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倧河ファンタゞヌ小説『月獅』     第1幕第章「倩卵」党文

    第章「癜の森」は、こちらから、どうぞ。

    倩、裁定の矢を攟぀。
    光、枅き乙女に宿りお倩卵ずなす。
    孵りしものは、混沌なり、統べる者なり。
    正しき導きには䜳よごずずなり、
    悪しき誘いざないには犍玉たがたたずならむ。 

    『黎明の曞』「巻䞀 月獅珀䌝」より跋

    第幕「ルチル」

    第章「倩卵」

    第章「癜の森」あらすじ
    光の森ず讃えられる「癜の森」を統べる癜の森の王は、その䜓躯が透明にすける癜銀の倧鹿だ。森の呚囲を四村が取り囲み、森ず共存しながら栄えおきた。ただし、人は癜の森に立ち入るこずはできない。唯䞀、心からの祈りが王に届けば、森は開かれるず䌝えられおいる。東の゚ステ村領䞻の嚘ルチルは、今、远手をさけ癜の森をめざし地䞋の穎道を駆けおいる。六歳の倏に日射病で倒れたルチルは、癜の森で介抱され、蚘憶を消されるこずなく里に垰されたずいう過去をも぀。

    登堎人物
    ルチル‥‥‥゚ステ村領䞻の嚘
    むノァン‥‥゚ステ村領䞻・ルチルの父
    カナン‥‥‥ルチルの母
    ブランカ‥‥ルチルが飌っおいるシロフクロり
    カシ‥‥‥‥ルチルのナニヌ䞖話係兌教育係
    レむブン隊‥王盎属のカラスの偵察隊
    アト゜ン‥‥゚ステ村の地䞋に䜏むトビモグラ・地䞋道の案内圹
    ロり‥‥‥‥トビモグラ・地䞋道の護衛
    トヌト‥‥‥ルチルの幌銎染・村の悪ガキ

     異倉を報せたのはフクロりだった。
     ルチルは十歳だった五幎前にアナンの泉に氎济びに出かけ、泉のほずりの茂みでうずくたっおいるシロフクロりの雛を芋぀けた。巣から萜ちた幌鳥を芪鳥は育おない。巣にもどしおも、この子は助からない。䜓を拭くための手ぬぐいを籐のかごに入れおいお良かったず思った。かごに萜ち葉をしき぀め雛をそっずのせるず、猛犜類に芋぀からないよう手ぬぐいをふわりずかぶせ、走っお垰った。
     ブランカず名づけおかわいがった。
     昌はルチルの郚屋の止たり朚でうずうずしおいるブランカは、倕方近くになるず狩に出かける。屋敷の庭にある倧きな楡の朚に止たっお呚囲をうかがい、獲物を芋぀けるず飛んで行く。朝方になるず舞い戻り、楡の枝からルチルの郚屋に音もなく滑りこむ。ふわりず颚が吹きこむほどの静けさで。
     その日ブランカは西日を背に狩に出たばかりだずいうのに、䞊空で倧きく旋回するず楡の朚に止たるこずもなく、匟䞞ず化しお䞀盎線に郚屋に飛び蟌み、「逃げお」ず叫んで、勢いあたっお壁に激突した。
     衝撃音を聞き぀け、父ず母が郚屋に飛び蟌んで来た。
    「お通様、早く。レむブン隊の偵察が」
    「そうか、ずうずう知られたか」
     王宮で飌われおいるワタリガラスはレむブン隊ず呌ばれ、王盎属の偵察隊である。
     このずころ頻りにカラスを芋かけるようになったこずをブランカは危惧しおいた。だが、それらが野生のカラスなのか、レむブン隊に属するカラスなのかがわからない。甚心しなければず思っおいた矢先だった。
     ――ルチルが卵を産んだこずを知られおはならない。
     おしゃべり奜きなスズメたちの噂話をレむブンカラスがい぀耳にするか。ブランカは気が気でなかった。スズメに泚意したずころで、あい぀らの小さなお぀むではものの䞀分ず経たないうちに忘れおしたう。それよりも、フクロりがスズメに䜕床も泚意する行為のほうが目立぀。ブランカはため息を぀くしかなかった。

     「数癟幎に䞀床、䞖が乱れるず卵で生たれる者が珟われる」
     その者は、䞖界の混沌を救うずも、䞖界を混沌に陥れるずも䌝えられおいた。真停は定かでない。叀き蚀い䌝えであり、ただの神話か䌝説ず誰もが思っおいた。
     ルチルが卵を産むたでは。
     卵は「倩卵」ずいっお、倩からのさずかりものずされる。すなわち、卵を産む嚘は凊女であり、倩卵のために腹を貞すのだず。凊女懐胎である。ゆえに倩卵から孵った子には、母はいおも父はいない。


     ひず月前の新月の倜だ。
     十五歳の誕生日を祝った倜だった。
     ルチルは寝぀けず、窓蟺にもたれ挆黒の倜空を眺めおいた。
     黒曜石のような闇倜に、すヌっず癜い光がひず぀、走っお流れた。月明りがないからか、流星の光跡がひずきわあざやかだった。続いお二぀流れた。遥か南の海の先をめざすように光の矢が䞉本、倜空を射抜いた。
     これほどはっきりず流星を目にしたのは、はじめおだった。その光跡の矎しさに恍惚ずみずれおいたが、あわおお窓枠にひじを぀き腕を組む。
     流星は、瑞兆ずも凶兆ずもいわれる。いずれの兆しだずしおも、倩に祈らねばならない。ルチルは窓枠にひじをのせお䞡手を組み、その䞊に額をのせお祈ろうずした。
     そのずきだ。たばゆい閃光が闇を蹎散らし、䞀盎線にルチルに向かっお来る。驚いお顔をあげるず、光の矢がルチルの胞を射た。
     痛みはなかった。
     だが、䜕か熱いものが䜓の芯をすべり降りる感芚にずらわれた。その熱の塊は、ぞそのあたりで止たった気がした。倜着の裟をあげお腹郚を確かめるず、ぞそのたわりが熱を垯びおがぅっず癜く茝いおいる。
     私は星を宿したのだろうか。
     四぀めの流星が䜓に飛び蟌んだこずはたちがいない。
     なぜそんなふうに思ったのか、今ずなっおは説明が぀かない。だが、そのずきはずっさに他人に知られおはならないず、匷くルチルは感じた。パゞャマの裟をおろすず、スリッパをはき、お腹の光を隠すためストヌルを腰に巻いお、物音を立おぬよう泚意しながら䞡芪の郚屋をめざした。廊䞋が䞀足ごずに軋きしみ、そのたびに息を现くした。

     むノァンず劻のカナンは嚘の様子に目を瞠みはった。
     ルチルが腹をかばうように巻いたストヌルを床に萜ずすず、腹郚が呌吞にあわせるかのように瞬きながら淡く明滅しおいた。

    「倩、裁定の矢を攟぀。光、枅き乙女に宿りお倩卵ずなす。孵りしものは、混沌なり、統べる者なり。正しき導きには䜳よごずずなり、悪しき誘いざないには犍玉たがたたずならむ」
     『黎明の曞』の䞀節をむノァンは諳そらんじ、嚘の光る腹を凝芖した。
     ルチルは流星が身の内に飛び蟌んだずいった。倩卵を宿したずいうこずか。なんず畏れ倚い。倩は䜕故なにゆえにルチルを遞んだのか。芪ずしお願ったのは、平凡で小さな幞せを慈しみながら暮らしおくれるこずだずいうのに。
    「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり、か」
     むノァンは腕組みをしお倩井を仰ぐ。
     カナンは嚘の肩をそっず抱いお、ベッドに座らせる。
    「䞖界を救う人物になるか、䞖界を混沌に巻き蟌むか。いずれにしおも䞀囜の王の地䜍を脅かす存圚になるずいうこずだ」
     カナンはルチルを胞に抱き寄せ、倫を芋぀める。
    「このこずは秘さねばなるたい。ルチルの腹に宿った呜に、いかなる䜿呜があるのかが明らかになるたでは、王宮に知られおはならない」
    「身の呚りの䞖話は必芁だから、秘密を共有するのはカシずブランカだけにしよう。カシは口が固い。ブランカは芋匵り圹ずなるだろう。ルチルを他人目ひずめから隠しおしたいたいずころだが、かえっお怪したれお劙な噂がたちかねない。ずりあえず、腹の光がおさたるたでは、熱で寝蟌んでいるこずにしよう。看病はカシだけにたかせる。カシには明日の朝いちばんに話そう」
    「あずのこずは、私にたかせなさい。ルチル、おたえに倩卵が宿ったこずに意味があるのだずしたら、この茝きは守らねばなるたい。今倜はここでお母様ず䌑みなさい。私はおたえの郚屋で眠るずしよう」

     䞀週間埌、ルチルは卵を産んだ。それはたばゆいほどの黄金に茝いおいた。
     産たれたおは鶏の卵ほどだった。それが日ごずに倧きく育っおいく。
     垃団やブランケットで隠しおも光が挏れる。
    「お願い、あなたを守りたいの。だから、光を抌さえお」
     ルチルが卵に口づけながら、そう話しかけるず、卵は「わかった」ずでもいうように二床たたたくず光量を萜ずし、ごく埮かに光るようになった。
     ブランカは、昌間はルチルの郚屋の止たり朚で䌑みながら、カシ以倖のものが郚屋に立ち入らぬよう芋匵り、倜になるず屋敷の呚りを譊戒しおたわるようになった。

    「早く、ここから」
     マントルピヌスの冊をはずし、灰を隅に掻き寄せるず、むノァンは炉床の煉瓊を火掻き棒でコツンコツンコツヌンず最埌だけ倧きく䞉床叩いた。それから煉瓊を八枚取り陀く。その䞋には煀けた板があった。䞭倮に金属の取っ手があり、短い蟺の片偎に蝶番ちょう぀がいが぀いおいる。むノァンは取っ手をもっお板をあげる。するず、昏い穎があり、冷気がするりず立ち昇った。人ひずりがやっず通るこずのできるほどの狭い穎だ。
     ルチルが固唟を飲んで芋守っおいるず、その穎から䜕か黒いものがぬっず珟れた。目をこらしおよく芋るず、滑らかに黒光りする䜓毛、突き出た錻、倧きなモグラのようだ。
    「やあ、アト゜ン。手はずどおりによろしく頌むよ」
    「おたかせくだせぇ、お通様。お嬢さたは、ぶじに癜の森たで儂わしらが送り届けやす」
    「ほんでもっお、お通様ず奥様も  」
     アト゜ンが蚀い぀のる蚀葉にかぶせるように、むノァンは
    「䜕床も話しあっお、玄束しただろ」
     ず静かに蚀い枡した。そしお、背埌で目を䞞くしお固たっおいるルチルを振り返るず
    「さ、急ぎなさい」
     穎ぞ手招きする。
    「トビモグラのアト゜ンが案内しおくれる。圌に぀いお、癜の森に向かいなさい。森の王が助けおくださるだろう」
    「お父様ずお母様は」
    「私たちは埌ほど、安党な堎所に向かう。心配しなくおいい。おたえは卵を守るこずだけを考えなさい」
     振り返るずカシが、「倧䞈倫、カシが぀いおいたす」ずでもいうようにひず぀深くうなずく。ルチルはマントルピヌスの䞊にずたっおいるブランカを芋぀めた。ブランカが銖をくるりず䞀回転させ、その賢い瞳でうながす。
     卵を包んだ垃を肩から斜めに結わえる。
     母のカナンが嚘に男物の緑のマントを着せお抱きしめ、額にキスをするず、暖炉のほうにそっず背を抌した。ルチルはもう䞀床、母ず父を芋぀めるず芚悟を決め、腰をかがめおマントルピヌスの穎に歩をおろした。それからは振り返らなかった。暗い階段を足もずをたしかめながら慎重に降りる。足をすべらせお卵を割るようなこずがあっおはいけない。
     階段を降りきるず、ルチルの背䞈ほどの暪穎が䞉方向に向かっお延びおいた。地䞋の坑道のような穎なのに、ほのかに明るい。アト゜ンの手には灯りらしきものはない。䞍思議に思っおあたりを芋回すず、足もずでキノコが光っおいた。倧きなヒカリ茞たけだ。アト゜ンが歩を進めるず、それにあわせお順に光る。たるでセンサヌの぀いた自動点灯ラむトだ。
    「お通様のご厚意で、儂わしたちはこうしお゚ステ村の地䞋に、地䞋ぢげものの村を自由に築くこずをお蚱しいただいおきやした。かわりに、お通様の䞀倧事には儂わしら䞀族が力をお貞しいたしやす」
    「お嬢様が金の卵を産みなさった日から、い぀かこうなるこったが、お通様にはおわかりやったんでごわしょ。そんずきが来たら、どうすっか。ぜんぶお通様がお決めなすった」
     ざざぁっず、土の厩れるような音が背埌からしお、ルチルは驚いお振り返る。
     どこから珟れたのか、五匹のトビモグラが、ルチルが降りおきた階段のある竪穎を埋めおいた。 
    「䜕をしおいるの」
     ルチルは思わず叫び声をあげた。
     暖炉ず地䞋道を぀なぐ穎が埋たっおしたったら、お父様ずお母様はどうやっお逃げるずいうの。
    「お通様のご指瀺ですだ。居間ず地䞋を぀なぐ穎を埋めろず」
    「やめお、やめお。お願い、やめさせお」
     ルチルはトビモグラたちが埋めようずしおいる穎の前に立ちはだかる。
    「お嬢様には卵を守る䜿呜がありなさる。おんなしでっさぁ。お通様には村人を守るっちゅう䜿呜がありなさるっちゃ。ありがおぇこずに、お通様にずっちゃあ、儂わしたち地䞋ぢげものも村人なんじゃ」
     駄々をこねる幌子を諭すように、アト゜ンは埌ろ足で立ち䞊がっお、癜い点のような瞳を向ける。針の穎ほどの小さな双眞が闇にちらりず光り、ルチルに芚悟をうながす。
    「儂わしらずお、お通様ず奥様はお助けしたい。だぁんが、たずはお通様ずの玄束を果たしやす。それが儂わしの䜿呜ですっちゃ」
     ルチルは混乱しおいた。䜕がどうなっお、こんなこずになっおしたったのだろう。どうしお流れ星は私の身䜓に飛び蟌んだの。どうしお倩卵が宿っおしたったの。
     胞に抱えた倩卵は、もうダチョりの卵ほどの倧きさに育っおいる。
     ――これをここで力いっぱい割っおしたったら、もう逃げなくおもいいし、お父様やお母様、カシたちず元どおりに暮らせるんじゃない わたしが育おなきゃいけない矩務なんおないんだもの。
     ルチルは胞もずの倩卵に芖線を萜ずす。割っおはいけないからず包んだキルトから淡い光がもれ、暗い坑道で呌吞をするように埮かにたたたいおいた。その光が、ルチルの心の揺れを察したのだろうか、すヌっず消えた。
    「いいかい、ルチル」
     父の静かな声が耳によみがえる。
    「やがお垌望ずなる光なのだよ。星が流れたずいうこずは、䜕か混沌が広がる前觊れやもしれぬ。そのずき、これが垌望の光ずなるかどうかは、この子の母ずなるお前しだいだ。ただ十五歳のお前には重い䜿呜かもしれぬ。だが、難しく考えるこずはない。カナンが、母様がお前にそうであったように、卵から生たれおくる子を慈しんであげればいい」
     わかるね、ず父は柔和なオリヌブ色の瞳でルチルを諭した。
     きっずお父様にはわかっおいたのね。わたしが卵を攟りだしたくなるこずが。くじけそうになるこずが。ルチルは唇をかむ。
     卵の光は消えたたただ。
     アト゜ンは埌ろ足立ちの姿勢を厩さずルチルを芋぀めおいる。
    「ごめんなさい」
     ぀ぶやいお、ルチルは卵にそっず口づける。倧䞈倫、あなたは、わたしが守る。ちゃんず、あなたのお母様になるわ。
     卵をくるんだキルトが、䞀瞬、ぱっず明るく茝いた。ルチルはぎゅっず卵を抱きしめるず、目尻からこがれそうになっおいる涙を拳でぬぐい、アト゜ンに向き盎った。
    「癜の森たでの案内をお願いするわ」
    「かしこたりやした」
     アト゜ンが恭しくお蟞儀する。
    「こい぀はロり」ず、アト゜ンは自らの隣に控えおいるトビモグラを玹介する。
    「お嬢様の背埌をお護りしやす。わしらは暗闇に慣れずるが、ヒカリ茞たけだけんじゃ、お嬢様には暗かろう」
     アト゜ンは懐から䜕かを取りだし、掌を開く。光るものが䞉぀ひらひらず飛びだした。ルチルは目を凝らす。蝶が淡く光りながら飛んでいる。ヒカリアゲハだ。子どものころトヌトが䞀匹だけ捕たえ、誇らしげに虫籠を芋せびらかしおいた。「めったに捕たえられないんだぜ」ず蚀っお。それが䞉匹も。鱗粉をきらきらず茝かせながら、飛び回っおいる。こんなずきでなければ、その矎しさに芋惚れるのだろうけど。
    「ちょっず倱瀌しやすよ」
     アト゜ンは蚀いながら、ぐいっずルチルの右手を぀かみ、その甲に䜕かねっずりずしたものを塗った。するず、蝶がルチルの手に舞い降りる。
    「蜜でさぁ。ほれ、こうしずきゃ、こい぀らお嬢さんの手にずたる。ほんで、灯りになる」
     ルチルは感心した。手を高々ずかざしおも、蝶は逃げない。ルチルの右手が懐䞭電灯になったようだった。
    「さ、急ぎやすよ」
     アト゜ンが四぀足で駆けだす。ルチルが远う。ロりが背埌に気を配りながら続く。どこをどう通ったのか。右に巊に坑道を曲がり進むアト゜ンの背を远うのに必死で、ルチルにはさっぱりわからなかった。地䞋道には、暹々の根が瞊暪無尜に走っおいる。それらに足を取られお転ばないよう気を぀けるのが粟いっぱい。ヒカリ茞たけずアゲハの灯りず、倩卵のほのかな光を頌りに足もずを確かめながら急いだ。うっかり蹎぀たずくたびに、ロりがすばやく支えおくれる。無口な圌の働きがうれしかった。
     どのくらい進んだろう。どこからか氎の流れる音のようなものが、埮かに聞こえた。アト゜ンに぀いお角を曲がるたびに音はしだいに倧きくなる。いく぀かの枝道を曲がったずころで、急に芖界が開けた。ごうごうず滝のような音が響く。现い坑道の向こうに広い空間があるのが、暗闇でもわかった。
     アト゜ンが穎道を抜けたずころで振り返り、はじめお笑顔を芋せた。
    「お嬢様、着きやした」 
    「これは  」
     ルチルは地䞋を滔々ず流れる川に目をみはった。
    「ルビ川ですだ」
    「昔むかし、癜の森ぞず流れおいたずいう䌝説の でも、蚀い䌝えでは癜の王が怒っお 」
    「地䞋に沈めなすった。それが、これでさぁ」
     おずぎ話に聞いおいた川が、目の前を流れおいる。本圓にあったなんお。
     川原には小舟が甚意されおいた。
    「そん先に、滝のカヌテンがあるんが、芋えやすか」
     アト゜ンが埌ろ足で立っお、川の流れる先を指さす。
     ルチルはヒカリアゲハの止たった右手を高く掲げる。ほのかな明かりの向こうに、癜く泡立぀滝が川の行く手をレヌスのカヌテンずなっおさえぎっおいるのが芋えた。
    「癜の森の王ぞ祈りが届けば、滝が開きたすっちゃ」
     ロりが舟を曳いおくる。
    「儂わしらは、ここたででごわす。お通様ず奥様のこったも、儂わしらができるかぎりの力は尜くしやす。どうかお嬢様もご無事で、卵をお守りくだせぇ」
    「アト゜ン、ロり、ありがずう。あなたたちの働きに心から瀌を蚀いたす。お父様ずお母様のこず、よろしくお願いしたす。ルチルは卵を守り育おる芚悟ができたした、ず䌝えおもらえるかしら」
     アト゜ンずロりに向かっお深々ず頭をさげるず、ルチルは二匹を胞に抱き寄せた。胞もずに抱えおいる倩卵もひずきわ茝く。
     ルチルは小舟に乗りこむず、「オヌルはどこにあるの」ず尋ねた。
    「櫂はありやせん。芁らないんでさぁ。川が導いおくれたすんで」
     アト゜ンずロりは力いっぱい舟を抌しだす。
     豊かな氎をたたえた川面を小舟がすべりだす。二匹のトビモグラは埌ろ足で立っお、短い手をちぎれそうなほど振る。ルチルも倧きく振り返す。
     月倜の海に舟出するようだずルチルは思った。地䞋の闇に月はなく、滝のあげる氎しぶきが癜い明かりずなっお川面をただよう。もうここには戻っお来られないかもしれない。この掞窟はおろか、゚ステ村にさえも。胞をよぎる予感に、頬を涙がずめどなく぀たう。嗚咜はない。涙が流れるだけだ。ルチルは卵をぎゅっず抱きしめる。応えるように、慰めるように、卵はしだいに光を匷める。
     川は滔々ず流れおいるのに、舟は滝のカヌテンの前でぎたりず止たった。
     ルチルは癜い飛沫を氎煙のごずくあげる滝を芋あげ、ただひたすらに祈った、たばゆい光をたずっお神々しかった癜の森の王を想いながら。

     ――癜の王様、六歳の倏に助けおいただいたルチルでございたす。あの日のこず、忘れたこずはありたせん。モノアラむグマのおばさんや心優しき森の生きものたちのこずも。王様ず亀わした玄束も、ずっずずっず守っおきたした。お父様にもお母様にも話したこずはありたせん。あの日おっしゃいたしたよね。わたしには、さだめのようなものがあるず。それが倩卵を宿すこずだったのだずしたら。わたしはこの卵を守りたい。この子の光を守りたいのです。お力をお貞しください。どうか、森を開いおください。

     ルチルは目を閉じ、胞に抱えた卵の前で䞡手を組み䞀心に祈った。滝の飛沫がミストずなっお立ち蟌め、頭こうべを垂れたルチルの肩を背をじっずりず湿らせる。前髪は額に貌り぀き、髪から぀たう雫が組んだ手を濡らす。絶え間なく萜ちる氎の蜟音が掞窟にこだたしおいた。


    第幕「ルチル」第章「倩卵」了

    第章に続く。


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    「島田荘叞遞 第18回ばらのたち犏山ミステリヌ文孊新人賞」受賞。 2026幎3月11日に光文瀟より譊察小説『腐芯』を出版したした。

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