自己紹介 普通の人生を歩むはずだったのに…
はじめまして、まさみです。
今回は、自己紹介の記事です。
私がステージ4bの舌がんということで、興味を持ってくださった人も多いと思います。
肩書きも、
「ステージ4舌がんサバイバー」ですから。
この記事は、普通の会社員が病気になり、
普通に戻ろうとして、戻れなくて、
できないことを認め、いくつかを諦めた話です。
別に悲しい話ではありません。
そして、何かを成し遂げた話でもありません。
人生が予定から外れた時でも、
”普通”以外にも道はあるのかもしれない。
そう思ってもらえたら、嬉しいです。
普通の子どもだった
幼少期は身体が弱く、
喘息の発作に苦しんでいました。
記憶にあるのは、
学校の早退する帰り道、3歩進むたびに電柱に寄りかかり、
一時間かけて、家に帰ったことや、
病気での苦しみや、
病院の待合室、私の発作で家族が心配や疲れている姿ばかり。
でも、小学生、中学生と進むうちに、
だんだん体力がつき、
やっと健康状態は「普通」と言えるくらいになりました。
発作もこの頃には出なくなり、
病気とは距離を離すことができていました。
高校は、地元の公立高校。
レベルとしては、中の中。
普通。
ただ、ここでは成績はトップレベル。
意外と、勉強は得意だった。
ちょっと勘違いして、
「将来は弁護士になる!」
とか言っていましたね。
そしてその夢を抱えて、
明治大学法学部へ進学。
一応、有名な大学には入れたものの、
勉強をせず、バイトばかり。
というのも、
学費を自分で払うという条件での大学進学だったからなのですが、
毎日のバイトで、学業は二の次。
本末転倒。
夢を追い続けるほどの意志の強い青年でもありませんでした。
起業したくて、会社員になったんだけど…
大学卒業後は、外食企業に就職しました。
弁護士になることはやめたが、
いつか、自分で事業をしたい、
そんなことを考えていた大学生時代。
だったら、お店の運営を経験しておこう。
そんな理由で、某有名ファミレスチェーン企業に就職しました。
後々にわかるのですが、これが合わない仕事でした。
でも、「就職したからには続けないと!」と、
昭和的仕事観に染まっていた私は、
そんなことに気づきませんでした。
仕事をしているうちに、
「なんで、よく知らない人のために料理を作って、出して、文句を言われなきゃいけないのさ!」
と、思うようになってしまいました。
その逆に、
「会いに来たよ〜」
と言ってくださるお客様には、たっぷりサービスする。
私は、えこひいきするタイプの人間です。
そんな、ムラがある分、
会社からも、なかなか評価されませんでした。
自分は有名大学を出ているし、
勉強もできたから、すぐに出世するだろう。
そんな高をくくっていたのに、全然ダメ。
「私はこう思います!」なんて、
ちょっと反論もするし。
今ならわかるのですが、
「コイツ、伸びないだろうな…」の典型です。
かわいげのない部下だったんでしょうね。
勉強ができることと、
会社で評価されることは、まったく違う能力。
当時の私は、それを知りませんでした。
その後、「この人は出世するだろうな」
という超デキる上司の下に行かされます。
指導は厳しく、まさに修行。
周りはどんどん辞めていき、
残ったのは私一人。
甘々な私は叩き直され、鍛えられ、
やっと店舗マネジャーへ昇進しました。
昇進後、マネジャー(店長)として配属されたお店の運営も、うまく回り始める。
「ここからだ」
と思っていました。
舌が痛い
仕事にもやっと乗り気になり、
お店を駆け回っていたある時、
舌が痛くなりました。
”舌が痛い?”
その痛みは、
日ごとに増していく。
さすがに、
”ヤバいかも”
と思い、病院へ。
そこで言われました。
今でも、忘れられない。
「十中八九、がんですね」と。
2019年、
私はステージ4Bの舌がんになりました。
医師から伝えられた生存率は、40%。
やっと会社で評価され、
店舗マネジャーになり、
ここからという時に、がん。
不運は、「今?」って時に来ます。
しかも、当時はあまり聞いたことのない舌がん。
不安しかなかった。
涙も止まりませんでした。
診断を聞いた日は、
電車には乗らずに、
人通りの少ない道を歩いて帰りました。
泣いている顔を晒すことはできなかった。
歩きながら、
「俺が何したん?」という疑問が頭を埋め尽くしていた。
その後もずっと、それが頭に張り付いて離れなかった。
舌の9割を切除する手術。
動かない身体に鞭を打つリハビリ。
病院の天井の模様が、ウネウネして、人の顔になる幻覚。
話せない状態でのコミュニケーション。
味もわからない。
苦痛につぐ、苦痛。
正直、人生を終わらせたいとも思っていました。
この辺りの記憶は、「ツラい、苦しい」以外、ほとんどありません。
つらいことは、極力、記憶から消していく。
人間の防衛能力なんでしょうかね。
ただ、普通に戻りたかっただけなのに…
治療後は、元の会社へ復帰しました。
でも、以前のようには働くことはできない。
舌がほとんどないので、うまく話せない。
接客は難しい。
体力も戻らない。
それでも、普通に働ける人になろうと、頑張りました。
頑張れば、また元の生活に戻れる。
そう思いたかったんだと思います。
でも、無理でした。
頑張れば、頑張るほど、そのギャップを思い知らされる。
精魂尽きて、最終的には、復帰してから一年ほどで退職。
体力的にも、精神的にも限界でした。
話せない。
体力もない。
お金もない。
スキルもない。
仕事もない。
なかなかの絶望状態です。
でも、生きていかないといけない。
仕事はないので、家でとりあえず、できることを探しました。
ブログ。
せどり。
プログラミング。
ライティング。
何かしないといけない。
副業とか、
独立とかで調べた方法は、一通り試してみました。
その中でも、プログラミングが一番、
性に合っていました。
ゲーム感覚があって、楽しかったんです。
そこから、書店にあったPythonの本を購入し、学びました。
「結構、勉強したから、Web開発をしよう!」
と、ココナラへ出品。
……挫折。
競合、多すぎ。
ムリ。
初心者が、いきなりこの分野でフリーランスになろうなんて、
裸で富士山に登るようなものでした。
現実を思い知らされました。
「ガンになって、何もできない自分には価値はない」
できる人になるのを諦めた
Web開発で戦うのは、諦めました。
じゃあ、どうしたものか。
そこで、
「誰でもできることしかできないから、それをやればいいのでは?」
と考え、リサーチ代行を始めます。
ここが転機でした。
最初は、もちろん苦戦。
「時給10円?」
と思うような仕事もありました。
1500円の案件で、一ヶ月をかけたこともあります。
ただ、単純な作業の繰り返しにはしないようにしました。
テンプレートを作り、学んだPythonで、
効率化できるところは効率化する。
そうすると、普通に人がやるよりも、
かなり早く作業できるようになりました。
難しい技術を持った人にはなれなかった。
でも、面倒なことを整理して、早く終わらせることはできる。
それが、私の得意だと気づきました。
この得意を使って、ココナラで仕事を続け、
プラチナランクに到達もしました。
その後、「この経験を伝えて、人生を楽に生きれる人を増やしたい」なんて、考えるようになり、
コーチングも始め、文章も書くようになりました。
今は、オンラインアシスタントやコーチの仕事をしています。
こんな感じで、私は自分に合った仕事を自分で作ってきました。
がんになってしまいできることが減りました。
でも、”あること”ができるようになって、
道が開けるようになったと思っています。
それは、
「できないことを、認められる」ようになったことです。
普通に話せる自分へ戻ることを、諦めました。
以前と同じ体力で働くことも、諦めました。
会社員として、定年まで働く人生も、諦めました。
苦手なことを克服し、何でもできる人になることも、諦めました。
諦めるって、悪い言葉に聞こえますよね。
以前の私も、そう思っていました。
できないと言ったら負け。
逃げたら、今までが無駄になる。
頑張れば、人は変われる。
そう信じて、向いていない仕事を長く続け、
戻らない身体まで、元に戻そうとしました。
でも、現実はできないものは、できない。
「普通」だと思っていたものは、
もう存在しなくなっていた。
そこを認めて、
やっと次を考えられるようになったんですね。
話しにくいなら、文章やチャットを使う。
体力がないなら、家でできる仕事を選ぶ。
人と長く関わると消耗するなら、一人で進められる仕事を増やす。
何でもできる自分にはもうなれないけど、
今の自分でも生きていける形は作れました。
普通って、なんだろう?
子どもの頃、喘息が治まり、
やっと普通になれたと思いました。
大学へ行き、
会社員になり、
店舗マネジャーになった。
このまま、
普通に働き続けると思っていました。
でも、がんになり、
舌を失い、会社を辞めた。
私が思っていた普通の人生からは、完全に外れました。
以前の私は、
そこから、元に戻ろうとしていたんだと思います。
普通に話せる人。
普通に働ける人。
普通に稼げる人。
でも、戻れなかった。
だから、諦めました。
不思議なことに、
諦めたところから、今の生活が始まりました。
私は、普通の人生を歩めなかったのかもしれない。
でも、今の生活は、結構、楽しい。
だったら、
普通って、なんだろう?
自分らしい「普通じゃない普通」があっても良いんじゃないだろうか?
皆さんは、どう思いますか?
この記事に「がん」を検索して辿り着いた方もいると思います。
以下は、
参考にして欲しくて、書いた記事です。
読んでください。
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