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【短編小説】目明し丹治の捕物帖  (失せ物は戻らず)

     寒い冬の季節が北に去り、暖かな春が来た。間もなく桜も咲くだろうと丹治は思いながらかゆみを感じまだ覚めやらぬ眠い眼をこすった。布団の中でぐずぐずしながら夕べの同心、井崎の話を思い出していた。 
     丹治の女房、千代のめし屋で井崎は口をもぐもぐさせながら語った。

    「いやね。荒町界隈で長屋住まいの浪人、姿紋山が金に困って質入れした金の布袋の質札を何者かに奪われ、腹を切ったという話なんだけど。御内儀と四歳の男の子を残してね、先祖が領主から拝領の大事な品を失くし、面目なしとか言ってたそうだ。何ね、しばらくぶりで金が入って、町の酒屋で酒を飲み、店から出た途端に男とぶつかって、相手は平謝りだったそうで、そのままとし、家に帰って酔っぱらってすぐに寝てしまい、翌朝になって質札がなくなっているのに気付いたそうですよ。記憶があいまいでね、すぐに質屋に行ったそうだが、質札がないのでは答えられませんとけんもほろろだったと御内儀がねえ、涙ながらに語っていました。そこでだ。丹治親分に雲をつかむような話だが、その辺の町の事情を探ってもらいたいのだが。
     それからな。これは頼みづらい話だが、四歳の男の子とともに残された御内儀が気の毒で。どうだろうこの店の手伝いをさせてはどうかと思うのだが、考えてはくれまいか」

    「へい。分かりやした。探りについては出来る限りのことはしてみます。お武家の御内儀が店の手伝いとはどうでしょうか。女房に伝えておきます」

     丹治は探索のほうはそう答えて引き受けたが、実のところまるっきり目算は立たなかったのだ。犬が歩けばじゃないけど動けば何かに当たるかもしれない程度の不確かな感覚が頭をよぎった。御内儀の店の手伝いは曖昧に答え即答は避けていた。

    「それではね。マツとヨシも聞いてて分かったと思うが、質屋と言えば奥州街道沿いにあるだろう。あの辺から噂話でも探ってきてもらおうか」

     同心の井崎が帰ると丹治はすぐに子分の二人に指示を与えた。

    「へい。承知」

    「へい。合点」

     二人は元気に返事をし、千代のめし屋を勢いよく飛び出した。
     二人を送り出して、丹治は思案した。幾ら生活に困ったとはいえ、先祖代々の宝物を質に持ち出すとは、何とか稼げないのかと暗澹とした気持ちで丹治は侍の窮状をおもんばかった。

     質屋も質屋だが、侍は酒を飲んで店を出るとき誰かとぶつかったとのことだが、質札はそこで抜かれたか、そうでなければ千鳥足で帰る途中に落としたかだがとそこまで考えを進めると

    「ちょっと出かけてくる」と千代に言いおいて、十手を腰に差し店を出た。

     丹治がやってきたのは、侍の立ち寄った荒町の飲み屋だが、あちこち訊き回り、三軒目の飲み屋に入った。店は準備中で客はいなかったが、丹治は十手を見せて中に入れてもらい椅子に座った。

    「親父さん。景気はどうですか」

    「そこそこですわ」

     丹治が訊くと、店主は愛想よく答えてお茶を出した。

    「最近、何か変わったことはないかえ」

    「変わったことですか。あっ。そうそう、この近くの長屋のお侍さんがこの間、腹を切ったとか聞きましたね。その二日ぐらい前の夜にここで飲んでましたよ。止めたんですけど飲みすぎて、ふらふらするのを出口に送り出したら若い男とぶつかりましてね」

    「若い男?どんな風体だい」

    「いなせな、どこかでみかけたなあ。うーん」

     店主が額に手を当てて考え込んだ。

    「あっ。そうか。町奴のところの若者だ」

     店主は思い出したように言って、はっとしたように口をつぐんだ。

    「何だって。町奴だって。名前は?」

     丹治が訊き返したが、店主はそれっきり黙りこくって口を結んだ。丹治が千代のめし屋に戻ってくると松吉と良助はすでに店の中におり、千代の煎れたお茶を飲んでいた。

    「ご苦労さん。それでどうだったの」

     丹治は奥の部屋の座布団に座るなり、お茶を一口入れながら二人にせかせかと訊いた。

    「奥州街道沿いには質屋が二軒あるんですがね、最初のところは色々話をしてくれたけどあっけらかんで、何も不審なことはないように感じましたね。それで二軒目ですが、質の満寿やというんですがね、鼻から邪魔くさそうにするんですよ。いやな顔をしてね、何かあるんじゃないですか」

     松吉が店の感じを言ったが、具体的なものは何も言わなかった。

    「印象が悪いということか。話は別かもしれないが何かありそうだな」

     丹治は松吉の話を聞いて、想像を膨らまし頷いた。  

    「ヨシは何か感じなかったのかい」

    「へい。感じませんね。不愛想はその通りでしたけどね。ただね。隣の八百屋の話のほうが面白かったですね」

    「面白い?何が」

    「へい。八百屋の親父さんの言うには、先日、質屋によれよれの着物を着た侍が中に入って、その侍が店を出ていったら、ちょっと経ってからその後にいなせな若者が顔を出し、侍と同じ方向に行くのを見たというのですよ。関係があるかどうかは分かりませんが」

    「おっとそれだね。もっと探ってみる必要がありそうだ」

     丹治は、良助の話を聞き、何か取っ掛かりをつかんだような気がして満面に笑みを浮かべた。

    「よし決めたよ。向かいの履物屋に頼んで、二階を借りて、マツとヨシはしばらくの間、張り込みをして、質屋を見張ってもらうとするか」

    「見張りって、何を見張るんですか」

     良助がびっくりした顔で目をむき、丹治の顔を窺った。

    「知れたことよ。その若衆が今度の事件でもしも関係あるならここにまた来るだろうさ。どこのどいつか見れば分かるという段取りだよ」

    「そうですか。それじゃ、マツあにーよろしくお願いします」

     丹治の策略を聞いた良助は松吉を見て神妙に頭を下げた。

    「いいってことよ。なるべく早く終わることを期待して見張りに励みますか」

     松吉も覚悟を決めたのか、割とさっぱりした顔色で、良助に笑いかけた。

     松吉と良助が質屋の向かいの履物屋の二階に詰めて二日が経った。桜の季節も過ぎて皐月となった。この季節には、家の垣根のツツジが咲き乱れ、窓から眺めている退屈な二人の目の保養となった。ほかにも菖蒲やアヤメ、椿も咲いて、すぐにでも外に遊びに出たい気持ちで一杯になったが、それは許されない、現実にはならない願望に過ぎなかった。狭い部屋に寝転がるのが許された数少ない楽しい自由の一つとなった。 

     窓から眺めていると、いろいろな人が質屋に来た。せかせかと歩いてきて、まっしぐらに店内に入る人がいると思えば、ゆったりと入る人もいる。ゆったりと入ったが出るときは脱兎のごとくだったり変化の激しい人もいる。中には、行きも帰りも店の前できょろきょろ辺りを見回すものもいる。店の前を行き過ぎたり戻ったりなかなか入らない者もいる。
     来たときは苦い顔で帰るときはにんまり顔の者もいる。すべての人が来るときは荷物を持っているが、帰るときはなにもない。中にはおおきな質種を荷車で運んでくる者もいる。たまに帰るとき荷物はそのままで、泣きそうな顔で店をでてくるものがいたりする。時には、二人の知っている人が質屋に来たりして、その人を見直すこともあった。

     三日目になって、良助が店を見張り、松吉は部屋に横になり昼寝をしていた。良助が見ていると、何も持たないいなせな若衆が店に入った。あっ、ついに来たなと良助は直感した。

    「マツあにー。来たよ。起きな」

     まるで、釣り竿に当たりが来たような感覚で、上ずった声で良助は松吉を呼んだ。

    「おー。ついに来たか」

     松吉も眠い眼をこすりながら窓際にはいずり寄った。二人で質屋を覗いていると、その若者は入ったきりなかなか出てこない。

    「良助。本当に来たのかよ」

     松吉がしびれを切らして確認したら、途端に若者が顔を出し、こちらを見たので二人は気付かれたかと思い、はっと顔を引いた。そうして又すぐに店の中に入ったので、何かを確かめただけのように見えた。
     やがて荷物を持った客の男が一人、店の前で迷った挙句、意を決したように入っていった。しばらく見ていると、客がにんまりと笑いを浮かべ、店から出てきて軽い足取りで元来た道を戻っていった。するとすぐにいなせな若者が顔を出し、急ぎ足で客を追い抜きずんずん進んでいった。

    「ん。若衆が外に出たぞ。あっしがつけてみるから」

     松吉はそういうと良助の返事も待たずに外に飛び出した。しばらく急ぎ足で行くと客の男の背中が見えてきて、そこで客の男に歩調を合わせ進んでいくと向こうからいなせな若者が戻ってくるのが見えた。若者がかなりの速さで走っており、何の弾みかよけようとした客の男にぶつかり、すかさず頭を下げ謝っているのが見えた。客の男は散々毒づき間もなく気が晴れたのか立ち去っていった。すると若者も横道からするりといなくなった。

     翌日の朝早く、質屋の店が開くと同時に昨日の男が息を弾ませ飛びこむのが見えた。松吉と良助が黙りこくって覗いていると、やがて男が首をたれ肩を落としてとぼとぼ立ち去るのが見えた。

    「ふーん。これは何かあったな」

     良助がつぶやくと松吉が断じた。

    「あの若者が当たった時にあったのさ。親分に知らせなきゃ。良助行ってくれない」

    「分かりやした。マツあにー。すぐに行ってくる」

     良助は二つ返事で履物屋を出ていった。

     昼が過ぎて、質の満寿やの客間で丹治と子分二人は、主の太平治と向き合って座っていた。太平治の愛想笑いがわざとらしく部屋の中には空疎な空気が満ちていた。

    「店に出入りのあの若者はなんていう名前なの。店の客とぶつかったというじゃない」

     丹治がじれったそうに太平治を見た。

    「知りません。かってに出入りしてるんじゃないですか」

     太平治は何を言っても知らぬ存ぜぬで一向に埒が開く様子は見えなかった。それを見て、丹治は侍の腹切りの一件を持ち出した。

    「あのお武家、姿紋山は、金に困って宝を質草にしたというが、今回と同じように質札を盗られ、品物は返ってこなかった。御内儀と四歳の男の子は明日食う米もなく困っているというのに全く鬼だねえ。それに今日の客は、すべてを番所に訴え出ているんだから」

     それを聞いて、太平治が泣き笑いの顔で震えだした。

    「すまなかった。これこの通りだ」

     太平治が深々と頭を下げた。

    「そうだろう。お前さんがやったということだな」

     丹治が念を押すと太平治はやにわに顔を上げてかぶりを振った。

    「違う。わたしは被害者ですよ。すべてはあの男、円次郎の脅しが怖かったからいやいやながら場を貸しただけですよ」

    「場を貸した?円次郎とは何者なんだ」

    「はい。城下の町奴、荒波の深蔵に出入りしているものですよ」

     太平治は言いにくそうに若者の素性を明かしたが、私から聞いたとは言わないでほしいと丹治に何度も懇願した。

    「面倒になったな。なんで町奴がこんなことに手を出すんだ」

     堅気には手を出さぬはずと丹治は、首をかしげて考えたが、何の思案も浮かんでは来なかった。ええ、ままよ、当たって砕けろとの気持ちで、丹治は、町奴、深蔵の詰め所に乗り込むことにした。
     詰所の奥の間で、丹治は荒波の深蔵に丁重に挨拶をして用件を切り出した。

    「御存知とは思いますが、侍が一人、質札を掏られ、家宝を取り戻せず腹を切りました。同じような一件がまた起こったんですが、言いにくいことながら親分さんのところに出入りの者の仕業のようなのです」

    「家に出入りだと?名前は?」

    「はい。もし間違いならお許しを。円次郎とか」

    「円次郎。ああ。あの若い衆か。証拠はあるのか」

    「はい。それは間違いなく」

    「証拠があるなら、良かろう。道理に合わぬ仕業だ。それで身柄はどうなるのだ」

    「はい。番所に引き渡しになろうかと」

    「ふむ。道をはずせば裁きを受けるのは仕方ないことだな。円次郎をすぐに呼ぶように」

     意外にさばさばと深蔵はうなずき、廊下に控えていた子分に言いつけた。
     部屋に現れた円次郎は、話を聞かされていたと見えて、悪びれることもなく深蔵の前に座り首を垂れた。

    「何のことかは分かっていると思うが、これから目明しの旦那と一緒に番所に出向き、世間の道理を学んできてもらおうか。そうゆうことだ」

    「へい、分かりました」

     円次郎は、これに対し何の弁解もせず頭を下げ、次いで丹治のほうを見てお辞儀した。

     特段の波乱もなく事件は解決した。三日目の夜に千代のめし屋で、同心の井崎も入った反省会が開かれた。

    「さあ。飲んで食べて。お代はそれがしのおごりだから遠慮はいらないよ」

     井崎が大見えを切ると、皆は嬉々として盃を上げた。

    「今晩はな、おかみの千代さんの外に姿氏のお内儀がいてくれるから華やかでいいね」

    「お香さんこちらにご挨拶を」

     井崎がご満悦の体で目を泳がせると、千代がすぐさまお香を呼んだ。

    「この度は、御心配頂きありがとうございました。これからもよろしゅうお引き立てお願いします」

     お香がすぐに飛んできて、酒を注ぐ手つきも初々しく挨拶した。

    「今回の事件は、淡々と事実の裏付けをとることだったが、丹治親分の目の付け所が良かったということかな」

     井崎が、手柄話の披露を求めると丹治は言った。

    「いやー。いつもそうだが今回は特に松吉と良助の目と耳だね。それですべてが解決したと思う」

     それを聞いて、松吉と良助が嬉しそうに顔を見合わせ、盃を合わせてから酒を口に含んだ。

    「それに場の設定だが、質屋の空間に詐欺を行う別の場を作る。それは一人ではできぬから、めぼしい客が来たら番頭がそれを一手に引き受けたんだね。円次郎に脅されてだけど」

     丹治の種明かしを聞きながら、反省会は盛り上がり、侍の御内儀お香の顔にも久しぶりの屈託のない笑顔がこぼれ広がっていった。


     



     
     
     
    定年退職後に本を書き、これまでの著作の刊行は『人の世の物語』と『ブロンズの母』それに『孫のおあいて』や『バックミラーの残影』があります。この度、note投稿の『峠の向こう側』を二月二日に書籍化しました。(アマゾン通販)

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