
耳鳴り潰し708
映画「トゥルーマン・ショー」を観終えた。昔観た時と同じように感動していた。最近の一連の見直しの中で、いくつか気付いたことがある。「パルプ・フィクション」を観た際に、「自分の何割かはこの映画で出来ていた」と気付いたこと。古い名作映画と呼ばれるもの、たとえば「第三の男」「天井桟敷の人々」、チャップリンの映画、などは今改めてあまり見直そうとは思わない。黒澤明の映画は半々という気持ち。その対極にあるような、マイナーカルチャー映画、嫌いではないけど今の自分に響くかというと微妙。「爆裂都市」に対する感じ方も尾を引いている。
見返したくなる一連の作品に共通項がある。父が借りてきた、とかテレビでやっていた、とか、マイナーだから、とかではなく、自主的にそれを観る理由があった映画。熱量の高いレビューを読んで気になったとか、何かの撮影エピソードを聞いて興味を持ったとか。ある俳優の顔を妙に見たくなってとか。
「パルプ・フィクション」「GONIN」「フェイス/オフ」「トゥルーマン・ショー」などを昔と同じように楽しめたのは、その辺りの理由。
なので次に「今観ても楽しめるのか」が疑問な一作に。タルコフスキー「ノスタルジア」。何か大切なもの、こぼれそうな物を運ぶ際には「ノスタルジアごっこ」と称して再現したりするくらい好きだったはずだが、今観てもそうなのか、と。めんどくさくなっちゃうんじゃないか、と。プラトンを読んでいる今だからこそ敢えてのタルコフスキーというわけで。
私はあまり人に本を薦めない。それを読んでいた時の自分と今の自分とは違っているから、今の自分にどう響くか分からない。それを相手に薦められない、という理由で。二十代の頃に読み漁っていた「内向の世代」と呼ばれる作家群の作品を、今あの頃と同じ感覚で楽しめるか疑問に思っている。
プラトン「ゴルギアス」過激派カリクレスが極論を始めている。
今日の一枚「作家の原稿を盗もうとしている忍者」
