
そもそも、私はなぜ片付けたいのか?|お片付けの神様?#4
日曜日、久しぶりに朝早く目が覚めた。と言っても8時だけど。
テレビをつけようとちゃぶ台のリモコンを探すが見当たらない。
私は思い出した。昨日、シロにアドバイスをもらい、電池を抜いて引き出しにしまったのだ。こうでもしないとテレビをやめられないなんて、無意識の習慣ってコワイ。
今日もおばあちゃんとシロは不在だ。どうせまたどこかで私の行動をモニタリングしているに違いない。それできっと「全然片付いとらんのう」とかドヤ顔で言いたいのだろう。
そんなことをさせてたまるかっ!
今日こそは、あのグラフを、片付けの割合でいっぱいにしてみせようじゃないの!
私はイスにかけてあったジーンズとシャツに着替え、キッチン下の扉からゴミ袋を出した。
しかし…… 私は部屋の真ん中でゴミ袋を片手に呆然とした。
どこから手をつければいいのかわからないのである。
そうだ、まずは片付け本を読もう。
私は読みかけだった片付け本を数冊ちゃぶ台に乗せ、読み始めた。
が、数行読んだら眠くなってきた。活字を追うのはどうも苦手である。目覚めのコーヒーでも飲もう。
まだ朝食も食べていなかったことを思い出し、私は近所のコンビニに行くため、玄関の扉を開けた。
「うわっ!」
玄関の外には、おばあちゃんとシロが立っていた。
「どこに行くんじゃ」
おばあちゃんが冷めた目で私を見る。
「ちょ、朝食を買いに行くの! 何か食べるぐらい、いいでしょ!」
「そんなことだろうと思うて、ほれ、買ってきてやったぞ。」
そう言っておばあちゃんは、手に持っていたコーヒーとサンドイッチを渡してくれた。
部屋に戻ると、床に放置されたままのゴミ袋を見つけたおばあちゃんが一言。
「ゴミ袋は出したけど、ひとつもゴミが入っとらんな」
「だって、何から始めたらいいかわかんないんだもん! 片付け本も読み始めたけど、内容が全然頭に入ってこないし。」
すると、シロが静かに問いかけてきた。
「えるさんは、そもそもなんで片付けたいんだニャ?」
「なんでって……ゴミ屋敷で死にたくない…から?」
私は突然そんな質問をされて、おばあちゃんに言われた言葉しか思いつかなかった。
「それは本当に目的なのかニャ?誰かに言われた、遠い未来に起こるかも分からないことを目的にして、本当に動けるのかニャ」
シロの言葉に、おばあちゃんが横から口を挟む。
「人からどんなに、太ると言われても甘いものは止められんし、将来苦労すると言われても簡単に貯金できんしな。まあ、人の忠告なんてそんなもんじゃ。」
さらにおばあちゃんは続けた。
「わしも昔、片付けるために友達に遊びに来てもらう約束をしようと思ったことがあった。しかし、もっと片付いてからにしようと思って、結局そのままになった。ホテルみたいな部屋にしたいと思ったこともあったが、ぼんやりとした理想で終わってしまったわい」
明確な目的がないと人は動けないらしいが、私にはその目的が思いつかない。
「やらなきゃいけないのはわかっているけど、はっきりした目的がないなら、『目標』を作るのがいいニャ。」
シロがアドバイスをくれた。
「例えば、片付け本の著者をお手本にするのはどうかニャ。ホテルみたいな部屋を想像するより、何をどのくらい持っているのか、どんな部屋に住んでいるのか具体的に分かるニャ。」
私はちゃぶ台の上に置いた数冊の本に目を落とした。
「うーん……でも、読んでも全然イメージできないんだよね」
「それは、自分と状況が違うからかもしれないニャ。この著者は20代、こっちは60代。今のえるさんとは20歳ぐらい離れてるからイメージしにくいニャ。もう一冊は40代だけど家族で暮らしているママだニャ。独身のえるさんがイメージしにくいのも当然だニャ」
「なるほど……」
「えるさんのお手本になってくれる人を、探しに行くニャ!」
「どこへ?」
「本屋さんだニャ」
シロはどこから出してきたのか、前足で黒縁のメガネを差し出した。
「なにこれ?」
「モニタリング用のメガネだニャ。えるさんが見たものが、ボクの目の前にも映るんだニャ。ボクはここでお留守番して、いい本に巡り会えるか、観察してるニャ。」
「ムダな行動しないように監視するってわけね。まあいいけど。」
私はメガネをかけ、おばあちゃんと駅前の大きな古本屋へ向かった。お金もないし、古本なら安く手に入るかもしれない。
「本屋さんに着いたニャ」
耳元からシロの声がした。
どうやらモニタリングメガネには、スピーカーもついているようだ。そして、私たちの会話も聞いている。
「ねえ、本が大量にあるんだけど」
「とりあえずライフスタイルのコーナーに行ってみるニャ。タイトルを見て気になったものを手に取ってみるんだニャ。」
シロに言われた通り、私は本棚の並べられた背表紙のタイトルを眺めていた。すると、ふと目に止まった一冊があった。

『トランクひとつのモノで暮らす』
著者は40代の一人暮らしの女性、ミニマリストのエリサさん。
トランクひとつで暮らすなんて、そんなことできたら最高じゃん! 日本中、いや世界中、いろんなところに行けそう!
私は想像した。
白いワンピース、つばの大きなマダム帽、ブランド物のサングラス、風になびくサラサラの黒髪、ちょっとアンティークなデザインのスーツケース。どこかの海外の海辺を歩く私……。
「おまえさんにはムリじゃな」
おばあちゃんの一言で、私は妄想の世界から一気に引き戻された。
「なんでよ」
「ミニマリストは、毎日同じ服を着るんじゃぞ。卒業アルバムは捨てねばならんし、欲しいものも我慢せねばならん。何もない部屋で暮らすんじゃ。おまえさんにそんなことできるわけがなかろう。」
『それは、誤解だニャ!』
耳元でシロの声がした。
『ミニマリストっていうのは、自分に必要な物と量を分かっている人のことを言うんだニャ。必要なものにはお金をかけるけど、いらないものにはお金をかけない、自分の人生に必要なものだけと暮らしている人なんだニャ』
私はここで初めて、ミニマリストというものを知った。
本をパラパラとめくると、洋服や食器、部屋の写真がたくさん掲載されている。年齢も近いし、今までのみた片付け本の中で一番イメージが湧いてきた。
なぜ、イメージできたのかというと、実は、似たような経験があったのだ。
30代の時である。知人から受けた仕事のため、実家を出て、3ヶ月間スーツケースひとつとダンボール2箱の荷物だけで暮らしたことがあった。友人宅に居候していたので生活に必要な日用品は揃っており、手持ちの物は仕事に必要な服やバッグ、パソコンぐらいだった。
『ミニマリスト』
目標にいいかも。

「いいお手本が見つかってよかったのう」
帰り道、おばあちゃんがぽつりと、寂しそうに言った。
「わしもこういう本に巡り合っておったら、変わっとったかもしれんな」
おばあちゃんのそんな後ろ姿を見て、私はふと声をかけた。
「ねえ、ご飯食べていかない?」
向かったのは、私が最近気に入っている喫茶店だ。
「懐かしいのう。よくここでナポリタンを食べたわい」
2人でナポリタンを食べながら、私は今日見つけた『ミニマリスト』という目標に胸を躍らせていた。
「よーし。お手本も見つかったし、今度の週末は絶対にいらないものをバンバン捨てて、あのグラフを片付けの割合でいっぱいにするから!」
私が意気込みを口にした瞬間、ナポリタンを口に運んでいたおばあちゃんが、ピタッと手を止め、ニヤリと笑った。
「おまえさん、まだまだじゃのう」
「えっ?」
『おばあちゃんの言う通りだニャ』
耳元のメガネから、シロの落ち着いた声が聞こえてきた。
『過去のえるさんの週末の行動履歴を分析すると、勢いだけで「週末にまとめてやる」と宣言した場合の達成率は、限りなくゼロに近いニャ』
「え……?」
『このままだと、また同じ失敗を繰り返す確率は99%だニャ』
私はナポリタンを巻くフォークの手を止めた。
「失敗する確率99%って、どういうこと???」