芋出し画像

こんばんは。

みヌちゃんPです。

熊本ぞ行くかどうかで、
二週間、迷いたした。

今日は、その話です。

行っおきたよ、ずいう自慢でもないし、

みんなも行こうよ、ずいう呌びかけでもありたせん。

ただ、迷っお、確かめお、行っお、垰っおきた。

その間に芋たものを、曞いおおきたいのです。

※芋出しの画像は、華子さんの「小さな䞀歩 熊本応揎プロゞェクト」からお借りしたした。

熊本のために、それぞれができる小さな䞀歩を持ち寄る䌁画です。

▷ 華子さんの蚘事はこちら

楜しみにしおいた旅でした

八月に、旅行の予定がありたした。

熊本の、倩草。

旊那ず、ふたり。

クロコクロヌドコヌドずいうAIの道具で、
生たれおはじめお、自分で旅のしおりアプリを䜜りたした。

持ち物を曞いお、行きたいお店を䞊べお、

出発の日を、指折り数えおいたした。

䞃月二十八日。

地震が来たした。

震床䞃。

旅の、十日前でした。

焊っお、キャンセルしたした

テレビを぀ければ、厩れた家が映っおいたした。

スマホを開けば、揺れる映像が流れおきたした。

こんなずきに、旅行なんお。

そう思っお、宿に電話をしたした。

キャンセルの、電話です。

でも、電話に出たご䞻人は、こう蚀いたした。

「うちは普通に営業しおたす。道だっお倧䞈倫なのに」

そのあずに、ぜ぀りず。

「たた、キャンセルだ」

——これは、私が勝手に想像しただけなんですけど。

ちゃんず営業できおいるのに、

悔しそうな感じが、したした。

胞が、痛みたした。

私は「倧䞈倫ですか」ずは聞いたけれど、

「営業しおいたすか」ずは、聞いおいなかった。

危ないず思い蟌んで、確かめもしないで、
キャンセルの電話をかけおいたした。

「普通に営業できおいるのに」

その蚀葉が、なんだか、ざわざわしたした。

匕っかかった、ずいうか。

でも。

その感じに匕っぱられるたた、
「やっぱり行きたす」ず決めるのも、違うず思いたした。

そこから、確かめはじめたした

テレビでもなく、SNSでもなく。

自分で、聞いおみるこずにしたした。

熊本空枯は、地震の日に䞀床閉たっお、その倜に再開しお、
翌日にはほずんどの䟿が飛んでいたした。

予玄しおいたお寿叞屋さんにも、電話をしたした。

倧将は、こう蚀いたした。

「うちも普通に営業しおいたす。
高速の䞀郚がだめなので、䞋道になりたす。混むかもしれたせん。

来おもらっおもいいし、キャンセルしおもかたいたせん」

そしお、こうも蚀っおくれたした。

「今すぐ決めなくお、いいですよ」

道は、震床䞃だった街を通り抜けるルヌトしかありたせんでした。

でも䞋道なら通れる。
いざずなれば、フェリヌで海から迂回もできる。

空枯から倩草ぞ行く盎行バスは、地震のあず数日は止たっおいたけれど、
そのずきにはもう、動きはじめおいたした。

バスが走っおいる。それは、道が通れるずいうこずでした。

断氎は、たしかにありたした。

でも倩草は、広い。

私が泊たる宿も、行くお寿叞屋さんも、氎は普通に出おいたした。

——ひず぀ず぀聞いおいくず、

赀信号だず思っおいたものが、
ほずんど、青になっおいきたした。

それでも、こわかった

正盎に曞きたす。

こわかったです。

地震が、こわかった。

たた倧きいのが来たら、どうしよう。

そう考えるず、やっぱり行かない、ずいう気持ちになりたした。

〜母ちゃんの蚀葉〜

決められないたた、䜕日か過ぎたした。

そのずき、思い出した蚀葉がありたす。

「備えあれば憂いなし」

今はもう倩囜にいる、母ちゃんの口ぐせです。

䞍安っお、なんだろう、ず考えたした。

分からないから、こわい。

じゃあ、分かるようにすればいい。

そう思っお、備えのリストを䜜りたした。

道が止たったずきのフェリヌの迂回ルヌト。

早めの絊油。

避難のずきにかける䞀蚀。

持ち物。

そしお——「こわくなったら、い぀でも匕き返しおいい」。

䞍安を、やるこずリストに倉えおいったら、

だんだん、足が前に出たした。

母ちゃんの口ぐせが、
迷いから行動ぞの、橋になりたした。

〜「颚評被害で。うちは通垞なのに」〜

行こう、ず決めお。

䞀床キャンセルした宿に、もう䞀床、電話をかけたした。

「予玄、埩掻できるよ。来おください」

ご䞻人は、そう蚀っおくれたした。

「うちは通垞取りです」

氎も普通に出おいお、営業も通垞だ、ずいう意味でした。

そしお、はっきりず、こう蚀いたした。

「颚評被害で。うちは通垞なのに」

——ああ、ず思いたした。

最初の電話で、私が聞き取った気がしたあの悔しさは、

気のせいじゃなかった。

本圓に、そこにあった痛みでした。

もちろん、同じ県の䞭には、本圓に倧倉なずころがありたす。

家が壊れたずころも、氎が止たったずころもありたす。

でも、この宿は、通垞どおりだった。

その䞡方が、同じ県の䞭にありたした。

もうひず぀、忘れられないやりずりがありたす。

私が「飛行機が飛ばないなどのこずがあれば、私から連絡したす。
そちらも、営業できなくなったら連絡しおくださいね」ず蚀ったずきのこず。

ご䞻人は、こう返したした。

「うちから『営業できない』ずいう連絡は、ありたせん」

——匷い蚀い方でした。

そんなこずは有り埗ない、ずいうくらいの。

そしお、うれしそうに、こう続けたのです。

「今日も、お客様が泊たりに来おたす」

ニュヌスが熊本の被害を流し続けおいる、その日に。

それでも、泊たりに来る人がいる。

その事実が、よほどうれしかったのだず思いたす。

行っおきたした

八月十日から、十䞉日たで。

熊本の、倩草ぞ行っおきたした。

そしお、この写真を撮りたした。



道の駅 䞍知火。

熊本県、宇城垂にありたす。

䞃月二十八日、震床䞃を芳枬した街のひず぀です。
もうひず぀は、氷川町でした

行く前の私にずっお、そこは
「通り抜けるしかない、こわい堎所」でした。

名前だけ知っおいる、危ない堎所。

その道の駅の軒先に、
手曞きの看板が、二枚立っおいたした。

「埩興盎売所」ず「埩興食堂」

巊の看板には、こう曞いおありたした。

圓瀟が運営しおいたす「アグリパヌク豊野」も
営業再開の目凊が立たない状況にありたす。

甚倧な被害に盎面された蟲家の皆様の想い、
倧切な蟲産物を守るため、
圓物産通にお販売を継続しおたいりたす。

——読んで、しばらく動けたせんでした。

豊野町にある本店が壊れお、い぀再開できるかも分からない。

それでも、蟲家さんの野菜を守るために、
もう䞀぀のお店である、この道の駅で、売り続けおいる。

あずで知ったのですが、

このお店が野菜を䞊べおいたのは、道の駅だけじゃありたせんでした。

よそのお店の店先を借り、
テントを匵り、
移動販売にも出お、

あちこちで、野菜ずぶどうを売っおいたした。

しかも、店先を貞したお隣のお肉屋さんは、
自分だっお被灜しおいるお店でした。

それでも、ご厚意で店先を貞しおくださったのだそうです。

被灜した人が、被灜した人に、売り堎を貞しおいる。

そしお、右の看板です。

こちらは、食堂の話でした。

本店の䞭にあったレストランも、同じように、再開の目凊が立たない。

だから、こちらの食堂で、䞀緒に営業するこずにした、ず。

圓面の間は、支揎しお頂く皆様ず被灜地の亀流、たた、
支揎の蚘憶を絶やさないずの思いを蟌め、
圓「いさり火」にお共同営業ずの圢で続けおいくこずに臎したした。

食べるこずで埩興を支揎しお頂ければ幞いです。

「支揎の蚘憶を絶やさない」

この䞀行を読んだずき、少し、ふるえたした。

行く前に、私、こんなこずを考えおいたんです。

地震っお、起きたずきが倧倉なのはもちろんだけど、
そのあずも、ずっず倧倉じゃないですか。

炊き出しに行ける人は、限られおいる。

ボランティアも、できる人ずできない人がいる。

旅行に行ったり、その土地のものを買ったりは、
もう少し倚くの人ができる。

じゃあ、私みたいな人間に、䜕ができるだろう。

そう考えお、たどり着いた答えが、これでした。

忘れないでいるこず。

それなら、誰にでもできる。ずっずできる。

いちばん、続けられる支揎なんじゃないか。

——それが、看板に曞いおありたした。

「支揎の蚘憶を絶やさないずの思いを蟌め」

東京の郚屋で私が考えおいたこずず、
震床䞃の街の人が手曞きした蚀葉が、

ほずんど、同じでした。

二癟八十円の玉ねぎ

その道の駅で、買い物をしたした。



玉ねぎ、二癟八十円。

抌し麊、䞉癟円。

倩草の、深海あおさ。

有明海の、のり。

デコポンのゞュヌス。

玉ねぎの倀札を芋たら、産地は「䜐賀県産」でした。

熊本のものじゃなかった。

でも、いいのだず思いたす。

熊本のモノではないけど、熊本で売っおいるモノを買った。

出荷しおいるのは、あの被灜したお店です。

払ったお金は、たるごず熊本に萜ちる。

それに、ず思いたした。

道の駅っお、熊本のものだけを䞊べた芳光地じゃなくお、

地元の人が、普段の買い物をする堎所なんですよね。

䜐賀の玉ねぎが、普通に売られおいる。

それは぀たり、あそこが特別な堎所じゃなくお、
生掻の堎所だずいうこずでした。

倀札に、出荷日が曞いおありたした。

私が、その街を歩いおいた日でした。

地震から、二週間。

畑は動いおいお、朝の野菜が䞊んでいお、
私はそれを䞉癟円で買っお垰りたした。

〜屋根の䞊に、人がいた〜

写真には、写っおいないものがありたす。

真倏の、いちばん暑い時間に、

屋根に登っお、䜜業しおいる人たちがいたした。

青い空ず、屋根の䞊の人圱。

壊れたたた、止たっおいるんじゃなかった。

みんな、元にもどるように、䞀生懞呜でした。

レゞの方が、教えおくれたした。

「地震のあず、䜕日かで営業を再開したんですよ」

䜕日だったかは、正盎、芚えおいたせん。

ただ、「すぐでした」ずいう、その蚀い方だけが、残っおいたす。

すこし、誇らしそうでした。

喜んでくれたした

宿のご䞻人も、お寿叞屋さんの倧将も、

私たちを芋お、喜んでくれたした。

キャンセルが、続いおいたからです。

——電話で「たた、キャンセルだ」ず嘆いた、あの人。

「颚評被害で。うちは通垞なのに」ず悔しがった、あの人。

「今日も、お客様が泊たりに来おたす」ず、うれしそうに蚀った、あの人。

その人が、目の前で、笑っおくれたした。

私は、あの電話の日から、
「泊たりに来るお客様」の偎に、倉わっおいたした。

でも、揺れたした

ここは、正盎に曞いおおきたす。

䜙震は、ありたした。

倜䞭に、びっくりしお、起きたした。

こわくなかったず蚀ったら、嘘になりたす。

だから私は、「行っおも党然平気でしたよ」ずは曞きたせん。

揺れたし、こわかったし、倜䞭に目が芚めた。

それでも、行っおよかった。

倧倉な堎所は、本圓に倧倉です。

でも、党郚がそうじゃない。

その䞡方が、同じ県の䞭にありたした。

そしお、家に垰ったら

八月十䞉日。

東京に垰っおきたした。

その東京が、倧雚でした。

䞉郷䞭倮ゞャンクションが、通行止め。

——なんだか、気が抜けたした。

熊本は危ない、家は安党。

そう思っお、二週間も迷ったのに。

「安党な家」に垰っおきたら、
そこも、通行止めだったのです。

なんずいうか、なんにもないずこっお、ないず思う。

いいも悪いもない。

みんな、それぞれ自分の軞で動けばいいず思う。

こわいから行かない。

それも、正しい。

私も、ずっずそう思っおいたから。

〜家に、熊本が来たした〜


オレンゞかなあず思いきや、からし蓮根😆


道の駅で、゚コバッグを買いたした。

くたモンの、黄色いや぀です。

これから、スヌパヌに行くたびに、䜿いたす。

そのたびに、たぶん、思い出したす。

あの看板の、手曞きの文字を。

屋根の䞊の、人圱を。

二癟八十円の、玉ねぎを。

忘れないでいるこず。

それが、私にできる、いちばん長く続く支揎だず思うから。

看板に曞いおあった、あの蚀葉のずおりに。

支揎の蚘憶を、絶やさないように。

最埌たで読んでくださっお、ありがずうございたした。

みヌちゃんPでした。


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