
人生ゲーム、ログアウトします。──お金・成長・人間関係・自由のクエストを全部放棄した男の話
第1章 お金クエスト、強制アンインストール
二十九歳の春。
俺はコンビニのATMの前で悟りを開いた。
残高、3,482円。
財布にはレシートが17枚。
現金は83円。
そしてスマホには、
『老後資金二千万円問題』
『資産形成しない人はヤバい』
『今すぐ始める新NISA』
という、金融ゾンビたちの断末魔が並んでいた。
「うるせえな」
俺はATMに向かって言った。
「お前ら全員、いつ安心するんだよ」
年収300万の奴は500万欲しがる。
500万の奴は1000万欲しがる。
1000万の奴は資産1億を目指す。
資産1億の奴は資産10億を目指す。
資産10億の奴は病院で点滴打ちながら株価を見る。
なにこのホラーゲーム。
ラスボスが存在しない。
エンディングがない。
ただ走らされる。
永遠に。
「クソゲーじゃね?」
その瞬間だった。
脳内に表示された。
【メインクエスト】
お金持ちになれ
報酬:安心
俺は吹いた。
安心?
どこにある?
誰か見たことある?
スクリーンショット持ってる?
存在しねえだろ。
俺はその場でメニュー画面を開き、
【クエスト放棄】
を押した。
お金は必要だ。
だが崇拝はしない。
俺は金の奴隷を辞めた。
その瞬間、
人生で初めて呼吸が深くなった。
第2章 成長という名のブラック企業
俺は長年、
自己啓発という宗教に入信していた。
朝五時起き。
読書。
筋トレ。
目標設定。
習慣化。
感謝ノート。
未来日記。
引き寄せ。
瞑想。
潜在意識。
成功哲学。
自己実現。
意識高い系フルコース。
今ならわかる。
完全に頭がおかしかった。
なぜなら、
ずっと苦しかったからだ。
「もっと成長しろ」
「もっと努力しろ」
「もっと学べ」
「もっと変われ」
お前は俺の母親か。
いや母親でもそんなこと言わねえ。
だが脳内上司は24時間営業だった。
休日なし。
労基なし。
残業無限。
ブラック企業オブブラック企業。
ある日、
俺は疲れ果てて布団の上で言った。
「成長って何だよ」
その瞬間、
脳内システムがフリーズした。
【エラー】
成長の定義が見つかりません
俺は爆笑した。
そうなのだ。
誰もゴールを知らない。
知らないくせに走っている。
地獄のマラソン大会である。
俺はゼッケンを外した。
そして寝た。
十時間。
まずはそこからだった。
第3章 人間関係というPvP地獄
人類は仲良くできない。
まずこの現実を受け入れよう。
俺は三十年かけて学んだ。
人間は怖い。
めちゃくちゃ怖い。
熊より怖い。
なぜなら熊はSNSをやらない。
ある日、
SNSを開いた。
友人A
「夢が叶いました!」
友人B
「起業しました!」
友人C
「結婚しました!」
俺
「歯ぐきから血が出ました!」
完敗だった。
圧倒的敗北。
俺はスマホを伏せた。
そして理解した。
人生のストレスの大半は、
他人を見ている時間で発生する。
人は変えられない。
支配できない。
理解もできない。
だったらどうする?
簡単だ。
距離を取る。
この答えに気づいた瞬間、
人生の難易度は
ハードモードからノーマルモードになった。
嫌な奴から逃げる。
疲れる集団から離れる。
無理な会話をやめる。
すると不思議なことに、
平和が訪れた。
人間関係の秘訣。
それは、
全員と仲良くしないことだった。
第4章 GAME CLEAR
朝だった。
窓から光が差し込んでいる。
俺は目を覚ました。
腹が減っていた。
飯を食った。
うまかった。
終わり。
いや本当に終わりだ。
人生とは、
たぶんこの程度の話だった。
金持ちにならなくてもいい。
一番じゃなくてもいい。
全員に好かれなくてもいい。
完璧にならなくてもいい。
お腹が空いたら食う。
眠くなったら寝る。
疲れたら休む。
危険なら逃げる。
好きな人と笑う。
たったそれだけ。
俺は鏡を見た。
そこには以前より少しだけマシな顔をした男がいた。
成功者ではない。
勝者でもない。
意識高い系でもない。
ただ、
生きている人間だった。
脳内に最後のメッセージが表示される。
【人生ゲーム】
プレイを終了しますか?
▶YES
NO
俺は迷わずYESを押した。
すると画面いっぱいに文字が現れた。
GAME CLEAR
ようこそ現実へ
俺は笑った。
そして鏡の中の自分に向かって言った。
「はじめまして、僕。」
その日から、
俺の人生はようやく始まった。