
【完結済】世界を説得する魔法:あるいは、人格融解を拒むノイズについて 第2.5話 AI猫を愛でたいな
イチル君の家から出た私たちは連れ立って駅に歩き出した。今日は本当に濃厚だった。EmoSync、アレックス、sync_sick、イチル君。
イチル君は長い時間をかけてアプリを作ったみたいだけど、本当に停止して良かったんだろうか?
色んな問いや疑問が浮かんでは消えていく。
コツコツという革靴の足音がふと耳に入り、そういえば榊さんと一緒だったことを思い出した。
「今日はありがとうございました」
「仕事だからな」
「そればっかりですね」
「事実だ」
ぶっきらぼうな言い方に思わずムッとしたが、そういえばこの人、上司に怒られながらも私を同行させてくれたんだった。
物言いはともかく、根は面倒見がいいのかもしれない。
よくよく彼を観察してみると、目の下の濃いクマが目立つけれど、顔立ちは整っていることを発見した。
うーん、磨けば光りそう。勿体ない気がする。
「……ちゃんと寝てます?」
「寝てる」
「クマすごいですよ」
「元からだ」
「そんなわけないでしょ」
思わずタメ口になってしまった。夜道で分かりにくいが、なんとなく肌のザラつきや唇のカサつきもあるように見える。めちゃくちゃ不摂生してそう。
「ちゃんと食べてるし」
「本当ですか?」
「食べてる」
「何を」
「会社で」
「…会社で?」
嫌な予感がする。「具体的には?」と聞くと予想通りの回答が返ってきた。
「ゼリー」
「会社で?」
「シリアル」
「会社で?!」
「冷凍食品」
「もはや会社が家のレベルじゃん…家帰ってます?」
「帰ってる」
「いつ」
「洗濯するとき」
「それ帰宅じゃなくてメンテナンスです」
こんなにも自活できてない大人、初めて見た。意外といるんだろうか?社会人ってみんなこう?
もしかしてお風呂もあまり入ってないんじゃ…と不安になってきたが、今のところ榊さんから変な臭いはしたことが無いから一旦忘れようと思った。
「そんな生活で寂しくないんですか」
「別に」
…もしかしたら恋人とかがいるのだろうか?でもここまで適当な私生活、恋人がいたら放置しないだろうから、恋人はいない気がする。
「……猫いるし」
「猫飼ってるんですか?!」
思わずテンションが上がった。私の家は家族に猫アレルギーがいるので、猫を飼うことが出来ない。
「AI猫」
「あー、なるほど」
確かに生身の猫なら、この生活が終わってる飼い主では世話が出来ないだろう。ただ、AI猫もある程度はお世話しないといけないはず。リモートでも出来るのかな?
忙しなく色々考えていたのが顔に出ていたのかもしれない、榊さんはこちらの顔を横目で見ながら眉間に少しだけシワを寄せている。
「別にいいだろう、AI猫。昨日も課金したんだ」
「課金してるんですか!?」
AI猫、最近はアクセサリーが豊富でとっても可愛いの!とユイが言っていたことを思い出した。ユイがAI猫のアクセに課金するのはイメージ通りなんだけど、榊さんがしているのが想像出来ない。
この人の猫、一体どんな見た目なんだろうか。
「ど…どんな感じの課金を?」
「限定耳」
「限定耳?!」
「期間限定だった」
「何が違うんですか?普通のと」
「ホタルみたいに点滅する。癒されるんだ」
「…」
「なんだ、何が言いたい。」
「見たい」
見たすぎる。AI猫、ホタルみたいに点滅する耳、榊さんの猫コーディネート。全てが気になりすぎる。なんなら榊さんの猫への接し方も見たい。
「嫌だ」
「なんでですか」
「家に来られたくない」
「いいじゃん」
「嫌だ」
「お願い」
「限定だから無理」
「どゆこと」
「とにかく無理」
「今度家行きますね」
「断る」
よーし、猫じゃらしも買って、AI猫を沢山かわいがるぞ。
私は榊さんに見えない角度で、決意を新たに小さくガッツポーズをした。
↓第三話