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嫌われないように生きてきたのに、うまくいかなかった⑥

    ※本記事には、家庭内の暴力や心理的に負担のある表現が含まれます。


    前の章はこちら

    終わり

    波風を立てない話し方

    私は昔より、だいぶ落ち着いた性格になっていた。
    言い返すことも減り、相手の言葉を否定せずに話すようになった。

    感情を出さずに、なるべく波風を立てないように。
    きっと母は、こういう人間になってほしかったんだと思った。

    実家を出てしばらく経ち、私はほぼリモート勤務の会社に就職した。
    研修期間中はフル出社が条件だった。

    家からだと遠かったので、研修期間中は実家から通うことにした。

    兄は祖父母宅の敷地内に家を建て、三軒が超至近距離に並んでいる状態になっていた。
    実家はフルリフォームされて、原型は残っていない。

    私の部屋はなくなり、母と犬が快適に暮らせる家になっていた。

    出勤は母の通勤ついでに駅まで送ってもらい、帰りは歩いたり迎えに来てもらったりしていた。
    お風呂に入ったら必ずすべての水を切るルールがあり、面倒なので母と一緒に入っていた。

    寝るときは自室がないのでリビングで寝ていた。
    私は免許がないので、休みの日に出かけることもできなかった。

    その生活が2カ月続いた。

    ある日、言ったら母が傷つくと思って我慢していた言葉を、ポロっと口にしてしまった。

    「家に帰りたい」

    予想外に母は何も言わなかった。

    それから何度か、「家に帰りたい」と口にした。
    この生活に限界を迎えていた。

    通勤は家からだと片道2時間かかる。
    それでも、家に帰りたいと思っていた。

    そこで母が言った。
    「それを言われると悲しい」

    私はそれが我慢できなかった。

    今までだったら我慢できた。
    2カ月、母の顔色を窺って気を使って生活してきた。

    それなのにこちらの気持ちはなにも聞かず、考えもせず、
    自分の気持ちだけを押し付けてくるのかと思った。

    私は、母が今まで私にどんな対応をしていたのかを言った。
    本人に自覚はないようだった。

    そして、約2か月半の研修を終えて、私は家に帰った。


    失われたものと残った関係

    子どもの頃から飼っていた犬の2匹目が亡くなったと連絡があった。
    急いで実家に戻った。

    運よく、1カ月前に会えていたので、後悔なくお別れ出来た。
    眠るように母の膝の上で息を引き取ったらしい。

    兄の仕事の都合で、翌日火葬となった。
    見ると悲しくなるからと、母は犬のものをすべて処分していた。

    まだ1歳の犬と母の二人暮らしになった。

    理解されない前提

    私はリモートワークだった会社を解雇され、裁判中だった。
    祖母にお金を借りて、なんとか生活していた。

    急いで家に帰る用もなかったので、数日実家に滞在することにした。

    私が「祖母を誘ってお寿司でも食べに行こう」と言い、火葬の翌々日に行くことになった。
    翌日は遺品整理をして、服を新入りの犬のサイズにリメイクしたりしていた。

    私は大人になってからまた配信を始めた。
    そこで知った、初心者でも楽しめるゲームを母に勧めた。

    母はやらないと言ったが、
    「ストーリーもキャラクターも音楽も良くて、コンサートに行くくらい好きだからやってほしい」
    と強く勧めた。

    渋々始めたものの、母はテキストをまともに読んでいなかった。
    理解する気もなさそうで、「分からない」と繰り返し言っていた。

    最初のバトルチュートリアルで、母はエンターキーだけを押していた。
    それだけでは進めないことは分かっていたが、何も言わずに見守った。

    同じことを何度も繰り返していたので、
    このまま放り出してしまうんじゃないかと思った。
    「下にメニュー出てるよ」
    「矢印キーで選べるよ」
    それだけ教えた。
    どうすれば進むのかは教えなかった。

    すると母は、みるみる機嫌が悪くなり、
    「こんなゲーム面白くない」「つまらない」
    と言った。

    母は人が勧めたものをよく「つまらない」と言う人だった。

    そのたびに私は、自分の好きなものを否定されたくなくて
    「絵はキレイでしょ」「音楽はよかったでしょ」「このシーンはよかったでしょ」と無難なことを言ってきた。

    このゲームは、まだ本編にも辿り着いていないチュートリアルの段階だった。
    最初から理解する気がないまま作品を貶されて、腹が立ったというより、もういいや、と思った。

    「あーじゃあもういいよ、やんなくて」
    私は、怒っていることを隠さずに言った。
    勧めたものを貶されるのはこの日2回目だった。

    母は
    「だから最初からやりたくないって言ってるじゃん」
    と文句を言い続けていた。


    同じ話をしていない会話

    その日の夜、いつも通り母とお風呂に入っていた。
    無言が気まずくて、SNSで見た炎上投稿の話をした。

    最初は、普通に会話が成立していた。

    「レンタカーを借りたら小さい傷で○万請求されたらしいよ」
    「○万は高いね」
    「レンタカー屋の声明ではこう言ってるね」
    「こうだったら○万でも安いんじゃない?」

    そのまま別の投稿の話になった。
    「2泊3日で1200キロ走ったら出禁にされた。距離数制限なんてないのに」

    「規約にないなら出禁なんて言っちゃダメじゃない?」

    「レンタカーで1200キロも走るのはおかしい」


    距離を調べながら話した。
    「これくらいなら観光もできるし、おかしくなくない?」
    と言う私に、母は
    「レンタカーを借りる人は車好きじゃないのにそんなに乗るのはおかしい」
    と言う。
    「大学生が6人で乗ってたら新幹線よりも安いし普通じゃない?」
    「可能か不可能かじゃなくて、非常識だって言ってんの」

    「非常識なのは規約にないのに個人の感情で出禁って言った店員じゃないの?」
    「うちらの世代はレンタカーでそんなに走られたら非常識だって思うの」
    「だから、非常識だと思うのは勝手だけど出禁にするのは違うでしょって」
    「本当に出禁て言われたかどうかなんて分からないでしょ」
    「それ言い始めたらなにも話できなくない?」

    ここから、会話が噛み合わなくなった。

    母は声を荒げて、かぶせて喋り始めた。
    何に対して怒っているのか分からなくなった。

    「あんたが正論でずっと殴ってくるから責められてるように感じる」
    「そんなこと言われなくたって分かってんだよ」
    「こっちは店員の気持ちもわかるって言ってるだけ」
    そう言いながら、母は泣き始めた。

    私は、「大声も出していないし、被せて話してもいない」と言った。
    正論で殴っているつもりはなかった。
    ただ、どうしてそう思うのかを知りたくて、可能性を一つずつ確かめていただけだった。
    母は
    「それでも責められてるように聞こえるんだから相当なんだよ」
    と言った。

    母は、私の意見を一度も肯定しなかった。
    内容には同意していたらしいが、それを言葉にすることはなかった。
    だから私は、母はまず否定から入る人だと思っていた。

    以前も、作った料理やケーキに対しても、最初に否定的な言葉を言われていた。
    その話を出して、こういう話し方の癖があると伝えた。
    「母はまず最初に肯定してから話せばよかったね」
    「私は母がどこまで同意してるのか確認して話せばよかったね」
    と言った。
    それで終わりにしようとした。

    母は怒ってまた泣き出した。
    「教育のために言った」
    「そんなこと言うはず絶対にない」

    言ったほうは覚えていないものだから、仕方ないと思った。
    「あんたはその場で言わずに、忘れた頃になって責めてくる」
    「そう思ったならその場で言えばいい」
    と私を責めた。

    そして
    「あんたが家に帰ってくるといっつもこう」
    「正論で殴られて、逃げ道がなくなって、こっちはパニックになる」
    「もうあんたと話すの辛いから、縁を切ろう」
    と母は言った。

    「飼ってた犬たちもみんないなくなっちゃったしちょうどいいかもね」
    私はそう答えた。


    感情と構造の衝突

    「最近の若い子は親ガチャ失敗とか毒親とかって言うけどさ、親側はみんな私みたいに『自分はちゃんと育てた』って思ってるんだろうね」
    と母が言った。

    「私は親ガチャとか毒親とかは思ってないけど、家庭環境が悪いとは思ってるよ」
    話を終わらせるために別の話題を出したつもりだったが、そこから父の話になった。

    「結婚したくなかったのに、あんたがいいって言ったから結婚する羽目になった」
    「アイツと結婚したせいで私の人生めちゃくちゃだ」
    「やり直せるなら○歳に戻りたい」
    と母は嘆いた。

    当時の私は、断れる状況じゃなかったと言った。
    「旅行に連れて行ってもらった時も、男の親戚の美容師に切ってもらったときも喜んでたから、本気で結婚してもいいと思ってるんだと思っていた」
    と言った。
    「その時のことはあんま覚えてないけど気遣うでしょ」と返すと
    「子どもが親に気を使って演技してるなんて思いたくなかった」と言った。

    母は先に風呂を上がり、私は一人で考えた。

    私は口論しているつもりはなかった。
    ただ、どうしてそう考えるのか知りたいだけだった。

    でもここはもう母の家で、その母が嫌だと言うなら、もう帰る理由もない。

    そんなことを考えながらお風呂を出た。

    スキンケアをしていると母が謝ってきた。
    「さっきはごめん、言い過ぎた」
    「言葉は悪かったと思うけど本心ではある」

    私は母がどうしたいのか分からなかった。

    「縁を切りたい」は言い過ぎたけど、本心ではある?

    リビングで、もう一度話が始まった。
    内容は、「あの時の発言はどういう意味だったか」という答え合わせだった。

    母は言った。
    「『下にメニュー出てるよ』って言われたときに、理解していない初心者をバカにして笑えるから面白いっていう意味なんだと思った」
    私は否定した。
    そんなことをする人だと思っているのか、と。
    母は「最近の若い子はそうじゃん」と言う。

    私と話しているときこう思っているらしい。
    「理詰めで全部返されて逃げ道がない」
    「あんたは頭の回転が速いから、間を置かずにこっちが返事できなくなるまで詰められてるように感じる」

    そして、
    「あんたが解雇になったときもそうだったんでしょ」
    と言った。

    母は自分を口下手で説明下手だと言うが、直す気はないようだ。
    お互い次からこうしようと言っても
    「どうせ出来ない」
    「出来ないとあんたにまた詰められる」
    と言う。
    そんなことしたことはない。
    「同じように育てた兄がそう言ってくるからどうせあんたも言ってくるんでしょ」と母は言う。

    母は、「感情の話をしているだけ」と言った。
    レンタカーの件も、正しさではなく気持ちの話だと。

    でも私は、感情をそのまま出すことをやめてきた。
    どう返すのが正しいかを考えて、会話してきた。
    私の話を肯定しない母に、どうしたら前提が伝わるかを話していただけだった。

    私は、自分の気持ちがよくわからなくなっていた。
    感情よりも、先に正しさや合理性で考えるようになっていた。
    話を逸らすつもりで
    「私は一時感情がよくわからないからしょうがないかもね」と冗談交じりに言った。

    会話の温度を下げるつもりだった。

    でも母は、それを捨て台詞と受け取ったらしい。

    会話を終わらせるための言葉が、火に油を注いだ。

    会話の前提が違う

    母に勧めたものを「面白くない」と言われる度に、無難なことを言ってきた。
    私は母が勧めたものに対して『ハマらなかった』とは言っても、『面白くなかった』と言わなかった。

    母は、私が意見を合わせていることに薄々気付いていたらしい。

    「その度に『今嘘ついたな』と思っていた」
    「子どもが親に気を使うなんておかしい」
    「親は子どもに気を使うけど、逆はあり得ない」
    と母は言った。

    私は自分の前提を話した。
    無言にならないように気を使って話すこと。
    相手の意見は極力肯定してから話すこと。
    興味がなくても相槌を打つこと。
    それが普通だと思っている、と。

    「興味ない話には相槌すら打たない」
    「誰も返事しなかったら話してる人が傷つくじゃん」
    「でも本当は興味なんてないんでしょ?それって嘘ついてるのと同じでしょ」
    「私が返事をすることで、困る人がいないならいいでしょ」
    そして、母は言った。
    「偽善者じゃん」

    その言葉で、
    会話の前提が違うことがはっきりした。

    気がつくと、朝6時半だった。
    10時間ほど、ずっと話していた。


    関係の終わり方

    祖母と三人でお寿司を食べに行く約束だったので、1~2時間だけ眠ってから出かけた。

    祖母は祖父のことを愚痴っていた。
    「彼岸だから、じいに家にいるよう頼んだのに出かけて行った」
    母はやはり全否定していた。
    「何時に来るかも、ましてや今日来るかも分からない人を待つのは苦痛でしょ」
    私はいつものように気を使った中立意見を言った。
    「ばあばも何時に来るか聞けばよかったし、昔の人たちだからそれで成り立ってきたんだからいいんじゃないの?」

    その瞬間、こういうところが嫌なんだろうなと思った。

    言ってから気が付いた。

    実家に戻って支度をして、駅まで母に送ってもらった。
    縁を切るなら持ち帰りたいと思ったものは、置いたままにした。

    帰り際、母は「またね」とは言わなかった。

    次の日、母から連絡があった。
    「これ忘れた?」
    美容液の写真だった。
    効果があるからと母に塗っていたが、痛いと嫌がっていたものだった。

    いつもなら「他のスキンケアのとこにしまっておくね」と言われる。
    この時は「使っちゃうぞー」と言われた。
    「いいよ」と返した。

    そういうことなんだろうなと思って、
    その後、連絡はしていない。

    あとがき

    まあ、もともと親から連絡なんて滅多にないんですけどね。
    犬が入院するとか手術するとか、そういう連絡しか来ないので、
    「連絡はしていない」と書いたけど、通常運転と言えば通常運転です。

    文中で出てくる「あんた」呼びについては、名前を出すわけにはいかないのでそう書いてます。
    呼び方がひどいわけじゃないです。

    実はこのあと、祖母に一連の話をしました。
    「母さんよりあんたのほうがよっぽど大人だ」
    「今は腹が立ったり悲しかったりしてるだろうけど、帰ってもいいなと思えるようになったら帰ってこい」
    「夏になったらばあばが美味しい野菜送ってやるからな」
    と言ってもらえて、だいぶスッキリしました。

    この件で私は、母に気に入られたかったんだなと気付きました。

    もう理想の娘になれることはないですが、
    関わらないことが親孝行だと思うことにします。

    ありがとうございました。

    END

     
     

    famima

     
     
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