
第1話③ 2024年5月第2木曜日 (0回目) |家事代行130回、木曜日のドーラさん
<<前回のお話
「本日は面接にお越しいただきありがとうございます。私、ねこのてファミリーサポートの松本と申します」
ゴールドのアイシャドウがきらりと光る。
40代後半くらい、明るい関西のおねえちゃん——そんな雰囲気の女性が会議室に入ってきた。
ゆみは思わず背筋を伸ばした。
松本さんは名刺を渡しながら、にこっと笑って言った。
「今日ここ、迷わず来れました?うち分かりづらいところにあるから」
その一言に、ゆみの肩の力が少し抜けた。
「…はい、実は迷ったらと思って早めに出すぎて、1時間前に着いちゃって」
家の4キロ圏内で暮らしてきたゆみにとって、梅田は本当に“ダンジョン”だった。
時間つぶしで入ったマックのコーヒーの味も、緊張でまったくわからなかった。
「わかりますわ〜。梅田って工事も多いから、働いてる私らでも“あれ?いつもの出口どこ?”ってなるんですよ」
松本さんは履歴書を手に取りながら、軽い調子で続けた。
「履歴書、見させてもらいました。前職は幼稚園の先生をされてたんですね?」
「はい、ただその、夫の転勤についてきて子育てをしていたので、3年ほどブランクがあって……」
言いかけた瞬間、松本さんは即座に首を振った。
「えっ、3年?全然ブランクちゃいますよ!
それに子育てされてたんでしょ?むしろ経験値めっちゃ高いです!」
明るく言い切られて、胸の奥に沈んでいた影がふっと軽くなる。
その“軽さ”に背中を押されるように、ゆみは希望条件やスキルを伝えていった。
「ほな次は、お仕事の説明しますね」
資料を開きながら、松本さんは続ける。
「ベビーシッターはね、お子さんの見守りが中心です。
で、基本は土日が多いんですけど……佐伯さん、平日の午前中も勤務可能って書いてくれてはるでしょ?」
にこっと笑って、身を乗り出す。
「これ、ご提案なんですけどね?
もしよろしければ、平日の午前中に“家事代行”もお願いできませんか?」
「家事代行、ですか?」
「そうそう。元フレンチのシェフがフルコース作ります〜!みたいなんじゃなくてね。掃除機かけたり、鏡ちょっと磨いたり、洗濯回したり。ご家庭で皆さんが普段されてる家事全般です。」
更にずずいと迫る松本さん。
「これね、“え?そんなことでお金もろうてええの?”って仰る方、ほんま多いんですけどね?皆さんが普段されてるその家事、お金を払ってでもしてほしい人がいるくらい価値があるんですよ」
ゆみの胸の奥がじんわり熱くなる。
自分が毎日当たり前にやってきたことが、誰かの役に立つのかもしれない。
「私でもできるでしょうか?」
ぽつりと漏れた声に、松本さんは即答した。
「佐伯さん、絶対いけます。
むしろ、いけへん理由が見当たらへんくらいです」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちた。
(毎日やってきた家事が、誰かの役に立つのなら。
それは、私が社会とつながるひとつの形かもしれない)
胸の奥で、小さな灯りが確かにともっていた。
ゆみは小さく息を吸い、まっすぐ松本さんを見た。
「ぜひ、お願いします!」
>>次のお話