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【短編小説】目明し丹治捕物帖   (沈んで浮かばぬはずなのに)

    原ふたお

     七月になって、ようやくあの鬱陶しい梅雨が明けて、真夏の太陽が容赦なく照りつける。かき氷が美味しい季節といおうか、さらに言えば冷やしたビールのうまさは何物にも代えがたい至福のひと時となる。
     ここ仙台にある私立高校の演劇部では、顧問の皆橋先生とその助手の畑石先生を囲んで部員たちが学校の創立記念日に演ずる出し物について事前の打ち合わせをしていた。

    「とにもかくにも今度演ずる『目明し丹治捕物帖』については、原作の雰囲気をいかに出すかがポイントだと思うから皆、ちゃんと心得て臨んでください」

     眼鏡を光らせながら、皆橋先生が取り組みに当たっての基本姿勢を説明した。

    「そんな訳だから共通理解を図るためにも、皆さんが読んだ『丹治捕物帖』の読後感をそれぞれ披露してもらうことにする」

     皆橋先生の話を引き取り、畑石先生がポマードで塗り付けた頭をなでながら部員たちの顔を見回しながら提起した。すると部員たちの顔に先生から思ってもいなかったことを言われ、とまどいの表情が現れ、おたがいの顔を見合わせた。

    「そんなに難しく考えることはないですよ。読んで思ったことでいいのよ。読んだ感じ、見た感じという程度でオーケーね」

     部員の気持ちを敏感に感じ取り、皆橋先生がすぐにレベルをトーンダウンしてほほ笑んだ。するとすぐに男子生徒の船澤東輝が手を上げた。

    「丹治親分ですけど、ド派手な活劇はないし、とても子供たちのヒーローになれるとは思いませんが、とても冷静沈着で事件を解決に導いていくそれが魅力です。なんかキャラとして親しみやすく人間味があると感じます。とにかく子供の時から悪いことはしない正義派でそれを貫いているのはすごいと思います。『知らぬが仏というけれど』では、丹治が子供相手に猫なで声で尋問し、子分二人に笑われているじゃないですか。それに『故意か弾みか誰が知る』ではお内儀が頭を打った岩をよく観察し、旦那の矛盾を突く綿密さも持っている。
     そうかと思うと、『陰に隠れし北国の系譜』では文に記された暗号が解けなくて女房の千代に助言を求める体たらく、何とも面白かったです」

     それを聞いて発言しやすくなって、北里文作が勢い良く手を上げた。

    「二人の子分の相互関係もコンビ抜群ですね。どちらもおっちょこちょいの感じだけど、ご注進の時の親分との掛け合いも軽妙だし気持ちがほどけます。松吉は『妙な話』というし、良助は『てえへんだ』と、だけど丹治はすぐにはまともに受けないんですね」

     するとこの話を聞いて、矢作喜一が付け足した。

    「子分二人の話では『失せ物は戻らず』に履物屋の二階での張り込みがありました。松吉が兄貴分で一日の長はあるようですが、二人の関係が絶妙と思いました。親分との間も緩めとも思いますが、それがいいのかな~」

     続いて女子部員の小中連梨が遠慮がちに手を上げた。

    「丹治の女房の千代は、しっかりしていて姉御というか、捕物に現の堅物を支えているんだから大したものだと思いました。作品に出てくる女性たちを見れば時代背景もあるのだろうが、押しなべて悲哀の中にある気がしました。『高嶺の花が地に堕ちて』の盗賊、多佳とか『風神に召された女の子』の花魁、玉沖とか。でも、今の世と違いすぎて、なんかピンときません」

     そしたら海辺大策が身を乗り出してぐいと手を上げた。

    「同心の井崎だけどさ、すごく気風がいいと思うんだ。心が広い。『一人のはずが孫二人』でも『知らぬが仏というけれど』でも事件解決の後は、自費で丹治の女房、千代の店で慰労会を開いているじゃないですか。チームワークですよ。これでモチベーションが上がらないわけがない。反省会をしっかりやって、次に備えるんですね」

     引枝幸弥がおもむろに手を上げて発言した。

    「この作品で加害者のほうを見れば組織的なプロ集団もあるけれど、普通の人が出来心というか魔がさして又は知らずしてそうなるのもあるというのが印象的でした。『猫と狐の化かしあい』なんかは出来心といおうか、そんな類の話と思いました」
    「皆さん。きちんと読んでいるようですね。こんどの演劇発表は部員全員で、脚本から舞台づくり、配役など一切を自分たちでやろうという事だから期待してますよ。それじゃ脚本を書いた北村風香さん、中身を紹介してください」

     顧問の皆橋先生が部員たちの顔を見回しながら次のステップへの進行を促した。

    「はい。それでは」と長い黒髪を肩まで垂らした風香が手作りの脚本を見ながら語りだした。

    「仙台の城下に美松という油商人がいた。女房と五人の子供を抱え、貧乏のどん底にあった。子供は上が香苗といって十三歳になった。一番下が娘で中は三人が男の子だった。その年に香苗は仙台城下の木綿問屋東風に奉公に出されることが決まった。それから間もなく町はずれの底なし沼に香苗が身を投げて消えてしまった。そのことは、沼の岸に香苗の下駄がきちんとそろえて置いてあったことから疑いのない事実となった。この沼に落ちれば亡骸はそこに沈み浮き上がらないとの言い伝えがあり、それ以上の詮索はなく沙汰止みとなった。
     ところが、数日後に幼馴染の与野松が香苗の後を追って、その沼に入水する事件が起きた。幸か不幸か与野松の意図はかなわず、ずぶ濡れとなりながら岸に上がった。沼に飛び込んだもののもがいているうちに水底に足がついて立っていたというのだ。立てるぐらいの水の深さで底なしとはとても言えない沼の状況が明るみにでた」

     この後は、東輝(丹治)、文作(松吉)、喜一(良助)、連梨(千代)、大策(井崎)それに幸弥(与野松)たちによる台本の読み合わせとなった。
     
     番屋の奥の部屋で丹治が与野松を尋問している。

    丹治「沼に飛び込むほどの深いわけを訊かせてもらいましょうか」
    与野松「幼馴染の大事な人だったからです」
    丹治「大事な人?本気ですか。相手は子供じゃないの。常識ある大人のやる
       ことじゃないですね。何か他の思惑があるんじゃないの」
    与野松「子供であろうと大人であろうと変わりはないでしょう。何を言うん 
        ですか」
    丹治「どうも分からない。一生の問題ですよ」
    与野松「余計なお世話だ。おいらの勝手でしょう」
    丹治「子供の後追い。その訳ですけどね」
    与野松「………………………」
    丹治「こりゃだめだ。松吉と良助がお相手してよ」
    松吉「へい。あ兄さんは優しいね。幼馴染に恋をしてか。あこがれるなあ。
       思いが遂げず、悔しいでしょう」 
    与野松「そうだね。でもさ、沼は浅いし、あそこで溺れはしないよ」
    松吉「溺れはしない。誰でもですか」
    与野松「そうだろうな」
    良助「そうだとすれば、与野松さんはひょっとすると知ってて入ったんじゃ 
       ないの」
    与野松「ははー。さすがにするどい。子供の時からおいらの庭みたいなもの
        だからね」
    良助「そうだとすると、どうしてなのか謎ですね」
    与野松「………。へい。実は。かどわかしです」
    丹治「かどわかし?誰が?それなら全部話した方が気が楽になるよ」
    与野松「ええと。女の子をかどわかす人さらい一味がいて、沼に飛び込んだ
        ように見せかけて香苗が連れ去られたんです」
    丹治「他人事みたいに言うけど、お前さんも同類じゃないの?」
    与野松「いや。おいらは手間賃を貰って、ちょっとお手伝いをしているだけ
        です」
    丹治「同じ仲間には違いなかろう。それで、どうしてばらす気になったの」
    与野松「近所の幼馴染に手を付けたから頭に来たんですよ」
    丹治「それで沼に飛び込むとは変な話じゃないか」
    与野松「普通の方法じゃ埒が開かないと思ったのさ。何しろ世間様は底なし
        沼で死体は浮き上がらないと信じ込んでいる。それをひっくり返す
        には、底なしでないことを見せる必要がある。そのために濡れるの
        を覚悟で飛び込んだのよ」
    丹治「ご苦労な話だ。お前さんが沼にはまっても娘が戻るわけでは無いだろ
       う」
    与野松「それ、それだよ。だから考えが浅いっていうんだよ。おいらが飛び
        こんだから、底なしの伝説は崩れ、親分さんがおいらを尋問してる
        じゃないの。少なくても香苗は死んでないと思えるでしょう。後は
        親分さんの腕次第じゃないですか」
    丹治「減らず口をたたいて。それで一味はどこにいるのか、教えてもらおう
       じゃないの」
    与野松「自分で探してちょうだいな。おいらが教えたとなりゃ、仕返しが怖
        い。一人で帰さないでくださいよ」
    丹治「一味の片割れじゃ帰れるわけがない、この後は番所行きの片道だけだ
       よ。白を切るだけ罰は重くなるのが普通だから、いい加減観念したら
       どうだ」
    与野松「番所?そりゃ安全だ。それなら言いますよ」

     仙台城下の南西方向の林の中に、掘っ立て小屋ともいえる様な古びた建物がある。壁は剝がれ、柱も朽ちている。茅葺屋根もムラがあり櫛の入らない頭髪のようにばらけている。      
     ふみづきの朝早く丹治と二人の子分はこの小屋の引き戸の前に立っていた。丹治が前に出て、この木戸をどんどんたたき声高に来意を告げた。

    「御用のものだが、中を改めさせてもらう」
    「へい。何用ですか」

     中から大きな男の声がして、ガラリと引き戸が開いた。顔を出した総髪のたれ目の男は、丹治の顔と十手を見て、ぎょっとして後退った。

    「野郎ども。手入れだ。逃げろ」

     中にいた数人の男たちが我先に入り口に殺到してくる。丹治は、咄嗟に十手をたれ目の男の首にたたきつけ横にとんだ。倒れ込んだ男を飛び越え他の男たちは逃げ出したが、ことごとく待ち構えていた同心、井崎の一隊に捕縛された。その間に松吉と良助が建物内に入り込み、監禁されていた香苗を含む五人の娘たちを助け出した。

     丹治の女房、千代の店の奥の間で、同心、井崎の設営による夕食会が開かれた。

    井崎「今回の事件では人さらい一味が捕まり、最近さらわれた女の子も助か
       った。奉行からたくさんの褒美が出たから松吉さんも良助さんもおか
       みの作る美味しい料理をたんと召し上がれ。二人とも、与野松への尋
       問の手並みを丹治親分が褒めていましたよ」
    千代「いつもごひいき有難うございます。腕によりをかけてですが、美味し
       いかどうかはともかくとして量はたっぷりです。腹いっぱい召し上が
       りください」
    松吉「お褒めを頂き、しかもこんなにうまいものを腹いっぱい食えるんだか
       らありがたい。井崎旦那とおかみさんに感謝、感謝です」
    良助「ふえー。褒めて頂き、嬉しいです。これで三日ぐらいは食べなくて済
       みそうだ。井崎旦那とおかみさん。いつも申し訳ないです」
    井崎「こたびの件ではあの与野松のおかげで百年来の沼の言い伝えが潰える
       ことになった。一番の手柄はあの者かもしれんな。これは戯言だけど
       な。それはともかく、民の貧窮は時としてやむなく子供を身売りに出
       すような愚行に到ることがあるのも事実なのだ。やむにやまれずだ
       が、それに付け込み、意図的に人さらいをたくらむ輩がいるが、それ
       は絶対に許せない所業だと思う。丹治親分の感想はいかが」
    丹治「いや、なんて言おうか、確かに与野松が入水しなければ、娘は沼の底
       に沈んだきりだから、棚から牡丹餅なのか、とにかく特赦ものだと思
       いますね。相手は底なし沼だし、なにも分かりません。百年来の言い
       伝えでは何ともなりませんから。願わくは、そんな言い伝えが必要の
       ない、貧富のない世の中にしなければと思いました」
     
     脚本の紹介とセリフの読み合わせで、物語の全容が明らかとなった。熱心に聴いていた皆橋先生と畑石先生が思わず立ち上がって拍手をした。

    「いいじゃないですか。後は振りをつけて練習すれば、素晴らしい演劇にな
     るわ。出来上がりが楽しみですよ」
    「皆で分担して作り上げる演劇の成果が目に見えるようだ。いいと思うよ。
     公演の日が待ち遠しく感じられる」

     皆橋先生が賛辞を投げれば、畑石先生も称賛して、この日の部活は滞りなく終わったのだった。


     
     
     
    定年退職後に本を書き、これまでの著作の刊行は『人の世の物語』と『ブロンズの母』それに『孫のおあいて』や『バックミラーの残影』があります。この度、note投稿の『峠の向こう側』を二月二日に書籍化しました。(アマゾン通販)

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