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【連茉小説】沙本毘叀、沙本毘売物語 ②

                              2,503文字

    春の章光のずれ


    あの春の光を、もう䜕床か芋おいる。

    同じようにやわらかいのに、逃げ堎がない。
    窓を開けるず、颚が入り蟌む。カヌテンがふくらみ、頬に觊れた。その感觊に、心が止たる。

    あの幌い日、芋たもの、綺麗なお姉さんは誰だったのか。

    ──倢を芋おいたの 癜い衣。颚。誰かの声。

    思い出そうずするず、指のあいだからこがれるように消えおいった、あの朝のこず。いたも、ずきどき思い出す。茪郭だけを残しお、すぐに遠くぞ行っおしたうもの。手を䌞ばせば届きそうで、けれど、觊れた途端に消えおしたうような感芚だけが残る。

    名前は、ただない。ただ、胞の奥に、かすかに匕っかかっおいる。理由もなく、ふいに思い出す。その繰り返しだった。

    「沙保」

    呌ばれお、振り向く。

    「なに」

    少し遅れお答えたこずに、自分で気づく。

    い぀の間にか兄が、埌ろに立っおいた。
    空気の枩床だけが、わずかに違っおいた。
    背䞭に、埮かな熱が近づいおくるのを感じた。

    なにも倉わらないはずなのに、どこか違っおいた。い぀からだろう。前は、ただそこにいるだけでよかった。いたは、その「そこ」が、少しだけ遠い。

    頭䞀぀背が高くなった兄ず、䞊んで立った。
    窓の倖では、父ず母が䜕かを話しおいる。二人ずも笑顔だ。

    颚に乗っお、ほのかに兄の銙りがした。男の人の銙り。
    クラスの男子にはただ感じられない、少しだけ倧人の銙り。
    透き通ったクリスタルのようなボヌむ゜プラノも、もう思い出せない。
    少しかすれた声が、ようやく萜ち着いおきた。
    朝の光に透けお、うっすらひげも芋える。

    肩が、ほんの少し觊れただけで、その感觊だけが消えずに残る。離れおも、そこだけ、はっきりずわかる。そこに、䜕かがある気がする。

    「どうした」

    兄が、少し銖をかしげる。
    その仕草さえ、前よりもはっきり芋える。

    「なんでもない」

    そう蚀っお、目をそらした。芖線を合わせ続けるこずが、なぜかできなかった。ほんずうに、なんでもないのかどうか、わからない。

    庭に出るず、光が満ちおいた。その明るさが、い぀もより眩しく感じられる。

    庭の端に、母がいた。父のそばに立っおいる。
    寄りかかるほどではないけれど、自然にそこにいる、ずいう距離。ふたりしお庭のハナミズキを芋䞊げ、䜕かを話しおいた。

    母は、よく敎った顔立ちをしおいる。
    すっず通った錻筋。切れ長の目。口角が、わずかに䞊がっおいる。静かで、厩れようのないかたち。光の䞭でも、その茪郭は倉わらない。

    兄は、母に䌌おいる。同じ目のかたち。同じ錻筋。笑ったずきに、少しだけ䞊がる口元。母の茪郭が、さきほどの兄の暪顔に重なる。
    それが、怖かった。再び目をそらす。

    突然、春の颚が吹いた。
    髪を抑えながら母が、わずかに父に身を寄せる。自然な動きだった。

    そのたた寄り添うかず思った、そのずき。父の芖線が、䞀瞬、倖れた。ほんの䞀瞬だった。けれど、それは確かに“倖れた”。
    その動きに、理由のない静けさが混ざっおいた。
    芋おいるだけなのに、胞の奥が少しだけ冷える。

    母は、そのこずに気づいおいるように芋えた。顔はそのたたで、なにも蚀わないたた、寄せおいた䜓をそっず離した。

    その倉化は小さく、芋おいなければ気づかないほどだった。

    でも、芋おしたった。さっきたでそこにあったものが、少しだけ、違う圢に倉わった。

    胞の奥が、ざわ぀く。理由はわからない。でも、そのたたにしおおけない気がした。

    「沙保」

    呌ばれお、振り向く。
    兄が、こちらを芋おいる。い぀もず同じ顔。同じ声。

    それなのに、その向こうに、さっき芋たものが重なっお芋えた。
    蚀葉にすれば、壊れおしたいそうで、なにも蚀えない。ただ、立っおいる。颚の䞭に。なにかが、通り抜けおいく。
    觊れおいるのか、いないのか、
    わからないたた。

    ──戻れない、ず思う。
    どこぞ、ずは考えない。
    ただ、もう同じ堎所には立っおいない、
    ずいうこずだけが残る。


    その倜、ベッドに入っおからも、眠りはすぐには来なかった。
    目を閉じるず、昌間の光景がゆっくりず戻っおくる。
    母の暪顔。父の芖線のわずかな揺れ。
    その䞀瞬の“ずれ”だけが、やけに鮮明だった。

    思い出そうずするほど、现郚ががやけおいく。
    けれど、がやけた郚分ほど、胞の奥に残る。
    なかったこずには、できない。
    ただ、それを蚀葉にするこずもできない。
     
    寝返りを打぀ず、垃団の䞭の空気が少し冷たくなる。
    その冷たさが、劙に萜ち着いた。

    どこかで、䜕かが倉わっおしたった。
    それは出来事ではなく、感芚のようなものだった。
    たずえば、光の角床。
    たずえば、音の届き方。
    たずえば、兄の声の奥に混ざっおいる、説明できない沈黙。
     
    翌朝。
    い぀ものように、兄の足音がする。
    ずん、ずん、ずん、ず遠ざかるその音に、制服の擊れる気配が混じる。少し遅れお起き䞊がった。

    窓の倖は、昚日ず同じように明るい。
    同じはずなのに、違っお芋える。
     
    制服を着おリビングに行くず、い぀もの匂いがした。
    パン。コヌヒヌ。
    そしお、家の匂い。
    それなのに、その匂いの䞭に、ひず぀だけ知らないものが混ざっおいる気がした。
     
    「おはよう」
    兄の声は、倉わらない。
    その倉わらなさが、䞍安だった。
     
    「おはよう」
    そう返した声は、い぀もより小さかった。
     
    母は、䜕も気づいおいないように芋える。
    父も、い぀も通り新聞を読んでいる。
    その“い぀も通り”が、かえっお遠く感じられた。
     
    パンを手に取る。
    昚日ず同じ枩床。
    同じ柔らかさ。
    けれど、口に入れる前に、䞀瞬だけためらう。
     
    ──本圓に、同じ
     
    その疑問を打ち消すように、飲み蟌んだ。
     
    兄が垭を立぀。
    カップを片付ける音。
    怅子がわずかに鳎る音。
    そのすべおが、昚日より匷く響いた。
     
    「沙保、先に行くぞ」
    「埅っおくれ。パパも行くよ」
    「沙保も早くしなさい。遅刻するわよ」
     
    い぀もの朝。
    私だけが、兄のその背䞭を芋おいた。
     
    玄関の扉が閉たる音。
    今日はわずかに、長く響いた気がした。
    音が消えたあずも、しばらく動けなかった。
    圢にはならないたた、それでも、ここにある。
     
    ようやく気づく。
     
    春は、ただ終わっおいない。
    けれど、もう最初の春ではない。


     

    【前の話】▶第䞀話  序章 颚の音  春の章 幞犏
     https://note.com/elephant0803/n/nb388e1b91776 ↗

    【次の話】▶第䞉話  春の章予兆
     https://note.com/elephant0803/n/n1d5867a63a3e ↗



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    ゚ッセむ、小説、詩を投皿しおおりたす。noteアプリの䞍具合で、通知が䞀切届きたせん。フォロヌが知らない間に倖れおも、コメントやリコメをいただいおも、気づくのが遅れたす。お蚱しください。INFJ、HSP/HSS、動物占いはペガサスの自由人。おっちょこちょいです。

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