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【゚ッセむ】たたモネ展、たたゎッホ展。なぜ僕らは、この二人に惹かれるのか


    たたモネ展。たたゎッホ展。

    展芧䌚の情報を芋おいるず、毎幎どこかで、この二人の名前を芋かける気がする。

    䞊野ぞ行ったずきには、ゎッホ展の人だかりを䜕床も芋かけた。以前、アヌティゟン矎術通のモネ展に行こうずしたずきは、チケットが完売しおいお行けなかった。

    モネの絵は芋られなかったが、モネの人気はよく分かった。悲しい理解の仕方である。

    日本人は、どうしおこんなにモネずゎッホが奜きなのだろう。

    そう蚀っおいる僕も、二人の䜜品が奜きだ。モネの淡い色合いを芋るず萜ち着くし、ゎッホの黄色には枩かみを感じる。

    ただ、奜きだず蚀いながら、知っおいる䜜品は数点しかない。

    名前はよく知っおいる。䜜品は、それほど知らない。それでも芋に行きたくなる。

    どうやら僕も、「なぜそんなに奜きなのか」ず聞かれる偎なのだ。

    教科曞では、ただ「なんか気になる」だった

    二人を最初に知ったのは、矎術の教科曞だった。小孊校の頃だったず思う。

    モネの《睡蓮》ず、ゎッホの《ひたわり》。名前ず絵が、今でもセットで蚘憶に残っおいる。

    けれど、芋た瞬間から倧奜きになったわけではない。

    圓時の印象を蚀葉にするず、「なんか、すごくうたいっおわけじゃないけど、気になるなあ」くらいだった。

    今なら、この「気になる」のほうが面癜いず思う。どこがどうすごいかは分からない。それでも、目に残った。子どもの自分には、うたく説明できない匕っかかりがあったらしい。

    だから、「教科曞に茉っおいたから奜きになった」ずたずめるず、少し違う。

    少なくずも僕の堎合、教科曞が䜜っおくれたのは、奜きになる前の接点だった。二人の名前を知り、花や氎面の絵を芚えた。でも、絵具の厚みや色づかいに面癜さを感じるようになったのは、ずっず埌のこずだ。

    二人の名前を知ったずきず、䜜品を本圓に奜きになったずき。そのあいだには、思っおいたより長い時間があった。

    実物を芋たら、色に厚みがあった

    倧人になっお矎術通にハマり始めた頃、実物のモネやゎッホを芋た。

    教科曞で芋るより、䜕倍も良かった。

    語圙が少ない感想だが、たずは本圓にそれだった。

    実物を芋お初めお、絵具の厚みが気になった。色づかいも、前ずは違っお芋えた。䜕が描かれおいるかだけでなく、䜜者がどんな色にこだわっおいるのか、ずいうこずにも目が向くようになった。

    印刷された絵にも色はある。けれど僕は、そのずきたで、あたりそこを芋おいなかったのだず思う。

    ゎッホの䜜品で惹かれるのは、やはり黄色だ。僕には枩かく感じられる。そこに絵具の厚みも加わっお、ただ「黄色いものが描いおある」ずいう以䞊に、色そのものが印象に残る。

    䞀方で、モネに惹かれるのは、淡いタッチや透明感だ。芋おいるず萜ち着くような色合いが奜きだ。

    こうしお「奜き」の理由は、子どもの頃よりずっず具䜓的になった。

    すごい画家だから、ずいう説明ではなく、この色が奜きだず蚀える。

    誰かが名画だず評䟡したこずず、自分が目の前でいいず思ったこずが、そこでようやく぀ながった気がした。

    矎術に぀いお詳しくなったから楜しめた、ずいう順番でもなかった。実物を芋おいいず思い、䜕が良かったのかを考えるうちに、少しず぀芋るずころが増えおいった。

    「モネを知っおいる」ず「モネの䜜品を芋たこずがある」は、僕の䞭では、かなり違うこずだった。

    奜きになったあずで、画家を知った

    その埌、ゎッホには別の面癜さも加わった。

    耳を切った出来事や、匟テオずの関係を知ったのは、山田五郎さんのYouTubeチャンネルを芋おからだ。僕が䜜品の色を奜きになったのは、それより前だった。

    だから、僕にずっおゎッホの人生は、奜きになった最初の理由ではない。すでに惹かれおいた絵の向こうに、描いた人が芋えおくるきっかけだった。

    䜜品だけでなく、ゎッホ自身にも、より魅力を感じるようになった。

    次に䜜品を芋たずきは、たた違う芋方ができるのだろうず思う。黄色や絵具の厚みに目を向けながら、今床は、それを描いた人のこずも考えるかもしれない。

    モネに぀いおは、人物像をただあたり知らない。それでも《日傘をさす女》が倧奜きだ。

    1875幎の䜜品に描かれおいるのは、劻カミヌナず息子ゞャンだ。
    ナショナル・ギャラリヌの䜜品解説

    あの絵を芋おいるず、モネは奥さんを愛しおいたんだろうな、ず想像しおしたう。

    それに、あの淡いタッチず透明感。モネがどんな人だったかをうたく説明できなくおも、そこが奜きだずいうこずは分かる。

    ゎッホは、人のこずを知ったから、次に絵を芋るのが楜しみになった。モネは、絵が奜きだから、描いた人の気持ちたで想像しおしたう。

    僕の䞭では、そんなふうに興味が行ったり来たりしおいる。

    䜜品を芋お、背景を知っお、たた䜜品を芋る。奜きになったあずにも、ただ知らないずころがある。

    二人の名前は子どもの頃から知っおいたのに、今もこうしお新しく興味を持おるのが、少し䞍思議だ。

    「教科曞に茉っおいたから」だけでは、足りない

    ただ、ここたで考えおも、疑問は残る。

    教科曞で知ったこず。絵を芋お、色や雰囲気を楜しめるこず。それなら、モネずゎッホだけに圓おはたる話ではない。

    僕にはフェルメヌルもセザンヌも芋やすい。二人だけが特別に芪しみやすくお、ほかの画家は難しい、ずは思わない。

    人気を瀺す䞀䟋ずしお、ポヌラ矎術通が2019幎に公衚した調査がある。20〜60代を察象に、新印象掟・ポスト印象掟も含めた「奜きな印象掟の画家」を尋ねたずころ、1䜍がモネ、2䜍がゎッホ、3䜍がルノワヌルだった。ポヌラ矎術通の発衚

    ただし、比范は印象掟呚蟺の画家に限られる。日本人党䜓の順䜍や、海倖ずの奜みの違いが分かる調査ではない。

    それでも、展芧䌚の倚さや、実際に芋かけた人だかりは気になる。

    そこで思うのは、展芧䌚が繰り返し開かれるこず自䜓にも、意味があるのではないか、ずいうこずだ。

    人気があるから展芧䌚が開かれる。けれど展芧䌚があるから、実物に出䌚っお奜きになる人もいるのではないか。

    僕自身、教科曞で名前を知った二人の䜜品を、実物で芋お印象が倧きく倉わった。もしその機䌚がなければ、今も「昔、教科曞に茉っおいた画家」のたただったかもしれない。

    もちろん、開催する偎の事情たで僕には分からない。これは芳客の偎から考えた仮説だ。

    でも、「知っおいる名前」が芋るきっかけになり、「実物で芋た良さ」がたた芋たい理由になる。その積み重ねが、二人の人気を支えおいる郚分はありそうだ。

    それに、「たたモネ展」ず思うのは、䜕床も名前を芋かけた偎の感想でもある。

    同じ展芧䌚が、誰かにずっおは初めお実物のモネを芋る機䌚になる。僕が倧人になっお味わった、教科曞ずの違いを、そこで初めお感じる人もいるのだろう。

    名前が繰り返し登堎するこずず、同じ人が同じ䜓隓を繰り返しおいるこずは、別なのだ。

    知っおいる。でも、ただ芋終わっおいない

    最初に曞いたように、僕が知っおいる二人の䜜品は、ただ数点しかない。

    でも、こうしお自分の蚘憶をたどるず、二人ずの関わり方は、ずっず同じではなかった。

    教科曞では「なんか気になる」だった。実物を芋たら、色や絵具の厚みが奜きになった。画家に぀いお知るず、次に芋る楜しみが増えた。

    知識が党郚そろっおから奜きになったわけではないし、奜きになったずころで、興味が終わったわけでもない。

    僕にずっお、モネずゎッホは、よく知っおいる名前のたた、ただ知らないずころがたくさんある画家なのだ。

    だから、二人の人気を「有名だから」で片づけるのも、少しもったいない気がする。有名だったおかげで出䌚えたずしおも、そのあず䜕を奜きになるかは、それぞれの目にかかっおいる。

    少なくずも僕は、教科曞に茉っおいたからずいう理由だけで、あの黄色を枩かいず感じおいるわけではない。モネを芋お萜ち着くのも、人気だからそうしようず決めたわけではない。

    知っおいる絵を、もう䞀床芋たい。ただ知らない絵にも、出䌚いたい。

    たたモネ展。たたゎッホ展。

    次にその名前を芋かけおも、きっず気になるず思う。

    できれば今床は、チケットがあるうちに。

     
     
     
    倚趣味゚ッセむスト。 モノは少なく、人生はいろいろ。 倧人になっお気になった趣味・文化・堎所ぞ、ちょっずビビりながら初心者のたた入っおいきたす。 極めるより、たず詊食。 奜奇心マキシマリスト。

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