
「半熟質屋」(第13.5話)幕間 埃
【あらすじ】
大塚質店。ベージュのタイル張り、電飾看板。引き戸を開けると、ベルが鳴る。
行き詰まった末に、縁あってこの質屋に流れ着いた桃瀬信一、三十二歳。
師匠の大塚さんの下で働き始めて半年が経った。
質屋には毎日、誰かが来る。 売りたいと言いながら手放したくない人。手放したいと言いながら、値段を聞いた瞬間に表情が曇る人。
カウンターに置かれるのは、時計や指輪やバッグだけではない。 言えなかったこと、捨てられなかった時間、まだ諦めきれない誰かの暮らしも、そこに置かれる。
自分に価値があるのかもわからない男が、他人のモノの値段を決める。
大塚質店で働く桃瀬信一は、今日もベルの音に顔を上げる。
幕間 埃
翌朝、大塚さんが先に来ていた。
引き戸を開けると、有線放送が流れていた。
「おはようございます」
「ああ」
大塚さんは、台帳を見ていた。
僕は、コートを脱いだ。手袋を引き出しに入れた。
棚を、見ないようにした。
でも、見えた。
工具があった一区画。空だった。
埃の跡が、白く、四角く残っていた。
宮本さんが来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
三人とも、それだけだった。
開店の準備をした。引き戸の鍵を開けた。のぼりを出した。砂利を踏んだ。
客が来た。
時計を持ってきた男だった。四十代。無口だった。
僕は、手袋をはめた。文字盤を確認した。裏蓋の刻印を確認した。金額を出した。
「はい、こちらでどうでしょう」
男がうなずいた。台帳に書いた。
仕事だった。
それだけだった。
昼過ぎ、宮本さんが棚の前を通った。
一瞬、足が止まった。
それから、歩いた。
何も言わなかった。
夕方、僕は雑巾を持った。
大塚さんは奥にいた。宮本さんは、もう帰っていた。
棚の、空いた区画に近づいた。
雑巾で、埃の跡を拭いた。
四角い跡が、薄くなった。
もう一度、拭いた。
消えた。
僕は、雑巾を持ったまま、立っていた。
棚が、ただの棚になっていた。
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