
35年越しの「ありがとう」
小学校低学年の頃の私は、学校ではほとんど言葉を発せず、よく泣いてばかりいる子供だった。
ある日、私は授業中にお漏らしをしてしまい泣いていた。そんな私を献身的にお世話してくれた養護の先生がいた。
あれから35年。奇跡のような巡り合わせがあり、先生と再びお会いする機会に恵まれた。懐かしい思い出話に花を咲かせていると、胸の奥に眠っていた一つの映像が蘇ってきた。
そこには、今は亡き母の姿があった。息子がお世話になったお礼にと、母は先生にハンカチらしき贈り物を手渡そうとしていた。しかし先生は、申し訳なさそうにそれを断った。
すっかり忘れていたことだったのに、先生と再会し、話をしていると鮮明に浮かんできた。不思議なものだ。
当時は内気さと恥ずかしさで、自分からは何も言えなかった。けれど、もういい大人になった今、35年という長い時を越えて、あのとき言えなかった言葉をまっすぐに伝えるときが来た。
「その節は、本当にありがとうございました」
あのとき母が先生に渡そうとしていたものを、ようやく自分の手で手渡せたような気がする。再会という奇跡と、時を経ても色褪せない先生の温かさは、これからも忘れることはないだろう。