
イミツキ 第18話 でんでん太鼓
キタラは紙に包まれた茶菓子を食べながら、男の後ろをついて歩いた。
口の周りは食べかすだらけで、口を動かすたびにパラパラと地面に落ちた。
男は静かな路地を進み、やがて知らない家の前で立ち止まった。
キタラは男の隣に立ち、紙包みに手を入れた。
指先で探り、中を覗き込んだ。
細かいかすしか残っておらず、そのまま紙をくしゃくしゃに丸めて道端に放り投げた。
男は家の扉を軽く叩いた。
しばらく待つと、扉が開き、中から痩せた女が出てきた。
「どちら様で?」
痩せた女は男の姿を見ると、わずかに身を引いた。
眉を寄せ、男とキタラを交互に見た。
「いなくなった子供の件で来た。」
痩せた女は目を大きく開け、口元に手をあてた。
「ど、どうぞ、中へ。」
扉を引き、家の中へ手の先を向けた。
男は小さく頭を下げ、家の中へ入って行った。
キタラも男に体を寄せて、あとに続いた。
短い廊下を抜け、大きな食卓が置いてある居間に出た。
棚には縁の欠けた皿や茶碗が並べられ、台所の端には野菜の皮などのゴミが寄せられていた。
部屋の中は、わずかに生臭い匂いがした。
「どうぞお掛けください。」
痩せた女が椅子を引いた。
男が椅子に腰かけると、痩せた女は盆に茶を乗せ男の前に置いた。
キタラは椅子には座らず、部屋の隅にある木箱をじっと見つめた。
木箱からは、木でできた人形や、紐のついた小さな太鼓が覗き見えた。
キタラが木箱に近づこうとしたその時、奥の扉がぎしりと軋んだ。
痩せた女の肩が跳ね、短い声を上げた。
キタラはすぐさま机の下に潜りこみ、男の足に身を寄せた。
奥の扉からは、ボサボサの髪の痩せた男がゆっくりと出てきた。
引きずるような足音が、板張りの床に重く響いた。
暗がりから見えるその男は、顔が青白く、目の下には大きなクマが浮かんでいた。
着物の下から伸びる足は一つしかなく、壁に手をつきながら、床を擦るように近づいて来る。
片足の男は、キタラたちの前を通り過ぎ、台所の前で立ち止まった。
端に寄せたゴミから野菜の皮をつまみ、くちゃくちゃと音を立てながら食べ始めた。
痩せた女は跳ねるように立ち上がり、手を震わせながら棚に並んだグラスを掴んだ。
桶に溜まった水を注ぎ、片足の男の前に置いた。
片足の男はグラスを掴み、喉から音を立てながら一気に飲み干した。
口の端から水が零れ落ち、着物を濡らした。
片足の男は、グラスを置き、そのまま体をふらつかせながら、奥の部屋へと戻っていった。
扉の閉まる音がすると、痩せた女の息を吐く音が聞こえた。
キタラは机の下から這い出し、椅子の脚の間を抜けて、部屋の隅へと歩いて行った。
木箱の前にしゃがみ込み、中に手を伸ばした。
「……主人です。戦から帰ってきたらあの調子で。」
痩せた女の顔は青ざめ、声は震えていた。
「そうか。」
男は奥の扉を見ながら、出された茶をすすった。
「なぜ子供を探しに行かない?」
「…….どういう意味でしょうか?」
「子供がいなくなったんだ。
親なら探しに行くだろう。」
「探してます!
だから、長に報告をしたんです!」
「化け物に連れて行かれたと?」
「そんなこと!…….私には分かりません……。」
痩せた女は顔を伏せ、膝の上で手を握り締めた。
体を震わせ、鼻をすすり出した。
「一つ聞くが、子供がよくーー」
突如、男の言葉を遮るように、乾いた音が鳴り響いた。
キタラが部屋の隅で、でんでん太鼓を振り回していた。
小さな太鼓には二つの球がぶら下がり、軽く振ると、二つの球が水平に回り出す。
球が太鼓の面にぶつかる度に、乾いた音が部屋に響き、キタラの肩がびくりと跳ねた。
男はキタラを見ながら小さく息を吐いた。
「すまない、邪魔をしたな。」
男は立ち上がり、キタラのほうへ歩いて行った。
キタラの前で膝をつき、その手から素早くでんでん太鼓を取り上げた。
キタラは目を丸くして男を見上げた。
直後、キタラの鼻の上に皺ができ、高い声を上げ、男に飛び掛かっていった。
弾みで木箱が横に倒れ、中の木の人形が床に転がった。
キタラは男の腕にしがみつき、手足を振り回しながら、でんでん太鼓に手を伸ばした。
「あ、あの…、息子は、もう遊びませんので差し上げます。
気に入っているようですし。」
「.…..申し訳ない。」
キタラは、男の手からでんでん太鼓を奪い返すと、懐に入れ、体を丸くして地面に伏せた。
「最後に聞くが、子供が普段遊んでいる場所を教えてくれ。」
痩せた女は小さく息を飲み、男から視線を逸らした。
* *
竹林の中は薄暗く、日陰にはまだ雪が残っていた。
空は竹の葉に覆われ、その隙間からわずかに陽の光が射していた。
キタラは湿った地面を歩きながら、でんでん太鼓を鳴らした。
小気味よい調子に、首を縦に揺らしながら、奥へと進んで行く。
前方には、先を歩く男の背中が見えた。
すると、地面に落ちた竹の葉から、小さなカエルが跳び出してきた。
カエルは小さく飛び跳ねながら、キタラの前を横切っていく。
キタラはでんでん太鼓を回す手を止め、カエルに手を伸ばした。
カエルの上に両手を被せ、手の中に閉じ込めた。
手のひらにカエルがぶつかる感触があった。
手の中にカエルを包んだまま、目の前に持ち上げ、口の中に放り込んだ。
ぬめぬめとした舌触りと、生臭い匂いが口の中に広がった。
キタラはその場に座り込み、落ちた竹の葉をめくり出した。
竹の葉の下には、小さな幼虫やムカデが蠢いていた。
次々と竹の葉をめくっていくと、指先が固いものに触れた。
キタラはめくる手を止め、地面に顔を近づけた。
地面の中から、尖った何かの先端が出ていた。
キタラは周りに落ちている竹の葉を手で払い、地面を掘り始めた。
湿った土の中から、大きなタケノコが出てきた。
キタラはタケノコに鼻を寄せ、大きく息を吸い込んだ。
土の匂いの中に、わずかに甘い匂いがした。
タケノコを掴み、力を入れ引っ張った。
すぐに顔が赤くなり、喉の奥から高い音が漏れ出た。
もう一度引っ張ると、手が滑り後ろに転がった。
「おい、何してる!」
男が声を上げ、駆け寄ってきた。
キタラはすぐに起き上がり、再びタケノコを掴み、引っ張り始めた。
タケノコは僅かにしなるだけで、動かなかった。
「どいてろ。」
男は小さく息を吐きながら、刀の鞘をタケノコの根元に突き刺した。
鞘を倒すように力をかけると、みしみしと軋む音を立て、タケノコが地面から出てきた。
キタラは掘り出されたタケノコに飛びついた。
腕に抱え上げ、顔を埋めた。
濡れた土がキタラの頬にべったりと張り付いた。
キタラがタケノコに付いた土を払っていると、男が地面の一点をじっと見つめていた。
そこには地面を掘り起こしたような穴がいくつもあった。
似たような穴が竹林の奥へと点々と続いている。
キタラはタケノコを抱えたまま、穴のほうへ歩き出した。
跳ねるように、一つ一つの穴を覗き込んだ。
穴を辿って奥に進んで行くと、突如、地面の穴が無くなった。
キタラは足を止め、周囲を見回した。
膝をつき、落ちた竹の葉を払いながら地面を這いだした。
竹の葉が擦れる音が聞こえ、キタラは顔を上げた。
すぐ横の茂みが大きく揺れ、竹の葉が舞った。
次の瞬間、木の陰から何かが飛び出し、キタラの胸を突き飛ばした。
キタラは後ろに倒れ、腕に抱えたタケノコが地面に転がった。
「勝手に採ってんじゃねえ!」
大きな声が飛んできた。
そこには丸坊主の子供が立っていた。
丸坊主はキタラの持っていたタケノコを拾い、鋭い目つきでキタラを見下ろした。
「おい、何をしている。」
丸坊主の後ろには男が立っていた。
丸坊主は弾かれるように後ろに飛び退き、男の顔を見上げた。
「お前の母親に頼まれた。」
丸坊主はすぐさま背を向け、その場から駆け出した。
男の手が伸び、丸坊主の襟を掴み宙に持ち上げた。
丸坊主の腕からタケノコが滑り落ち、キタラの前に転がってきた。
キタラはすぐに拾い上げ、着物の中に入れた。
「離せよ、このやろう!」
丸坊主が激しく手足を振り回した。
男が手を離すと、丸坊主は背中から地面に落ち、短い声を上げた。
「帰るぞ。
他の連中もお前を探している。」
丸坊主は何も答えず、地面に顔を埋めた。
そのまましばらく動かなくなった。
キタラはタケノコを腹に抱え、丸坊主の頭の先でしゃがみ込んだ。
懐からでんでん太鼓を取り出し、耳元で振り回した。
丸坊主が耳を抑えながら顔を上げた。
「あっ、それ俺ん家の!」
丸坊主がでんでん太鼓に手を伸ばした。
キタラはその手を払い、小走りに男の後ろに回った。
「.…..お前の父親にも会った。」
丸坊主の動きが止まった。
目を大きく見開き、地面に指を食い込ませた。
途端に肩が細かく震え出し、顔が歪み始めた。
丸坊主は顔を伏せ、掴んだ土を地面に投げ捨てた。
キタラは男の後ろから顔を出し、丸坊主の顔を覗き込んだ。
唇を噛み、眉に皺を寄せている。
キタラは丸坊主に近づき、目の前ででんでん太鼓を回した。
「うるせえ!」
キタラは突き飛ばされ、後ろに倒れた。
倒れたままでんでん太鼓を鳴らし続けた。
丸坊主が顔を上げ、消えそうな声で呟いた。
「.…..あいつを殺してくれよ。」
* * *
赤い女が盆に茶と菓子を乗せて、キタラと丸坊主の前に置いた。
「なぜ家を出た?」
長は丸坊主の向かいに座り、静かに尋ねた。
丸坊主は俯いたまま、何も言わない。
キタラは茶菓子に手を伸ばし、ぼりぼりと音を立てながら口を動かした。
長は視線を上げ、壁にもたれる男のほうを向いた。
「よくやった、シンワ。」
赤い着物の女が、男の目の前に膨らんだ布袋をかざした。
男は袋を受け取り、中をちらりと覗き込んだ。
「さすが守人様。
なんと頼もしい。」
赤い女は男の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。
男は眉をひそめ、顔を背けた。
キタラは茶菓子を食べ終え、丸坊主の前に置かれたものに手を伸ばした。
その時、扉を叩く音がした。
赤い女が扉を開くと、そこには痩せた女が立っていた。
顔を真っ青にして、部屋の中に入ってきた。
「あんた!」
痩せた女は丸坊主に駆け寄り、強く抱きしめた。
体を震わせ、大声で泣き始めた。
長は二人の前に立ち、背中をさすった。
「まずは無事で何よりだ。」
「本当に、本当にありがとうございました。」
痩せた女は子供の体を離し、何度も頭を下げた。
「子供は、少し休ませた方がいい。
部屋を用意しよう。」
「いえ、そこまでは.…..。」
痩せた女が首を振り、子供の腕を掴んだ。
「私たちはこれで失礼します。
またお礼に伺わせてください。」
子供の腕を引いて、部屋を出ようとすると、赤い女が扉の前に立ちふさがった。
「どうぞこちらへ。」
赤い女は二人の間に入り、丸坊主の肩に手を回した。
丸坊主は顔を伏せたまま、赤い女に連れられ、部屋を出ていった。
「あ、あの.....これ以上なにか……。」
部屋は急に静まり返り、キタラの茶菓子を食べる音だけが響いた。
痩せた女は眉をひそめ、男と長を交互に見つめた。
「これまで辛い思いをさせてきたな。」
痩せた女の動きが止まった。
「少し話をしよう。」
「……何の話でしょうか。」
痩せた女の体が揺れ出し、忙しく腕をさすり出した。
男は足元に置いた荷を肩にかけ、小さく咳ばらいをした。
「では俺たちはここで。」
男が扉のほうへ歩いていくと、キタラは残った茶菓子を口に入れ、男の側に駆け寄った。
「あ、あの、本当にありがとうございました…」
痩せた女が男に頭を下げた。
男は足を止め、背を向けたまま小さく呟いた。
「.…..あんた、殺したい奴はいるか?」
女は目を丸くして、男の背中を見つめた。
途端に、目が泳ぎ始め、体が震え出した。
呼吸が荒くなり、その場に両手をつき、うずくまった。
男は何も言わず、そのまま部屋の外へ出ていった。
キタラもうずくまる痩せた女をちらりと見て、すぐに男のあとを追いかけた。
扉を閉めた瞬間、部屋の中から女の叫び声がした。
キタラは懐からでんでん太鼓を取り出し、その場で振り回した。
女の叫び声は、太鼓の音にかき消されていった。