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第2話① 2024年6月第1木曜日 (1回目) |家事代行130回、木曜日のドーラさん

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    大阪メトロ緑橋駅に降り立ったのは、約束の1時間前だった。
    (乗り換えではよく使う駅だけど、降りるのは初めてだな)
    PiTaPaをタッチして、まずは出口の番号を確かめる。 
    松本さんから送られてきた『お客様情報書類』には、6番出口と書かれていたはずだ。 

    あの面接の翌週、梅田で家事代行スタッフとしての研修を受けた。
    その数日後、松本さんから「家事代行のお仕事のご紹介なのですが」と電話がかかってきた。
    お客様の名前は道羅(どうら)様といって、70代の一人暮らしの女性らしい。

    「足がご不自由なので、ご自身でやり辛い部分の掃除を手伝ってほしいとのご希望です。主な作業は掃除機がけと、雑巾での拭き掃除ですね。ご自宅が三階建ての戸建てなので、少し体力が必要かと思います」
    松本さんの明るい声を聞きながら、足の裏からピリッとした緊張が走った。 
    (いよいよ、私も現場デビューするのか…!)

    初めての現場にしては、少しハードかもしれない。
    でも、断るという選択肢は浮かばなかった。
    「はい、ぜひお願いします!」
    そう答えた自分の声が、少しだけ震えていたのを覚えている。

    そして今日——

    6番出口から地上に上がると、むわっとした初夏の空気が肌にまとわりついた。ゆみは小さく息を整え、Googleストリートビューで何度も確認した道を歩き始めた。

    今里筋をひたすら北上する。
    開店前のラーメン屋からスープの匂いがふわっと流れてきて、その少し先では、整備工がパーツを洗う水音がシャッシャッと響いていた。 

    信号が青に変わり、横断歩道を渡って横道に入ると、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かな住宅街が広がっていた。 

    (多分、ここのお家だ)

    三階建ての細長い家。
    外壁は淡いレンガ色で、玄関の横にはシャッターが半分下がった大きなガレージ。
    築年数は30年強というところだと思うが、驚くほどきれいに保たれている。

    (お家は確認できたけど…早く着きすぎたな)

    ゆみは家の前をそっと通り過ぎ、東中浜公園の入口で水筒をひと口飲んだ。 
    朝の公園は静かで、まだ保育園の子どもたちも遊びに来ていない。
    (落ち着け、落ち着け…)
    ゆみは時計を見て、深呼吸をひとつした。 
    そろそろ行こう、と自分に言い聞かせて公園を離れる。 

    約束の10分前に先ほどの家に戻ると、朝の光を受けて、ほうきを片手に仁王立ちする女性がいた。
    周囲の静けさの中で、その人だけが異様な存在感を放っていた。 
    (うん、きっとこの方が道羅様だ) 

    「こんにちは」
    少し上ずる声であいさつしたゆみに、女性の視線がバッと向けられた。 
    その速さに、ゆみは思わず背筋を伸ばした。

    「あぁ、家事代行の人?」
    「はい! ねこのてファミリーサポートから参りました佐伯ゆみと申します!」
    ゆみはそう言うと、首から下げたスタッフ証を持ち上げた。

    「あぁ、松本さんから聞いてるよ。私は道羅。」
    名乗る声は低くて、よく通る。
    「はいっ!道羅様、よろしくお願いいたします!」
    ゆみが深々と頭を下げると、女性は一瞬だけ目を丸くし、次の瞬間、豪快に笑った。
    「ハハハハハッ、そんな取って食ったりしないから緊張しなさんな。」
    笑い声は大きいのに、不思議と嫌味がない。

    「それに“様”なんて呼ばれるのは性分じゃないんでね。
     そうね、ここらの人にはドーラさんって呼ばれるから、そう呼んで」
    「あ、はいっ!」
    「まぁ、こんなとこで話すのもなんだし、3時間しかないから早速準備するよ。40秒で支度だ!」

    (よ、40秒……?40秒って、どういう……)

    動揺するゆみをよそに、ドーラさんはくるりと踵を返し、少し足を引きずりながら玄関に入っていく。ゆみは慌てて「失礼します」と言い、その後姿を追った。

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    さがみの国を出国し、関西で暮らしながら物語を書いています。 うちのうさぎにチモシーを上納するために日々働いています。 毎月第1木曜に『家事代行130回、木曜日のドーラさん』連載中。

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