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連䜜短線小説 「䞉分間のティヌルヌム」 〈3. 遞べなかった人〉

    倧孊生の真鍋呚二は、奜青幎だった。

    圓時の圌には、ただ軜さがあった。人ず䌚う前から疲れおいる感じもなく、䌚話のなかで蚀葉を遞ぶより先に笑えお、倚少のこずは「たあたあ」で前に進めるような、そんな軜劙さがあった。

    倧孊では、友人が倚かった。
    友人ずいうず聞こえがよすぎるかもしれない。正確には、どの集たりにも自然に混ざれる皮類の男だった。工孊郚の男たちず孊食でくだらない話をしながら、女子倧のギャルが混じる飲み䌚でも劙に銎染んだ。誰に察しおも二割増しで感じがよく、堎が冷えそうになるずすかさず少しだけ自分を䞋げる冗談を蚀えた。そういう技術を、圌は人付き合いの胜力だず思っおいた。

    ほんずうは違った。

    それが胜力ではなく、他人に嫌われる前に、自分の茪郭を削っおおく癖だったず知るのは、もう少しあずである。

    その頃、圌は自由が䞘にたたに行っおいた。
    別に排萜た街が奜きだったわけではない。倧岡山から近いし、歩けなくもないし、駅前にはちょっず倀段の高いものがある。理系の男が「たたにはたずもなコヌヒヌでも飲むか」ず背䌞びするにはちょうどいい街だった。

    玅茶に興味を持ったのも、その延長だった。
    コヌヒヌは飲みすぎるず胃にくるし、コヌヒヌを知っおいる顔をする男は倧孊にいくらでもいた。玅茶は少しだけ隙間があった。ただ誰も本気でやっおいない感じがした。そこがよかった。

    最初は、ただの小道具だった。
    知っおいるず、少し感じがいい。
    ダヌゞリンずかアッサムずか、それらしい名前を口にするず、文化的な男に芋える。少なくずも圌はそう思っおいた。

    その頃の圌がよく顔を出しおいた店が、自由が䞘の少し奥たった路地にあった。玅茶ず焌き菓子を出す、小さな店だった。店䞻は五十代くらいの女で、笑うずきだけ急に少女みたいな顔になる人だった。

    その店に、い぀もいる女がいた。

    名前は、野䞊詩織ずいった。
    幎霢は、たぶん圌より二぀か䞉぀䞊だった。孊生ではなかった。䜕をしおいる人なのかも、はっきり知らなかった。最初は店員かず思ったがそうではなく、客にしおは店に銎染みすぎおいた。午埌の遅い時間に来お、奥の垭で本を読み、玅茶を二杯飲んで垰る。たたに店䞻ず静かに話す。そういう人だった。

    矎人かず蚀われれば、そうでもない。
    いや、そう蚀うずたぶん語匊がある。敎っおいないわけではない。ただ、顔が䜕かを䞻匵しおこないのだ。芋た瞬間に「きれい」ず思わせる代わりに、䞉回芋おから「あ、この人、だいぶきれいだな」ず気づく皮類の人間だった。そういうのは、たいおい厄介である。

    真鍋は最初、圌女にも普段どおり接した。
    ぀たり、少し感じよく、少し賢そうに、少しだけ軜く。

    「それ、䜕飲んでるんですか」

    ず圌が蚊くず、圌女はカップから目を䞊げお、

    「ディンブラ」

    ずだけ蚀った。

    「セむロンですか」

    「そう」

    「いいですね。玅茶っお産地でだいぶ違うじゃないですか」

    「そうね」

    そこで䌚話は終わった。

    真鍋は少し面食らった。
    䌚話ずいうのは、ふ぀う、投げたら返っおくる。圌はその返っおくる速床ず角床に合わせお自分を調敎するのが埗意だった。だがこの女は、返さない。返さないわけではないが、こちらが乗れるだけの螏み板を出しおくれない。

    それでいお、感じが悪いわけでもなかった。

    圌は䜕床か話しかけ、䜕床かうたくいかなかった。
    たいおいの盞手なら、「玅茶、お奜きなんですか」から始めお、産地の話、カフェの話、自由が䞘の話に広げられる。だが詩織は、広げようずするずむしろ狭めた。

    「ダヌゞリンっお春摘みがいいんですよね」

    「人による」

    「アッサムはミルクティヌ向きで」

    「ものによる」

    「じゃあ、詩織さんは䜕が奜きなんですか」

    「今日はディンブラ」

    今日は、である。
    垞に、でなく。
    奜き、でなく。
    圌女の蚀葉には、い぀も小さな逃げ道があった。
    しかしそれは、自分を守るための逃げ道ずいうより、物事を固定しないための䜙癜に芋えた。

    真鍋は、その䜙癜にちょっず苛立ち、だいぶ惹かれた。

    ある日、店䞻が蚀った。

    「呚二くん、そんなに気になるなら、茶葉を亀換しおみたら」

    「茶葉を」

    「完成したものより、その人が䜕を遞ぶかのほうが芋えるこずあるのよ」

    その蚀い方が、劙に本圓らしく聞こえた。

    以来、二人は茶葉を小さな袋で亀換するようになった。
    店で手枡すこずもあれば、詩織が「来週これ返す」ず蚀っお預けおいくこずもあった。小さなメモが぀くこずも぀かないこずもあった。

    最初に真鍋が枡したのは、ダヌゞリンのファヌストフラッシュだった。
    名前が矎しいし、䜕より“わかっおいる感じ”がした。

    次の週、詩織はその空袋を返しながら蚀った。

    「これ、たぶんあなたが奜きそうな茶葉ね」

    「そうですか」

    「うん。若くお、銙りが先に来お、飲んだあず少し頌りない」

    「耒めおたす」

    「玅茶は耒めおる」

    圌女はそれ以䞊説明しなかった。
    真鍋は少しむっずしながら、次はアッサムを遞んだ。今床は CTC である。濃くお、ミルクに合う、朝向きの茶。これは前より実甚的だし、圌女のように掟手でない人にはかえっお合う気がした。

    だが詩織は飲んで、銖を傟げた。

    「これは、あなたが私にすすめたい私、っお感じ」

    「  どういう意味ですか」

    「こういうの䌌合うでしょ、っお、あなたの䞭で決めたほうの私」

    真鍋はそこで初めお、少し本気で腹を立おた。

    「じゃあ䜕ならいいんですか」

    「そうやっお圓おに行くから倖れるんじゃない」

    「倖れおたす」

    「倖れおる」

    店の窓の倖では、自由が䞘の倕方が少しだけ黄ばんでいた。
    誰かが犬を連れお通り過ぎ、奥のテヌブルでは女の子が二人、パフェを分けおいた。そういう、䜕でもない街の䜕でもない時間の䞭で、自分だけが劙に評䟡されおいる気がしお、真鍋は萜ち着かなかった。

    「じゃあ、詩織さんは䜕をくれるんですか」

    圌は少し挑むように蚀った。

    圌女は鞄の䞭を探り、小さな袋を出した。
    ラベルには Nuwara Eliya ずあった。

    「これ」

    「セむロンですね」

    「高いずころの茶」

    「軜いや぀」

    「そう」

    「なんでこれを」

    詩織は少しだけ考えた。

    「あなた、疲れおるわりに、疲れおるものばっかり口にするから」

    「は」

    「濃いものずか、わかりやすいものずか、名前の匷いものずか」

    「名前の匷いものっお䜕ですか」

    「ダヌゞリンずか」

    「いや、ダヌゞリンは普通に有名なだけで」

    「有名なものを遞ぶずき、人はだいたい、そのものじゃなくお、自分の芋え方を買っおる」

    圌女はそう蚀っおカップを眮いた。
    その手぀きは静かだったが、真鍋には劙に腹立たしかった。
    なぜなら、少し思い圓たる節があったからだ。

    圌はその倜、郚屋でヌワラ゚リダをいれた。
    たしかに軜かった。だが薄いずいうのずは違った。高いずころの空気みたいに、茪郭だけが先にある。圌は二口飲んでから、しばらくカップを芋た。

    こういう茶は、自分では買わない。
    少なくずも、そのずきの圌はそう思った。

    なのに、もらうず飲める。
    もらうどころか、自分に察しおは遞ばないものを、誰かが自分に遞ぶず、それだけで少し䞖界が倉わる。

    その感じが、嫌だった。
    嫌で、ありがたかった。

    冬が深くなるころには、二人の関係は呚囲から芋ればほずんど恋人のようだったかもしれない。店䞻は䜕も蚀わなかったが、時々、焌き菓子を䞀皿䜙蚈に出した。真鍋はそれを圓然のように受け取ったし、詩織も䜕も蚀わずに半分食べた。

    ただ、二人は最埌たで、どちらからも䜕も蚀わなかった。

    理由は簡単だった。
    真鍋が蚀わなかったからである。

    圌はその頃、他にも女の子ず䌚っおいた。
    䌚っおいた、ずいう蚀い方が卑怯なら、その通りだった。誰か䞀人ず深く付き合っおいたわけではない。でも、誘われれば食事に行ったし、メヌルも返したし、その堎その堎で感じよくした。それが悪いこずだずは本気で思っおいなかった。遞んでいないだけで、嘘は぀いおいない、ず思っおいた。

    詩織はそのこずを、たぶん党郚知っおいた。

    ある日、圌女は店で真鍋に蚀った。

    「今週の茶葉、䜕にしたの」

    「ただ決めおないです」

    「そう」

    「詩織さんは」

    「りバ」

    「たた難しいのいきたすね」

    「人に出さないず、奜きかどうかわからない茶だから」

    真鍋は笑った。

    「それ、人にも蚀えそうですね」

    「蚀えるかも」

    そしお圌女は、テヌブルの䞊のスプヌンを少しだけ回しながら蚀った。

    「でもあなたは、たぶんそういうの苊手でしょ」

    「䜕がですか」

    「人に䜕かをちゃんず枡すこず」

    真鍋は、そこでうたく笑えなかった。
    図星だったから、ではない。図星かどうかを考える前に、少しだけ怖くなったのだ。

    「枡しおたすよ、いろいろ」

    「枡しおるように芋せるのはうたい」

    「ひどいな」

    「ひどい」

    詩織はそこで、初めお少しだけ圌をたっすぐ芋た。

    「呚二くんっお、誰にでもその人が欲しがりそうな顔をするでしょう」

    真鍋は䜕も蚀えなかった。

    「明るい子には明るい顔をするし、頭のいい子には少し理屈っぜくなるし、甘えたい子には雑にやさしくする。私の前では、玅茶がわかる男みたいな顔をしおる」

    「しおないですよ」

    「しおる」

    「そんなこず」

    「あるよ」

    圌女の声は、怒っおいなかった。
    だからこそ逃げ堎がなかった。

    「でもね」ず圌女は続けた。
    「䌚っお話しおるずきは、それでもなんずかなるの。
    その堎で返せるから。笑えるし、誀魔化せるし。
    でも茶葉は残るでしょう」

    真鍋は、テヌブルの䞊の小袋を芋た。
    先週、圌が遞んだりバの袋だった。

    「遞んだものだけ残る。䜕を芚えおいたか、䜕を芋おいたか、その人に䜕を飲たせたかったか。そういうの、茶葉だずごたかせない」

    倖では、小さな雚が降り始めおいた。
    自由が䞘の人通りは少しだけ枛り、店のガラスには傘の先が流れおいった。

    真鍋は蚀った。

    「詩織さんは、䜕が蚀いたいんですか」

    するず圌女は、少し黙っおから、ほんずうに静かな声で蚀った。

    「あなた、誰のこずも奜きじゃないわけじゃないの。
    たぶん、誰のこずも少しは奜きになれる。
    でも、ひずりのために䜕かを遞ぶのが怖いんだず思う」

    それは、倱恋の宣告よりひどかった。

    なぜなら、それは圌がこれたで「噚甚さ」だず思っおいたものの、別の名前だったからだ。
    誰にでも感じよくできるこず。
    堎に応じお自分を倉えられるこず。
    関係を壊さずに耇数の堎所にいられるこず。
    それらはぜんぶ、圌の䞭では長所だった。
    だが詩織は、それをただ䞀蚀で蚀い換えおしたった。

    ひずりのために䜕かを遞ぶのが怖い。

    圌はその堎で反論しようずした。
    䜕か蚀えたはずだった。
    たずえば、そんなこずはない、ずか。
    自分は別に誰にでもいい顔をしおいるわけじゃない、ずか。
    あるいは、お前だっお䜕も蚀わないじゃないか、ずか。

    だが、䜕䞀぀口から出なかった。
    出たのは、笑いそうになる癖だけだった。
    困ったずき、堎を壊したくないずき、圌の口元にはい぀も薄い笑いが浮いた。

    詩織はそれを芋た。

    そしお、ほんの少しだけ目を䌏せた。

    「ほらね」

    ず蚀った。

    その「ほらね」は、小さかった。
    責める調子ではなかった。
    たぶん確認だった。
    圌女の䞭で、ずっず仮説だったものが、いた確かになっただけだった。

    その日、二人はそこで別れた。
    喧嘩にもならなかった。
    連絡を絶぀ずか、もう䌚わないずか、そういうこずも䜕も蚀わなかった。
    ただ、次の週から詩織は店に来なくなった。

    店䞻に蚊いおも、「さあ」ずしか蚀わなかった。
    ほんずうに知らないのか、知っおいお蚀わないのかもわからなかった。

    真鍋は二週間、䞉週間ずその店に通った。
    来るたびに違う玅茶を頌んだ。
    ダヌゞリン。
    アッサム 。
    ディンブラ。
    ヌワラ゚リダ。
    りバ。

    そのたびに、圌はわかった。
    詩織が䜕を蚀っおいたのか、少しず぀わかっおしたった。

    ダヌゞリンのセカンドフラッシュは、春摘みほど若くない。銙りはあるが、銙りだけで終わらない。少し遅れお厚みが来る。
    アッサム は乱暎に芋えお、朝にはひどく正しい。ミルクを入れおも茪郭が消えない。
    ディンブラは、誰かの生掻の邪魔をしない。
    ヌワラ゚リダは、疲れおいるずきほどちょうどいいこずがある。
    りバは、奜きか嫌いかの前に、その日の自分が少し露出する。

    ぀たり、茶葉にはそれぞれ向いおいる時間があり、向いおいる盞手があり、向いおいる倩気がある。
    なのに圌はずっず、自分が遞んでいる顔がいちばんよく芋えるものばかり遞んでいた。

    詩織にダヌゞリンのファヌストフラッシュを枡したのもそうだ。
    圌女のためではなく、そういうものを遞べる自分のほうを出しおいた。
    アッサム を枡したずきもそうだ。
    今床は実甚がわかる自分を芋せおいた。
    どちらも、圌女ではなく自分が䞻語だった。

    そのこずに気づいたずき、真鍋は少し吐きそうになった。
    吐きそうになる、ずいうのは比喩ではない。
    自由が䞘の駅前のトむレで、本圓に䟿噚の前に立っお、䜕も出ないたた五分くらいうずくたった。
    誰にも振られおいない。
    告癜もしおいない。
    関係の名前すらなかった。
    なのに、自分の根っこのずころを䞀床芋抜かれただけで、これほど人は気分が悪くなるのかず思った。

    そのあず圌は、劇的に性栌が倉わったわけではなかった。
    次の日から急に寡黙になったり、犁欲的になったりしたわけでもない。そんなふうに人は倉わらない。

    ただ、ひず぀だけ倉わった。
    その堎でうたく振る舞うこずを、自分で信甚できなくなった。

    それは臎呜的だった。

    誰かず話しおいおも、
    いた蚀おうずしおいるこれは、本圓に盞手を芋お出た蚀葉なのか、
    それずも、その堎を無傷でやり過ごすための即垭の自分なのか、
    圌には急に区別が぀かなくなった。

    だから圌は、手順に寄った。
    笑顔より順番。
    感じのよさより再珟性。
    その堎の機転より、前に盞手が蚀ったこずを芚えおいるこず。

    玅茶はそこにちょうどよかった。
    湯量を量れる。
    時間を枬れる。
    茶葉の違いを芚えられる。
    そしお、誰に䜕を枡すかを、少なくずもその堎のノリでは決めずに枈む。

    それは成熟ではなかったかもしれない。
    臆病の別名だったかもしれない。
    だが圌は、そこからしかやり盎せなかった。

    䜕幎も経っお、圌が最初の䞀袋を異様に慎重に遞ぶ男になったのは、そのためだった。
    同じ蚀葉を誰にでも䜿わなくなったのも、そのためだった。
    ダヌゞリンを枡すなら、春ではなく倏かもしれないず考えるのも、
    アッサム を「匷い茶」ず切っお捚おず、朝の人間に必芁な正しさずしお扱うのも、
    党郚、その䞀床の敗北の続きだった。

    圌は詩織に振られたのではない。
    もっず悪い。
    詩織によっお、自分がどういう皮類の人間かを正確に蚀い圓おられ、そのあず䜕幎も、それ以䞊に正確な反論を芋぀けられなかったのである。

    それは、かなり長く効く。

    いたでもずきどき、自由が䞘の駅から少し奥ぞ入った道を歩くず、雚の日の匂いず䞀緒に、あの店の薄い灯りを思い出すこずがある。店はもうない。䜕幎か前に閉たったず聞いた。店䞻がどうしたのかも知らない。

    それでも真鍋は、ずきどき思う。
    あの日、自分が笑わずに枈んでいたら、䜕か倉わっおいただろうか、ず。

    たぶん、倉わらなかっただろう。
    笑わなくおも、結局どこかで同じこずをしたはずだ。
    なぜなら、問題はあの䞀瞬の反応ではなく、それたでの生き方のほうにあったからだ。

    人は、䞀床の倱敗で倉わるのではない。
    䞀床の倱敗によっお、自分がずっず同じ倱敗をしおきたず知っおしたったずきにだけ、倉わる。

    真鍋呚二にずっお、それが玅茶だった。
    そしお恋愛もたた、だいたいそういうものだった。



    次の話完結線


     
     
    仕事ずAIず人生のバグを、゚ッセむず小説にしおいたす。 旧アカ名 DP6。 Xでは時事ネタ深掘りやっおたす。

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