
桐島律の発見(最終話)
15話(最終話)「査読」
査読室は、大学の本館四階にあった。
会議用の長テーブルが置かれた部屋で、普段は学部の委員会に使われている。窓が一面にあって、午前の光が斜めに入ってくる。
律は九時十分前に着いた。
零はすでにいた。テーブルの端の席に座って、紙袋を膝の上に置いていた。
「先生、来てたんですね。」
「うん。」
「何時から。」
「分からない。」
律はため息をついて、隣の席に資料を置いた。想定問答のファイル。図像資料の一覧。参照文献のリスト。昨夜遅くまでかけてまとめた回答の束。
「紙袋、何ですか。」
「ルター聖書と版画集。」
「——査読が終わってから見せてください、と言いましたよね。」
「うん。でも手元に置きたかった。」
律は何も言わなかった。資料をテーブルに並べた。
九時になった。
ドアが開いて、人が入ってきた。
最初に来たのは文学部の教授で、比較文化論が専門だった。次に、宗教学の教授。それから美術史の教授が二人。学部長補佐が一人。
最後に入ってきた人物を見て、律は少し息を呑んだ。
白髪の、背の高い男性だった。六十代か、七十代か。スーツは古いが、着こなしている。入ってくる前に一度だけ部屋を見渡して、それから静かに端の席に座った。
律はその人物を知っていた。メールで何度もやりとりしていた。カッセル教授が「信頼できる」と言っていた、海外帰りの教授だった。
零はその人物を見なかった。窓の外を見ていた。
学部長補佐が口を開いた。「では始めます。本日は迫間准教授の論文——」
* * *
最初の批判は、比較文化論の教授から来た。
「トポロジー的同型性とおっしゃっているが、どの程度の差異までを同型と許容するのか。恣意性の問題が残るのではないですか。」
律が資料を出そうとした。
零が先に口を開いた。
「トポロジー的同型と言った場合、トポロジー的に一致することを意味します。」零は静かに言った。「たとえば数珠とロザリオは関連性があるとされますが、類似点は糸に玉を通したという点だけで、トポロジー的な一致と呼べる副次的特徴はほとんどありません。本稿が扱う図像はそれとは異なります。把持・支持・境界という三要素が配置として一致している。」
比較文化論の教授は少し眉を動かした。「しかし——」
「次をどうぞ。」
室内が少し静まった。律は手元のファイルをそっと閉じた。
宗教学の教授が続けた。「なぜ五趣生死輪図を基準モデルにする必然性があるのか。他の円環図像を起点にする可能性もあるのではないですか。」
「二つ理由があります。」零は言った。「一つ目は、五趣輪図は経典によって設計図が規定されている。根本説一切有部毘奈耶巻第三十四です。設計図が現存するため、トポロジー的な典型を揺るぎない形で示せます。二つ目は——中世の狐物語の井戸の桶のモチーフの起源が、同じ経典の中にあることを発見しました。その過程でヒルデガルトとの関連が見えた。個人の発見が起点になることは比較文学において一般的な手法です。」
宗教学の教授は何か言いかけて、止めた。
美術史の教授の一人が口を開いた。「把持という解釈は過剰ではないですか。保護・支持・象徴的枠付けなど、より中立的な解釈の可能性が排除されているように見えます。」
「保護でも支持でも支配でも構いません。」零は言った。「それらは把持者の性質の言い換えです。図像的文法の話をしています。文法は意味内容に先行します。」
美術史の教授は少し口を開けたまま、次の言葉が出なかった。
律は手元の想定問答を見た。三番まで来た。回答は全部、零が先に言っていた。想定問答より短く、正確に。
* * *
批判は続いた。
「意味生成の方向性が反転するとおっしゃっていますが、それはどのように検証できるのですか。視覚心理学的な裏付けがないのでは。」
「円環の中心には最高尊格が置かれます。しかし把持によって把持者が最高尊格となる。中心と外部の入れ替えが起きる。これは論理的な帰結であって、視覚心理学の問題ではありません。」
「歴史的伝播を否定しつつ、実質的に示唆しているのではないですか。」
「否定も肯定もしていません。しかし五趣生死輪図が時代的に上位に位置し、文書による設計図を持つという事実は客観的です。これは揺るがない。」
「ギリシア・ローマ美術の否定は十分な検討に基づいているのですか。」
「デンデラの黄道十二宮は特異な例として確認しています。ただしこれはギリシア・ローマには存在しない構造とされている。十二体が円を両手で支える図像はアトラスとの関連で考えるべきで、把持・包含とは明らかに異なります。都市の格子状構造、貨幣の文字配列——それらを放射的円環構造と呼ぶことには無理があります。」
「ヒルデガルトの神学的文脈を軽視していないか。構造比較だけでは還元主義的ではないですか。」
「構造文法は神学や幻視体験と対立しません。文法はその下にあります。」
「中心に人間が描かれている理由の説明は仮説にすぎないのでは。他の神学的説明が可能ではないですか。」
「把持者がいる時点で、最高尊格は中心円に存在できません。これはすでに説明しています。他の神学的説明は、文法の上に乗るものです。」
比較文化論の教授がもう一度口を開いた。「反証可能性はどこにあるのか。どのような事例が提示されれば否定されるのか。」
「文法なので、破壊すると文意が通じなくなります。」零は言った。「簡単な例を挙げます。中心円に神を描き、把持者を悪魔にした図像を考えてください。それが成立するかどうか、確認すればいい。」
沈黙があった。
学部長補佐が咳払いをした。「つまり——」
「成立しません。」零は言った。「悪魔が最高尊格になる。それが文法です。」
「図像の受容者が本当にその構造を読んでいたのか。当時の人々がそれを意識していたという証拠はないのでは。」
「文法を知らなくても言葉は話せます。文法として理解されていなかったことは、文法が機能していなかったことの証明にはなりません。」
律は想定問答のページをめくった。九番まで来ていた。
* * *
もう一人の美術史の教授が、ここまで黙っていたが、口を開いた。声が少し大きかった。
「結局のところ、この論文の新規性はどこにあるのですか。比較図像学・象徴研究・宗教美術史の既存研究と比較して、理論的貢献は何ですか。単なる大胆な比較に留まっていないですか。」
室内がまた静まった。
これが核心だ、と律は思った。他の批判は枝葉だった。これだけが、論文全体への問いだった。
零は少し間を置いた。
「図像的文法を提示したことです。」零は静かに言った。「トポロジー的一致の裏付けとして、文法に照らして考えることができる。これまでの比較図像学は類似を指摘してきた。本稿は、なぜ類似するのかを文法として説明します。文法が分かれば分類ができる。新たな文法の発見も可能になる。」
美術史の教授は口を閉じた。
それから開いた。「しかし——既存研究との差異化が——」
「把持という概念は既存研究にありません。」零は言った。「あれば、国連旗とバヴァチャクラが同じ文法で語られていたはずです。されていなかった。」
美術史の教授はまた口を閉じた。
今度は開かなかった。
律はテーブルの下で、手を握った。
論破されている。全員、論破されている。でも誰も認めない。認める言葉が出てこない。旧い型が充満していて、新しいものを受け取る回路がない——
* * *
宗教学の教授が、また口を開いた。
「西洋円環図と言えば、曼荼羅との比較検討はされていますか。」
律が資料を出しかけた。
「最初に調べました。」零が先に言った。
「では曼荼羅との関連は——」
「ありません。」
宗教学の教授が続けようとした。
「似ていないので、関係ない。」零は言った。「円が同じなだけで構造が全く違う。曼荼羅は密教の秘技で、西洋に伝播する経路がない。似ているが関係ないではなく、似ていないので関係ない。」
宗教学の教授は口を閉じた。
律は手元のファイルを静かに戻した。照合汚染、と律は思った。西洋円環図といえば曼荼羅、という旧い型が自動的に接続された。その型が充満しているから、構造の違いを見る前に照合が完了してしまう。零はその型を、型ごと静かに解体した。
宗教学の教授が、また口を開いた。
「あなたの資料によると、今昔物語では無常の大鬼が消えているとのことですが——それはコンテクストによって図像の要素が変化した証拠ではないですか。文法が普遍的であるなら、要素が消えるはずがない。文法の変化ではないですか。」
律が資料を出そうとした。
零は動かなかった。
「変化しているのは要素です。文法ではありません。」零は静かに言った。「ネオニアーノ洗礼堂を見てください。十二使徒が中心円を取り囲んでいる。十二縁起と同じ数です。そして中心に鳩がいる。」
「鳩は聖霊です。キリスト教の——」
「仏教図像では三毒の一つです。」零は言った。「蛇・豚・鳩。そのうち鳩だけがネオニアーノに残った。コンテクストが変わった。仏教からキリスト教へ。要素が変容した。三毒の鳩が聖霊になった。しかし中心に聖なるものが置かれるという文法は残った。把持者が消えたから、中心に最高尊格が置けた。文法通りに。」
室内が静まった。
「今昔物語も同じです。」零は続けた。「仏の絵を送るという文脈のために、無常の大鬼が消えた。要素が除去された。しかし文法は残った。コンテクストが変わるたびに要素は変容する。しかし文法は残る。」零は少し間を置いた。「むしろ、コンテクストが変わっても文法が機能し続けること——それ自体が、文法の証明です。」
宗教学の教授は口を閉じた。
律はテーブルの下で、手を握った。これは想定問答になかった。零は資料の中から、律が準備していなかったものを見ていた。
* * *
比較文化論の教授が、声のトーンを少し変えて言った。
「伝播経路が不明という点に戻りますが——数珠やジャータカの伝播は証明されている。しかし絵図の伝播経路は示されていない。その点は認めますか。」
律が資料を開こうとした。
零は動かなかった。
「数珠が伝播した経路を、絵解きの道具が移動しなかった根拠として使うのは困難です。」
比較文化論の教授は少し首を傾けた。「それは——」
「五趣生死輪図は経典に設計図が規定されています。」零は続けた。「複製可能な図像です。テキストがあればどこでも再現できる。かつ、文字の読めない人々に教義を伝える絵解きとして設計されている。布教用に携帯される性質を持つ図像が、数珠と同じ経路を通らなかった理由を示してください。」
室内が静まった。
比較文化論の教授は口を開いた。しかし言葉が出なかった。
反論ではない、と律は思った。批判の前提そのものが消えた。絵図は伝播しないという前提を、批判者自身が有効と認めている事例が崩している。外から反論したのではなく、足場がなくなった。
律は想定問答のファイルを、静かに閉じた。
* * *
比較文化論の教授が、もう一度だけ言った。「しかし——仏教図像として見た場合、なぜ最高尊格である仏が、鬼に把持されているのですか。それは教義的に整合しますか。」
律が資料を探した。
「仏は衆生を救うためにいるのです。」零は静かに言った。
比較文化論の教授が「しかし——」と続けようとした。
「四川省の大足宝頂山に、生死輪があります。」零は言った。「そこでは仏が中心に立って、六方に光を放ち、輪そのものを打ち破っている。把持の構造を内側から壊す図像として描かれている。」零は少し間を置いた。「仏がどこにいるかではなく、何をしているかの話です。」
室内が静まった。
比較文化論の教授は何も言わなかった。
学部長補佐が口を開こうとした。
そのとき、白髪の教授が初めて声を出した。
静かな声だった。室内がすっと静まった。
「……発表していいんじゃないですか。」
それだけだった。
誰も何も言わなかった。
白髪の教授は手元の論文をそろえて、テーブルに置いた。それからもう一度、部屋を見渡した。
「証拠鎖は通っています。文法の定義は一貫している。批判への回答は全て論理的です。」白髪の教授は言った。「発表すればいい。」
学部長補佐が何か言おうとした。白髪の教授はそちらを見た。学部長補佐は口を閉じた。
しばらく沈黙があった。
学部長補佐は咳払いをして、「では——」と言った。その先は出なかった。
比較文化論の教授が、宗教学の教授と目を合わせた。どちらも何も言わなかった。
白髪の教授は立ち上がった。「失礼します。」それだけ言って、静かに部屋を出た。
* * *
査読室が解散になったのは、それから十分後だった。
教授たちは少しずつ部屋を出た。誰も零に声をかけなかった。学部長補佐だけが「結果は追って」と言って出た。
部屋に零と律だけが残った。
律は資料をまとめながら、少しだけ手が震えていることに気づいた。震えているのに気づいたのは、ファイルを閉じようとしたときだった。
「先生。」
「うん。」
「——通りましたね。」
「うん。」
律は深呼吸をした。「批判、全部答えてましたね。」
「うん。」
「想定問答、一回も使わなかったです。私が出す前に先生が答えてた。」
「律さんがまとめてたから、頭に入ってた。」
律はファイルを鞄にしまった。「白髪の教授——カッセル教授が言っていた方ですね。」
「たぶん。」
「一言でした。発表していいんじゃないですか、と。」
「うん。」
「あの一言で、全部動いた。」
零は頷いた。
律は立ち上がって、コートを着た。それから零を見た。零はまだ座っていた。紙袋を膝の上に持ったまま、窓の外を見ていた。
「先生、行きましょう。」
「うん。」零は立ち上がった。紙袋を持った。
二人で査読室を出た。
廊下は静かだった。本館の四階は人が少ない。窓から外が見えた。三月の空だった。
エレベーターを待ちながら、律が言った。
「先生。あの伝播の話——」
「うん。」
「反論じゃなかったですね。」律は少し間を置いた。「……足場が、なかった。」
零は何も言わなかった。
エレベーターが来た。二人で乗った。ドアが閉まった。
「先生、論文、投稿しましょう。今週中に。」
「うん。」
「証拠鎖、全部通ってます。」
「うん。律さんが通した。」
律は少し間を置いた。「——先生が発見した。」
零は何も言わなかった。
一階に降りて、建物の外に出た。三月の空気は冷たかった。律はコートの前を合わせた。零はそのままだった。
「荻窪、行きますか。」律は言った。
「うん。」
「おにぎり食べながら版画集、見ます。」
「うん。」
「先生、財布持ってますか。」
零は上着のポケットを探った。「ある。」
「よかった。」
二人は並んで歩いた。
キャンパスを出て、駅に向かった。律は少し前を歩いた。零は少し後ろを歩いた。
春になりかけた三月の道だった。
把持。支持。境界。
三世紀から二十世紀まで続いてきた文法が、今日、証拠鎖として世界に置かれた。たとえ今日の批判者たちに届かなくても、いつか誰かが読む。その人に届けばいい。
零はそれを、もう考えていなかった。
駅に向かいながら、版画集のことを考えていた。翼が把持になった図像のことを。次の発見のことを。
律が振り返った。「先生、遅い。」
「うん。」
「早く来てください。」
「うん。」
零は少し歩く速度を上げた。
* * *
電車の中で、零が紙袋から本を取り出した。
ルター聖書の複製ではなかった。もう一冊の方だった。フランドルの版画集だ。
律は受け取って、開いた。
図版が現れた。横たわる人物。取り囲む人々。悼みが内側に向かっている。
律はしばらく見ていた。
涅槃図と同じ構図だ、と思った。横たわる中心。外から内へ向かう視線。でもこれはキリスト教の——
「先生。」律は顔を上げた。「これも証拠鎖になるかもしれませんね。」
零は軽く頷いた。
「なるかもしれない。それはまだわからない。」
律は図版に視線を戻した。円ではない。でも把持・支持・境界という文法が、円以外の形で現れているとしたら——文法はもっと広いところに存在していることになる。
「先生。」律はもう一度言った。「円じゃなくてもいいんですか。」
零は少し考えた。
「円は文法が最も鮮明に見える形だった。でも文法が円の中にしかないとは、言っていない。」
律は版画集のページをめくった。別の図版が現れた。天使たちに支えられ、天へと昇っていく人物。中心にいる者を、周囲が支えている。
「……これも。」
「かもしれない。」零は窓の外を見た。「それはまだ誰も確かめていない。」
律は本を膝の上に置いたまま、少しだけ目を閉じた。査読が終わった。証拠鎖は世界に置かれた。今日届かなくても、いつか誰かが読む。
そしてその人が、次を見つけるかもしれない。
「先生、荻窪に着いたら起こしてください。」
「うん。」
「絶対ですよ。」
「うん。」
律は目を閉じたまま言った。「——先生、次はどこから始めますか。」
少し間があった。
「古本屋。」
律は笑った。笑ってしまった。
電車は荻窪に向かっていた。
(第15話・了)
(『桐島律の発見』完)