
☕ Café Solas — season2〜🍮 Episode 1:麺と記憶と静かな夜
Café Solasには、
語られなかった過去と、
まだ形にならない未来が、
いつも同じテーブルに置かれている。
閉店後。
店内の照明は少し落とされ、
昼間の賑わいは消えていた。
聞こえるのは、
食器を片付ける音と、
古いジャズの余韻だけ。
……のはずだった。
「違う」
厨房から、アキラの声が響いた。
「それは違う」
ケンタが振り返る。
「また始まった?」
「始まったんじゃない。大事な話をしている」
「ラーメンの?」
「ラーメンだ」
アキラは真剣な顔で腕を組む。
「ラーメンは、麺がすべての土台になる」
「いや、スープだろ」
ケンタは即答した。
「どんなにいい麺でも、スープが弱かったら成立しない」
「でも、最後に食べるのは麺だ」
「スープがあるから麺が生きる」
「麺があるからスープが完成する」
二人は互いを見る。
まるで人生の大事な話をしているような顔だった。
「アキラ」
「ん?」
「じゃあ、お前にとって理想のラーメンって何?」
少し考える。
アキラは答えた。
「毎日食べても飽きない味」
ケンタが少し驚く。
「……意外だな」
「何が?」
「もっと究極とか言うと思った」
「究極って、一回食べたら終わるだろ」
「……」
「大事なのは、また食べたいと思えることだ」
ケンタは少し黙った。
そして笑う。
「それは、ちょっとわかる」
「だろ?」
「でもスープだけどな」
「まだ言うか」
二人の会話を、
ホールで聞いていたタクヤは、
黙って床を拭いていた。
いつものことだった。
アキラとケンタは、
どうでもいいことを、
どうでもよくない顔で語り合う。
でも。
タクヤは知っていた。
こういう時間こそ、
ソラスに必要なものだということを。
「……なあ」
タクヤが突然言った。
二人が振り返る。
「もしさ」
「ん?」
「疲れた日に食べたいラーメンって、別じゃない?」
二人は黙る。
タクヤは続けた。
「こだわりとか、完成度とかじゃなくて」
「なんとなく安心するやつ」
少し間が空く。
そして。
「サッポロ一番のみそラーメンでいいだろ」
静かな店内に、
その言葉だけが落ちた。
アキラとケンタは、
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……それ、ずるいな」
ケンタが笑う。
アキラも小さく息を吐いた。
「合理的だ」
「認めるのかよ」
「認めたわけじゃない」
「いや認めてるだろ」
三人の間に、
小さな笑いが生まれた。
◇
そのあと。
三人はカウンターに並んで座った。
特別なラーメンではない。
高級でもない。
でも、不思議と美味しかった。
「……うまいな」
ケンタが言う。
「完成されている」
アキラも頷く。
少し沈黙。
「でも、俺は塩かな」
ケンタが言った。
「浅いな」
「なんでだよ」
タクヤが笑う。
「中華三昧もありだと思う」
「お前、急に本気出すな」
「チャルメラも捨てがたい」
「夜中に議論する内容じゃないだろ」
また笑い声が広がる。
深夜のCafé Solas。
答えは出ない。
でも、それでいい。
好きな味も、
大切なものも、
人によって違う。
だからこそ、
一緒に食卓を囲める。
アキラは空になった器を見る。
「……結局さ」
「ん?」
「一番うまい飯って」
「誰と食べるかなんだろうな」
三人は少し黙った。
そして。
「……珍しくいいこと言ったな」
ケンタが笑う。
「珍しくは余計だ」
夜のソラスに、
小さな笑い声が響いた。
答えのないラーメン論争。
くだらない話。
でも。
そんな何気ない時間こそ、
後から思い出す大切な記憶になる。
Café Solasには、
今日も静かな夜が残っていった。