家から数歩。それでも私には、ちゃんとキャンプだ|50代
たぶん7年くらい使っているColemanの椅子がある。
キャンプ用品として買ったものだけれど、これが「家キャン」の椅子になったのは、ここ2年くらいのことだ。
置いてあるのは玄関先。
どこか遠くのキャンプ場でもなければ、広い庭でもない。
玄関を開けて、ほんの数歩。
そこに椅子を出して座る。
私の家キャンは、だいたいそこから始まる。

以前にも家キャンについて何度か書いてきた。
仕事があり、介護があり、家のことがあり、子どものこともある。
「今日は一日自由だ」
そんな日は、今の私にはそう多くない。
だったら遠くへ行くことばかり考えず、家のすぐそばで少しだけ外へ出ればいい。
そんなところから始まった。
今でも、その基本はあまり変わっていない。
昼間は玄関に座ることが多い。
何時から何時まで、と決めているわけではない。
仕事と仕事の間だったり、家の用事がひと段落した時だったり。
空いた時間に、ちょっとだけ座る。
春から秋なら、ノンアルコール飲料や炭酸水。
冬になれば、ホットコーヒーや紅茶、日本茶。
季節が変われば、持っていくものも変わる。
夏の玄関なら、蚊取り線香はほぼ必須だ。
そんなものを用意して、Colemanの椅子に腰を下ろす。
たったそれだけである。
キャンプ飯らしいものを作るわけでもない。
ある日は、こんな感じだった。

スイカパン。
ポテトチップス。
そしてノンアルコールの梅酒ソーダ。
これを見て、
「キャンプ飯ですね」
と言う人は、たぶんあまりいない。
私もそう思う。
でも、これでいい。
家の中で同じものを食べるのと、玄関先の椅子に座って食べるのとでは、ほんの少し気分が違う。
外の空気がある。
車の音がする。
風が通る。
暑かったり、寒かったりもする。
その「ほんの少し違う」が、家キャンでは案外大きい。
そして夜になると、場所を変える。
私が「縁側」と呼んでいる場所だ。
正確に言えば、写真の手前側に本来の縁側があり、その横に椅子と小さなテーブルを置いている。
ひっくるめて、私はここを縁側と呼んでいる。

昼の玄関とは、ここから少し雰囲気が変わる。
みんなが寝たあと。
ある程度まとまった時間が取れた夜。
ここへ酒を持っていく。
ウイスキーだったり、焼酎のハイボールだったり。
たまにサングリアのこともある。
冬場にはランタンを出すこともある。
その姿は、またいつか紹介しようと思う。
夜は、昼ほどせわしなくない。
空を見て、何も考えないこともある。
逆に、いろいろ考えてしまう夜もある。
これからの人生のこと。
介護のこと。
昔のこと。
もう会わなくなった人のこと。
忘れたと思っていた出来事が、突然浮かんでくることもある。
別に答えを出したいわけではない。
酒を飲みながら、
「あんなこともあったな」
と思っているだけの夜も多い。
それで十分なのだと思う。

家キャンという名前をつけているけれど、やっていることは大げさなものではない。
テントを張るわけでもない。
焚き火をするわけでもない。
車に荷物を積んで何時間も走ることもない。
玄関まで数歩。
縁側までなら、もっと近い。
しかも屋根があるから雨の日でもできる。
一年中できる。
だから続いたのだろう。
時間がたくさんある人の趣味ではなく、時間が細切れになっている今の私にもできる。
昼なら5分でもいい。
10分でもいい。
夜に少し長く座れるなら、それもいい。

家キャンを始めて2年ほど経つ。
最初の頃、私はこれを「心の避難所」のように書いていた。
今はどうか。
やっぱり、あまり変わっていない。
仕事がある。
介護がある。
家族のことがある。
明日になれば、また何かが始まる。
だから私は、玄関の椅子に座る。
夜になれば、縁側へ行く。
別に人生が変わるわけではない。
悩みが消えるわけでもない。
それでも一度、家の中から数歩だけ外へ出る。
それだけで、頭の中に少しだけ隙間ができる。
私にとって家キャンは、たぶんキャンプそのものを楽しむ以上に、その隙間を作るための時間なのだと思う。
10年使っているColemanの椅子は、今日も玄関にある。
遠くへ行けない日もある。
まとまった時間が取れない日もある。
そんな日は、数歩だけ外へ出る。
そこが今日の私のキャンプ場だ。
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