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【短編小説】目明し丹治の捕物帖  (高嶺の花が地に堕ちて2)

    原ふたお

     松吉と良助が探索に出て三日目の昼前に二人は千代のめし屋に戻ってきた。

    「いやあ。ご苦労、ご苦労、疲れただろう」

     丹治は上機嫌で二人を迎え、千代の煎れたお茶を勧めねぎらった。

    「それじゃ、早速だけど、どうだった。まずは、マツから話を聴こうじゃないの」

    「へい。町湯に入ったと思ってくださいな」

    「何。思えだと、マツ。真昼間からお湯に入ってのんびりか」

     丹治はしょっぱなから戯言を聞いたように受け取り気色ばんだ。

    「噂話は町湯がいいと親分が言ってたじゃないですか」

     松吉は、丹治の剣幕を見て首をすくめて言いよどんだ。

    「そんなことを言ったかえ。だとするといい話があるんだね。謝るよ。怒って悪かった」

     丹治が照れ笑いを浮かべ謝ると、松吉は相手の顔色を窺いながら気が進まぬ様子で話し始めた。

    「嫌ね、湯船に入ると、日中だからか空いてて、おいらの外に三人位入ってました。上気した顔で隣の男にいい湯だねと声をかけると、そうだと頷いて朝っぱらから天国だわと相槌が返ってきました。お互い様だねと返すと、それじゃあにーは何かいというからそうだとかまをかけたら急に砕けて話が弾んだ。それでは、あにーは北の離れ屋の常連かというからいや別のところだと答えてやった。いやはや、裸になると何でもしゃべるね。すっかりおいらを仲間と信じて色々話してくれた。いやー、驚いたね。反物屋の番頭、与作が裏稼業でその離れ屋でサイコロを振っているとの話なのさ。おいらも話を合わせ、知ってるふりをしたけどね。適当に合わせているうちに離れ屋の場所までおおよそ見当が付けるところまでいって、おいらは湯を出たんだけどね。
     それで、夜になってから、その離れ屋を探し当て、開いた窓から中を覗くと薄明かりの行燈の光の中で十五人位の男たちがサイコロを振って、掛け金のやり取りに興じていたね。与作がいたかどうかに確信はないが、役者のようないい男というから、だいたいあれだなというのは見て取れたけどね」

     中途から熱を帯びた松吉の長い報告が終わった。

    「離れ屋まで見つけたとは上出来だ。マツ、よくそこまで探索したね。たいしたもんだ。番頭の裏稼業とは、人のやってることは分からねえ。それでは、ヨシの話を聴こうじゃないか」

     丹治が松吉の報告を慰労して、良助の話を促した。

    「わっちの話は、面白くもおかしくもないありふれたものだね。巷の話を訊き回ったけどこれというものは出てこなかったですね。総じてみそ問屋の人たちの評判は良かったです。ただし御新造を除いてはね。御新造だけは、着物や化粧が派手で、態度も上から見てると散々でした。
     二日目の早朝に問屋の近くを歩いていると長屋の広場で井戸の近くにおかみさんたちが三人集まって、洗濯しているのが見えました。その前を通り過ぎようとしたら御新造とか言っている声が聞こえたんですよ。わっちはそれを聞いて、咄嗟に行き過ぎてから井戸に近い建物の陰に回り耳をそば立てました。あたりかまわず大声でこんなことを言ってました。亡くなった人のことを悪くは言えないけど、女中頭の真砂さんが誤って御新造さんのかんざしを割ったらね、皆の前でこっぴどく叱りつけられたみたいなのよ。謝っても許してくれなかったといって、真砂さん泣いていたわ。番頭さんに訴えたようだけど、いくらいい男でも色仕掛けじゃあるまいし、これだけはどうにもならない話だわ。すると別のおかみが話し出した。なんか手代の達吉と御新造をめぐって張り合っていたとか聞くじゃない。いい男といえば、どう見ても達吉の方がぞくっと来るじゃない。案の定と言おうか番頭の出番はなかったのよ。そしたら三人目のおかみが口を出した。それにね、弱り目にたたり目と言おうか、番頭さんがね、薔薇のとげに手を引っ掛けてけがをしたとかで包帯を巻いているのを見たわよ。さらにさ。どうも真砂さんと番頭は出来上がっているという話もあるのよ。御新造を張り合ったのは、番頭じゃなく丁稚の巧三だという話しも聞いてるわ。水の音や洗濯板の擦り音に交じって、聞こえた埒もない話でした」

     良助はたいした情報でもないと思い、気落ちしながら話を終えた。

    「うーん。火のない所に煙は立たぬというが、それにしてもいい男同士の張り合いなんて口さがない女たちの話は剣呑だねえ。いや。ご苦労さんだった」

     丹治は話を聞き、幾分、苦笑いを浮かべながら良助を慰労した。そこからが丹治の探索の独壇場だった。仙台城下の北の離れ屋の経緯を調べると、持主は酒の醸造主むらもとの別宅であることが分かった。二年前まで主の愛妾が住んでいたが、その年に盗賊に入られ千両箱を奪われた。するといつの間にか愛妾が消え、そのあとは空き家になっているはずだった。空き家のはずが賭博場になっているのは問題だ。御新造心中事件とは別件だが、まずは捕縛して突破口を開くかと臍を固めた。

     それから二日後の夕刻、丹治と子分の松吉、良助の三人はむらもとの別宅の入り口に近寄った。窓から明かりが漏れ人のざわめきが聞こえる。

    「ご免なすって」

     丹治が入り口の板戸をどんどんたたいて案内を請うた。

    「へい。ただいま」

     中から声がして板戸ががらりと開き、若いいなせな男が顔を出し、丹治の風体を見た途端、後ろを振り返り大声を出した。

    「親方。十手の親分だよ」

    「へいへい。何か御用ですか」

     もみ手をして出てきたのは、正しく派手な顔立ちで愛想笑いをした反物屋の番頭、与作に違いなかった。

    「ここは空き家のはずだが、灯りはついてるし、にぎやかだ。ちょいと中を調べさせてもらうぜ」

    「何かの間違いでしょう。ここは手前の住処で、酒屋のむらもとからは許しを得ている話ですよ」

    「むらもとの主は言ってましたよ。千両盗られて以来、空いてるそうだ」

     それを聞いて、与作の柔和な顔がひるんだように変わった。

    「野郎ども。こいつら三人を追い返せ」

     すると、奥から何人かの男たちが合口を抜いて飛び出してきた。それに呼応するかのように丹治の背後から、同心の井崎が率いる捕り方たちが一斉に屋内に侵入し、暴漢たちの合口を叩き落し全員を捕縛した。

    「さあさあ、丹治親分には苦労を掛けた。今晩はそれがしの奢りだ。松吉さんも良助さんもジャンジャン食べて、飲んで頂だい。奉行から沢山褒美が出たから遠慮はいらないよ」

     同心の井崎が丹治の女房が注ぐ盃の酒を飲みほしながら上機嫌で丹治の顔を見、その下座に座る二人の子分に声をかけた。

    「へい。ありがとうさんです」

    「ごっつあんです」

     松吉と良助は嬉々として返事を返し、箸の動きが忙しくなった。

    「今度捕縛したあの連中はな、流れの五兵衛とかいう盗賊の一味と分かったが、二年前の酒蔵むらもとからの千両箱強奪の犯行が奴らの所業と判明したんだがね。その時別宅に囲われていた愛妾も消えたけど、それがねえ、どうも白蓮のお喜美とかいう名前の仲間だったと白状した奴がいるんだな。おかみさんほどじゃないけど、ものすごい美人だそうな」

     淡々と井崎が語りだすと、おかみの千代が嬉しそうな素振りで同心の空の盃に酒を注いだ。

    「あらまあ。お世辞でもなんかグッときますね」

     それを聞いて、皆が楽しそうに笑い声をあげた。最も丹治の笑いには、ちょっとばかり苦みが混ざっていたようだ。

    「それでね、みそ問屋の御新造心中事件だが、与作はいくら責めても、やってないの一点張りで白状しなかったということだ。だけど面白いことが分かった。あの連中の一人がね、御新造は俺らの姉御だったと何かの拍子に口走ったんだ。白蓮のお喜美かと言ったら虚ろな目で頷いたということだ。これで繋がったじゃないか。要するにあの女は偵察と手引きのために次の標的のところに潜り込んでいたという構図になる話なのだ。そうなると女が仲間じゃ、与作による殺しの話は無くなるということなんだ」

    「するっていと、本当の心中じゃなくて、やっぱり手代、達吉の単独犯行で無理心中というところが妥当な線なんだろうか」

     丹治が口をはさむと井崎はうなずき、盃を上げて酒を口に含んだ。

     おおよその結論が出たところで、慰労の食事会はお開きとなり、各人が帰路についた。

     あれから半年以上が過ぎて、翌年の梅雨時となった。毎日しとしとと雨が降り、気分が落ち込んで、丹治は何をする気力も薄れ、ぼんやりと女房の一膳めし屋の奥の間で手枕をしてうとうとと転寝をしていた。縁側の引き戸の向こうには、雨に濡れた紫陽花が青や白や赤色と丸い花房を打ち広げ、今が我が世と咲き誇る。

     庭の向こうの細い道。赤い着物の若い娘が青いかんざし髪に差し、から傘手に持ち雨の中、ぽくり、ぽくりと歩みゆく。赤い嬌声後に引き、向こうの娘は黄の着物、緑のかんざし髪を結い、蛇の目のから傘、揺れに揺れ、道の雨水尻にあげ、嬌声あげて走り寄る。丹治は、もうろうとした目で庭の垣根越しに娘たちを見、ぼんやりと耳で声を聞き、夢か現かはたまたその狭間辺りをさまよっていた。すると雨の煙る空気をつんざいて二匹の猫のけたたましい鳴き声が響き渡った。互いに威嚇しあう猫の声、それは死ぬか生きるかの壮絶な縄張り争い、毛をそば立て、背中を上げてにらみ合う、唸る。

     丹治の胸の奥につかえたみそ問屋の御新造の心中事件。どう考えてもしっくり収まらないものがある。何か分からないが背中の手の届かないできもののようで心の中でつねに痛痒を感じもどかしい。そうか猫かと思ったら、はっと髪結いの源助から聞いた大工の茂七の話がよみがえった。それに子分の良助の話が重なった。何か胸のつかえがちくりと動いた気がして丹治は跳び起きた。迷路の中で今まで気にも留めなかった謎解きのカギを見つけた気がして、丹治はから傘をさして細かく降る雨の中を子分の松吉と良助を従え、みそ問屋への道を急いだ。

     みそ問屋ではにこりともしない生真面目な丹治の顔を見て、恐れおののいて主、登右衛門の部屋に通した。

    「その節は、真にご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。して、今日は何用でございますか」

    「うん。ちと確かめたいことがあって、まかり越した」

    「はっ。何事でございますか」

     登右衛門は、用向きを聞き、不安そうな目で丹治の顔を凝視した。

    「猫の話だけどね」

    「猫ですか」

    「そうだ。御新造の猫の話だ」

    「ああー。あの女の猫ですか」

    「あの女?」

    「そうじゃないですか。手前の女房でも何でもない。盗賊の女じゃないですか」

     登右衛門の顔が怒りで真っ赤に染まり、眼がギラギラ光った。

    「お茶をお持ちしました」

     その時、部屋の外から声があり、浅黄色の着物に青い前掛けをつけた女が入ってきた。女は、眼を怒らした真っ赤な顔の登右衛門を見て、丸顔の眼も真ん丸にし、身を固くした。

    「おっ。真砂さんか。お茶はそこに置いていけばいいですよ」

     主の愛想もない言葉に
    「はい」と答えた真砂は、湯飲みの載ったお盆を部屋の入り口に置くとそそくさと立ち去った。

     丹治は、素早く真砂の顔を見て取ると、すぐに登右衛門に向き直って言った。

    「まあまあ、気を静めて。本当言うと、話しを訊きたいのは旦那ではないんです。ここに番頭の清六さんを呼んでもらいたいんですよ」

    「番頭だって?どうして」

     登右衛門が訊き返したが、丹治が黙って顎をしゃくるとしぶしぶ部屋を出て行って、間もなく番頭を連れて戻ってきた。番頭は部屋に入ってくるなり、話を聞いていたと見え、丹治の前に座るなり緊張の体で顔をこわばらせ畏まった。

    「番頭の清六さんかえ。お前さんにちょっと話を訊きたくてねえ」

     丹治は清六が座るのを見届けると低い声を引き延ばし気味にしながら切り出した。

    「へい。何なりと」

     清六は何を言いだされるかと不安に思ったか身を構え、さらに縮こまった。

    「訊くことは今はない。着物の長い袖をあげて両腕を見せてもらいたいだけよ」

    それを聞くと、咄嗟に両手を引き、清六は逃げ腰となった。

    「おっとっと。何も取って食おうというんじゃねえ。医者じゃないからただ見るだけよ。遠慮しないで出して見な」

     丹治がすごむと清六は観念したようにそろそろと着物の袖をまくった。剥きだされた腕を見て、良助が声を漏らした。

    「これが薔薇のとげだって?」

     見ると清六の前腕部の内側には両腕とも幾筋もの赤黒い傷跡が盛り上がっており、元のようには戻らなかったみたいなのだ。

    「すごい薔薇があるんだねえ。みみず腫れじゃないの」

     丹治もしげしげと眺めて、核心に触れずに感想を言った。それを聞くと清六は断りも入れず着物の袖を下ろし、肩を落として座りなおした。

    「清六さん。薔薇で怪我した時の様子を話しておくんなせい」

    「へい。ただいま」

     丹治の問いに、清六は言いよどみ、じっと見ている登右衛門の様子を窺いながら小声で丹治に訴えた。

    「ここでは何ですから、場所を変えてもらいたい」

    「分かった。それでは番屋に同道願おうか。登右衛門の旦那様、お邪魔しました」

     こうと決まれば動きが速い。丹治は主への挨拶もそこそこにみそ問屋を退出した。

     雨の砂利道にから傘四本が受けた雨粒を周りに垂らし、番屋に向かって移動した。番屋に着くと奥の部屋を開けてもらい、着物の雨を払い落とし、四人は対座した。

    「さあ。ここなら邪魔は入らない。番頭さん話してもらいましょう」

    「へい。実は……」

     丹治が話を促すと、清六はそういったきり、俯いたままで声が出なくなった。

    「何だ。主、登右衛門のことで声が出ないのか。何なら主をしょっ引いてくるまでだが」

     丹治のその言葉を聞くと、清六はわなわなと震えだし頭をたれた。

    「言います。言います。実をいうと、御新造と達吉は川に沈められたのです」

    「沈められた?誰に」

     いきなり核心に触れられ、丹治の声が上ずった。

    「誰ですか。誰といっても、ええっと手前にです」

     言いづらそうに逡巡しながら、やっとのことで清六は主語にはならないで受け身の言い方で真相を白状した。

    「二人を一人でやったのか」

    「へい。一人―といっても。へい」

     清六は、なおも言いにくそうに言葉を濁していたが、終には丹治の巧みな誘導で全貌を明らかにした。

    「あの日はね、真夏の暑い夜で、家の中じゃ、じっとしていても汗がにじむ始末で、夕食を摂った後に夕涼みということで御新造さんと女中頭の真砂、それに手代の達吉と丁稚の巧三、手前も含めて五人がそろって広瀬川原に蛍を見に行ったんですよ。なるべく人の来ない北の方の上流で川原に下りて流れの近くまで行ったんですよ。そこに蛍が群舞していてね、御新造さんと達吉が肩を並べて岸辺で熱心に眺めていましたっけ。それを示し合わせた通り後ろから二人を押して、水に落としたんです。三人とも夢中で誰もやめようとは言わなかった」

    「ひどい話だ。まっとうな人間のやることじゃない」

    「御新造の仲間の盗人たちでさえ盗みはやるが、殺しはしないでしょう」

     清六が一息つくと松吉と良助がそれぞれ憤慨して言葉を入れた。

    「それで、どうして三人が意気投合することになったんだい」

     丹治がすぐさま三人の動機の究明に入り、清六に話の続きを促した。

    「へい。女中頭の真砂が御新造のかんざしを割ったとかで皆の前でひどく怒られて恥をかき恨みを持ったということですね。それに丁稚の巧三がよせばいいのに御新造に惚れてしまい言い寄ったが、馬鹿にされてこっぴどくやられたというのがあり恨んでいたんですよ。巧三は達吉とも張り合っていて御新造に懸想していたのはお互いに知っていたんですね。それに二人は歳も近いから対抗意識を燃やしていたようなんです」

    「それで肝心のあんたはどうなんだい」

     さっぱり自分のことを言わないのに業を煮やして丹治が突っ込んだ。

    「手前ですか。手前も御新造には女中頭と同じようにしょっちゅう怒られてうんざりしていましたよ」

    「しょっちゅうだと、おおかた女中頭の真砂に焚きつけられて事に及んだんじゃないのか」

     丹治の指摘に図星を刺されたようで清六はぐーの音も出ずに黙り込んだ。

    「それで、猫の始末はどうしたんだい」

    「猫は、翌日手前が水に沈めて流しました」

    「その時、腕が爪でひっかかれたという話だね」

    「その通りです」

    「ドジな話よ。ところで、このことは、主の登右衛門は承知の話なのかい」

     その言葉を聞いて、清六はうなだれていた頭を急に持ち上げて激しくかぶりを振った。

    「旦那様は何も知りません」

    「そうかえ。気の毒にみそ問屋の主もご難続きで大変だ。仏さまも浮かばれないね。裁きを受けて罰を受けなきゃ収まるまいよ。これから店には戻らないで、番所に直送りと行くことにするか」

     丹治はそう言うと、すぐに立ち上がって清六に出口を指さし、顎をしゃくった。番屋の外は、いまだに止まない小ぬか雨が今しがた吹き出した微風にあおられ舞っていた。


     
     
     
    定年退職後に本を書き、これまでの著作の刊行は『人の世の物語』と『ブロンズの母』それに『孫のおあいて』や『バックミラーの残影』があります。この度、note投稿の『峠の向こう側』を二月二日に書籍化しました。(アマゾン通販)

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