
『感情の提出はお済みですか?~3つのたからものと王国のひみつ~』第5章:虹色の光
前回のお話
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データ管理室を出たエマは、疲労困憊だった。
それでもエマが動けたのは、王様を救いたいという意思があるから。
足を引きずっているにもかかわらず、レインはどんどん前へ進んでいく。
レインも一連の動きから、意思があって動いていると思えた。
急がなければいけないのは頭ではわかっていたが、それよりもレインを見失うことにだんだんと恐怖感が占めていく。
レインの後ろ姿が、景品を取りに町へ行く母と重なった。
(待って…置いてかないで。)
エマは呼吸が荒くなった。
このまま見失うことは、どうしても耐えられない。
母をもう一度失う感覚に襲われた。
「行かないで!」
エマの鬼気迫る声にレインが反応した。
レインは振り返ると、驚くべきことに一歩も進めないエマのもとに戻ってきた。
思っても見なかったと言う顔をしているエマの手を握ると、引っ張るように歩みを進めた。
エマはせき止めていたダムの水が一斉に流れ出るような、そんな安堵感に溢れ、しゃくりあげて泣いた。
涙が止まらない。
抑えようとしても、ひっきりなしに出てくる。
追われる身でありながら、全身に広がる安心感。
どこへでも行けそうだと思った。
レインに引っ張られながら、エマは絵本のことを思い出した。
「どこにでもゆける ちず」
挿絵の地図は、真っ白。
地図なのに、地形も道も何一つ描かれていない。
だから、「どこにでもゆける」
エマは自分の考えと挿絵の「白」「無」がぴったりあてはまると感じた。
自分が行きたいと思ったところに行ける。
行こうと思えば行ける。
どの道を行くかは自由。
近道でも遠回りでも。
道がなかったら、道を描いてもいい。
だから、地図は真っ白。
信じれば、道は開かれる。
地図は、「自由」「自分で決める」「判断すること」
「止まりなさい。」
前方から急に現れた抑揚のない声。
エマは全身がヒヤリとした。
「登録外個体と異常反応あり。」
レインは背中ごしに、エマに指でサインを出した。
「←」
(左?王様がいるところは左なんだ。)
エマはギュッとレインの手を握ると、スッと離した。
「通報する。」
データ管理人が端末操作で一瞬目を離した隙を狙って。
エマは左へ動いた。
駆け出したエマに気がつき、追おうとするデータ管理人の足をレインが引っかける。
床に落ちた端末を足で蹴り飛ばし、踏み潰した。
「任務完了だ。」
レインは気の毒なデータ管理人を置き去りにして、エマの後を追った。
エマは後ろを振り返らずに、王様のいる場所へ急いだ。
命を削って、魔石を作った王様。
その魔石の欠片で生き延びたエマ。
(伝えないと。大事なことを。)
エマは深呼吸すると、重厚な扉をノックして、押し開けた。
そこには静寂が鎮座していた。
部屋の奥の巨大な執務机に向かって、王様は佇んでいた。
王様の周りにモヤがかかっている。
ヴェリタの記憶で見た王様とまるで違った。
「王様…..?」
エマの声は聞こえているのだろうか…
ヴェリタの記憶で見た、かつて悲しみながら訴えていた表情と程遠く、石化してしまっていた。
王国がどれほど病んでしまっているかが、残酷なほど浮き彫りになる。
エマは絵本「3つのたからもの」を取り出し、鏡のページを開いた。
小さな鏡を持っている人が、自分の姿を鏡に映している挿絵だ。
「じぶんをしるための かがみ」
エマは読み上げた。
「王様、これはあなたです。」
王様の耳がピクリと動いた。
「王様は、鏡に映る苦しむ自分を見たくなくて、感情をなくすことで鏡に偽りの自分を映してる。」
苦しみから逃げて感情をなくし、目を背けたために本当の自分がわからなくなってしまった。
「誰も悲しまない、傷つかない世界を作れば、みんなが幸せに生きられると思ったんですよね。」
しかし現実は破滅に向かっている。
エマはリュックから魔石の欠片を取り出した。
「これはあなたの命でしょう?」
魔石はエマの手のなかで光を受け、キラキラと輝いた。
「みんなを守りたかったのに、破滅に向かわせてしまった罪悪感から、命を削ることで許されようとしたんですよね。」
エマの目から涙がこぼれ落ちた。
王様の命の魔石があったから、エマは辛くても生きてこれたのだ。
どんなに励まされて、勇気をもらったかわからない。
「王様、本当にありがとう。」
これが言いたくて、ここまで来たのだ。
「でも、もう自分を責めるのはやめましょう?
自分を許してあげて。」
エマは王様の手に自分の手を重ねた。
王様の目がかすかに動いた。
後からきたレインが、エマのそばで見守っていた。
どんなに辛くても、目を背けずに悲しむことが必要だったのだ。
傷ついたり、悩んだり、苦しむことを自分に許す。
「感情を大切にすることは、自分を大切にすることです。」
エマは王様の胸に魔石を近づけた。
魔石は光を放ちながら輝くと、冷たく固くなった王様に吸収された。
王様の目が動き、凍てついた表情がゆっくり溶けていった。
「わしは…悲しむ自分を認めたくなかったのだな…」
王様の胸の奥から、ずっと眠っていた温かい鼓動が聞こえてきた。
感情を預かることで、みなを悲しませた罪を許されたかった。
それは間違った選択だった。
後に引けなくなり、自分の命を犠牲にすればよいと思ってしまった。
「自分を許してなかったということか…」
王様は深く息を吐いた。
もう自分を裁くのはやめにしよう。
みなで手を取り合って、乗り越えていこう。
「感情の部屋を開けよう。」
王様が壁に向かって手をかざすと、部屋の奥にある巨大な壁の扉がゴゴゴと音を立てて開き始めた。
エマはレインの手を握った。
一人だったら、ここまでたどり着けなかった。
助けてくれる人はちゃんといた。
床から天井まで無数の棚が並び、そこへ数え切れないほどの色鮮やかな瓶がぎっしりと敷き詰められている。
かつて人々が提出した感情の瓶だ。
ひまわりのような黄色
胸がぽかぽかする桃色
火花を散らす赤色
草原のすがすがしい緑色
雫のような物悲しい青色
どれも感情を失った灰色の町では見ることの出来なかった、美しい感情の色だった。
「これが…みんなの心…」
エマはその色とりどりの鮮やかさに感動した。
王様が手をふりあげると、棚に並んだ瓶が一斉に割れ、閉じ込められていた感情が、天井へと舞い上がった。
すべての色が空中で踊るように混ざり合い、やがて1本の虹色の光の帯となった。
喜び、悲しみ、怒り、嫌悪、恐れ、驚き、期待、信頼…
たくさんの感情がそろって、初めて生まれる奇跡の色。
虹色の光の帯は、王様の部屋の窓を飛び出し、灰色の空へと勢いよく伸びていった。
空一面に広がった虹色の光の帯は、光の雨となってキラキラと町の人々の上へ降り注いだ。
光を浴びた人の瞳には、ゆっくりと「色」が戻っていく。
灰色の世界が、次々と目を覚ましていった。
建物はクリーム色、木々はみずみずしい新緑の緑、黄土色の路地、青々とした芝、空は晴れ晴れとした水色へ、本来の色を取り戻した。
灰色一色だった人々が身につけていた衣服も、その人の心を映す色に染まった。
ある人は涙し、ある人は笑い、ある人は誰かと手をつなぐ。
自分の心を取り戻し、自分が誰なのかを知り、自分で歩き出すための、新しい世界が始まろうとしている。
王様は苦しめていた鎖から解き放たれ、穏やかな表情をしていた。
感情は、自分を知る手がかり。自分がどうしたいかを判断するための道しるべ。
だから、抑え込んだり、感じないようにしたり、なかったことにしてはいけない。
自分の気持ちを自分が大切にする。
悲しみを知るから、喜びが輝く。
エマは絵本の最後のページを開いた。
「かみさまは いう
わすれたことを おもいだすのが
じんせいなんだよ」
人は大切なことを忘れてしまう。
大切なことを思い出すこと。
それが、生きていくということ。
おわり