
香川観光#17 -金刀比羅宮(奥宮)- Z5Ⅱ
■今年の夏は、香川県に旅行に行きました。
四国八十八ヶ所巡礼の香川県の23ヶ寺を中心にして、そこに有名神社や人気観光地を加えた旅行プランです。高松空港は香川県の中央部にありますが、まず香川県西部に移動して、東へ東へと進んでいきます。香川県は西部(善通寺・観音寺)・中部(丸亀・坂出)・高松・東部(さぬき・東かがわ)・小豆島の5地域に区分するようですが、はじめ西部エリアからスタートし、今回から中部に入ります。
<3日目午前中>
16.金刀比羅宮(平地から本宮まで)
17.金刀比羅宮(本宮から奥宮まで) ←今回はこちら
■それでは今回の<金刀比羅宮>を紹介します。
金刀比羅宮(ことひらぐう)は、香川県仲多度郡琴平町にある神社(単立神社)。主祭神は大物主命、相殿神は崇徳上皇。
創建は不詳。大物主命が象頭山に行宮を営んだ跡を祀った琴平神社から始まり、中世以降に本地垂迹説により仏教の金毘羅と習合して金毘羅大権現と称したという説がある。平安末期の1156年に讃岐国に配流された崇徳上皇は当山境内の古籠所に参籠し、1164年に讃岐国で崩御したことから翌年本社相殿に奉斎したとされている。
江戸時代に入ると、高松藩主の生駒氏が崇敬し社領寄進を行ったが、1642年に徳川光圀の兄の徳川頼重が高松藩に入ると当社を篤く崇敬し、社領の加増、社殿の改築のみならず、330石の社領を将軍安堵の朱印地とし、別当職の金光院は将軍への謁見が認められた。
江戸中期には全国の庶民に信仰が広がり、各地で金毘羅講が組織され「金毘羅参り」が盛んに行われるようになり、「伊勢参り」に次ぐ庶民の憧れとなった。1753年には桃園天皇より勅願所となり、「日本一社の綸旨」を下賜されている。
明治に入り神仏混淆であった「象頭山金毘羅大権現」を「琴平山金刀比羅宮」と改称し神道の神社とした。近代社格制度のもと国幣中社に列格した。2019年まで神社本庁の別表神社であったが、現在は神社本庁から離脱し単立神社となっている。
当社は象頭山(標高538m)の中腹にある。麓から参道が始まり階段を登り始め、門前町の商店街を抜けると365段目に神域入口の大門があり、つづけて進んで本宮(標高251m)までは785段、さらに登ったところにある奥宮(標高421m)までは1368段ある。途中に摂末社、国指定重要文化財を含むさまざまな建物、展望台・見晴台などがあり、参拝の皆さんは個々人の体力に応じて思い思いのペースで参拝していた。奥宮までは1368段となかなかハードだが、御褒美の讃岐平野の景色は格別。
■今回携帯するカメラ機材は、2026年お気に入りの標準ズームセットです。
Nikon Z5Ⅱ + Megadap ETZ PRO+ + SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN
セットの重量は1,574gと重めですが、叩き出す写りを期待すれば何の苦もなく1日持ち歩けます。
Z5Ⅱはファインダーが見やすくきれいで、シャッターの音と感触が良く、写りの素直さが魅力です。
SIGMA 24-70 ARTⅠ型はピント面キレキレ、被写体が浮き立つ背面ボケが自分好みです。
■金刀比羅宮は小学生の時から知っていたし、寺社仏閣趣味を始めてからはずっと行きたかった神社になります。なのでしっかり時間を確保し、じっくり写真を撮りながら廻ってみました。
今回は本宮(785段目)から奥宮(1368段目)までの道のりをアップしてみます。本宮までの道のりと違って、次から次へと境内社などが現れることはなく、道や階段は整備されているものの、まるで森林登山をしているような感じです。参拝者の数も、ざっくりしたイメージだと本宮参拝者の10%未満です。気分は「こんぴらふねふね」で頭の中で鼻歌を歌いながら登ります(ただし1番しか知りませんが…汗)。
こんぴらふねふね 追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば四国は讃州(さんしゅう)那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん)金毘羅大権現(こんぴら だいごんげん)
いちど まわれば…
※しかし小学校の授業の刷り込み効果というのはスゴイですね。
50年経っても曲も歌詞も覚えていて歌えるっていうのは、よく考えると強烈です。
ただし歌詞は誤解していたようで、「まわれば四国は~」というので4カ所周遊するのかと思っていたのですが、実は1カ所、<こんぴらさん>だけなんですね…汗
























