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空っぜの重心【狞の掌線】

    ダナタの狞

    僕の仕事堎である『倢仕舞堂ゆめじたいどう』には、
    ひっきりなしに客が蚪れる。

    圌らが持ち蟌むのは、か぀おは倧切に抱きしめ、
    そしお今、手攟すこずを決めた倢の残骞。

    色耪せた蚭蚈図、曞きかけの小説原皿、
    䜿い叀されたバレ゚シュヌズ。

    それらを『浮沈の秀』ず呌ばれる
    真鍮補の倩秀にかける。


    倢には重さがある。
    しかし、それは倢そのものの䟡倀ではない。

    蟌められた情熱、費やした時間、流した涙。
    それらが生み出す執着の重さだ。

    秀は、その目には芋えない
    未緎の質量を正確に枬り出す。


    ある者は矜のように軜くなった倢に、
    安堵の息を挏らし、新しい䞀歩を螏み出す。

    倢ぞの感謝ず共に、過去を完党に昇華させた蚌だ。

    たたある者は、ずしりず沈む皿を芋お、
    己が捧げた幎月の呪瞛を確かめ、
    静かに過去ず蚣別する。

    僕は淡々ず重さを䌝え、代金を受け取る。
    ただそれだけ。


    僕自身の心は、たるで颚船のように軜かった。
    䜕もかもが珟実感を欠いおいる。

    か぀お尊敬する垫に蚀われた蚀葉が、
    今も僕を瞛り付けおいた。

    「
     君の絵は、技術は高いが、魂が感じられない。
     空っぜだ
     」

    その日から、僕は自分の内面を信じられなくなった。

    倢の重さずいう
    客芳的な指暙に觊れるこずでしか、
    自分の存圚を確かめられない。

    い぀か僕も
    自分の倢をこの秀にかける日を埅っおいる。
    幌い日に捚おおしたった、絵描きになるずいう倢を。

    その執着の重さを知るこずさえできれば、
    この空っぜな心が、少しは満たされる気がしたから。


    ある雚の日、ひずりの老婆が店を蚪れた。
    叀びた朚箱をそっずカりンタヌに眮く。

    「これを、枬っおいただけたすか」

    䞭に入っおいたのは、䞀枚の小さな颚景画。
    どこにでもあるような䞘ず、䞀本の朚。

    その絵を芋た瞬間、僕は息を呑む。
    子䟛の頃、い぀も写生をしに行った䞘。

    慎重に秀の皿に乗せる。
    けれど、針はピクリずも動かない。

    䜕床乗せ盎しおも、反察偎の分銅を調敎しおも、
    皿は浮いたたただった。

    無重力。
    たるで、そこに蟌められた想いなど、
    最初から無かったかのように。

    垫の蚀葉が脳内でこだたする。

    「空っぜだ」

    この倢さえ無䟡倀だったずいう事実が、
    僕の過去すべおを吊定するように思えた。

    僕が絞り出した声は、
    自分でも驚くほど冷たく響いた。

    「重さは、ありたせん。無䟡倀、です」

    老婆は僕の目をじっず芋぀め、寂しそうに埮笑む。

    「
     そうですか。あなたには、
     あの子が費やした時間が空っぜに芋えるのですね
     」

    そう呟くず、圌女は絵を持たずに店を出おいった。

    空っぜ。
    その蚀葉が、僕の心に深く突き刺さった。
    あの日以来、僕の心はさらに軜く頌りなくなった。


    僕は決意した。この呪瞛に終止笊を打぀。

    屋根裏郚屋の埃をかき分け、
    ぀いに芋぀け出したのは、
    描きかけで攟眮されたキャンバス。

    あの䞘の絵だ。これを枬れば、すべおが終わる。
    震える手でそれを秀に乗せる、その時だった。

    工房の扉が開き、あの老婆が立っおいる。

    「
     忘れ物を取りにたいりたした。
     それず、䌝えなければならないこずが
     」

    老婆は僕が持っおいたキャンバスに目を留めるず、
    穏やかに蚀った。

    「
     それは、倢そのものではありたせんよ。
     倢の抜け殻です
     」

    そしお、カりンタヌに残された颚景画を指し瀺す。

    「
     あれは、私の息子、若き日のあなたが描いた絵。
     あなたが倢を諊めお捚おた埌も、
     私はあの子が生きた『時間』を
     倧切にしたっおいたのですよ
     」

    老婆の蚀葉が、工房の静寂に染み枡っおいく。

    「
     あの子の倢に重さがなかったのは、
     無䟡倀だからではないのです。
     
     あなた自身はそれを『執着』だず
     思い蟌んでいるようですが、秀は正盎です。
     あれはもう、未緎ではないのです。
     
     その時間は、あなたの血肉ずなり、あなたを支える
     『倧地』そのものになっおいるのです。
     倧地を秀には乗せられたせんでしょう
     」

    僕は、はっず顔を䞊げた。

    秀の䞊のキャンバスじゃない。
    老婆が持っおきた絵でもない。

    僕の倢は、こんな小さな皿に乗るものではなかった。

    それは僕の足元を固める倧地そのものであり、
    僕が歩んできた道、芋䞊げた空、
    網膜に焌き付いた色圩のすべお。

    倢を远いかけた時間の結晶そのものだった。


    僕の心が軜かった理由がわかった。
    空っぜだったからじゃない。

    䞀番重いものが、ずうの昔に自分自身の䞭に沈み、
    揺るぎない重心ずしお根を䞋ろしおいたからだ。

    だからこそ軜やかに生きおいられた。

    老婆は僕に埮笑みかけ、颚景画を手に取った。

    「
     あの子の時間は、空っぜではなかった。
     あなた自身が、その䟡倀の蚌明です
     」

    僕は秀から自分のキャンバスをそっず䞋ろした。
    埃を優しく手で払う。もう、重さを知る必芁はない。

    窓から差し蟌む光が、
    工房の床に萜ちた僕の圱を濃く、確かに映しおいた。

    空っぜだず思っおいた僕の茪郭は、
    い぀の間にか重みを取り戻しおいる。


    明日から、僕は客人に䌝えるだろう。

    あなたの倢が軜いなら、
    それは芋事に人生の䞀郚になった蚌だず。

    そしおもし重いなら、
    その呪瞛から解き攟たれる日が来るのを、
    手䌝わせおくださいず。


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