
連作短編「騒ぐな、踊るな、先を見ろ」 第六話 遅れていた者の地図
遅れていた者の地図
出世が遅れていた時期のことを、誠一は恥ずかしいとは思わなくなっていた。
あの遅れが、今の自分を作った。
花形にいた同期の田中は、今どうしているか。優秀な管理職になっていた。プロジェクトを束ね、部下を育て、評価される。立派なキャリアだ。しかしある時期から、田中は「守る」ことに多くのエネルギーを使うようになった。自分のポジション、自分のチーム、自分が作ったシステム。守るべきものが増えるほど、先を見る余裕は減る。
それは田中の失敗ではない。構造の必然だ。
花形にいて評価される人間は、早い段階で守るべきものを持つ。守るということは、変化に対して抵抗が生まれるということでもある。
誠一はその構造の外側にいた。長い間、守るべきポジションがなかった。だから変化を脅威として見る必要がなかった。クラウドが来るという事実を、「自分の仕事がなくなる」という恐怖ではなく、「次に何が残るか」という問いとして受け取れた。
遅れていたことが、フラットな視野を与えていた。
柴田は数年前に定年退職した。退職前に一度、食事をした。
誠一が「あの言葉に随分助けられた」と言うと、柴田はきょとんとした顔をした。
「何の言葉?」
「何が来るかじゃなく、何が残るかを考えろ、という」
柴田はしばらく考えてから言った。
「そんなこと言ったっけな。覚えてないな」
誠一は笑った。
言葉は、発した人間のものではなく、受け取った人間のものになる。そういうことだと思った
(つづく)
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