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Photo byshibata_subnote

使うなら「使わせてもらう」と言って欲しかった

     


     私が子供の頃は、正月には親戚のお客様が沢山挨拶に来ていた。さすがに元旦は来客がなかったが、2日と3日は来客が多かった。両手をついてお客様に新年の挨拶をすると、お年玉がもらえた。多い人で3000円、少ない人で500円だった。当時は500円札だった。2000円が一般的だったと記憶している。

     母から、お年玉は銀行に預けると言われてていたので、毎年母に渡した。そのうち10万円になった。父の妹が3人いたが、そのうちの一人が、
    「定期預金にしなさい。」
    と言った。
     よく分からないけど、大人の言う事は間違いないと思い、定期預金にしてもらった。20万円貯まった時、もう一人の叔母が、
    「大人になった時に、車を買うお金にもなるから、20万円の定期預金にしなさい。」
    と言った。ふ〜ん、大人になったら、私も自動車の免許を取るようになるのかと思いながら、言われた通りにしてもらった。高校生で30万円になった。

     あまり物欲がなかったので、他の子のように「明星」や「平凡」という雑誌を買ったり、アイドルのレコードを買ったりしなかった。自然とお金は貯まった。

     実家では、雑貨、文房具、おもちゃ、カバン、提灯等を売っていた。私が子供の頃は、高度成長期で、お店に商品を並べれば、特に売る努力をしなくても売れた。また、まだマイカーを持っていない家が多く、地元で買い物をする人が多かった。

     やがて車を持つ家庭が増え、遠くの大型店で買い物をする人が増えた。私が高校生の頃から、店の雲行きがおかしくなって来た。実家では卸しもやっていたが、田舎の店では売れなくなって来た。 小売店に商品を納めても、お金を支払ってもらえないケースが何度もあった。

     このまま進学して大丈夫だろうかと心配したが、都会の大学でなければ良いと言われ、進学した。

     社会人1年めのある日、両親と姉から呼び出された。姉は自宅から職場に通っていた。私はアパートで一人暮らしだった。

     「お店のお金が足りないから、貸して欲しい」
    と両親から言われた。

     私は、
    「子供の頃の貯金を使って良いよ。確か30万円はあるよね。」
    と言った。

     両親は罰が悪そうに目をそらす。

    「そんなのお父さんとお母さんは、とっくに使っていてないよ。」
    姉が代わりに答えた。

     姉の貯金も私の貯金も使ってしまい、姉がお金を貸している状態だから、今度は私に出して欲しいという事だった。

     私がアルバイトで稼いだお金や会社で働いたお金を勝手に使ったなら、私も怒る。でも、子供の頃私達がお年玉をもらえたのは、父や祖父が他の子供にあげていたからだ。だから使うのは構わないけど、使うなら「使わせてもらう」と言って欲しかった。

     その後も、姉と私に20万円や30万円のお金を借りる月が何度かあった。

     私は会社の飲み会にほとんど出なかった。お酒が飲めないという理由もあったが、両親からお金の電話が来るかもしれないので、なるべく無駄なお金を使いたくなかったのだ。

     お店をたたんではどうかと何度も言ったけど、聞き入れてもらえなかった。

     私が結婚すると、主人の家族と同居していた為、お金の件では電話が来なくなった。

     だが、両親は銀行からの借入が出来なくなり、いわゆるサラ金に手を出してしまった。

     平成8年、姉と両親の間で具体的にどんなやり取りがあったのかは分からない。姉が激怒して、もう倒産しかないと両親を説き伏せた。

     主人が言った。
    「おやじが、子供の金をあてにするなんて、向こうの親は一体何を考えているんだと怒っていたよ。」
     義父が怒っていると言われるまで、私は気づかなかった。子供のお金をあてにする親は、おかしいのかもしれない。心のどこかで、親孝行しているつもりだったけど、本当に両親の為になったのかどうかは今でも分からない。

     破産手続きをするにも、弁護士に払うお金や裁判所に払うお金が必要だった。長くなるので、詳しい事は割愛する。

     当時は、スマホで調べるとか、法テラスのように、無料で弁護士に相談する等は出来ない時代でもあった。

     どうか、同じように悩んでいる人がいたら、何とか解決する方法を探して欲しいと願っている。

     私は、良い意味でも悪い意味でも諦めが早い。普通の親ならこうだとか、普通の家庭ならこうだとかはあまり思わなかった。人生には選べない事と選べる事がある。親や兄弟は選べないが、結婚相手や友人は選べる。

     だから、壁にぶち当たっても、自分でどうしようもない部分、動かせない部分はそのまま受け入れるしかないと思う。自分で何とか動かせる部分、自分で選べる物を見極めて柔軟に対応するしかないと思っている。

     今回記事にして公開したので、実家の商売で悩んでいた日々とは、さようならしようと思う。亡くなった両親との他の思い出を大切にしながら、残りの人生を過ごそう。自分で選んだ結婚相手や友人と良い関係を続けよう。そんなふうに考えている今日この頃だ。

     
     
    主婦です。 昔の思い出を綴った詩や手記、 最近浮かんだ日常的な詩や手記を 少しずつ載せて行きます。

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