    「昨日さ。
    アイさん見てて思ったんだよ。」

    「人って、
    思い出したいものがあるから、
    また同じ場所に来るんじゃないかなって。」

    店内が少し静かになる。

    アキラは小さく頷いた。

    「味は記憶に残る。」

    「でも、本当に残るのは──
    その味を誰と食べたか、かもしれない。」

    ・・・

    昼。

    ドアベルが鳴る。

    カラン。

    入ってきたのは、
    スーツ姿の男性だった。

    「あの……
    アイに紹介されて来ました。」

    少しぎこちない笑顔。

    アキラは自然に席へ案内する。

    「ようこそ。
    今日はちょうど、
    プリンがおすすめですよ。」

    ケンタが少し照れながら皿を置く。

    「試作中なんです。」

    男は一口食べる。

    ゆっくり。

    本当にゆっくり。

    そして、
    小さく笑った。

    「……懐かしい。」

    誰も急かさない。

    男は続ける。

    「昔、
    文化祭で食べたプリンに似てる。」

    「高校の帰りに、
    みんなで寄り道して。」

    「その中に、
    アイもいた。」

    ケンタが黙って聞いている。

    男は笑う。

    「卒業してから、
    ちゃんと謝れなかったことがあって。」

    「でも今日、
    ここへ来たら、
    少しだけ話せる気がした。」

    ・・・

    夕方。

    その男が帰ったあとも、
    店には静かな余韻が残っていた。

    ケンタがぽつりと言う。

    「プリンって、
    こんな力あるんだな。」

    アキラはカップを磨きながら答えた。

    「違う。」

    「プリンが記憶を作るんじゃない。」

    「記憶の隣に、
    たまたまプリンがあっただけだ。」

    「でも、
    その隣にあったものは、
    一生忘れない。」

    ケンタは静かに笑った。

    「じゃあ、
    俺が作るのはプリンじゃないな。」

    「思い出の入口か。」

    タクヤが言う。

    「それ、
    店の看板に書こうぜ。」

    「長い。」

    「却下。」

    三人が笑う。

    ・・・

    閉店後。

    ドアベルがもう一度鳴る。

    カラン。

    アイだった。

    「こんばんは。」

    今日は昼より少しだけ、
    表情が柔らかい。

    「今日来てくれた人。」

    アキラが言う。

    「会えたんだな。」

    アイは静かに頷く。

    「ちゃんと謝れました。」

    「ずっと言えなかったこと。」

    少しだけ目が潤んでいた。

    ケンタは冷蔵庫から
    今日最後のプリンを取り出す。

    「これ。」

    「試作だけど。」

    「今日、一番食べてほしい人に。」

    アイは驚いたように笑う。

    「……ありがとう。」

    スプーンを入れる。

    少し固めのプリン。

    ほろ苦いカラメル。

    その一口に、
    今日という一日が、
    静かに溶けていった。

    ・・・

    閉店後。

    厨房のノートに、
    ケンタが新しい名前を書き足す。

    『No.2
     記憶に残るプリン』

    その文字を見たアキラが笑う。

    「完成か?」

    ケンタは首を振った。

    「いや。」

    「まだ途中。」

    「もっと、
    誰かの思い出になれる味を作る。」

    店の灯りが、
    ひとつ静かに落ちる。

    今日もまた、
    誰かの記憶が、
    Café Solasにそっと積み重なった。

     
     

    和人

     
     
    和人 52歳。 放送大学で学びながら、 小説『Café Solas』を執筆中。 就職氷河期世代として、 仕事・学び直し・健康・老後について考えています。 50代のリアルな日常と、 学び直しの記録を発信しています。 小説とエッセイを中心に更新中。

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