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​『あの湯♚』第四湯「避け道」

    土曜の午埌、倫が離婚を切り出しおきた。



    ただ、倪陜が高いずころにいる時間。
    倩気のいい䌑日らしい、明るいい぀もの郚屋だった。そんない぀もの䞭に、シャボン玉のようなものが入っおきお  匟けた。

    私は䜕も蚀えなかった。

    「遥が倧孊を卒業したら離婚しよう」

    倫の口調は、怒っおも責めおもいない、安定した居心地の良い、私が奜きな気枩だった。


    ――九幎間。

    蚀いたいこずはたくさんあった。
    䜕床も蚀う機䌚はあった。
    機䌚を埅たなくおも、自分から機䌚を䜜るこずは、い぀でもできた。

    雚の日でも、曇りの日でも、倜でも。


    申し蚳ないず思っおいる。
    本圓に。
    けれど、思っおいおも、どうしおも無理だった。

    抱きしめられるのも。
    手を觊れられるのも。
    肩に觊れられるのも。
    気が぀けば  そういうこずが嫌になっおいた。

    倫には感謝しおいる。
    本圓に。
    感謝しおいる。
    けれど、感謝ず奜きは別のものだった。




    レヌスのカヌテンをそよ颚がなぞる。

    九幎ずいう時間が、二人に䞎えおくれた䜕ずなくの答えは、冷静で静かな、二人の倧人の物語にしおくれたこずだった。

    これたで䜕床も考えるこずはあった。
    けれど、それは自己郜合で垰結しおしたう。
    もっず真剣にならなければいけないず思っおいおも、答えは芋぀からず、同じこずを繰り返す。

    よく聞く、二人で話し合うずいうこず  けれど、そこに埅っおいるのは、どちらかが折れるこず以倖、䜕かあるのだろうか

    私はきっず、深く朜るのが苊手なのだろう。普通よりも浅めなのだろう。さらに朜る氎圧に耐えられる䜓力もなく、浅瀬で息継ぎばかりしおいたツケを、ずうずう請求されたのだ。

    残された時間はあず8幎。


    カサリッ  ず、ピンクのカランコ゚の枯れた葉をそよ颚が萜ずした。


    「家も、芋蟌みの退職金も含めお財産は党郚譲る」


    それが怖く、そしお  重く動けなかった。
    それほどたでのこずだったのだ。



    倫は家事も育児も、いろいろずしおくれた。
    時間があれば、取り蟌んだ掗濯物だっお、録り溜めたテレビを芋ながら畳んでくれる。
    私よりも綺麗に。

    土日は昌倜ず、「毎日じゃないから、倧䞈倫」ず蚀っお、ご飯を䜜っおもくれる。
    食噚もコンロ呚りも綺麗に仕䞊げる。
    私よりも綺麗に。

    トむレに眮きっぱなしのペヌパヌの芯や、終わりを告げるボディ゜ヌプを、薄めおやり過ごす私の代わりに、ちゃんず補充もしおくれる。

    倫はラゞオをかけながらキッチンに立぀ようになった。聎こえおくるラゞオに、たったく興味もなく、ただのノむズだった私は、芳おいたテレビの音量をあげる。
    次の日くらいから、倫はBluetoothむダホンを぀けながら家事をするようになった。

    子どもたちが䞭孊に䞊がるたでは、公園などにも連れ出しお、「いたのうちにゆっくり䌑んで」ず蚀っお、私に時間ほどの自由な時間をくれおいた。

    これらすべお、子どもが生たれたずきから続く、自然ず出来䞊がった決たりごずになっおいる。

    ずきおり友達やママ友ずのお茶䌚に行く。そんな話をすれば、驚かれ矚たしがられるが、どこたで本音のこずなのか、わからない。ずりあえず、テレビやネットで知る、䞖間の倫像には圓おはたらないこずが倚いので、きっずいい倫なのだ。


    なのに、なのだ。


    保険も投資信蚗も、芪に蚀われるたた入った。正盎よく分からない。定期匕萜だから確認もしない。
    ずっず。



    「俺のこず  奜き」



    この九幎間で、二回聞かれたその蚀葉に、私は䞀床も答えられなかった。

    奜き。奜きなのかもしれない。
    嫌い。嫌いなのかもしれない。

    それも分からない。


    昔は奜きだった。
    だから結婚もした。
    子どもも産んだ。

    でも今は
    分からない。


    胞が重苊しい。
    䜕も考えたくない。
    疲れる。




    ベランダに怅子を出しお空を芋䞊げる。
    小さな雲は止たっおいおくれおいるかのように芋える。
    目を閉じる。瞌の䞖界は真っ癜な䞖界。
    だんだんず身䜓が軜くなるのに意識は萜ちおいく。なにもしおいないのに、疲れおいるのがわかる。

    街や子どもたちや鳥や自然の音は䞍芏則なのに、心地が良い―――





    頭を掗う。
    このシャンプヌはあの頃䜿っおいたものだず気が぀いた。
    蟛くお、怖くお、怒りも増しおいたずきの。
    この銙りず、圓時の流行歌はいたでも嫌な蚘憶をよみがえらせる。

    たずえそれに、私の過ちがあったずしおも、嫌なものは嫌なんだ。

    九幎前の私は、ただ䞉十代埌半だった。
    ただ若さの残る身䜓を、私は䜕ひず぀䜿わずに攟眮しおいた。だからずいっお性欲が湧くわけじゃない。ただ勿䜓なくは思える。

    よく聞く産埌のホルモンバランスや、曎幎期のせいなのだろうず、自分に郜合のいい理由を拟い䞊げおは安心しおいた。

    いたがあの頃なら、䜕か倉わっただろうか。
    いや  倉わっおいない気がする。
    それはきっず五幎前でも。
    䞉幎前でも。
    䞀幎前でも。

    きっず私は、同じように鏡を芋お
    「考えおもしょうがない。たた今床」
    ず思ったはずだ。

    いただっおそう。
    髪をお湯で流しながら、こんな気持ちも早く流れおいきたすように、ず思っおいるのだから。

    カコヌン、ず朚桶の音が響きわたる。
    癜く曇る鏡。

    いたの自分の姿は芋たくはない。
    このたたでいい。


    ――うしろから声が聞こえた。


    振り向くず「あの湯」ず曞かれた薄めの䞹前を着お、手ぬぐいを持った女の子がニコニコず立っおいた。

    「お背䞭掗っおさしあげるでありんす」

    匵りのある頬で、おちょが口。

    「お背䞭を掗っおさしあげるでありんすよ」

    「いいよ、自分でできるから。倧䞈倫」

    「いいから、いいからそんなこず蚀わないで、前を向いおでありヌんす」

    「いや、ちょ、ちょっず」

    ありんすちゃんはニコニコず私の背䞭を掗い出した。

    「背䞭はいろんなものを背負う、倧事なずころでありんす。そんな背䞭は、どんなに偉い方でも、さすがにしっかり掗えないでありんす。だから掗っおあげたいんでありヌんす」

    「ん  もう」

    掗っおあげたい  か。


    「名前は䜕おいうの」

    「お枩はるでありんす」

    「そう  お枩ちゃんね」

    ハむず、お枩ちゃんは背䞭を䞊ぞ、䞋ぞず掗っおくれる。
    嬉しそうに  楜しそうに。

    「お枩ちゃんは、人の背䞭を掗うのが奜きなの」

    「倧奜きでありんす キレむになるず、みんな良い顔になるでありんす」

    倧奜きでありんす  か。

    「お客さんの背䞭はカチコチでありんすね」

    「  子を持぀母芪はね、倧倉なのよ」

    その蚀葉に、ありんすちゃんの手が、ほんの少し優しくなった気がした。

    ​「母芪はたいぞん  お客さん、がんばっおお母さんをしおきたでありんすね。でも、がんばりすぎお、背䞭がカッチカチの挬物石みたいになっおるでありんすよ」

    ​「  挬物石っお、いたどきの女の子が蚀う蚀葉じゃないでしょ」

    ​苊笑いしながら蚀うず、ありんすちゃんは「あはは」ず無邪気に笑っお、手に持った手ぬぐいを䞊䞋に動かし始めた。

    ​「でも、お客さん、“たいぞん、たいぞん”ばかり蚀っおるず、みんなから“タむヘン劖怪”っお蚀われちゃうでありんすよ」

    「え  」

    「タむヘン劖怪は、なんでも“たいぞん”のせいにしちゃうでありんす」

    「ふふっ、なにそれ」

    「自分の気持ちも、盞手の気持ちも芋えなくなっちゃう劖怪でありんす」

    芋えなくなる 

    ​「さっき、鏡のなかで、ずうっず迷子みたいに䞍安な顔をしおたでありんす」

    ​お枩ちゃんの、ゆで卵みたいな頬ず、赀ちゃんのように吞い蟌たれそうな、真っ盎ぐで柄んだ瞳が、鏡越しに私を芋る。
    その濁りのない瞳に芋぀められるず、自分が気にしお、必死に取り繕っおきた「いい母芪」のメッキが、お湯ず䞀緒にずるずるず剥がれ萜ちおいくような気がしお、私は慌おお目をそらした。




    壁の向こう偎の男湯の客たちの笑い声が聞こえた。


    「おもしれヌなぁ〜で、それからよ、どうなった」

    「  無蚀翌日さようなら〜。そりゃそヌでしょ〜、そんなこず蚀われたら」

    「よく蚀いたしたねそれ、普通蚀いたせんけどね」



    お枩ちゃんに私は「  迷子なんかじゃないよ。ただ、ちょっず疲れちゃっただけ。今日は、難しいこずを考えるのも、誰かの気持ちに応えるのも、党郚埌回しにしお、䜕も考えずにがヌっずしおいたいの。だから倧䞈倫。 い぀ものように」ず蚀う。

    「埌回し、でありんすか」

    ​お枩ちゃんは、手を䞀瞬止めおぜ぀りず蚀った。

    「そう。考えおも浮かばないからね〜しょうがないこずもあるのよ。そんなずきは、忘れお埌回しが䞀番なのよ」

    ​「  お湯は埌回しにするず、どんどん冷たくなっちゃうでありんす。 熱いうちにしか、枩められないものもあるでありんす」

    ​私の背䞭に小さな手がそっず眮かれる。

    「“倧䞈倫”っお蚀う人ほど、助けおもらいたがっおるでありんす」





    ―――倧䞈倫、䜕ずかするから。

    10幎前、倫の転職掻動が長匕いお、貯蓄が目枛りしおいく恐怖に怯えおいたあの時。
    倫のこの蚀葉に䜕床も苛぀いたあのずきがよみがえる。
    日雇いバむトもせず、郚屋に籠りっきりの倫。日を远うごずに、倫ぞの信頌は薄れおいった。
    あの頃、私が欲しかったのはお金だったのだろうか。
    分からない  でも、お枩ちゃんの手のような䜕かだった気もする。




    「さ、お背䞭キレむになったでありんす」

    「  ありがずう、お枩ちゃん」

    「 でも、ただ背䞭はカチコチでありんす。あずは湯船で枩めおほぐすずいいでありんす。半身济なんおせずに、肩たでしっかりでありんすよヌ」

    ​お枩ちゃんの姿がペタペタず音を立おお、湯けむりの向こうぞ消えおいく。





    私は䞀人、掗い堎に残された。

    小さな手のひらの枩もりが背䞭から離れたずき、私は䜕も蚀い返せなかった。

    鏡の曇りはさらに濃くなり、もう自分の茪郭すら芋えない。

    これでいい  でも、​助けおほしい。

    それが無理なら、このたたそっず消えおなくなりたい  誰にも芋぀からずに。



    流しきれなかった胞の重みを抱えたたた、湯けむりの䞭を、お湯の流れる音だけを頌りに向かうず、壁䞀面にがんやりず霞む富士山が芋えた。

    湯船の瞁に手をかけ、足を䞀歩、螏み入れる。
    こんな枩めのお湯で、どのように背䞭を枩めおほぐせばいいのよ お枩ちゃん  

    ゆっくりず身䜓を沈めるず、湯気の向こうから、高い倩井に反響した二぀の声が、降るように聞こえおきた。




    ――「本圓の男っお生き物はさ  匱音を吐く堎所も無いし、そもそもやり方がわからないもんだから可哀想なもんさ」

    「フフ  可愛いじゃないですか。できない代わりに、匷がっおしたう  。たたには『疲れた』っお、蚀っおほしいものですけれどね  」

    「それがなかなか蚀えないから、男なんだっお」




    ​――思い出した。それを、倫も私に求めおいた  。

    自分の郜合ばかりが、浅瀬の癜波のように抌し寄せおきお、胞が苊しくなる。

    「お嬢ちゃん、どうかした苊虫を噛み朰したような顔しおさ」

    劂䜕にも圧の匷そうな䞃十歳くらいの女の人が突然蚀っおきた。

    「  、別になにもないです、倧䞈倫ですから」

    「倧䞈倫っお顔しおたら、声なんかかけないよ。ここはさ、身も心も裞になっおさらけ出すずころ。誰もアンタのこずなんお知りゃしない。ご近所さんでもない。気にせずに心裞になっおごらんよ。それが本圓の“敎う”っおこずだよ」

    いきなり䜕なのこの人。

    「いや、本圓にちょっずむせただけですから 倧䞈倫です」

    「ロックっぜいけど、ロックじゃないねぇ」

    唐突に投げ぀けられた蚀葉の意味が分からず、私は湯気の䞭で目を䞞くした。ロック この人が䜕を蚀っおいるのかさっぱり分からない。

    「  すみたせん、私、音楜のこずはよく分からなくお」

    私が匕き぀った笑みでかわそうずするず、しっずりずした40代前埌の、艶のある倧人の色気を纏った人が、くすくすず䞊品に笑った。

    ​「フフッ、お姉さん、音楜の話じゃないのよ。マリ姉さんが蚀いたいのはね、自分の本圓の心からも、目の前の珟実からも、ずっず逃げ回っおいるように芋えるっおこず」

    ​マリ姉さんず呌ばれた70歳くらいの女性は、湯船の瞁にどかず䞡腕を乗せ、流し目で私を芋る。

    「さっきから『倧䞈倫』っお蚀葉を䜿っおるだろ。誰かに螏み蟌たれたくない、小難しいこずから逃げたいっおさ。そんな、“いい栌奜しい”なずころがあるんだよ」

    ドサリ、ず重い蚀葉が胞にのしかかる。

    なんで芋ず知らずの他人に、私のいちばん芋たくないずころをここたで芋抜かれなきゃいけない。背䞭が、さらに匷匵るのが分かった。

    ​「私の䜕を知っおいるっおいうんですか  。私はただ、普通に、平穏に暮らしたいだけ。波颚を立おずに」


    隣の男湯からの笑い声が聞こえる。


    「それなのに今日、倫に『8幎埌に離婚しよう、退職金も財産も党郚譲る』っお蚀われたんです。怒りもせずに、淡々ず。いい栌奜しおいるのは倫のほうです」

    堰を切ったように、口から本音が溢れ出おいた。
    蚀う぀もりなんおなかったのに。

    けれど、マリ姉さんは驚きもせず、錻で笑った。

    ​「猶予が8幎、ねぇ。退職金も財産も党郚くれおやる、か。  ぀くづく、男っおのはアホほどロマンチストで、哀しいくらいに誠実だねぇ」

    「誠実   家族を捚おるのがですか」

    色気を纏った女が、優しく蚀葉を添えた。

    「ん 違うわ、お姉さん」

    私は思わず声を荒らげた。

    お枩ちゃんに蚀われた『劖怪』ずいう蚀葉が頭の隅で暎れおいるのがわかる。

    「䜕が違うんですかあの人が10幎前、䌚瀟を蟞めおからいたの仕事が芋぀かるたで、どれだけ私が怖い思いをしたか。日に日に枛っおいく貯蓄に、結婚を機に私の芪がくれたお金たで半分消えお  。次が決たるたで、日雇いバむトもせずに郚屋に籠もり、それなのに、私に『甘えたい』だの、『觊れたい』だのず蚀っお、『私をなんだず思っおるの、私はあなたの母芪でも功でもない』っお、むラむラしっぱなしでした。そんな環境で信甚もない倫から求められるセックスなんか誰がしたす觊られたくもない嫌なものは嫌なんです䞍貞腐れお口も聞かなくなったのは倫のほうで、私の䜕が間違っおいるずいうの」

    ​湯気が激しく揺れた。

    ​するず、静かに湯をすくっおいた色気を纏った女が、優しく目を现め私を芋た。

    「ご䞻人のお気持ちはお尋ねにはなられたのですか」

    「聞いたっお、䜕も蚀わなかった。仕事やお金のこずは『倧䞈倫、なんずかするから』しか蚀わない  䜕なのよ」

    「いえ、私がお聞きしたのは、ご䞻人が貎女に告癜したその深局のほうです。」

    「  」

    ――結婚前に話しおくれたこずを思い出した。

    倫は母子家庭だった。昌間の仕事が長続きしない母芪は、倜の氎商売をしおおり、顔を合わせるのは朝の登校時ず、倕方の出勀前の、1日1時間ほどだったらしい。
    倜は䞀人で過ごし、『深倜のテレビ番組が芋攟題でいい時代だった』ずか、倜ご飯は、近くの喫茶店に出前に毎日お願いしおいたらしく、「䞖の䞭バブルだったからね〜毎日ご銳走メロンゞュヌス付き」ず明るく話しおいた

    母芪がお店を倉わるたびに匕っ越しをしおいたらしい。垂内の小孊校を8回も転校し、バブルが匟けおからは、倜逃げも2床したらしい。倜逃げを知られたくも無かった倫は、䞭孊時代の友達ずの関係は、それを機に無くなった。

    前職を蟞めた理由は、そういう経隓があったからだ。
    倧手䌁業の傘䞋に入っおから䜓制が倉わり、2床転勀の打蚺を受けた。䞁重に蟞退したけれども、3床目は蟞什だった。
    子どもたちはただ幌皚園ず入園前の二人。家も買ったばかりだった。
    単身赎任は、倫は嫌だず蚀っおいた。自分がいないず、私䞀人では倧倉なのもある。けど、それよりも淋しがり屋だから単身赎任なんお無理だず蚀っおいた。



    色気を纏った女は、すくったお湯を手からこがしながら「やっぱりね  」ず綿风のように吐き出した。

    ​マリ姉さんは、私をキロッず鋭く芋぀めた。

    「アンタはさ、自分が寄りかかる壁は欲しいのに、旊那が寄りかかろうずするず抌し返しちたうんだよ」

    「そ それずこれずは 」

    「旊那はその埌の結果はどうあれさ、必死に考えお、考えお、考えたんだよ。アンタがテレビの音を䞊げたからむダホンを぀けたこずも、䞀緒に寝なくなったこずも、党郚諊めながら」

    わかっおいる。そんなこずは。
    申しわけない気持ちはある。

    しかし、もう気持ちがそうなっおしたった。どうしようもない。

    ずはいえ、浮気や颚俗に行かれるのは嫌だ。

    普通の平穏な関係は望んではいけないの

    「でも貎女も生掻が厩れるこずが怖かったのでしょう。誰にも支えおもらえないこずが  」

    「でも、アンタはもっず远い蟌んでいたんじゃないのかい」


    ――そうだったのかもしれない。

    40過ぎた転職掻動。なかなか面接にすらたどり着けないあの時期。たたに口を開けば、お金の話ばかり投げかけおいた。

    『ただ仕事決たらないの』

    『垂民皎に、幎金、健康保険に自動車皎ず、支払いが立お蟌んでくるんだけど』

    『お金もう無いよ、どうするの』

    ず。

    「この䌚瀟はどうかな」「こっちはどうかな」ずいう䌚話もしおこなくなり、新しい仕事が決たっおも、どんな仕事なのか知らされなかった。


    これたで、倫に蚀われた蚀葉たちがよみがえる。

    「このたたで良いかず思っおいるの」

    ――時間が解決しおくれるず思っおいるずころはあったかもしれない。

    「䜕床か話し合いの堎を䜜ったけど、玀銙からこういう話をしお来たこずないよね」

    ――なぜ私が

    「あのずき、確かにバむトくらいはしなくおはいけなかった それはすたなかった」

    ――いたさら蚀う

    「けど、あのずきはできなかった  けど、こんなこず蚀うのもおかしいけれど、おれが玀銙の立堎なら『倧䞈倫だよ私が぀いおいるから』ずか蚀っお寄り添うよ」

      。

    「倧奜きな人なんだから。い぀だっお味方でいたいもん。悪いけど、子どもよりも奜きなんだもん。倫婊仲良ければ、子どもらも、きっず幞せだず思うから」

       。

    「䜕幎か前に聞いた返事を、玀銙は未だにくれおいない。もう䞀床聞くけど、俺のこず奜き」

        。






    色気を纏った女が、手ですくったお湯を肩にかける。

    「フフッ  なるほど。だからこそ、蚀わせたら぀たらなくなるずころもありたすね」

    「  」

    「頭の悪い真面目なお嬢ちゃんだね。アナタが拒むのは仕方がないこず。そんな理由じゃなくおもさ。間違っおない。けど、旊那だっおどうしようもないこずはあるだろ」

    蛇口から流れ萜ちるお湯は、湯船に音ず波を付け加えおいる。

    「女は䞀床嫌いになるず、ほが埩掻はできない生き物ですからね  」

    色気を纏った女は、遠くを芋䞊げおいた。

    「お嬢ちゃんはさ、“負け”ずか“劣っおいる”ずかじゃなくお、“突っ蟌たれる”こずが嫌いなのさ」

    カチコチの背䞭、さらに緊匵で匵っおいくのがわかる。

    「お嬢ちゃんは、人䞀倍、安心が欲しい人なのさ。倫ずの関係が壊れおいるこずよりも、”壊れおいるこずを確定させる”こずが怖い。だから逃げる」

    「ちょっず  マリ姉さん。湯が熱くなっおきたわ」

    「アンタは 本圓に豊かに生きる䞊で、必芁な淋しさを知らない」

    どこかで桶が床に萜ち、音が響きわたる。

    「これたでの話し合いは、ただ劻ぞのストレスを増加させ、これ以䞊は危険、これ以䞊は砎壊行為だず思ったから、旊那も今日たでそっずしおおいおくれたんだず、そうアタシは思うね」

    そうだろうなずも思っおいた。

    そしお、そうなった。

    そうなるこずを願っおいたのかもしれない。

    そうなるようにず  埅っおいたのかもしれない。

    「だから“誠実”なんだず蚀ったのさ  お嬢ちゃん、アンタに合わせおね」

    「残された8幎  。たった8幎なのか、ただ8幎もあるのか  。それは貎女の“自由な時間”ですね」

    色気のある所䜜で私を芋おいた。

    「それをどう䜿うかは貎女の自由。でも、“自由”を履き違えないようにすんだよ」


    癜い湯けむりが、二人を霞たせおいく。

    「さぁ、そろそろ、のがせる前に䞊がんなよ」

    気が぀けば、湯の枩床は少し少し䞊がっおいた。湯けむりは埐々に増え、蟺りが真っ癜になっおいった。

    芖界を埋め尜くす癜い湯けむりから逃げるように、私は湯船から這い䞊がった。

    身䜓の芯は痛いくらいに熱いのに、心だけが静たり返っおいる。

    自分の䞡肩を手で抱き、目を぀むり倩井を芋䞊げた。





    ――​冷えた空気が肌を撫でた。

    目を開けるず、そこは枩かな暖色の光に照らされた脱衣堎だった。

    扇颚機、党身を映す鏡、朚補のロッカヌ、小さなラゞオの音。

    身䜓は也いおいた。
    ぀いさっきたで湯船に浞かっおいたのに。


    「お客さん、いい湯だったかい」

    県鏡をかけた初老の女がそう蚀いながら​ぜんず朚の札を枡しおきた。

    そこに刻たれおいたのは、「八」の数字。

    「着替えはロッカヌにあるからね」

    「  八番 」

    遥が倧孊を卒業するたでの  。

    そしお、倫が私にくれた猶予の  。

    ロッカヌを開けるず、自分の服の隣に、プラスチックのボトルが䞀本、ちょこんず眮かれおいた。


    「  メロン  ゜ヌダ」


    ――い぀だったか。どこだったか。

    デヌトの食事のずきだった。圌が泚文し運ばれおきたのは、メロン゜ヌダだった。着色料や添加物が身䜓に悪いずか。糖類なんか昌ならただしも、倜に飲むものじゃないずか。そもそもデヌトで飲むかみたいなこずを思ったこずを。
    圌にずっおは想いのあるメロン゜ヌダだったのに、圌が䞀口勧めおきたのを、私はい぀ものように角が立たぬよう、控えめな遠慮ずいう栌奜を付けお  断った。


    盞倉わらずだ。呆れお可笑しくなる。
    昔からそうなのだ。

    このメロン゜ヌダは私の匷情さの象城のようだ。

    お枩ちゃんがここに眮いおくれたのだろうか。

    䞀口くらいで、どうにかなるわけでもないのに。

    あのずき  䞀口飲んでいたのなら、䜕か倉わったのだろうか。

    こんな可愛げもない女の、どこが“奜き”になったのか。

    そういうこずを聞いおみるこずもない。


    ​私はそれを手に取り、蓋をひねった。䞀口喉ぞ流し蟌む。甘くお、匟ける炭酞に、喉がカッず熱くなる。

    ​これが、私が遞んでこなかった珟実の味だ。



    埮笑みながら芋぀める番頭さんは、「敎いたしたか」ず聞いおくる。

    「えぇ、敎いたした」ず、い぀ものように返した。

    ​「じゃあ、いっおらっしゃい」


    番頭さんの声を背䞭に受けながら、私は䞀瀌をし、「あの湯」の癜い湯けむりが挏れ挂う暖簟をくぐった。









    ​――遠くのほうから、遊んでいる子どもたちの声が聞こえる。


    「みヌ぀けた」



    ​頬をそよ颚がなぞり、ゆっくりず、目を開ける。

    ​瞌の裏の癜い霧は消え去り、芖界に飛び蟌んできたのは、ベランダの手すりず、その向こうの突き抜けるような青空だった。

    ただ倪陜は高いずころにいる。

    土曜の午埌。


    私はゆっくりず怅子から立ち䞊がり、郚屋の䞭ぞ戻った。

    明るいい぀もの郚屋。


    ​床に萜ちおいた、ピンクのカランコ゚の枯れた葉を指先で拟い䞊げ、ゎミ箱に静かに萜ずした。


    冷めきっおしたったお湯を、元の熱さたで戻すこずは、もうできないのかもしれない。

    奜きかどうかは、ただ分からない。

    その事実は倉わらない。

    けれど。嫌の向こう偎を、䞀床くらいは芋おみるのもいいのかもしれない。

    聞かなければならないこずがある。

    残された時間を、もう忘れたフリをしお埌回しにはしない。


    ​゜ファヌで静かに昌寝をしおいる倫の背䞭に、ゆっくりず歩み寄る。

    圌の耳元で、小さな緑色の光を攟っおいるBluetoothむダホンを、私はそっず指先で倖した。

    ​起こさないように、ただ、圌がずっず聎いおいた䞖界の音を、私も少し芗くために。


    小さくラゞオが聞こえる。


    倫が目を芚たす。


    「ん  どうした」


    「  ねぇ」


    「うん」


    「今でもメロン゜ヌダ飲んでるの」




    『あの湯』
    ​第四湯「避け道」完






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    あずがき

    『あの湯』第四湯「避け道」最埌たで読んでいただき、ありがずうございたす。

    誰かに螏み蟌たれたくないから、小難しいこずから逃げるために䜿っおしたう「倧䞈倫」ずいう蚀葉。

    銭湯ずいう、身も心も裞になる堎所だからこそ流せる涙や、認められる本音。お枩ちゃんに背䞭を掗っおもらい、マリ姉さんたちに突っ蟌たれ、ようやく自分の茪郭を芋぀め盎した玀銙。

    取り戻せない時間ず、これからの時間。

    喉を焌くメロン゜ヌダの甘さず炭酞を䞀緒に味わっおいただけたなら、これ以䞊の喜びはありたせん。

    今倜も、いい湯でありたすように。


    絵本かかし
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    『あの湯』第䞉湯「予熱の道」です。↓よろしければどうぞ♪


     
     
    ​゚ッセむず随筆  どう違うんだぁ そのほか物語や詩を、案山子のように端っこで、ぶ぀くさ小声で歌い呟く。突劂あらわれる人に驚き 「あっぶねぇ〜芋぀かるずこだった」 ず、ひやひや楜しんでいたす。 140文字ただか  あ、この前垰りにすんごいモノ芋たんですけど、それがなんず、あ 

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