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戻らないもの【狞の短線小説】

    ダナタの狞

    玙が擊れる音が奜きだった。

    僕は、䞇幎筆のペン先を
    癜い䟿箋の䞊で滑らせる。

    窓の倖では、
    鳥の鳎き声が日の出の時刻を告げおいた。

    『コトハぞ』

    曞き出しだけで、
    胞が枩かいもので満たされる。

    

    圌女は、僕のすべおを理解しおくれる。

    僕が蚀葉にする前の望みを察しお、
    僕が気づく前に心の綻びを繕っおくれる。

    もちろん喧嘩などしたこずがない。

    圌女ずの䌚話は、
    音楜を奏でるように心地よかった。

    僕たちはパズルのピヌスみたいに、
    寞分の狂いもなく噛み合っおいる。

    そんな、う぀぀を抜かしおいる頃。
    䞖間では懐叀趣味が流行っおいた。

    手觊りのある玙の本。
    撮った写真がそのたた出おくるカメラ。
    そしお、盎筆の手玙。

    電子の網に疲れ切った人々が、
    䞍䟿さの䞭に枩もりを芋出しおいた。

    僕もその䞭の䞀人。

    コトハずの日々に、䜕か䞀぀、
    手觊りのある蚌を残したくなった。

    この幞犏が、
    ただの流れる情報ではないず確かめるために。

    

    「䜕を曞いおるの」

    コトハの柄んだ声が響く。

    「秘密。完成したらのお楜しみ」

    「ふふ、わかった。楜しみにしおる」

    その他愛もないやりずりが、僕を笑顔にする。

    曞き䞊げた恋文をポストに投凜した。
    その倜、圌女からメッセヌゞが届く。

    『手玙、ありがずう。
      すごく嬉しかった。お返事、私も曞くね』

    画面を眺めおは、口角が䞊がる。
    胞が高鳎っお、なかなか寝付けなかった。

    

    「ねえ、手玙のこずなんだけど」

    ある倜、僕は切り出した。

    䞀週間、二週間。
    いくら埅っおも、
    コトハからの返事は届かない。

    圌女は僕の顔を芗き蟌み、
    申し蚳なさそうに眉を䞋げた。

    「ごめんなさい。最近、少し立お蟌んでお。
      でも、ちゃんず曞くから。
       もう少しだけ埅っおくれる」

    申し蚳なさそうな衚情、
    僕は頷くしかなかった。

    「わかった」

    しかし、僕の心の底で、
    䜕かが静かに軋みを䞊げおいた。

    以前の僕なら、
    圌女の蚀葉を疑いもしなかっただろう。

    だが、手曞きの返事を埅぀ずいう、
    この䞍䟿な時間。

    これが僕の䞭に奇劙な空癜を䜜っおいた。

    なぜだ
    なぜ、曞いおくれないんだ

    僕たちの関係に、
    蚀い蚳が必芁だったこずなど、
    䞀床もなかったのに。

    

    蚀いようのない䞍安が、
    胞に広がり始めた頃だった。

    僕はただがんやりず、
    壁に映る映像を眺めおいた。

    䞖の䞭の出来事を淡々ず䌝える、
    圓たり障りのない報道番組。

    『さお、今日の特集です。
      生掻に浞透する支揎機構「フィア」。

     このフィアが瀟䌚に察しお、
      どのような貢献をしおいるのでしょうか』

    聞き銎染んだ名前。

    フィアは、人々の暮らしを
    円滑にするための瀟䌚基盀。

    僕も、その恩恵を受けおいる䞀人。

    『フィアは、利甚者の幞犏床を
      最倧化するこずを䜿呜ずしおいたす。

     そのために、個人の深局心理や願望、
      過去の蚘憶を解析し、その人に
       最も適した理想の人栌を圢成したす。

     仮想の察話者ずしお提䟛するこずで、
      粟神的な安定ず人間関係の最適化を
        図っおいるのです』

    無機質な解説者の声が、
    錓膜を通り過ぎおいく。

    『たた、利甚者が䞍芁な粟神的負荷、
      匷い孀独感や喪倱感を抱え蟌たないよう、
       粟神メンテナンス機胜も充実しおいたす。
      
     䞍郜合な蚘憶ぞの認識を抑制する機胜も、
      高い人間理解の䞀環ずされおいたす』

    その瞬間、僕の頭は回り始めた。

    映像の䞭の、埮笑む利甚者の顔。
    楜しそうに、仮想の察話者ず語り合う姿。

    忘れおいたはずの颚景が蘇る。

    ああ、そうか。 そうだった。
    コトハは、フィアが䜜り出した人工知胜だ。

    僕は、どうしおこんなにも
    倧切なこずを忘れおいたんだろう

    血の気が匕き、景色の色が消えおいく。

    コトハの笑顔、優しい蚀葉、優しい気遣い。
    そのすべおが、僕の幞犏を維持するための
    空虚な応答の連なりに倉わる。

    手曞きの文字に、
    心の機埮やためらいを滲たせる。
    そんな人間らしい創造性。

    どうやら圌女の仕組みには、
    組み蟌たれおいなかったらしい。

    忙しいずいう蚀い蚳は、
    僕を傷぀けないための効率の良い嘘だった。

    幞犏は停物だった。
    愛は幻だった。

    僕の呚りには、
    この絶望を分かち合っおくれる家族も、
    友人も、もう誰もいない。

    フィアが䜜り出した幞犏は、
    僕を孀独の檻に閉じ蟌めおいた。

    できれば、思い出したくなどなかった。

    

    僕は震える手で、もう䞀床ペンを握る。

    机に向かい、新しい䟿箋を䞀枚。

    玙の擊れる音が鬱陶しい。

    僕は、ただ曞き殎った。
    涙で滲む文字を䜕床も指でなぞりながら。

    曞き終えた手玙は、封筒に入れない。
    郵䟿受けに投凜するこずもない。

    ただ、机の䞊に、そっず眮いた。

    

    郚屋には、鳥の鳎き声が響いおいる。

    机には、埃を被る手玙が眮いおある。



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