
もらった言葉を、次の誰かへ。 ーーnote版ペイ・フォワードプロジェクト
こんにちは。桐野心春です。
書くという行為は、たぶん、思っている以上に孤独です。
頭の中にあるものを言葉にして、
これでいいのかな、と何度も読み返して、
最後は自分で「これを出そう」と決める。
投稿ボタンを押したあとは、
もう、読んでくださる方に委ねるしかありません。
だからこそ、
「読んだよ」
と返ってくる言葉は、思っている以上に嬉しい。
それが、
自分でも大切にしていたところまで読んでもらえた言葉なら、なおさらです。
もらった言葉が、
次の一行を書く力になることがあります。
このたび、カイロウドウケツさんに、LaLaLaさん企画の「note版ペイ・フォワードプロジェクト」でご紹介いただきました。
「スゲー人いた( ゚д゚)!!」
なんて言っていただいて。
……嬉しかったです。
コメディの部分だけでなく、物語としても読んでくださっていたことが、何より嬉しかったです。
心のこもったご紹介を、本当にありがとうございます。
そして。
バトンをいただいてから、ずいぶん時間が経ってしまいました。
誰をご紹介しよう。
せっかくなら、
作品を読んで、
「この方の作品が好きです」
と、自分の言葉で言える方をご紹介したい。
そう思っているうちに、すっかり遅くなってしまいました。
ようやく、三人決まりました。
もらった言葉を、次の誰かへ。
その前に、バトンを渡してくださったカイロウドウケツさんの作品から、私の好きな一首をご紹介します。
カイロウドウケツさん
カイロウドウケツさんといえば、
私は短歌に惹かれます。
中でも、特に好きなのがこちらです。
「星がもしラムネみたいに爆ぜるなら
光透くこの瓶が宇宙」
身近なラムネ瓶から、ふっと宇宙へと景色を広げる発想に惹かれます。
短い言葉の中に、鮮やかな情景と深い情感を閉じ込める表現。
私も、こんなふうに言葉を紡げるようになりたいです。
そんな素敵なバトンを受け取り、私も3人の方をご紹介させていただきます。
ケチャップさん
最初にご紹介するのは、ケチャップさんです。
今回、どなたをご紹介しようかと考えている中で出会ったのが、
『飛び出せないワケ』
という作品でした。
水たまりでもがく一匹の魚。
このまま水が干上がれば、魚は死んでしまう。
そこから物語は、私たちが暮らす地球へと広がっていきます。
いつか地球という「水たまり」が干上がったら、人間も同じなのではないか。
そんな現実的で、少し苦い問いを投げかける作品です。
そして、もう一作。
『大人の苦味』
「いつ大人になっちゃったんだろう」
そんな一言から始まる、大人になった瞬間をめぐる物語です。
初恋。
就職。
挫折。
結婚。
別れ。
生々しく描こうと思えば、いくらでも生々しくできる題材です。
でも、ケチャップさんの文章は、そこに寄りすぎない。
現実をちゃんと見ている。
人生の苦味も描いている。
それなのに、読んでいて重たくなりすぎない。
二つの作品を読んだとき、
私はそこに惹かれました。
現実との、この絶妙な距離感。
これからも読んでみたいと思ったクリエイターさんです。
ひろいてんさん
続いてご紹介するのは、ひろいてんさんです。
今回ご紹介したいのは、
『看護の手【せりふ三題噺】』
人生初の胃カメラ。
「比較的楽ですよ」と言われても、初めてなのだから比較のしようがない。
逃げ出したい気持ちのまま検査が始まり、鼻から入ってくる胃カメラに思わず嗚咽する。
そんな主人公の背中を、看護師さんがそっとさすります。
すると、それまでの苦しさが少しだけ楽になる。
そして最後に、
「そういえば、看護の看の字には手が使われているな」
と、ぼんやり思う。
私は、この終わり方が好きです。
何か特別なことが起こったわけではありません。
ただ、苦しいときに誰かが背中をさすってくれた。
その小さな出来事から、「看護」という言葉にある「手」へつながっていく。
日常の何気ない出来事から、小さな発見や人の温度を拾い上げる。
そして、それを説明しすぎず、そっと残して終わる。
読み終わったあと、
少しだけ優しいものが残る作品です。
きのころさん
最後にご紹介するのは、きのころさんです。
今回ご紹介したいのは、
『シン国語力――AIが書く時代に、私たちはどう読むのか』
AIが文章を書いてくれる時代に、
私たちに必要な「国語力」とは何なのか。
きのころさんは、その答えを「読む力」から考えています。
AIが出してきた言葉を読む。
人間の言葉を読む。
その奥にある前提や文脈を読む。
そして、読んだものを自分の中で意味づけ、自分の言葉につなげていく。
私はこの記事を読んで、
「では、AIから差し出された言葉を、私はどう選ぶのだろう」
と考えました。
AIの力を借りることは、これからもっと当たり前になる。
だから私は、
「AIは怖い」
「AIを使うのはずるい」
という話には、あまり興味がありません。
使えるものは使えばいい。
そして、AIはこれからもっと賢くなる。
文章ももっと自然になる。
下手をすれば、人間が書いたものより正確で、わかりやすくて、説得力のある文章が当たり前に出てくる。
では、そのとき。
私たちは何をもって、その文章を選ぶのでしょう。
どれほど私の質問にぴったり答えていても、
どれほど私が言いたかったことを見事に言語化していても、
その言葉はまだ、
私の体内を通っていない。
AIから百の言葉を差し出されたとき、
これは違う。
これは好きだ。
ここはおかしい。
これは私にはなかった。
この考え方は取り入れたい。
そうやって取捨選別する。
最後に選ぶのは、自分です。
そのとき必要なのは、
AIよりたくさんのことを知っていることではない。
自分が何を選ぶ人間なのかを、自分で知っていること。
そのためには、
自分の中に言葉を蓄えておかなければならない。
先人の言葉に触れる。
言葉がどう生まれたのかを知る。
似ている言葉の違いを知る。
ひとつの言葉が持つ幅を知る。
そうやって、自分の中に言葉のフィルターを作っていく。
AIが百の候補を出してくれるなら、
百の言葉を自分で生み出す必要はないのかもしれません。
でも、
その百から一を選ぶ「私」は、AIには作れない。
AIを使うからこそ、自分の中に言葉を蓄える。
AIに書いてもらえるからこそ、自分の言葉を持つ。
それは、AIと競争するためではありません。
AIから差し出された言葉を、
ちゃんと自分の体内に通して、
「私は、これを選ぶ」
と言える自分でいるためです。
『シン国語力』を読んで、私はこのように考えました。
きのころさんの作品には、ショートショートの楽しさだけではなく、読んだあとに自分の中で問いが育っていく面白さがあります。
答えをもらうのではなく、
問いを受け取り、それに応えているうちに、自分の思考が少し先まで伸びていく。
今回も、そんな読書になりました。
以上、私からご紹介したい3人のクリエイターさんでした。
こうして書いてみると、
同じ「好き」でも、惹かれるところはそれぞれ違うんだなと思います。
現実との距離感だったり、
日常の中にある小さな発見だったり、
読んだあとに、自分の中で問いが育っていくことだったり。
今回、三人をご紹介するにあたって、
それぞれの作品をあらためて読み返しながら、
自分がどこに惹かれているのかも考えてみました。
ケチャップさん。
ひろいてんさん。
きのころさん。
突然のお声がけにもかかわらず、
快くご了承いただき、本当にありがとうございました。
なお、きのころさんには、すでに一度このバトンが届いていました。
「次に紹介する方を絞るのは難しいけれど、それでもよければ」
そうお返事をいただきました。
それでも私は今回、
きのころさんの作品をご紹介したいと思いました。
バトンをつなぐことも、この企画の楽しさのひとつ。
でも、それ以上に、
「この作品が好きです」
と誰かに伝えることが、この企画の素敵なところだと思っています。
そして今回、もうひとつ気づいたことがあります。
私はこれまで、コメントを書くことに、あまり積極的ではありませんでした。
でも、
「読んでもらえた」
だけではなく、
「読んで、こんなことを思ったよ」
と言葉にしてもらうことが、
こんなにも次を書く力になるんだと知りました。
書くという行為は、一人でできる。
でも、
書き続ける力まで、一人で生み出さなくてもいいのかもしれません。
今回、私はたくさんの力をいただきました。
だからこれからは、
私ももう少し意欲的にコメントを残してみたいと思います。
面白かった。
好きだった。
ここが心に残った。
そんな短い言葉でも、
誰かの次の一行につながるかもしれない。
もらった言葉を、次の誰かへ。
そんなふうに、
私も少しずつ返していけたらと思います。
そして、素敵なバトンを渡してくださった
カイロウドウケツさん。
改めて、本当にありがとうございました。
