
リハビリはゲーム感覚で!29:難易度、EASY《第四部A 脳梗塞(脳卒中)の前向き闘病記》
これは、奇跡の回復を描いた、世界一面白い闘病記です(自称)
第四部Side A 魅惑のシークァーサー味
Quest 2:難易度、EASY
2025年3月21日(発症後26日 転院 3日目)
「今日は、この検査をやってみましょう」
俺と花菜が興味深げに見つめる中、
飯山さんが、棒の先に小さなボールがついた機械を取り出した。
ここ数日、いくつかの検査や、舌の運動をしていた嚥下リハビリだったが、今日も新しい検査をするようだ。
「ボールを口に含んで、舌で思いきり押してください」
どうやら舌の力を測る機械らしい。
言われた通り、口にくわえて、舌で思いきり押しつぶす。
ピッ。
表示された数値は18kPa。
飯山さんが説明する。
「舌の力は、一般的な成人の半分くらいですね。
20kPa以下だと、飲み込みに支障が出やすいといわれています」
(・・・あかんやん!)
「あとちょっとだね」
と、花菜がフォローしてくれるが、
きっと20kPaは最低限の数値であって、俺が食べたい食事には、全く足りないんじゃないかという気がした。
(手足と違って思った通り動くから、あんまり自覚なかったけど、
舌にまで病気の影響出てたんやな)
静かにショックを受けている間に、飯山さんが次のメニューの準備をしていた。
「今日はいつもより量がだいぶ多いですよ」
ベッド脇のテーブルに、いつもと同じコップが置かれた。
中身は、とろみのついたシークァーサージュース。
ここ数日、小さなスプーンで数口ずつ飲み込む練習が続いていたが、
今日は、コップ1杯分ある。
「飲めるところまで頑張ってみましょう」
その瞬間だった。
視界が、ふっと揺れた。
病室の輪郭が溶けて、
俺は一瞬で、別の場所に立っていた!
まっすぐに伸びた一本道。
その先には、ぼんやりと光る場所があった。
そして、その間に、等間隔で並ぶ扉。
「カードの説明にあった扉って、あれのことか。
あの光るところに進めばええんかな?」
例の低くてテンションの高い声が響き渡る。
「嚥下ミッション。難易度、EASY。
いくつもの扉を越え、嚥下の道を踏破せよ」
やっぱ、そういうことね。よっしゃ余裕でクリアしたるわ」
この空間では普通に歩けるようで、すぐに一つ目の扉にたどり着いた。

すると、口の中に、小さじ一杯分のジュースが流れ込む。
「おおー、相変わらず、美味しいわぁ」
ジュースの甘さを堪能しつつ、軽く飲み込む。
飲み終わり、目の前の扉を押すと、すっと開いた。
「全然、余裕やな」
二つ目の扉まで行き、もう一口。
扉は、何の抵抗もなく通してくれる。
「こんなん、なんぼでも飲めるで」
三つ目、
四つ目、
五つ目。
飲み込むたびに、
扉が一枚ずつ、当たり前のように開いていく。
「ほらな。イージー言うだけあるわ」
変化があったのは、八つ目の扉。
「ん?」
さっきまで軽く飲み込めていたのが、
しっかりと喉に力をいれないと飲み込めなくなってきた。
扉は開く。
だが、
「え、重たっ」
さっきよりも、はっきりと重い。
九つ目。
普段のリハビリから、たった小さじ数杯分、増えただけや。
にもかかわらず、
「嘘やろ。喉が動かんぞ」
その時、《飲み込み》のカードが、淡く光った。
さっきまで飲み込めなかった一口が、嘘のように飲み込める。
それと同時に、
ぎしり、と音を立てて扉が開く。
「今のが、カードの効果ってことやな」
十個目の扉は、これまでよりも、大きく重たそうに見えた。
そして今度は、飲み込む前から分かった。
(・・・あ、無理や)
喉が、はっきりと拒否をしている。
と自分で分かった。
いつもの低い声が響く。
高いテンションが気に障る。
「ミッション失敗です。お帰りください」
謎の空間がバツンと途切れ、病室に戻っていた。
「今日は、ここまでにしましょうか」
飯山さんの声で、現実に引き戻される。
コップが静かにテーブルへ戻された。
中をのぞくと、コップにはまだ半分ものジュースが残っていた。
難易度、EASY。
甘く見ていた自分が、
少しだけ恥ずかしくなった。
(というか・・・)
(イージーやのに、全然簡単ちゃうやないかー!)
俺の心の叫びが響き渡った。
その日の夕方。
花菜が前々から気になっていたのであろう疑問を口にした。
「大輝さあ、看護師やリハビリスタッフに下半身見られて、恥ずかしくないの?」
「もう慣れたからな」
どう考えてもトイレに行けない。
それが現実だ。
「わたしなら絶対嫌だけど。しかも異性だし」
「こんなとこでそんなこと考えててもしゃーないしな。生きるのに必死や」
「ここは回復期病院だよ。命の危機は脱してるはずなんだけど」
「気にならんもんは気にならんからなあ」
「・・・プライド、ないの?」
「あるわ!!!!!
でもしょうがないやん」
当たり前のことを聞かれ、無性に腹が立った。
しかし、花菜は続ける。
「諦めてるの?なら、いつオムツ外れる時がくるんだろ。
・・・オムツ代かかってることも忘れないでね」
一日、だいたい千円。
一か月で、三万円。
数字が、静かに重なっていく。
俺は今、働けてないし、
いつ戻れるかも分からない。
「家計はね、決して裕福ではないんだよ」
(・・・無理無理言ってる場合やないな)
そう思ったとき、
ようやく冷静になれた。
次の日看護師に聞いてみた。
「オムツ外すには、何が必要ですか?」
答えとして、3つの条件が返ってきた。
1つ、座れること。
2つ、車椅子からトイレに移れること。
そして3つ、
排泄を、自分の意思でコントロールできること。
どれも、今の俺にはほど遠い。
そう思ったところで、
看護師が言った。
「まずは、しびんで排泄が出来るようにトレーニングするのが良いですよ」
ベッドの上で、
排泄のタイミングを、自分で掴む。
(・・・それなら、出来るかもしれん)
花菜にも伝える。
「これからは、しびん使って小便しようと思う」
「そんなのあるんだね。いいじゃん、がんばってね」
さらに花菜が嬉しい提案をしてくれる。
「そうだなぁ、じゃあまずは、しびん成功率80%を目指してね。
達成したら、ご褒美をあげます」
「ご褒美!?」
俺の目の色が輝き出した。
その日の夜、
待望の尿意がきた。
(来たで!しびんチャレンジや)
ナースコールを押す。
すると・・・
視界が、ふっと歪んだ!
――ゴォン。
聞き覚えのある、腹に響く音。
(ちょ、待て待て)
気づくと、足元が消え、
見慣れてきた謎の空間に引きずり込まれていた。
頭の上から、あの声が降ってくる。
「ミッションを発令します」
(いやいやいや)
「排泄ミッション――」
(あかんあかんあかん)
俺は、思わず叫んでいた。
「ちょっと待って!!」
俺の声が響く。
「今それやってる場合ちゃうねん!」
腹の奥が、限界を訴えている。
(これ、ほんまに漏れるやつや)
「ゲームとか言ってると、
リアルに失敗するから!」
天の声が、どこか寂しそうに言った。
「・・・そうか。では今回は、現実で挑むがいい」
足元がすっと戻ってくる。
「では、健闘を祈る」
(祈らんでええから、早よ戻してくれ)
景色が病室に戻った。
現実に戻り、尿意が押し寄せてくる。
「和泉さん、どうしました?」
ちょうど来た看護師にしびんを当ててもらった。
「じゃあ、どうぞ」
(今や。出すで!)
意思は、はっきりしている。
出したい。
今、出す。
・・・なのに。
(・・・あれ?)
何も起きない。
力を入れようとしても、どこに入れたらいいのかが分からない。
腹か?
下か?
それとも、ただ待つ?
尿意はある。
でも、出すという命令が、どこにも伝わらない。
3分。
4分。
時間だけが過ぎる。
「・・・一旦、やめましょうか」
しびんが外された。
俺の初めてのしびんチャレンジは失敗に終わった。
一番きつかったのは、
出なかったことではなく、分からなかったこと。
意思はある。
尿意もある。
でも出せなかった。
(これが・・・今の俺なんやな)
嚥下も小便も、
どっちも、頭では分かっているのに、
体が追いつかない。
(・・・しゃあない。
今日あかんでも、明日、もう一回や。)
その頃の花菜
コツコツの積み重ね
もうすぐ脳梗塞になって1ヶ月が経とうとしてるね
毎日出来ること、発見が増えて
楽しいという大輝
当たり前に何も考えずに出来てたことのはずなのに
そういうのにやり甲斐をみつけて楽しめて
向上心があって
ほんとに頼もしいよ
いつも思うけど
面会時間があっとゆーまなの
時間の流れが緩やかだから?
わたしが感じてる以上に大輝は早く感じてる?
だとしたら寂しいね
あとは不便だし孤独だね
でも大丈夫
こころはいつも同じだから
それをどんなときでも忘れないでね
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