見出し画像

公募落選日記 2 風呂敷を大きく広げる

次は、オール讀物新人賞への応募のおはなし。

木下昌輝先生はオール讀物新人賞のご出身。

木下昌輝掌編小説教室に通ってまだ最初の頃だったように思う。
2022年。たぶん。

「歴史・時代小説を書く人に向けてオンライン講座をやる」とのことで、先生は生徒たちに募集をかけた。「小説の冒頭だけ書く」という募集。採用された一作の冒頭を講座で紹介、先生が必要なアドバイス(ダメ出し)をするのに使うとのこと。

面白そうである。勉強にもなるし。周りの生徒さんたち何人かも書くらしいし、私も挑戦してみることにした。
歴史小説を書くのは当然はじめてなんだけど、木下昌輝先生の教室に通うくらいには歴史小説は好きである。(ちなみに掌編小説教室は木下先生が講師ではあるが、歴史小説には限定していない。なので、先生の作品読んだことないって人も普通に通っている)

何を書こうかなって考えて、徳川慶喜を書くことにした。
理由は簡単、当時の大河ドラマが「青天を衝け」だったからだ。
それを差し置いても徳川慶喜には前から興味はあった。幕末にいろいろあって、で、明治になってからもすごく長生きをしていることに興味があった。どんな生活をしていて、どんな気持ちで余生を送っていたんだろう。

っていうか、今回は冒頭だけ書けばいいのだ。思いっきり風呂敷広げたって、畳まなくてもいいやん。よし。

私が書いた冒頭あらすじはこうだ。

明治10年。徳川慶喜の正室、美賀子が、慶喜の馬の番を務める青年を呼び出す。慶喜に気に入られているらしい彼に美賀子はお願いをする。
「夫が、鳥羽伏見の戦いのあの日、どうして大坂城を出たのか、調べてもらいたいの」
青年は戸惑いながらもそれを受ける。

いやあ、今こうやって書いてみても面白そうだ。鳥羽伏見の戦で慶喜にどんな心境の変化が?歴史のおおいなる謎である。冒頭だけだからと調子に乗って大きく風呂敷を広げて、私はオンライン講座を楽しみに待った。

しかし、オンライン講座当日は、他の生徒さんの作品が採用された。
なんだ、ダメ出しすら採用されないとは。書けてなかったんだなあ、と思っていたら、先生がそのあと気軽に言った。
「打ち合わせで編集さんと話していたら、これは面白そうだから普通に最後まで書いたらいいんじゃない、てことになって。だから続きを書いて、オール讀物に応募したらどうかな」

続きを、書く?
いや、あの、先生、その、私、風呂敷をね、広げすぎたんですよ・・・
冒頭だけやったら、そりゃ面白そうになるに決まってますやん・・・

頭を抱えた。
よし、でも書いてみようと思った。別に書けても書けなくても問題ないし。

さて、調べなければならなくなった。

とりあえず司馬遼太郎「最後の将軍」を再読。ここでは明治のころの慶喜にはあまり記述が割かれていない。新書を買って読んだ。タイトルは忘れたが勝海舟と渋沢栄一みたいなやつ、とりあえず明治を知ろうと思った。武士が武士でなくなった時代、みんなどう思って生きていたのか。ここで勝海舟が静岡のお茶生産をはじめて、仕事がなくなった武士が就いていたことを知った。あ、使えると思った。(うろ覚えだから適当に読んでください)

慶喜さんの明治の記述は少なかった。今となっては、文献探しにも知識と経験がいるから、見つけられなかっただけだと思う。ただ、側室が二人いて、明治に入ってから子どもがすごくたくさん生まれていた。正室とのあいだには子はいなかった。Wikipediaを使って子ども年表をエクセルで作って、舞台となっている明治10年当時に何人いたかを数えた。あとは慶喜さんの趣味である油絵と自転車の由来、などをネットで調べた。

材料は揃った(今思うとやばいくらい少ない)。
書きはじめた。そして、なんとか書き終わった。

どーんと広げた風呂敷に入れるはずのネタはでかすぎて、全くたためなかった。なのでほんの小さな何かを一つかみ包んで、小さく小さくたたんだ、そんな作品が出来上がったのだった。要約すると、主人公の美賀子さんが、いいわ、調べたことで気が済んだわ、みたいな話になったのだ。

大阪文学学校の合評では、最初期待したのになあ、みたいな声が大きく、まあそりゃそうやろなと思いながら聞いていた。私だって、自分の想像力に期待して裏切られたのだ。もっと、「おおっ」っていう驚きの結末を書く自分を想像していたんだから。
(当時の私は「ペンギン」の快進撃により、まだ調子に乗っていた)

そして、主人公たちの思考回路が現代っぽい、と言われる。これは、オール讀物新人賞、これまで4回作品を出したけれど、いまだに言われる。できるだけ、当時の人がどう思ってるのか、いつも考えているつもりだけど、全然、その時代に入り込めてないらしい。あー難しいなあ、時代小説。

まあ、そんなわけでせっかく書けたし、経緯が経緯だったので木下先生にも読んでいただいていろいろアドバイスをいただけた。思い入れのあるシーンをごそっといらないと言われたのはそれなりにショックだったけど、削るとすっきりとまとまった。プロ作家さんに読んでもらえてアドバイスいただける環境だった、その点もすごくラッキーだった。

そして、オール讀物新人賞に応募した。

こちらは8月に、中間発表が雑誌に掲載される。発売日当日、ドキドキしながら本屋で雑誌を手に取り、ページを捲る。この中間発表は半ページくらいしか使っていないからなかなか見つけられないのだが、なんとか見つけ出した。

「群青の余生」筒井透子

名前が!あった!でも明朝体だ。何人かの人はゴシック体太字になってる。注意書きを読んだ。
「一次選考通過者を発表します」「うち、二次選考通過者は太字」
ああ、一次落ちだ。

うわーと喜んで一気に落ちたが、いやいやちょっと待って、あのオール讀物に名前載ってるしえらいことやん、と分厚い雑誌を買って帰る。何度もページを見ては「名前載ってるー!」ってなった。すごく、嬉しかった。

はじめての時代小説で、あんた、これは大したもんじゃないの、私ったら、とまた自分を調子に乗せる結果となった。一次とか通過したら、何人分の何人目、ってパーセント計算したりしてしまう(いまだにやる)。その時もやった。10%を切っていた。
このときは、まだビギナーズラックの勢いは続いていたのだった。私はまだ何もわかっちゃいなかった。


余談。でもないですが。
今思えば、面白そうな冒頭だったら、書けるよなあ。と思う。

ぱあっとどこまでも広がっていけそうな冒頭が、書けば書くほど畳まれて、小さく小さくなっていくのだ。もちろんこの作品に限らない。いまだにだ。
書く前はめちゃくちゃ面白くなるはずと思って書いてるのに、あれー?ってなる。それがいまだに悲しい。けれど、冒頭を広げるだけで終わるのは、それはそれで残念で、私はどんなに小さくまとまっても、書き終えてきた。書き終えなきゃ、って感覚でもなくて、普通、小説は書き始めたら終わりまで書くものだ、と思っているからだ。たたみ終わらないと、なんかすっきりしないのだ。

いつか、最初の「面白くなりそう」なところを持ったままで終わりにできたらいいんだけどな。引き続き精進あるのみ。

小さくおりたたまれ、心温まる小品となった(?)「群青の余生」は、BOOTHで購入できます。(ちゃっかり宣伝)。文学フリマにも持って行きます。
試し読みもできるようにしました。どれだけ大きく風呂敷を広げたか、確認してみてください。


この表紙、私のアイコンにもなっていますが、明治時代に自転車に乗った人、を書いていただきました。慶喜さんかもしれないです。
アイコンとして、併走してもらっています。

次回からはビギナーズではなくなり、ビギナーズラックも消えていきます。

オール讀物新人賞への挑戦も次々続きます。乞うご期待。
(一気に書きすぎたので、次はいつになるかわかりません)。

いいなと思ったら応援しよう!