
「共犯探偵デスティニートライアングル」#3「作家編集者探偵三角関係」
あらすじ
裏世界で「共犯探偵」と呼ばれる探偵がいた。脛に傷持つ人々の情報を駆使し、犯人と共犯関係を作りつつ、警察とも結託していた。被害者、加害者、探偵との運命的とも呼べる三角関係から、いつしか「共犯探偵デスティニートライアングル」と呼ばれることになった男の話。ミステリーノワールハートウォーミングギャグコメディ。
第二話振り返り。タコが屠った。
第三話「作家編集者探偵三角関係」
共犯探偵をしていると様々な依頼が入ってくる。毎回殺人が絡むわけでもない。今回の依頼人は作家で、締め切りに間に合いそうもないから、原稿が盗まれたということにしてほしいのだという。
「そのためなら何人殺すことになっても構わない」物騒な作家だ。前言撤回。
「落ち着いてください。原稿が盗まれるシナリオを作るのに殺人は必要ないと思うのですが」
「締め切りに間に合わなかった作家は、編集者の手によって捻り潰されるんだ」
「今から原稿を間に合わせる、という選択肢はないのですか」
「今夜中に三百枚を仕上げるなんてとても無理だ」
「今何枚書けてますか」
「三枚」
「帰らせていただきます」
作家は日本刀を振りかざして僕を脅してきた。
「模造刀でも怪我はしますよ」
「真剣なんだ。書きたくないジャンルで全く気が進まないのに、引き受けてしまったんだ」壁紙がなぞられて切れ目が入る。可哀想な壁紙。
「『可哀想な壁紙』という題名で今から三百枚書くのはどうですか」
「ふざけるな!」どっちが。
「協力者はいますか」
「友人はいない。恋人もいない。編集者は敵だ。君だけが頼りだ」
「誰に盗まれる設定にしますか」
「忍者で」
「忍者があなたのパソコンを盗む、と」
「私は手書き派なんだ。字が汚くて自分でも読めないくらいなんだが、解読できる編集者がいる」
「それって本当にあなたの作品ですか?」
相談の結果、頼まれていた以上の枚数、八百枚の原稿を、突然現れた忍者が巨大なくないで突き刺して運び去った、ということになった。作家先生も必死で追いかけたが、まきびしに足の裏を貫かれて動けなくなったことにする。
「原稿紛失の言い訳のためなら足の裏を貫くくらい構わない」妙な覚悟を語るがそこは特殊メイクでどうにかした。僕は道端で転げ回って「原稿が! 原稿が! 忍者に盗まれた!」と叫んでいた作家先生を運んできた親切な通行人兼、忍者の目撃者ということになった。段取りの打ち合わせが終了した瞬間を見計らったようにチャイムが鳴った。ドアが蹴破られた。
「原稿をいただきにあがりました」現れたのは身長二メートルは超える巨漢の女性であった。僕は死の予感に絡めとられ、先ほどできた壁紙の隙間に逃げ込もうとした。先手を打たれて壁紙の切れ目は編集者の手によって塞がれた。手の形に壁がめり込んだ。
「どちら様ですか? 返答によっては命をいただきますが」丸眼鏡でポニーテール、文芸部の部長っぽい容姿と、スーツを今にも破りそうな筋肉の量を併せ持つ彼女に勝てる気はしない。作家先生はガタガタ震えている。震えすぎて特殊メイクで貼り付けていたまきびしが足から落ちてしまいそうだ。
「僕は忍者に襲われていたこの方を助けて部屋まで送り届けに来ただけの、ただの通りすがりです」
「捕らえた忍者はどこに?」
「捕まえてはいません」
「では完成した原稿はどこに?」
三枚しかない原稿は念のため冷凍庫に隠してある。
「原稿は八百枚書き上げていたのですが、全部忍者に盗まれてしまったそうです」
僕が言い訳している間に、外れてしまったまきびしを作家先生は足にくっつけようとしている。
「あなたは嘘をついている」編集者様は僕の瞳を見つめながら言う。
「この国の忍者なら、三年前に全て滅ぼした」ごめんなさい。
「途中でも構わん。出来ている分を出せ」僕は冷凍庫から取り出した三枚の原稿を差し出す。作家先生はベランダの窓を開けてそこから飛び降りようとした。八階なのに。筋肉編集者様は一瞬で動いて先生の飛び降りを止めた。
「あと二百九十七枚、朝まで」
「無理です」
「そこの探偵君を殺すぞ」既に僕の素性も割れていた。
「さっき会ったばっかりなので別に構いません」来なきゃ良かった。
「僕は帰ってもいいでしょうか」二度と作家からの依頼は受けない。
「三枚を朝までに三百枚にするんだ。アイデア出し要員は多い方がいいに決まっているだろう」この業界に倫理観なんて言葉はないようだ。
結局僕の出したアイデアは全て没にされながら、どうにか作家先生は朝までに三百枚を完成させていた。僕には内容がさっぱり読み取れない原稿だったが、この瞬間の為に敢えて締め切りに間に合わせなかったのではないか、とさえ思えてきた。時に筋肉で脅されながらも、作家先生は案外楽しそうに書いていたのだ。
脱稿の瞬間、皆の気が一瞬怯んだ。その時を待っていたかのように、窓の外から手榴弾が投げ込まれた。女性編集者様が、僕と作家先生を咄嗟にかばってくれなければ、全員即死だっただろう。
「大丈夫ですか!」編集者様はぴんぴんしていた。
「この先生のこれまでの没原稿を背中に入れていたから問題ない。破れたスーツの中から、膨大な量の汚い原稿が現れた。没原稿は手榴弾を防ぐ防御力を持つ。
その後屋上に逃げ込んでいた、他社の編集者を無事に捕まえた彼女は、原稿を抱えて笑顔で帰っていった。僕も帰ることにした。
「明日は違う出版社の締め切りが」と作家先生は言い出したが、振り返ることはしなかった。
「いくつか脚色はされてますが、この間実際に起こった出来事じゃないですか」
作中に出てくる僕の行動はあまり脚色されていなかった。WEB小説家でもある「殺され屋」が企画に参加する作品を締め切りに間に合わせるために、フリーの編集者を雇った時の話だった。
「彼女も元々作家だったらしいのだが、諸事情あって執筆を禁止されている間に筋トレをしていたら、ああなったらしい」
「妄想力は人間の限界を軽く突破できるんですね」
「実際に原稿で手榴弾から身を守ろうとしてはいけないよ」誰がするものか。
「第一あなたは手書きなんてしないじゃないですか。自分の字が汚すぎて読めないから」
「だからだよ。キーボードで打ち出した文章は自分の手から生み出されたものなのか、時々分からなくなることがある。だから物語の中では極力手書きで書いている人物を登場させている。読む人はそこにそれぞれの体験と照らし合わせて、手触りを感じてくれる」
「僕のアイデアって、本当に一つも使われなかったんですか?」
「そこは本当だ」
「もう彼女に依頼してないですよね?」ドアや壁紙をまた直さなければいけなくなる。
「次の企画は原稿用紙三枚分だ」
「書けてるんですね?」
「三百枚書いた。二百九十七枚分削るためには、また彼女の手を借りなければいけない」
そしてまたドアが蹴破られる音がした。
(続く)
※編集者さんは「大阪府立堕落論高校文芸部」に出てくる部長さんと同じ人です。三枚の規定に対して三百枚書くネタは旧作「紙を切る」から。
↑三枚に対して千二百枚だった。