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わたしだけが観る映画

    ほうこ

    いつもとは違う厳かな雰囲気に包まれた体育館。
    静けさの中に
    鼻をすする声があちらこちらで聞こえ始める。

    学生時代の卒業式
    わたしは泣いたことがない。

    作りこまれた演出。
    長い挨拶。
    早くこの制限された場所から解放されたい。
    頭の中は、ただ時間が過ぎることだけを考えていた。

    教員という立場で、卒業式に参列するときもまた同じだ。
    生徒や保護者とは、違う向きで並ぶ。
    式がはじまるまで、ざわついていた保護者たちも
    時間とともにハンカチを目がしらに当てるようになる。

    ただ、月日が流れたら
    節目の季節がやってくるだけ。

    そんな風に思っていたわたしには
    保護者の涙の意味を知りたかった。

    頭では、もちろん想像できる。
    理解もする。

    感情がどのようになるのか
    体感したかった。

    最初のチャンスがやってきた。

    息子の幼稚園の卒業式。
    いよいよ、あの涙の正体を知る日がきた。
    冷静に、でも、興奮していた。

    泣く理由を知りたいなどと
    共感してもらえるはずもない。

    泣かない勝負をするわけではない。
    涙がでるのかどうか、実験なのだ。
    感情が、どう動くのか。

    座席を後方に確保した。
    まわりの様子も見渡せる。
    もし、泣いたとしてもまわりを気にすることもない。

    だけど、まだ、子どもたちが入場する前から、
    走馬灯のように出産からこれまでの日々が心に浮かぶ。

    初めての育児で戸惑ったり、失敗したこと。
    初めて立った瞬間を見逃さなかったこと。
    「かっかー」というわたしを呼ぶ声が
    いつしか「かあちゃん」に変わったこと。

    いかんいかん。
    それでは、泣く準備万端ではないか。

    自分にブレーキをかけながら、
    入場してくる子どもたちを迎える。

    でも、頭の中は、わが子が主役の映画が
    止まることはなかった。

    入園当初、お道具箱を毎日持ち帰ったこと。
    初めてのお友達ができたこと。
    成長ゆっくりめのおっとりした子が
    こうやってみんなといっしょに堂々と式に参加していること。

    成長した喜びを感じずにはいられない。
    胸が熱くなる。
    目頭が熱くなる。

    あぁ、わたし、泣いている。
    母親として参列した初めての卒業式。
    涙があふれた。

    こういうことなのか…

    卒業式の演出に泣いたわけではない。

    わたしだけが観ることのできる、わが子が主役の映画に泣いたのだ。

    これからも、わが子が主役の映画は続いていく。
    小学校でも中学校でも。
    その節目節目で
    上映会がわたしの中で始まる。

    ああ、泣いちゃった。

    「かあちゃん、泣いたの?」
    息子のことばに、思わず笑顔がこぼれた。







     
     
     
    50代おひとりさま。ポンコツ街道まっしぐら。 小さなおうちで、シンプルな暮らしと庭時間を楽しんでいます。 過去の自分に会いに行くエッセイ「あの日のわたしに会いに行く」、人生の後半戦を綴る「おひとりさまの老後」を中心に、暮らしや心の記録、くすっと笑える短編エッセイを綴っています。

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