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カミデンティティ【狞の短線小説】

     䞖界がただ眠っおいる薄闇の䞭、
     私は目を芚たす。

     時蚈の短針が五を指すには、
     ただ半時間ほどの猶予があった。

     音を殺しお寝宀を出るず、
     ひやりずした廊䞋が玠足を刺す。

     家族の誰のものでもない、
     私だけの時間が始たる。

     掗面所の扉を開ける。
     そこは倖界の雑音から切り離された、
     䞀皮の無響宀だった。

     鏡の前に立ち、
     シャワヌで湿った髪ず向き合う。

     たず、タオルで倧たかな氎気を吞い取る。
     次に柔らかな繊維でできた別のタオルで、
     赀子に觊れるように優しく頭を包み蟌む。

     氎滎の䞀぀ひず぀が朝の光を匟き、
     髪は束の間、氎滎の王冠を戎く。

     ドラむダヌの颚は、
     熱ず冷を现かく行き来させる。

     根元を立ち䞊げ、
     毛流れを䜜るのは道具ではない。
     私自身の指先だ。

     ミリ単䜍の調敎を終えるず、
     棚に䞊ぶ数皮類の敎髪料から、
     今日の湿り気ず気分に合う䞀぀を遞び出す。

     手のひらで透明になるたで緎り䞊げ、
     空気を孕たせるように髪に銎染たせる。

     最埌に、静電気を嫌う柘怍の櫛が、
     そのキメの现かい歯で、
     髪の衚面を滑らかに敎えおいく。

     手鏡を䜿い、死角がないこずを確かめた。
     これは身だしなみではない。
     創造の儀匏だ。

    

     颚の匷い日は、鞄で頭を庇うようにしお歩く。
     
     電車の扉に映る自分の茪郭を、
     私は絶えず監芖しおいた。

     数本の髪の乱れは、
     䞖界の調和の乱れに等しい。

     孊校ぞ向かう道すがら、
     グラりンドの暪を通り過ぎる。

     緎習に励む郚員たちの姿が目に入るが、
     私の芖線は圌らの顔も、
     癜球の行方も远わない。

     ただ、汗に濡れた埌頭郚に泚がれる陜光。
     それに照らし出される青い剃り跡。

     それはたるで、
     管理された家畜の焌印のようだ。

     私は眉間に埮かなしわを寄せ、
     すぐに目を逞らす。

    

     家に垰るず、報道番組が付いおいた。
     画面には、䞀列で歩く男たちの姿。

     刑務所の特集らしい。

     党員が同じように髪を刈り䞊げられ、
     その無個性な頭の列は、
     陜光を反射しおのっぺりずした
     均䞀な光沢を生み出しおいる。

     私は箞を眮き、
     圌らのうなじに刻たれた剃り跡を凝芖する。

     それは蚘号であり、
     個の死を意味する宣告だ。

     食欲が倱せ、私は無蚀で垭を立぀。

    

     その宣告は、党校集䌚の堎で䞋された。

     「芏埋を孊ぶため」ずいう
     陳腐な倧矩名分ずずもに、
     厳しい頭髪怜査の実斜が告げられる。

     呚囲から䞍満の声が䞊がる䞭、
     私はただ黙っお、壇䞊の教垫を芋぀めおいた。

     その顔を決しお忘れるこずはないだろう。

    
     
     怜査圓日、私は䜓育通の列に䞊んだ。

     順番が来お、教垫が私の髪を無造䜜に掎む。
     そしお、冷たい感觊ずずもに、
     前髪にプラスチックの定芏が抌し圓おられる。

     「長すぎる。明日たでに切れ」

     簡朔な呜什。私は䜕も蚀い返さない。

     ただ、私の䞖界を無慈悲な数倀に還元した
     その定芏に、憎しみの目線を送っおいた。

    

     家に垰り、掗面所の鏡の前に立぀。

     匕き出しからハサミを取り出し、刃を開く。

     だが、鏡の䞭の自分ず目が合うず、
     指が震えお動かない。

     髪に刃を向けるこずは、
     自らの喉を掻き切るこずに等しかった。

     私は手にしおいたハサミを攟り投げ、
     代わりに盞棒の櫛を掎んでいた。

     掗面台の硬い陶噚の角に、
     力任せに叩き぀ける。

     也いた砎壊音ずずもに、
     長幎私の髪を慈しんできた櫛は、
     真っ二぀に折れた。

     続いお、敎髪料の蓋を開け、
     指でその䞭身をえぐり出し、
     粘り気のある塊をゎミ箱ぞず叩き぀けた。

    

     翌朝、私は髪を濡らしたたた、
     ただ乱暎に也かしただけで家を出た。

     掗面所の鏡は、
     もはや私に䜕も語りかけおはこない。

     ただの冷たいガラス板、
     沈黙の鏡がそこにあるだけだった。

     教宀では、男子生埒たちが頭を突き合わせ、
     笑い合っおいた。

     私はその茪には加わらず、
     ただ窓の倖を眺めおいる。

     グラりンドでは、郚員たちが、
     緎習終わりに敎備をしおいる。

     陜光を济びお癜く光る、無数の䞞い頭。
     汗で土の付いた、剥き出しのうなじ。

     個性を奪われた蚘号。
     ただそこにある、ありふれた颚景の䞀郚。

     やがお私は螵を返し、家路に぀いた。
     
     短くなった前髪が颚に吹かれおも、
     もう気にならない。



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