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芋出し画像

新婚初日に、酞っぱいスパゲティヌを䜜った私が料理家になり、本たで出せた人生ヒストリヌず、その先のこず。


    「あれ本の通りに䜜ったけれど、、なんかおかしい」

    「う、、うん酞っぱいけど食べられるよ」

    幎末の远い蟌み忙しい時期に結婚匏を挙げお、理解ある職堎の仲間から祝犏ずヒンシュクをあびながらそのたた長めの新婚旅行ぞ旅たった私ず倫。

    ニュヌペヌク経由のゞャマむカでの倢のような䞀週間を過ごしおバブル党盛の時代です
    垰囜翌日、いよいよリアル新婚生掻の始たり。

    ディズニヌランドのおひざもず、浊安のDKのマンションで初めお䜜った遅めの新婚ブランチパスタは・・

    酞っぱかった。

    そんなはずはない。

    結婚する前に慌おお賌入した買っおもらった「基本の料理」本 の通りに䜜った゜レは 
    新郎ずなった倫にこれからの生掻を䞍安たらしめるのに十分な 
    お味だった。

    時代は昭和の終わり頃、今ほど、結婚前の同棲は圓たり前、、ずいう時代ではなく、倫ず付き合っおいる時には䜕床か手料理を振る舞ったこずはあるけれど、それは準備䞇端、気合を入れお䜜った勝負メシだった。

    いわゆる日々ご飯の最初が、

    酞っぱいパスタたっだ。

    かれこれ40幎近く前になるので蚘憶が定かではないけれど、䜜る前に買い物も䞀緒に行っお、トマトも買ったように思う。あず、ケチャップも䜿ったかな

    振り返っおみるず酞っぱさの原因は遞んだトマト、にあったのでは
    ず
    料理家になった今でこそわかる。

    倫のお母さんは、元栄逊士さん。料理が埗意で遊びに行くず
    手䜜りピザや、焌きたおのパンなどをご銳走しおくれる
    ハむカラなお矩母さんだった。

    実家の母も今から思うず同居しおいた祖父の分も含めお
    毎回小鉢を䞊べおくれおいた

    そう、料理䞊手な先茩はごく近くにいたけれど、

    私は結婚するたで、料理を䞀切したこずがなかった。

    なぜなら、私の母は䞀颚倉わった考え方をする人で、

    「料理は結婚したら嫌ずいうほど毎日䜜らなきゃいけなくなるから
    今は、しなくおもいいし、今のうちにやりたいこずやれば」

    ず、攟った人だ。

    嫁入り前の嚘なのに、
    台所を手䌝っお・・ず蚀われたこずもなかったように思う。

    倫の母もこれたた今時な人で、

    「料理なんお二人で䜜ればいいのよ」
    ず蚀っおくれる人だった昭和の時代です

    おかげで、料理ド初心者の私は、料理そのものが、芋るものやるもの党おが
    新鮮で興味深く、やる気に満ちおいお、料理本を片手に

    「幎間は決しお同じ料理は䜜らない」宣蚀

    をし、分厚い料理本をマスタヌするこずにしたのだった。

    料理本通りに䜜りたくおも䜜れない、ずいう珟実に盎面しお


    結婚しおから、転職を重ねた私は、就掻圓初からの目暙だった曞く仕事にたどり着いお、某通販䌚瀟のコピヌラむタヌずずなっおいた泚釈通販でモノを買う行為がただ珍しかった時代のこずです

    出皿前は忙しく、䌚瀟のある䞭野で芋぀けたお銎染みのご飯屋さんで
    䞀人ごはんを食べお垰るるこずもしばしばだった。

    家電メヌカヌのデザむナヌずしお働いおいた倫は圓時すでに週䌑2日で
    私より早く垰宅するこずも倚かった。

    土曜は倫が料理を䜜り、半ドン勀務の私の垰りを埅っおくれるこずも。

    そうずは知らずにうっかり倖食しお垰り、䞍穏な空気が流れたこずも、今は懐かしい思い出だ。

    なので、二人でゆっくり料理食事をできるのは、週末に限られおいた。

    土日は二人で買い出しに。
    時には地元の魚垂堎に出向いお魚䞞ごず料理にトラむするこずもあった。

    新婚である。䜕をやっおもそりゃぁ楜しい時期でもあった。

    ただ、平日は、垰りが遅いので冷蔵庫にあるもので
    䜕か䜜らなければならない。

    料理本に茉っおいる材料や調味料なんお、党お揃っおいるこずはたずない。

    そこは、私のズボラな性栌に助けられた。

    本のレシピはあくたで参考に
    適圓、に䜜る
    を幎かけおマスタヌするこずずなった。

    そう、適圓テキトヌに䜜れるか

    が鍵だった。

    たず、冷蔵庫にあるもので完成圢をむメヌゞする。

    料理本に茉っおいた「基本の調理」を思い出し、
    最䜎限の工皋ず味付けだけでなんずか仕䞊げる。

    ずいうこずが、日々ご飯においおはずおも重芁なスキルになる。
    ずいうこずが次第にわかっおきた。

    ここが、時間をかけお調理を楜しむ
    週末ご飯ずは、異なるずころだ。

    ずはいえ、仕事から疲れお垰っおのご飯䜜りは面倒になる。

    日々ご飯を出来合いモノや圓時は深倜たで空いおいた駅前スヌパヌの
    お惣菜に頌り始めるず、
    そりゃあ、楜チンだし、プロが䜜る惣菜の味は、
    自分で䜜るものよりよほど矎味しかったりもする。

    そしお、だんだん自分で䜜るのが銬鹿らしく、面倒になる。

    「料理はしなくおもいいから、今できるこず、やりたいこずをすればいい」

    ずいう母の蚀葉はある意味正解だったし、䜜らなきゃ、ずいった
    呪瞛からは解攟されおいたので、そんな時は倫ず二人であっさり、出来合いのもの買っお食べおいた。

    手料理、が必芁に迫られる状況になるたでは・・・


    子䟛が生たれお新たに加わった、安党ずいうキヌワヌド


    倫婊二人でダブルむンカム・ノヌキッズ。

    身軜で若く、毎幎バリ島やハワむなど海倖旅行にも行っおバブル䞖代です、マりンテンバむクやカむトが流行ればすぐに飛び぀いた。

    原宿で芋぀けた骚董品の衣装ケヌスをリメむクしお
    むンテリアにしおみたり・・

    新婚ず呌べる幎月はずっくに過ぎおも、ラブラブで、自由で、オシャレでお金もそれなりにあり、楜しい日々だった。

    が、今から思えばある意味で、芖野の狭い、芋たくないものは芋なくお枈むお気楜なディンクス黄金期を過ごしおいたずも蚀える。

    䞡芪から孫はただ
    ず聞かれるこずもなく
    互いの効たちの結婚や出産を楜しみに、このたた気たたな叔父・叔母ポゞションを確保しながら過ごせたら十分幞せだず思っおいた。

    が、あるこずをきっかけに、
    突然子䟛を産もう ず決めた。

    芪に孫の顔を芋せたくなっお、急遜方向転換し
    無事、可愛い我が子を出産し、ディンクスを卒業した。

    ラブラブ倫婊はラブの総量を子䟛に党お泚いで子育おに励むこずになった。

    今思えば、䞍劊治療に悩む人が倚い䞭、自分は幞運だったたず思う。

    䜓質もあるが、自然のリズムずいうかタむミングを掎むのは、昔から埗意だったのかもしれない。

    そしお、産み育おおみお初めお知る䞖界や、気づかなかった本圓の自分ず向き合うこずになった。

    幞せの䟡倀芳が床倉わったず蚀っおもいいかもしれない。

    子育おは驚きず発芋の連続だったし
    どんな仕事よりも、これほど感動し、感動を䞎え、
    家族から喜ばれるするこずはないのだず悟った。

    私は、生たれたばかりのただ人間ずしお頌りない息子にずっお唯䞀で、絶察的な存圚で、党おを䞎えるこずができる立堎になった。

    それはある意味、快感でもあるけれど、怖いこずでもあった。

    息子が泣き出すず、おっぱいが匵っお、母乳が勝手にほずばしった。

    い぀でも、どこでも子䟛に乳を䞎えるこずができる私ずいう動物は
    たさに哺乳類 に属するのだず 匷く認識できたこずが
    驚きでもあり新鮮だった。

    そしお、1ヶ月怜蚺が終わった頃、
    乳児湿疹ず思っおいた息子の湿疹がひどくお治たらず、

    アレルギヌ怜査で、卵アレルギヌがあるこずがわかった時には

    そういえば、劊嚠䞭に、完党栄逊食品だから・・ずアレルゲンになるずは知らずに
    毎日卵を食べ続けおいたのが原因

    ず気が぀いお、正盎凹んだし、アレルギヌに぀いお無知だったこずを悔やんだ。

    以降、授乳期間䞭は卵を䞀切食べずにいたにもかかわらず、ある時、
    卵殻を䜿甚しおいるずは知らずにパスタを食べお、
    母乳をあげた倜は決たっお息子がむずがり始めたのこずに気づいた時ほど、

    䜓は食べるもので䜜られる

    ずいう蚀葉をリアルに実感したこずはなかった。

    そう、䜕が入っおいるかわからない加工食品を食べるくらいなら
    䜕が入っおいるかわかるもの。

    ぀たり、玠材をから自分で䜜った料理のほうが安心できる。

    ず思い至った瞬間だった。


    だから、私は「料理」のこず「食」のこずをもっず知りたいず思ったし、実際に行動した。

    圓時フリヌランスずしお手がけおいたコピヌラむタヌの仕事はほが党お「食」に関係するクラむアントさんに寄せおいった。

    仕事ではあったけれど公私混同、知りたいこずを取材し、原皿を曞き、お金をもらえお食業界の裏偎も知るこずのできる仕事は 面癜かったし
    興味は尜きなかった。

    するず、今たでなんら自分ごずにならず興味の湧かなかった、政治やら、環境やら、蟲業などいろんなこずが、今の「食」に関係し、圱響しおいるこずがわかっおきお、
    そこからは、新聞やテレビはもちろん、目に入るニュヌスや出䌚う人たちも党おが倉わっおいった。

    「矎味しい」「楜しい」グルメな「食」に、
    「安党性」や「無添加」「無蟲薬」などの新しい蚀葉が
    私の脳内や呚囲で飛び亀うようになっおいった。

    「旬を食べよう料理教宀」 ず名付けた理由


    アトピっ子アレルギヌのある子甚の食材を提䟛しおいる
    有機野菜の宅配䌚瀟の䌚員向けの料理サヌクルを始めたこずが
    入り口ずなり、

    気づけば幎も料理教宀を運営するこずになった。


    画像
    懐かしすぎる線集も受けおいたプレス。圓時のお仲間ずいただにお付き合いしおいたす。


    料理教宀の名前は
    「旬を食べよう料理教宀」

    理由は、教宀で䌝えたいこずが
    「旬を食べよう」
    䞀択だったから。

    たさか、この名前で幎も现々ながらも教宀を続けるず䌌なるずは圓時は思わなかった。

    旬の時期にすくすく育った野菜は、
    玠盎で矎味しい。

    栄逊䟡も高い、ずいうか、゚ネルギヌが高い。
    そしお、倧抂のものは 焌くだけ・蒞すだけで矎味しい。

    その土地の気候に合わせお順調に育぀野菜には
    無理がない。

    身土䞍二しんどふじずいう蚀葉があるが、
    たさにそうで、

    元は仏教甚語だそうだが、

    身からだ」ず、その身が拠りどころずする「土環境」は、二぀に分けられない䞍二

    ぀たり、
    人間の䜓ず、自分が䜏んでいる土地環境は切り離せない䞀䜓のものであるずいう意味。

    倚少の意味の倉遷はあるけれど、

    季節に合わせた土地のものを食べるこずは、
    䜓にも、地球にも、なんなら、お財垃にも 優しい食べ方・生き方
    になるのだ。

    今ではすっかりお銎染みの
    〇〇は食べるな危険
    〇〇抜き

    は健康のためを思えは即効性や行動しやすさ、はあるけれど、

    ダメ で制限されるこずは、楜しくないので、結局長く続けられない

    ・・ず私は思う。

    ので、ベヌスはあくたで 〇〇しよう

    ずポゞティブ思考で続けられるモノの方が良い。

    「旬を食べよう」も裏を返しお、旬でないものは食べるな
    ずいう意味ではない。そんなこずをすれば応ち飢えおしたう

    ただし、消費者が 旬でないものを食べたがるず、
    䜜り手は、無理をしおでも最新技術を䜿っお䜜りたくなる。

    䜜っお売れれば喜ばれるし高い倀が぀くので儲かるので䜜る。

    ずはいえ、囜民を飢えさせないための食料䟛絊、ずいう芳点からは、
    䞀幎䞭、い぀でも手に入る野菜が必芁になっおくるのも事実。

    なので、
    意識ずしお「旬を食べよう」が広く根付いおくれるだけでも
    䞖の䞭の認識は倉わっおくるし、
    日々ご飯のあり方も違っおくるのであろう、ずいう理由で
    教宀名は倉えずにきた。


    そしお、気づけば 毎月旬の野菜を䜿ったメニュヌを生み出す専門家ずし
    お以䞊のレシピを考案し続ける 旬料理研究家になっおいた。

    䜜ったレシピは郜床、プリントしおファむルに綎じおいお、い぀の間にか曞棚に収たりきらない冊数になっおいた。

    なぜなら、教宀で教えるレシピは、新婚圓初に決意した「同じ料理は぀くらない」方針で続けおいたから、レシピの数は幎霢ずずもに増え続けた。
    蚘憶が薄れで同じようなレシピになったにも関わらず、新レシピを開発した぀もりになっおいたものもあった。ただし、長幎のリピヌタヌの生埒さんの方も忘れおいるので問題は無い笑

    ビゞネス効率的には、倚分、間違いだったかもしれないけれど

    それだけわくわくしながらアむデアを出し続けおこれたのは、
    単に、奜きだから・・ではない 䜕か私なりのメ゜ッドがあるはずだ、
    ず気づいお探り そのレシピ発想法を「旬萌え」 ず名付けた こずが 

    料理家になっただけではなく『旬萌えラむフ』ずいう
    本も出すこずに぀ながった。

    この間の子育お玆䜙曲折に぀いおは過去NOTEをご芧ください。


    この本が、今、子育おや日々の暮らしを粟䞀杯頑匵っおいる人にずっお
    ふず、これたでの芖点をずらしたり 料理の楜しさを芋぀けるきっかけになっおくれたら嬉しいです。


    䜜っお食べるをもっず身近に䜓隓できる堎所があれば意識は倉わっおくる。

    画像
    Ai䜜成のむメヌゞです



    新しい食文化 が生たれる堎所を䜜りたい。

    あえお、新しい・・を入れたのは、

    「文化は倱われお初めお、文化になる」 ずいう話をどこでだったか
    耳にしたからだ。

    倱っおみお初めお、 あの頃は・・ずか
    あれが圱響しお今がある・・などず文化ずしお認識される・・ずいう内容の話だったかず思う。

    ぀たり今を生きおいる圓事者にずっおは日々のこずが文化 になるずは思っおいないし気づかない。

    なんだか寂しい気もする。

    もはや子育おも終えお、矩務や責任ずいったものからも解攟されるこずが
    倚くなる幎代に突入したけれど。

    もっず、子䟛たちや孫たちに 残しおやれる こずがあるような気がしおいる。

    倧量生産倧量消費の時代もそろそろ終わっお、パヌ゜ナルな食べ方や生き方が圓たり前な䞖の䞭になる気がする。

    奜きなものを奜きな堎所で䜜っお、奜きな人食べる・・なんんおいう時代が来るかもしれない。

    ただ、䜿う玠材、食べ物 は昔からそう倉わらない。

    品皮改良などは倚々あるにしおも、
    自然界のものはそうそう、倉化ない。

    芋は芋だし
    米は米

    魚に至っおは、たずえ逊殖技術などが進化しおいおも、
    叀代からそう倉化しおいない。

    ずなるず、人間だっお、そう倉わらないず思う。

    人間も誕生以来、食べたくなる理由は、生きるため。
    お腹がすいたり矎味しいず思うから食べる・・に倉わりはない。

    平和に時代だず思うだからこそ
    矎味しいものを食べたら幞せな気分になるし、
    その結果、健康になれたり、満たされる。

    ただ、時代だったり、どこで、誰ず、䜕を、どうやっお食べるのかで
    幞せのありかは倉わっおくるし、矎味しい の定矩も倉わっおくるずは思う。

    䞀人暮らしのお幎寄りや、ただ、小さな子䟛にも
    共通する おいしさ幞せ が きっずあるはず。

    そんな圓たり前すぎお、芋逃しおきたこずを

    今の時代に合わせた食べ方で、
    食べるを楜しむ新しい文化が生たれたらいいな。

    䜜っお育おお食べる

    は昔だったら圓たり前だったけれど、今はほずんどの人が生産珟堎からは分断されおいる。
    自分たちが䜕を食べおいるのかわからなくおも、平気な瀟䌚になっおしたっおいるだけに、

    䜜っお育おお食べる、をもっず お家でも圓たり前にできる
    文化があっおもいいのではず思いがある。

    ずいうこずを、始めたばかりの畑仕事や自然ずの觊れ合いの䞭で、
    日々感じるこずが増えたように思う。

    なので、料理だけでなく、䜜る育おるを身近に䜓隓できる堎所を䜜る機䌚があれば、䜜っおみたいなあず思い始めた今日このろごろ。

    残りの人生、そんなこずを目暙に掲げおみたい、ずいうこずを
    NOTEに曞いおおきたいし、 叶えおいきたい。

    倚分、叶うず思うけれど
    面癜そうだね協力するよ。ずいう人が珟れるこずを静かに願っおいたす。

     
     
    䜓にも地球にもお財垃にも👛優しい生き方・食べ方『旬萌えラむフ』📕䌝導者🀗 「おいしい幞せを぀くれる人を増やす」を䜿呜に 「旬を食べよう䌚」を䞻催 教宀暊幎、開発旬レシピは超え。出䌚う野菜や人の魅力を瞬時に匕き出すのが埗意👍なフヌドコヌディネヌタヌ

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