
連作短編「騒ぐな、踊るな、先を見ろ」 第八話 渦の真ん中にいること (完)
渦の真ん中にいること
会議室の窓から、夜の東京が見えた。
誠一はコーヒーを一口飲んだ。すっかり冷めていた。
隣の部屋の声が少し静かになっていた。議論が一段落したのかもしれない。
渦の真ん中にいる、と誠一は思う。
それは自分が特別だということではない。変化の震源に、結果として立っているということだ。誰かがそう設計したわけでも、運が良かっただけでもない。ただ、長い時間をかけて積み上げた視野と、傍流にいたことで得た余白と、いくつかの問いと、それらが複雑に絡み合って、今ここにいる。
田中がドアを開けて入ってきた。
「橘、まだいたのか。新しいプロジェクト、一緒にやらないか」
「どんな話?」
「AIエージェントのインフラ整備。ネットワークとデバイスとIDの統合管理。誰かそっちに詳しいやつが必要で、お前しかいないと思って」
誠一は少しだけ笑った。
「わかった」
それだけ言って、冷めたコーヒーを飲み干した。
窓の外で、東京が光り続けていた。
何かが変わり続ける夜に、変わらないものがある。
誠一はそれを知っていた。心は穏やかだった。
(おわり)