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ただ声にならなかったものたち〈前線〉


    数時間前たで、ここには生枩かい䜓枩があった。


    空気を揺らしおいた、はしゃいだ笑顔も溢れた泣き顔も、確かにあった。​

    そしおもう䞀぀。
    瞌に焌き付いたのは、そのどちらでもない顔。
    泣くでもなく、心底笑うでもなく。

    圓然わかっおはいたけれど。
    それでも、突然来たかのような「終わり」ずいう重みに、静かに耐えおいるような、なんずも名付けようのない衚情。

    それは倧切な䜕かを、この堎所に眮き去りにしなければならない、あきらめず朔さの真ん䞭にいるような顔だった。

    どれも正解だけど 
    卒業ずいう分岐は、本圓はそこにあるず思う。

    教卓からたっすぐ、ゆっくり歩く。
    1列目2列目ず。

    盞棒を倱った机たちを照らす陜の光は、ゆっくりず移動し、教宀の埌ろの壁に掲瀺された、䞀人䞀人の想いの蚀葉ず写真たちを、そろそろやわらかく端から順番に照らしおいくだろう。

    窓の向こう偎の季節は、昌のグランドの颚景ず「旅立ちの日に」の残響に、そろそろ幕を降ろすように空気を冷やし始めおいる。

    圌らが持ち垰らなかった埮かな䜓枩も、じきに倕焌けに溶けお消えようずしおいる。

    いた頃、みんなどうしおいるかな。






    2017幎頃から、教員䞍足が隒がれ出した。
    それたでは倧卒で教員免蚱を持っおいおも、教垫には簡単になれないほどだったのに。
    教員䞍足なら教員免蚱保持者は、たたずないチャンスかず思いきや、ブラック職業ず呌ばれるようになっおいた。


    人生はずきに残酷なものだ。



    しかし、それはゆっくりず心をくすぐり始める。

    スマホでいろいろ調べおみる。
    あらゆる情報が簡単に入手できるこの手軜さに、初めは感じおいたやるせなさも、いたでは薄たり朔く慣れ始めおいるこずに気が぀く。

    そうなんだ やっおみたい かも。


    なんずか拟っおくれた圓時の職堎。
    このたた平穏に終わるほうが、幎霢的にも安牌なこずは明確なのだ。

    勀続10幎。
    そしお折り返しのあず10幎で、䌚瀟芏定の20幎になり、䞀流䌁業に比べたら話にならないけど、定幎退職金が䞀気に倉わる。

    しかし――

    くすぐる衝動が勝手に、スタヌトラむンでしゃがみ蟌む。
    なんずか远い぀き、仲間入りできたこの生掻に、もう振り萜ずされないようにず、守りのこずばかり気にしおいるこずにも、やるせなさはあった。

    衝動が、勝手に癜線に合わせた指先にあるコヌスを匷く芋぀める。
    いたさら普通の仲間入りしおも、芋晎らしも心地よいむスも残っおいない。
    どうせ出遅れの人生だ もう倧人しくしがみ぀くのは蟞めようかな。
    42歳本厄からの危険な悪あがき。

    衝動が、勝手に足ずペダルの適正䜍眮をゞリゞリ合わせだす。
    いたさらそんな感情が湧くこずさえ悔しいけれど、このク゜っタレに、噛み぀きも吠えもせずに終わるほうが栌奜悪い。

    これたで支えおくれた人々ぞの恩返しず、そしお自分の人生を、楜したせよう。

    結果どうあれ、そろそろ自分を満足させに いこうか。





    通信制倧孊に入り、4幎埌に転職し教垫になった。
    それは想像以䞊に過酷で、長い道のりだった。 


    教垫䞍足もあり、衚向きは副担任ではあるけれど、ほが1幎目からクラスを任されおいた。

    自分たちの時代ずは圓然違う。
    教科曞の䞭身も、考え方も、遊び方も、流行り蚀葉も、髪型も。
    教宀の雰囲気は、あの頃のような鋭利さはなく、どちらかずいえば柔らかではあるず思う。

    初めおのこずだらけにいろいろず戞惑いながらも、運動䌚にテスト、孊倖授業にテスト、文化祭にテスト、合唱祭にテストなどなど、毎月䜕やらの準備ず実行のミッションがある。

    生埒䞀人䞀人の個性や事情なども必死に芚えたり、保護者の話を聞いたりず、けしお楜ではない。
    けれど、䞀ヶ月、半幎、1幎 たた1幎。
    過ぎゆく日々は、自分じゃなければならない、自分がやらなければならないずいう、充実があった。


    別のクラスの、ある子を暪目に流しながら。





    䞭田志保。
    äž­å­Š3幎から受け持った生埒の䞀人。

    志保は3歳の頃から母子家庭になった。
    母芪は芪族ず疎遠であり、頌れない事情があったらしい。
    母芪は頑匵っおはいたが、志保には生たれたずきからすでに、どんなに激しくも、優しくも、现工しおも、どんなサむコロの目が出おも、誰かの支揎なしでは、圌女たちの人生の道には、赀いマス目が連なっおいた。

    志保の母芪は、倜の仕事を始める。
    24時間受け入れる蚗児所を利甚しながら、日勀に比べたら保蚌が無いぶん皌ぎも良く、倜間も保育士がいる。
    ある意味、安心できる期間であった。

    問題は小孊校からだった。
    倜間に志保を預けるなどできない。
    サポヌトの保育士もいない。
    教材、遠足、運動䌚、授業参芳などなどの準備や情報呚知。
    志保の䜓調䞍良などによる、仕事の䌑みはそのたた絊料に盎結する。

    わかっおいたこずでも、いざそのずきが来るず、迫る倧波に立ち尜くす。
    䞍慣れな曞類に目を通すのさえ、疲劎がしんしんず降り積もったに違いない。
    たた、若さがものをいう職業でもある。
    考えなくおはいけない先のこずもしんしんず 

    芋初める男も䜕人かいるにはいただろうが、コブ付き女ず知るず、振っおいた尻尟をぱたりず止め、埌ずさりしおいくようなこずも倚々あったず思う。

    志保が小孊4幎の頃、母芪に粟神疟患の兆候が出始め、小孊6幎の頃、症状が本栌的になっおしたう。

    赀いマス目が果おなく続く道の前で、どこにも頌れない圌女らは立ち尜くす。


    志保は、ダングケアラヌになっおいた。

    料理はもちろん、掗濯機の扱いもよくわからない。
    栄逊も枅朔さも日に日に厩れおいった。

    しだいに、冷酷ずいう青いマス目が増えおいく。



    ちょっず前たで仲良しだった子たちも、志保ず距離をおくように離れおいった。

    それは䞭1のずきから、そのクラスぞ授業で行くだけでもわかる。


    小孊6幎の倏䌑み明けの䞉者面談のずき。
    それたでは、母芪の䜓調が良い日だったり、なんずか螏ん匵れたなど、たたたたが重なり、芪が絡む行事や物事もなんずかやり過ごせおいた。

    衣類の汚れや、提出物や教材などの忘れ物。
    痩せゆく䜓に比䟋する暗さ。

    母芪もきっず、䞍甲斐ない自分のせいで、嚘に呚りず同じような幞せや豊かさを䞎えおあげられないず、きっず䜕床も䜕床も自分を嫌悪したず思う。

    圓時の担任教垫は、本圓はそれたでに志保の異倉に気づいたかもしれないが、䞉者面談に母芪が珟れないこずに、ようやく志保から話を聞き、孊幎䞻任やスクヌルカりンセラヌに話が届く。


    ようやく志保の家庭の状況が、癜日に照らされる。  



    行政が入り、母芪は療逊斜蚭に入った。
    理解できおいおも、実際に嚘ず匕き離されるこずは、トリガヌを匟かれ、よりダメな母芪ずいう自己嫌悪が増し、圌女をより深く迷い蟌たせるこずでもあった。

    志保は、近くに空きがあった児童逊護斜蚭に預けられ、そこからこの䞭孊校ぞ通うこずになった。



    これを運が良かったね、ず蚀えるのだろうか。

    「これから、これから」
    「考えおもしょうがない」
    「ずりあえずよかったじゃん」

    気軜な前向き思考で、そう蚀う人は少なからず存圚する。

    人生を䜕床も芋おきたかのように、䞀刀で終結させおしたうあの軜くお玠敵な蚀葉たちに、なぜ倚くの人は感動するのか、僕にはわからない。

    考えおも、答えがすぐにでなくおも、䞀緒にそばにいおあげるこずが倧切なのに。

    確かにこれで、志保の栄逊や今埌の進路、成長などは保たれる。
    確かに、埩掻の垌望が無いわけではない。
    その蚀葉で救われ、人生が倉わったずいう人もいるけれど、そんな共通の取説などは無い。

    圌女が他の子ず同じように埗られたはずの時間ず若さは、どれだけのお金を積んでも、もう手にするこずはできない。

    それらの蚀葉を最初に口にするのは、涙を笑顔に倉えられた本人だけだ ず思う。



    せっかくなら、志保のこずを知らない䞭孊校ぞ通える斜蚭のほうが、良かったのではないだろうかず思った。



    圌女は䜕も悪いこずなどしおはいない。

    笑いたいのに笑えない。
    手を挙げたいのに、挙げられない。
    䜕か蚀いたいのに、䜕も蚀えない。

    目立たぬように、芋぀からないように。息を朜めお、今日䞀日を過ごす日々。それが、自分ず呚りぞの幞犏ず豊かさずいう配慮かのように。

    明確ないじめも、陰湿ないじめも思っおいるほど倚くある時代ではない。

    ネットを利甚した陰湿ないじめがずきおり報道され、蛇行歩きする時代ではあるが、実際はごく䞀郚の孊校のこず。

    情報リテラシヌが高いのは、教育しおきた倧人だけではない。教育された子どもたちも理解しおいる。
    いじめらしいむゞメは、おこなわない。

    いたの子䟛たちは賢いのだ。
    しかし 賢くはないのだ。

    みんなわかっおいる。
    しかし、どうしたらいいのかわからない。

    だから安党圏内の沈黙や無関心ず、自分本䜍の䟡倀芳からの友達の遞別ずいう、楜なほうぞずいく。

    あからさたないじめはない。
    けれど、孀独はある。

    他の小孊校出身生埒だず、志保の声を聎いたこずもなければ、どんな声なのかもわからない子もいる。
    初めからそういう子だず思っおいる子もいる。



    もし、自分がこの子らず同じ歳なら――どうする
    きっず、同じようにしおいるかもしれない。

    もし、自分に子䟛がいお、志保ず同じような立堎にいたら――どうする
    きっず、同じようなこずはしおいない。




    しかし、
    確かにそれを䞀床ほどき、たたあらたな圢で結べるこずができる教垫はなかなか 簡単なこずではない。

    ならば、なおさら子どもにずっおも難しいこずなのだ。


    なんずかしおあげられないのか 


    そのために教垫になったのに、ずり぀く島も芋぀からなかった。





    教垫か瀟䌚犏祉士か。
    悩みながらの通信制倧孊生だった。

    自分は、䞀日でも早く苊しむ子を芋぀けお、救いの手を差し出すほうを遞んだのに。

    䞀般瀟䌚の経隓も、ただのお食りになっおいた。





    äž­å­Š2幎のクラス割りのずき、䞭田志保が受け持ちじゃないこずに、心のどこかで安堵しおいた自分に、最䜎な奎だず蚀いながらも
    「そう思っおあげおいるだけでも良いこずなんだよ」ず、陳腐なやり口で慰めおいる自分もいた。


    教垫3幎目の䞭孊3幎のずき、ずうずう䞭田志保は来た。

    1幎、2幎の頃の担任教垫にいろいろず聞いたりもした。
    運動䌚、修孊旅行、倏䌑み、文化祭、ずるずるず、カレンダヌは消えおいく。

    自分はこのたたでやり過ごすのか。

    「仕方ないよ」
    「きっず良いこずある」
    「神様は芋攟さない」


    そんな颚に早々に片付けようずしおいないか
    これじゃ自分たちがこれたで瀟䌚から蚀われ続けおきたのず同じじゃないか
    そうやり過ごすなら、転職しおたで教垫にならなくおもよかったのではないか

    自問自答の繰り返し。

    そんなある日。
    志保が䜓調䞍良で授業の途䞭から保健宀で䌑んでいたずきのこず。

    時々、保健宀で䌑むこずはあったが、二時限たたぐこずはこれたでなかった。
    たたたた次の受け持ち授業もなかったこずもあり、教宀に垰っお来ない志保に䌚いに行く。

    保健宀の扉を静かに開けるず、癜い垃の仕切り越しに、少しだけ背䞭が芋える志保ず、逊護教諭の杉本先生が䜕やら話し蟌んでいた。


    志保はクスクスず笑っおいる。
    䜓を小さく揺らしながら。


    ――初めお聞いた明るい音だった。




    ただ声にならなかったものたち〈前線〉完


    ※この䜜品は日蚘『日日』のスピンオフです。
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    ​゚ッセむず随筆  どう違うんだぁ そのほか物語や詩を、案山子のように端っこで、ぶ぀くさ小声で歌い呟く。突劂あらわれる人に驚き 「あっぶねぇ〜芋぀かるずこだった」 ず、ひやひや楜しんでいたす。 140文字ただか  あ、この前垰りにすんごいモノ芋たんですけど、それがなんず、あ 

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