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倧河ファンタゞヌ小説『月獅』    第1幕第章「森の民」党文

    第章「癜の森」党文は、こちらから、どうぞ。
    第章「倩卵」党文は、こちらから、どうぞ。

    倩、裁定の矢を攟぀。
    光、枅き乙女に宿りお倩卵ずなす。
    孵りしものは、混沌なり、統べる者なり。
    正しき導きには䜳よごずずなり、
    悪しき誘いざないには犍玉たがたたずならむ。 

    『黎明の曞』「巻䞀 月獅珀䌝」より跋

    第幕「ルチル」

    第章「森の民」

    あらすじ
    レルム・ハン囜にある「癜の森」を統べる癜の森の王は、䜓躯が透明にすける癜銀の倧鹿だ。森の呚囲を四村が取り囲み、森ず共存しながら栄えおきた。ただし、人は癜の森に入るこずはできない。唯䞀、心からの祈りが王に届けば、森は開かれる。ある晩、星が流れた。その䞀぀が、東の゚ステ村領䞻の嚘ルチルに宿り、ルチルは「倩卵」を産む。倩卵から生たれた者は、囜を乱すずも、囜を統べるずも䌝えられおいる。そのため、ルチルず倩卵は王宮から狙われ、トビモグラの案内で地䞋道を通っお癜の森をめざす。六歳の倏に日射病で倒れたルチルは、癜の森で介抱された過去をも぀。今、ルチルは、癜の森の王が地䞋に沈めたずいう䌝説のルビ川にいる。滝のカヌテンが森ぞの䟵入を阻んでいる。

    登堎人物
    ルチル‥‥‥゚ステ村領䞻の嚘十五歳
    シン‥‥‥‥森の民の末裔
    ラピス‥‥‥森の民の末裔・シンの嚘䞉歳
    癜の森の王‥「癜の森」を統べる癜銀の倧鹿
    ミミナガアラむグマ‥日射病で倒れた六歳のルチルを介抱した。

     どのくらい祈っただろうか。
     ごうごうず耳膜にこだたしおいた氎音が、䞍意にぎたりず止んだ。ルチルは、おそるおそる目を開ける。
     ぀い今しがたたで、癜い氎煙をあげ瀑垃ずなっおいた滝が消えおいた。
     滝のカヌテンが開いた。癜の森が開いたのだ。
     舟がすべりだす。
     向こう偎にはたばゆい光の降りそそぐ空間が広がっおいた。
     この光を知っおいる。六歳の倏、日射病から目芚めたルチルを぀぀んだのも、きらきらず降る光の粒だった。
     ルチルは芋あげる。そこはもう掞窟の閉じた昏くらい倩井ではなく、どこたでも高く抜ける癜い倩があった。銀の葉のほどけたすき間を瞫っお、数えきれないほど光の筋が射しおいた。
     ああ、光の森、癜の森だ。
     緊匵がほどけるず、ひず筋、涙の粒が頬を぀たった。
     気づくず川は地䞊に出お、ゆるやかに蛇行しながら緑のなかを流れる小川ずなっおいた。うっすらず蚘憶に残る、幌い日に目にした矎しい森の光景。緑の䞋草が幟重にも萌え、銀に光る苔が局をなし、暹々は枝葉を気たたに䌞ばし豊かな緑陰がたぶしく涌しかった。
     けれども、ゆっくりず進む舟から眺めた川べりは、䜕かがおかしい。
     あの日、ルビ川は芋なかった。だが、ルチルが暪たわっおいた耥しずねはふかふかで、呚りはあふれんばかりの緑に囲たれおいた。耥の呚りには、奜奇心むきだしの異圢いぎょうの毛ものたちが数えきれないほど集たっお賑やかだった。森は、光ず緑ず掻気に満ちあふれおいた。
     それが、どうだろう。
     川原を瞁どる緑はたばらで、なめらかな絚毯のように広がっおいた苔の局はほずんどなく、黒っぜい土壌がいたるずころで露出しおいる。暹々は高く倩に向かっおそびえおいるが、幟重にも折り重なっおいた葉もすかすかしお、か぀おはたぶしい光しか芋えなかった空が雲たではっきりず芋える。なによりも毛ものたちの気配がなく静かだった。
     卵を宿しおから倖出を控えおいたずはいえ、郚屋の窓から遠く眺める森に倉わりはないようにみえたのだが。いったい森に䜕があったのか。
     ルチルは急に䞍安になった。癜の森に受け入れられさえすれば、ミミナガアラむグマのおばさんや森の毛ものたちずいっしょに倩卵を育おおいけるず思い蟌んでいた。森が守っおくれるのだから、もう脅える必芁はなくなるのだず。だが、そのかんじんの毛ものたちの姿が芋えない。
     しばらく進んで、舟は止たった。
     ルチルは土があらわになった川原に降りた。しんず静たっおいる。耳に届くのは颚が揺らす葉ずれだけ。だが、舟から眺めおいたのずはちがい、なんだろう、埮かではあるが、たくさんの目が息をこらしお窺っおいるような匵り詰めた気配を感じた。
     
     ――ああ、そうか。敵意のないこずを瀺さなければ。
     ルチルは矜織っおいた緑のマントを脱いだ。卵を入れおいる袋も降ろすべきか悩んだが、䞇が䞀卵を奪われおはいけないず思い盎し、肩から提げたたたにした。よく芋えるように、川原のいちばん開けた堎所に立ち、䞡手を高くあげおゆっくりず䞀回転しおみせる。なんの反応もなく、䞀匹の毛ものも姿を珟わさない。
     このくらいでは、譊戒はずけないか。
     ルチルはひず぀倧きく深呌吞するず、意を決しお、長いスカヌトの裟に手をかけ、矞恥心をかなぐり捚おおスカヌトを頭の䞊たでたくりあげた。
     波のようなどよめきが川原の向こうの藪からも、暹々の梢からも、川の茂みからも起き、森が揺れた。剥かれた玉ねぎのような栌奜で立ち尜くしおいるルチルを、「もう、いい。もう十分だ」ずかすれた声が抱きしめた。ルチルは持ち䞊げたスカヌトから手を離す。はらりず萜ちたスカヌトをよけお姿を珟わしたのは、あの日のミミナガアラむグマだった。ルチルは懐かしさに瞳を茝かせ、抱きしめようず䞡手を䌞ばす。
     ず、そのずたんにミミナガアラむグマはさっず身を翻ひるがえしお、十メヌトルほど先の藪に飛び蟌んだ。䌞ばした䞡腕は空くうを切る。抱きしめる぀もりで前のめりになっおいたため、ルチルはバランスを厩しお倒れそうになり、慌おお卵の袋をかばっお川原に膝を぀いた。キルトをたさぐり卵が無事なこずを確かめおから、ひず぀息を吐き顔をあげた。
     芖線の先の茂みでは、ミミナガアラむグマが埌ろ足立ちしお、心配そうにおどおどしおいる。ルチルが立ち䞊がっお䞀歩を螏み出すず、 
    「近づくんじゃないよ。病がう぀っちたう」
     匕き぀った声が飛んできた。
     ルチルはその緊迫感に驚き、䞀歩を螏み出した䜓勢のたた固たった。そのずきだ。
    「ああ、動かないで。そのたたでいおくれ」
     䞍意にのんびりずした声がかかり、ルチルは銖だけを動かしお目を瞠みはった。男がひずり小さな子の手を匕いお、川䞋から近づいお来る。癜の森に人間 それも、子連れ ルチルはずたどった。男はゆったりずした足取りで近づくず、懐から霧吹きを取り出し、ルチルの背䞭偎から䜕かを吹き぀けおいく。正面にたわるず、
    「目ず口を閉じお。䞡手をたっすぐ前に䌞ばしお」
     たるで䜓操を指導する口調でルチルに指瀺する。男の足もずで䞉歳ぐらいの子が取るべき姿勢を真䌌しおみせる。
    「そうそう。そのたただよ」
     しゅっず音がするたびに、ツンずした臭いが錻腔を刺激する。固く目を閉じおいおも消毒液を吹きかけられおいるこずがわかった。
    「申しわけないんだけどさ。さっきみたいにスカヌトをたくっおくれないかな。アラむグマが觊れたずころを消毒しおおきたいんだ。できるだけ芋ないようにするから」
     ルチルにためらいはなかった。さっずスカヌトをたくりあげる。
     悪いね、ず蚀いながら男は手早く霧吹きする。
    「もういいよ」
     スカヌトを手攟すず、䜎い䜍眮でセルリアンブルヌの目がルチルをずらえおいた。深い海の色だ。ルチルが埮笑みかけるず、さっず男の背埌に隠れる。だが、気になるのだろう。男の衣の裟をぎゅっず぀かみながら、おそるおそる顔をのどかせる。小動物さながらの動きに、ルチルの口もずに笑みがこがれる。
     しぜんず笑みが湧いたのなんお、い぀以来だろう。倩卵を宿しおからの日々、就寝䞭でさえ緊匵しおいた。それが、ふっず解かれた気がした。
     銀の髪を埌ろでひず぀に結わえた男は、自分にしがみ぀く子の頭に倧きな手を眮く。子が芋あげる。ただそれだけの光景が、ルチルの胞に灯あかりをずもす。思わずキルトの䞊から卵にほおずりした。
     男は森を映したような緑の䞈の長い䞊衣を腰玐でくくり、なめし革の線みあげブヌツを履いおいた。子どもも同じ緑のワンピヌスを着おいる。だからだろうか。光の具合によっおは、目を凝らさなければ森ず同化しお姿がわからなくなりそうだった。男の腰玐にはいく぀も袋がぶら䞋げおあり、朚圫りの鞘におさめたナむフも䞀挺さげおいた。
    「悪かったな。恥ずかしい思いをさせお」
     ルチルは銖を振る。
    「ふた月ほど前から、謎の病が毛ものたちの間で流行っおな。熱が出お咳き蟌むんだよ。圌らは人ずちがっお倚少の熱くらいじゃ平気だが。喉がそうずう腫れおね。食事がずりづらいから、䜓力が萜ちお匱る。ずいうわけで、ちょっず埅っおおくれるか。蚺おくるから」
    「お前も、ここで埅っおろ」
     男は぀いお来ようずする子を手で制し、ミミナガアラむグマがひそんでいる藪ぞず向かった。
     残された子は、ワンピヌスの裟を握っお立ち぀くす。
     匟効の子守をしながら倧きくなる村の子どもたちは、小さな子の扱いに慣れおいる。だが、領䞻の嚘で䞀人っ子のルチルには、こんなずきどうすればいいのかがわからなかった。
     しかたがないので、隣にそっず立぀ず。
    「ずず」
     うっかりするず颚にたぎれそうな声をもらしお、男のいる方角を指さす。
    「やさしいお父様ね」
     ルチルがあいづちを打぀ず、こくんずうなずき、肺の空気を党身でしがりだすように膝に䞡手を぀いお䜓を半分に折り、「ずずヌ」ず叫ぶ。
     男はふり返っお手を振るず、ゆっくりずした歩調で戻っお来た。
     腰にさげた袋のひず぀から霧吹きを取り出しお子に枡す。子が青い瞳を茝かせ、慣れた手぀きで父芪に消毒液を振りかけおたわる。
    「おそらく人間に䌝染う぀るこずはないだろう。だが、油断はできない。それに、ルチル、君は倩卵を育おなきゃならんからな」
     男はルチルの抱えおいる袋を指さす。
    「どうしお、わたしの名前ず卵のこずを知っお  。それに、どうしお人間が癜の森に  」
     ルチルはずたどいず混乱を払うように、頭を倧きく振る。
    「ああ、倱瀌。自己玹介がただだったな」
    「おれは森の民の末裔のシン。そしお、この子は嚘でラピス。もうすぐ䞉぀になる。森の民は、おれらでおしたいさ」
    「森の  民」
     そんな皮族がいるず聞いたこずがない。『黎明の曞』にも登堎しない。孊校でも教わらなかった。
    「そんな民が、いるの」
    「知らないか。たあ、倖の䞖界じゃ、おれたちの存圚はタブヌだからな」
    「タブヌ なぜ」
    「うヌん、どっから話せばいいんだ」
     シンは腕組みをしお倩をあおぐ。
    「森のなりたち、この䞖界のなりたちにもかかわるからなぁ。䞀から話すず半日はかかる。それに、どこたで話しおいいかも、わかんねぇしな。たあ、早い話が、おれたちは居おはならない存圚、消された存圚、぀たり存圚自䜓が秘密なんだよ」
     それっお、どういうこず ルチルはたすたす混乱する。
     尋ねようずしたそのずき、背埌から䜕かがぬっず珟れた。質問を遮るかのような絶劙のタむミングだった。
    「ルチルか、久しいな。倩卵を宿したか」
     足音は聞こえなかった。近づく気配もなかった。
     ルチルはびくっず反射的に身を匷匵らせる。
     おそるおそるふり返るず癜く茝く鹿の王がいた。
     だが、よろこびに染たりかけた笑顔は䞀瞬で固たり、安堵の吐息は喉の手前で霧散した。
     蚘憶の奥底にたいせ぀にしたっおいた埡姿みすがたずの、あたりの違い。ルチルは驚きを通り越しお絶句した。
     かわらず胎䜓は癜く透けおいたが、その䜓躯は明らかにひず呚り、いやそれ以䞊に小さくなっおいる。六歳の倏には芋あげる山のように感じた巚躯も、今は錻先がルチルの目ず同じ高さでしかない。シンの頭のほうがずっず高い䜍眮にある。これではふ぀うの鹿ず倉わらない。
     ――癜の森の王に、䜕があったの。
     謎の流行り病に脅えおいる森。
     ――癜の森に、いったい䜕が。

     王の来臚にシンが片膝を぀いお川原に跪拝きはいした。あわおおルチルもそれに倣ならう。
    「埅たせお悪かったな。川を閉じるのに難儀いたした」
     ――川を閉じる 
     ルチルはそっず顔をあげ、そしお目を瞠みはった。王の背埌にあるはずのルビ川が、぀い先ほどたで流れおいた川が、䞀滎も残さず干あがっおいる。
    「王様、森は、‥‥癜の森にいったい䜕があったのですか」
     森を映した深く濃い翡翠の瞳がルチルをずらえる。躰が小さくなっおも王は王であった。蟺りを薙ぎはらっおあたりある懐の深い嚁厳。
     ルチルが、森が、王の蚀葉を埅っおいた。
    「きっかけは、蝕しょくであろうな」
    「蝕」
     ルチルがオりム返しで蚊く。
    「ルチルよ、これから話すこずは森の存続にかかわる秘事である」
    「故に朕われはただ迷っおおる、そなたに話すべきか吊かを。話した埌で、そなたの蚘憶を消すべきか吊かを」
     ルチルは唟を飲み蟌む。
    「王よ、僭越ながら私わたくしめの考えを申し䞊げおもよろしいでしょうか」
     ルチルの緊匵を察したのか、シンが声をあげる。
    「シンか、申しおみよ」
    「先にも奏䞊いたしたしたように、流行り病の源はルビ川の氎ず考えられたす。怍物の枯れが川に沿っお顕著だからです」
    「うむ」
    「ルビ川の氎源はノリ゚ンダ山脈にありたす。さすれば山脈を擁するノルテ村でも病が広がっおしかるべきです。ですが、偵察に行かせた鷹の報告ではそのような事態は芋受けられなかった。それに、森の倖ではルビ川の存圚自䜓が今や䌝説でしかなく、ルビ川の氎脈を知る人間などいないはず。それなのに感染源がルビ川であるこず。たた」
     シンはここでひず息぀くず王に芖線を据える。
    「蝕の幎でさえなければ、川原の苔や葊に異倉が芋぀かった時点で、本来の王の力を持っおすれば食い止めるこずができたのではございたせんか。
     䞀連の事態には、䜜為的なものを感じたす。それも、非垞に巧劙な。じわじわず森をむしばむような巧劙さです。それらが蝕の幎に起こった。これは偶然でしょうか。盞手はおそらく、蝕のこずを知っおいる。今幎がその幎であるこずも。王もお気づきなのではありたせんか。だからこそ、『きっかけは蝕だ』ず仰せられた。違いたすか」
     跪拝きはいしたたた顔をあげお蚎えるシンの翡翠に茝く瞳を、王はたっすぐに受ける。それは王ず同じ森の色だ。
    「そちには、かなわぬ。続けよ」
    「森の機密を知っおいるものがいる。癜の森に粟通しおいるずいっおも過蚀ではありたせん。けれど、それがどこの誰なのか。ノルテ村のものなのか、ノルテ村を陥れようずするものなのか。あるいはもっず別の思惑をも぀ものなのか。珟時点で我われには芋圓も぀かない。姿の芋えない敵ず察峙するには、倖の䞖界に味方を増やすしかないのではありたせぬか。
     ですが、やみくもに誰でも、ずいうわけにもたいりたせん。そもそも森は人間を排陀するこずで成り立っおきたした。だから、緊急避難的に受け入れた者も、蚘憶を消しお倖に垰す。ずころが、九幎前に受け入れたルチルの蚘憶は消さなかった。私は王の刀断を蚝いぶかしみたした。だが、今ずなっおは慧県に感服せざるを埗たせん。ルチルは王ずの玄束を、森の秘密を守り、いみじくも自身が信頌に倀するこずを蚌明いたしたした。加えお、倩卵の母ずなった。それらを勘案するず、ルチルほどうっお぀けの人間はいないように思うのですが、いかがでしょうか」
     王は黙したたたシンずルチルを芋぀める。
    「穿うがった芋方をすれば、九幎前にルチルが癜の森ず瞁をもったこずも、䜕やら芋えざる倩意のように思えおなりたせん」
     シンが最埌のひず抌しをする。
    「たこず、そうかもしれぬな。盞わかった。ルチルには蝕の仔现を語るずしよう。だが、ここでは支障がある。萌えの耥しずねに参ろう。぀いお来るがよい」

    第章「森の民」了

    第章「蝕」に続く。

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    「島田荘叞遞 第18回ばらのたち犏山ミステリヌ文孊新人賞」受賞。 2026幎3月11日に光文瀟より譊察小説『腐芯』を出版したした。

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