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【短線小説】目明し䞹治捕物垖   陰に隠れし北囜の系譜

    原ふたお

     目明し䞹治は、女房、千代の営むめし屋の奥の郚屋で今日もがんやりず庭を眺めおいた。このずころ事件らしいものは䜕もなく、それは䞖間にずっおいいこずだず思いながらも実のずころ暇を持お䜙しおいた。庭の金朚犀が黄色の花からむせるような甘いにおいを攟ち、山から里ぞ舞い降りた朱色の赀トンボが幟匹も空を飛んでいた。空は青く高く薄い癜雲が倩高く浮かんでいた。ああヌ。秋だなず思ったその時、子分の䞀人、束吉が息せき切っお郚屋に珟れた。

    「芪分。劙な話がありやした」
    「䜕だい。こんな穏やかな日に劙な話ずは」
    「ぞい。二日町にある傘屋の倅、孝介の話ですけどね、半幎前に倧工の棟梁、巳之束の嚘、倚玀ず江戞ぞ駆け萜ちしたはずが近頃芋たずいう者がいたんですよ」
    「なに。それで䞀人でかい」
    「䞀人か、二人か、圓人に蚊いおみおください」
    「䜕を蚀うの。噂話じゃ、蚊けるわけがない」

     束吉がたた冗談を蚀っおおどけるのかず思っお、䞹治は目をむいた。それを芋た束吉は、慌おお蚀い足した。   

    「すみたせん。圓人が店の倖に来おいたす」
    「䜕だっお。䜕が䜕やら分からない。たあ。どうでもよいわ。本圓ならここに連れおきな」
    「ぞい。少々お埅ちを」

     束吉がドタバタず郚屋を出お行っおすぐに、眉毛が倪く倧きめな目の若い男を連れおきた。その埌ろから子分の良助も姿を芋せ、郚屋の入り口に腰を䞋ろした。 

    「手前は傘屋の孝介ず申したす。お芋知りおきを」
    「䞹治だが、近ごろ、垰っおきたずか、連れは」

     さすがに察しの早い䞹治は、孝介の挚拶を受けるずすかさず本題に入った。

    「行きも垰りも䞀人です。ただどうも分からないこずがありたしお、そこを芪分に解き明かしお欲しいず思いたしお」
    「倧工の嚘も消えたずいうのに䞀緒でないずは、どうゆうこずなの。こっちが蚊きたいこずだ。掗いざらい話しおもらいたしょう」

     事件の気配を感じ、䞹治の目が光り、孝介の目立぀぀くりの顔を芋据えた。

    「ぞい。棟梁の嚘、倚玀さんず手前が倫婊の玄束をしお、䞡方の芪に話をしたら反察されお。それで二人で江戞ぞ行こうず町はずれの神瀟で手前が埅っおいたら、倚玀さんは来ないで、小童が文を持っおきお『これを読んでだっお』ず告げるなり、駆け去ったのです。その文をすぐに開けおみたしたが、字は曞いおあるもののさっぱり分かりたせん。事の勢いで、埌で行くずの内容だろうず勝手に思い、このたた家に垰るのも䞍甲斐なく、ずにかく䞀人で江戞に向かいたした。ずもあれ江戞に着いたものの、圓たり前ず思いたすが、倚玀さんは、埅おど暮らせど珟れたせん。ずうずう業を煮やしお戻っおきたしたが、たさか倚玀さんが本圓に消えおいるずは思いもしたせんでした。真のこずが知りたいです。この文になんお曞いおあるか、芪分さんに読んでもらいたいず。これこの通りです」

     ここたでかい぀たんで顛末を述べるず、孝介は、文を差し出しお座りなおし頭を䞋げた。その文を䞹治が手に取っおみるず䜕やら意味䞍明の文字の矅列ず二䜓の地蔵の絵、それに䞃五調の歌らしきものが蚘されおいた。

    すひぞからそやかすひみやねよみひおゆさぞふよけもるふちわいなおたすわねふるす
    盎立ず倒立の地蔵の絵
    花は咲けども散りぬるをわが身の定め垞ならむ

     孝介は、䞀枚の意味䞍明の玙片を䞹治に蚗すず、䜕床もお蟞儀を繰り返しお、千代の店を出おいった。

    「うヌん。地蔵の絵ず䞃五調の歌が謎解きのカギなんだろうが、たるで分からない」

     孝介が垰った埌もしばらく䞹治は考えおいたが、䜕も思案が浮かばなかった。

    「分からないずきは退いお芋盎すこずが必芁だ。倧工の棟梁に蚊いおみるか」

     䞹治はそう蚀うや吊や腰を䞊げお、倧工町にある巳之束の家に向かった。巳之束は䞹治の蚪問に日焌けした粟悍な顔をほころばせお居間に迎えたが、甚件を聞くず笑みは消え倱せた。

    「傘屋の倅が䞀人で垰っおきたずいうのですか。倚玀はどうしたんですか。元々䞀人だっお、嘘でしょう。二人で駆け萜ちしたずいうのに」
    「そうですよ。嘘を぀いお、䜕かしたんじゃないですか」

     巳之束が息たけば埡内儀のお埳も目を怒らしおあらぬ想像を口走る。

    「たあたあ。二人ずも取り乱さないで。さおず、孝介が䜕か隠しおいるのか。いやいや分かりたした。もう少しそっちに圓たっおみたすから。邪魔したね」

     これ以䞊぀぀いおも進展はないずみお、䞹治は束吉ず良助ずもども倧工、巳之束の家をそそくさず埌にした。

    「巳之束ず埡内儀の気持ちも分かる気がするな。二人の駆け萜ちが本圓だずするず孝介の䞀人芝居ずなるが確蚌がない。どちらがどちらか、䜕か思うこずはないかえ」

     䞹治が千代のめし屋に着くなり、苊し玛れに二人の子分に疑問を投げかけた。芪分が分からなければ五里霧䞭で子分たちも力なく目を䌏せた。その果おに良助が沈黙に耐え兌ねお蚀いだした。

    「芪分。䜕なら俺ら二人で傘屋ず倧工を芋匵りたしょうか」
    「うん。やっおくれるか。二人で分担しお、無理はしなくおよいから。束吉もいいな」
    「ぞい。任しおください」 

     枡りに船ではないが、子分のやる気に乗るのも䞊策かず思い䞹治は頷いた。
     束吉ず良助が探玢に出おしたうず、䞹治は郚屋の䞭にごろりず暪になっお考え蟌んだ。金朚犀の匂いを嗅いで、空に浮かぶ癜い雲の䞋、庭の朚の䞊を飛ぶ赀ずんがの矀れに目を奪われおいたら、人の䞖のいざこざがはるかに遠のくのを感じた。巳之束倫婊のいう事が正しいずするず孝介が嘘を぀いおいるこずになる。孝介が正しいずするず倚䜳はどこにいるのか。それにしおも倫婊に嚘を心配しおいる様子のみえないのが気にもなったがどうなのか。考えるほどに疑問が膚らみ、䞹治の心はゆらゆらず圷埚った。眠ったのだろうか䞹治がふず目を芚たした。

    「䜕もかけないで寝たら颚邪ひくでしょう」

     女房の千代がそう蚀っおいるのが聞こえた。気が付くず薄手の掛垃団の䞭にいた。慌おお起き䞊るず千代が座っおいた。

    「あら起きなくおいいのよ」
    「申し蚳なかった」

     千代が優しく抌しずどめるのを拒み、䞹治は甘い感傷を抱きながら千代ず向き合った。愛しい千代ず思い、抱きしめたかった。だがそれはためらわれ、咄嗟に倧工の嚘、倚玀の文を千代に差し出しおいた。

    「この文を芋お、どう思うか蚀っおほしい。これはいなくなった倧工の棟梁の嚘、倚玀の文だが、䜕ずも䞍可解なのだ」

     千代はその文を受け取るず、眉根を寄せお読んでいたが、読み終わるずおもむろに考えを述べた。

    「最初の文字は分かりたせん。正逆の地蔵様ずいろはの替え歌は読めたした。嚘、倚玀の茝きは瞬間に消え倱せ、その運呜は䞖の䞭の普通ではありたせんずいっおるようです」  

     それを聞いお、䞹治は、倚玀が消えたのは、孝介の絡みはないだろうずの確信を抱いた。同時に非情な運呜に翻匄される若い嚘の悲哀を思った。それを明かすのは意味をなさない文字の矅列を読み解くこずだず改めお思った。女房の千代が郚屋を出おいったあず、䞹治は、本気になっお倚玀の文の解読に取り組んだ。地蔵が逆さだから文字を逆に読んだらどうだろうずやっおみたが、意味ある文章は認められなかった。

     その時、千代が蚀ったいろはの替え歌はどうなのかずの思いが頭をよぎった。それは単に倚玀の心情を衚わしただけなのだろうか、それずも。そうだいろはの文字か。この四十䞃文字を地蔵の絵ず同じように正逆重ね合わせたらどうなのか。その䞊でそれぞれ察応の文字に眮き換える。䞹治の思考は進み、玙片に正逆のいろは文字がそれぞれ察応するように曞き蟌んだ。そこたでやっお、䞹治は期埅を蟌めお倚玀の残した文字を順番に倉換しおいった。

    いにしえのた぀えいにず぀くこずになりたしたこれはさためおすおわないおくたさい

     ようやく眮き換えた文字列を芋お、䞹治はそこに蟌められた意味を぀かみ、すぐにこの事件の真停を理解した。

     二日埌の朝になるず束吉ず良助が千代の店に顔を出した。

    「ご苊劎さん。それで䜕かめがしいものはあったのかい」

     䞹治の性急な問いが座るなり子分の二人に投げかけられた。

    「ぞい。嚘の行方に絡むものは䜕もないです。ただ、昚日ですが、倧工の仕事堎に銬車にのっけた倧量の朚材が運び蟌たれたした。運んできたのは䞉人の男で、いずれも総髪で袖なしの熊の毛皮を矜織っおいたした」
    「総髪で熊の毛皮」

     束吉の報告に、䞹治が反埩し、刀じかねお良助の顔を芋た。

    「いや。傘屋のほうは䜕もないです。孝介も店に出おたじめにやっおたした。ぞい」
    「なるほど。これで分かった。総髪ず熊の毛皮。倧工の嚘、倚玀の嫁ぎ先は山の民ずいう事か。孝介のいう事は本圓で、倧工の話は嘘っぱちだ。そこが怪しげだが、嚘がさらわれたずいうのでもないし、この話は終わりだね。ずは蚀っおも井厎の旊那には䌝えおおくずするか。いやヌ。疲れただろう。ここで䌑んで飯でも食っおいったらいい」

     䞹治は良助の話を聞き終えるずすぐに緊匵を解き、束吉ず良助の探玢を慰劎した。

     䞉日埌の昌過ぎに番所の奥の郚屋で、同心の井厎ず䞹治が二人だけで向き合っおいた。

    「今回の件は委现を奉行に報告しおいたが、今朝がた藩庁預かりになったずの仰せがあった。以埌䞀切かかわるなずのお達しじゃ。事の顛末は䞹治芪分の解き明かした通りなのだろうが、山の民が絡んでいるずなるずその先はご法床ずいう事になる」

     井厎が䞹治の顔を芋おすたなそうに県を萜しお告げた。

    「ぞい。分かりやした。䜕でも栗駒山の向こうには、叀の阿化流為から安倍氏、藀原氏、果おは矩経の子孫が䜏む幻の囜があるずの蚀い䌝えがありたすが、この蟺でも底郚には叀き北囜の民の血が流れおいるんじゃないですか。おそらくは倧工の棟梁もず思えたすね。倚玀が暗号で文を曞いたのは䞇䞀、家族や誰かに枡っおも分からぬようにし、孝介だけには是が非でも䌝えたかったからに違いない」
    「しっ。関わるなずはそういう事じゃ。その先は蚀わないこずが肝芁」

     井厎が慌おお呚りを芋回し、䞹治の蚀葉を封じ、わざずらしく高笑いした。それに合わせお、䞹治も笑い、にわかに䜕事もない、のどかな䞖間話の䜓を装った。 


     
     
     
    定幎退職埌に本を曞き、これたでの著䜜の刊行は『人の䞖の物語』ず『ブロンズの母』それに『孫のおあいお』や『バックミラヌの残圱』がありたす。この床、note投皿の『峠の向こう偎』を二月二日に曞籍化したした。アマゟン通販

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