テニスウェアが乾くまで ー人間関係の新しい類型
人間関係の新しい類型について、思うことがあります。
人間関係といってもさまざまです。
家族、親子、夫婦、恋人、親友、友人、知り合い。同僚、上司、部下、先輩、後輩、同級生。ビジネスパートナー、顧客、常連客、店員さん。
私たちは、誰かとの関係を表す言葉をたくさん持っている。それなのに最近、ひとつの関係をどう呼べばいいのか、考え込んでしまった。
テニスのダブルスの「ペア」。
同じサークルの仲間ではある。
でも、「サークル仲間」だけでは、試合中に感じるあの気持ちを言い表せない。友人である場合もあれば、まだそれほど親しくない場合もある。親しいかどうかとは別のところで、二人のあいだに関係が生まれる。
この前の試合では、2―5から追い上げて4―6で負けた。最後まで諦めなかったのは、隣にペアがいたからでもある。ペアが粘ってくれれば、私に次の一球が回ってくる。私が返せば、ペアにもまた打つ機会が生まれる。自分の一球が相手の一球につながっている。
試合のあと、私は「ペアのためにも、もっと良いプレーをしたい」と思った。誰かのためにうまくなりたい。そんな練習意欲は、シングルスを中心に考えていた頃には知らなかった。
以前、ドラマ『Tシャツが乾くまで』について、名前のない関係だからこそ話せることがある、と書いた。
家族や恋人や友人という名前がつくと、そこには期待も役割も生まれる。その名前から少し離れた場所だからこそ、言葉にできることがあるのではないか、と。
テニスのペアは、それとは少し違う。「ペア」という名前はある。しかも、コート上での役割もある。それでも、友人や同僚のような普段の関係だけでは説明しきれないところが、どこか似ている。
家族なら、長く生活を共にする。友人なら、話したり遊んだりする時間のなかで親しくなる。ビジネスパートナーなら、約束や仕事を通じて協力する。もちろん、そうした関係にも共通の目標はある。ただ、ダブルスでは、いま目の前の一球について、言葉を交わす間もなく二人の行動が結びつく。
一球を打つ瞬間は、一人だ。ペアが代わりに私のラケットを振ることはできない。けれど、私が打ったボールの行方によって、ペアの次の動きが変わる。自分のプレーに集中することと、相手を思うことが、同じ一球のなかで重なる。
試合が終われば、その結びつきはいったん解ける。次に組む人は違うかもしれない。それでも、あの試合で「もう一本」と思ったことは残る。付き合いの長さだけでは測れない関係が、たしかにあった。
人間関係を、親密かどうかだけで考えていたのかもしれない。どれくらい相手を知っているか。それも大事だ。けれど、誰かと一緒に何をしているかによって生まれる関係もある。
ドラマのなかの、名前のない関係。コートのなかの、ペアという関係。
人と人とのあいだには、私が思っていたよりも、ずっと多くの形がある。
そのことに気づかせてくれたのが、一本のドラマと、ダブルスの一本のラリーだった。
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