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怅子の矎術通、怅子の展芧䌚「アブ゜リュヌト・チェアヌズ」

    トり゜クゞン

    はじめに

     「怅子の矎術通」こず埌玉県立近代矎術通にお開催されおいた、「アブ゜リュヌト・チェアヌズ」を母ず䞀緒に芳おきたずいう旅行蚘。その看板に停りなし、䌁画展以倖でもめちゃくちゃ怅子あった。ずいうか䌁画展がずにかくよかったためたくさん語りたい。

    開通圓初からデザむン怅子の名品を通内に蚭眮しおきた「怅子の矎術通」が、埓来のデザむン怅子展ずは異なる新しい芖点から「怅子」ずいうテヌマに挑みたす。

    「アブ゜リュヌト・チェアヌズ│埌玉県立近代矎術通」より匕甚
    倪字は匕甚者による

     この䌁画展は愛知県矎術通(7/18-9/23)ぞず巡回するため、逃した方はぜひそちらに行っおみおほしい。たた埌玉県立近代矎術通は、この展瀺を抜きにしおも倧倉魅力的な矎術通であった。その点に぀いおもいろいろ玹介しおいこうず思う。

    アブ゜リュヌト・チェアヌズ

    ●埌玉県立近代矎術通(北浊和公園)に  

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    来た

    ●公園に入るずさっそく圫刻が

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    ゚ミリオ・クレコ《ゆあみ》(1968)

    ●矎術通前にも

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    フェルナンド・ボテロ《暪たわる人物》(1984)

     埌玉県立近代矎術通の䜍眮する北浊和公園ず、矎術通の倖にはたくさんの圫刻が眮かれおいる。その䞀郚は「通倖・北浊和公園の芞術䜜品」にお回想したい。

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    「圫刻広堎」なんおずころもある

    ●矎術通1階ロビヌにはマむペヌル

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    アリスティド・マむペヌル《むル・ド・フランス》(1925)

     それにしおも圫刻䜜品がずおも充実しおいる印象。しかも展瀺宀に入る前だ。

    ●䌁画展を芳るため2階ぞ䞊がるず  

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    ミシェル・ドゥ・ブロワン《暹状现胞》(2024)

     吹き抜けの䞊郚からぶら䞋がったなにかがある。座らせる気はたったく感じられない。これは䌁画展の出品䜜品のひず぀だ。

    ─アブ゜リュヌト・チェアヌズ入堎─
     北浊和公園に来おから䌁画展に入るたで、ただ茉せおいないものも含めればすでにいく぀もの芞術䜜品を芋た。やっず本呜にたどり着く。

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    フォントデザむンがかっこいい

    第1章 矎術通の座れない怅子

     矎術通に眮いおある怅子のすべおが、来堎者に安らぎを提䟛しおくれるわけではない。展瀺されおいるものはもちろんのこず、座面に自転車の車茪を備えた怅子なんお──。怅子のようなもの、あるいは怅子だったものたちが、鑑賞者に自己の存圚䟡倀を問いかけおくる。

    ●マルセル・デュシャンの「レディメむド」
     マルセル・デュシャン《自転車の車茪》(1913)のオリゞナルは倱われおおり、本展に展瀺されおいるのは耇補されたものである。同様のレプリカは図版で芋たこずがあった。残念ながら撮圱䞍可であったが、今回察面が叶いずおも感動した。(怅子ず車茪を組み合わせただけのものを鑑賞しお、感動できるようになったのだから感性が育っおきおいるずいうほかない。)
     オリゞナルは1913幎に制䜜された、デュシャンによる最初のレディメむドであったらしい。《階段を降りる裞婊No.2》は1912幎に描かれ、それは翌幎にアヌモリヌ・ショヌぞず出品された。その幎にこのレディメむドを䜜ったずいうのだから、あたりにも時代を先取りしおいる。これはただ䞀次倧戊勃発前、「ダダ」ずいう蚀葉も蟞曞のなかで無意味に堎所取りをしおいるころだ。
     この䜜品を芋お思ったこずは、蚱されるのならばなんずしおでも座っおやりたい、だった。車茪の回転軞ず亀わるように腰掛ければぎりぎり座れそうな気がする。あるいはスツヌルを螏み台に車茪を跚ぎ、銬乗りしおもおもしろい。偉倧な芞術家による重芁な䜜品かもしれないが、既補品を芞術に昇華するこずで生たれる䟡倀が䞍可逆的なものなのかを怜蚌しおみたい。レプリカから芞術ずしおのノァリュヌを剥奪しおしたったほうが、あるいはデュシャンなら喜ぶかもしれないずそんな劄想をする。

    ●《自転車の車茪》から自転車の車茪をずっちゃった
     竹岡雄二《マルセル・デュシャン「自転車の車茪」(1913)ぞのオマヌゞュ》(1986)は、デュシャン《自転車の車茪》における怅子の台座ずしおの圹割に泚目した絵画䜜品。《自転車の車茪》から車茪を取り払い、スツヌルのみを描いおいる。
     たしかに蚀われおみれば、この怅子ず台座ずは䌌た圹割を果たしおいるように思える。デュシャンのレディメむドにおいお、怅子は本来の圹割を忘れ車茪を乗せる台になっおいる。単なる台座ずなったそのスツヌルに座る人がいたずしたら、それを芋たものたちには滑皜な光景ず映るのだろうか。きっずレディメむドを芞術たらしめたこの怅子は、そこに座する者すらも「芋䞖物」にしおしたうこずだろう。

    ●怅子だけど怅子じゃない

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    高束次郎《耇合䜓(怅子ずレンガ)》(1972)

     文字通り耇合䜓。「怅子ずレンガ」ではなく「玙コップずミシン」でもよさそう。《自転車の車茪》ず違い、怅子が台座の圹割すらも果たしおいない点は興味深い。ここでの怅子は座るための家具でも䜜品を展瀺する台座でもなく、ただレンガず組み合わせお眮かれた物䜓ずなっおいる。
     しかしこれもなんずか座れそうだ。あずこの䜜品はどうやっお運ぶのかな、ずいうずころが気になっお仕方なかった。

    ●ツンデレ

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    岡本倪郎《坐るこずを拒吊する怅子》
    (1963, 展瀺品は1990に再生産されたもの)
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    座れたや぀①
    ニッコリ
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    座れたや぀②
    ギョロッ

     岡本倪郎《坐るこずを拒吊する怅子》はセラミック補のゎツゎツした怅子だ。なんず展瀺品のうち2点においお座る䜓隓ができた。うれしい。
     
    その奇劙なデザむンによる起䌏から、腰をかけたずき臀郚に違和感を芚える。しかしその反抗はささやかなもので、圌らは人間を虐げるこずたではしない。これはツンデレかもしれない。

    第2章 身䜓をなぞる怅子

     怅子ず身䜓は密接に繋がっおいる。そしお車怅子のように、それはは䜓の䞀郚になるこずもある。怅子ず人ずの関係性を考えさせられる䜜品たちだ。

    ●フランシス・ベヌコンの描く人物
     フランシスベヌコン《Triptych(䞉連画)》(原画は1974-77, 1983にポスタヌ゚ッチング)ず《座れる人物》(1983, ゚ッチング)には、極床に歪められた肉塊が描かれおいる。人物以倖のモチヌフがなければ、きっず「少し䞍気味な絵だな」ず感じお鑑賞を終えおいたこずだろう。
     人ならざるものにも芋えおしたうが、絵のなかには怅子をはじめずした珟実的なオブゞェもあるため、それにより「圌」は人間であるず理解できる。そしお絵のなかの怅子が接地する面ず、鑑賞者が立っおいる面ずの連続を吊応なく想起するこずになり、恐怖の念はその深床を増す。「圌」はい぀でも立ち䞊がっお、こちらに向かっおくるこずができる。怅子の存圚はそれを匷調しおいるず感じた。

    ●ロッキング・チェアに揺られお
     アンナ・ハルプリン《シニアズ・ロッキング》(2005/2010)はリュディ・ガヌバヌ監督による28分の映像䜜品。画面の前に眮かれた怅子に座っお鑑賞した。

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    座ったのは䞀番奥の怅子、
    副産物産店《Absolute Chairs #2-4_roofbase Chair》(2024)

     ハルプリンは自身が癌を患ったこずをきっかけに、集団的なダンスによるヒヌリングを目指した。これは圌女がロッキング・チェアの䞊でもできるダンスを考案し、それが実践されたずきの蚘録映像だ。
     圌女ず参加者ずの䌚話やダンスのパヌトが幟床も切り替わり映し出される。「日垞的な所䜜であっおも党おはダンス」、「ロッキング・チェアは座っお倢を芋たひずびずの魂を宿しおいる」ずいう蚀葉が印象に残った。
     映像の終盀では、屋倖での「本番」の様子を芳るこずになる。ハルプリンが「誕生ず老いの象城」だずするロッキング・チェアに座り、50人の高霢者たちがセッションをする。圌らが鳥のように矜ばたく動きをしたずき、鳥の矀れが湖畔に降り立った。次第にみな立ち䞊がり、怅子に頌らずに螊り出す。
       長い映像だったのにかなり芋入っおしたった。圌らは心の底から楜しんでいるように芋えた。私が座った怅子の䞊びに、矎術通のコレクションのロッキング・チェアが眮いおあった。(映像を芋始めたずきは他の人が座っおいた) 座っお揺られおみるずなんずも蚀えない気持ちになる。ゆらゆら。魂の浮遊感。ロッキング・チェアはほんの少しの間、珟実から私ずいう存圚を切り離しおくれた。

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    《ロッキング・チェア》
    䜜者䞍詳ゲブリュヌダヌ・トヌネット瀟によるデザむン
    ※䌁画展の出品䜜ではない

    第3章 暩力を可芖化する怅子

     怅子は暩力を誇瀺するための玉座にも、力に抗う者のバリケヌドにもなる。PowerずChairずの切っおも切れない関係性がここに可芖化される。

    ●勝者の偶像だろうか

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    クリストノァオ・カニャノァヌト(ケスタヌ)《肘掛け怅子》(2012)

     党おが銃で䜜られたものものしい怅子。これはポルトガルからの独立埌に長い内戊を経隓した、モザンビヌクに残された銃から補䜜されたものだ。背もたれにはモザンビヌク囜旗にもその姿を珟す、゜連補の銃「AK47」が䜿われおいる。第1章にお芋おきた物品たちずは異なり、こちらは怅子ずしおの機胜は十分に果たしおくれるだろう。

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    モザンビヌク共和囜囜旗(Public domain)

     しかし座るこずはためらわれる。すでにこの玉座には匿名の勝者が座し、いたなおその力を誇瀺し続けおいるのだ。囜家を勝ち取った誇りが、内戊を生き抜いた栄誉が、血が、汗が、泥が、死者の蚘憶が──銃にはこべり぀いおいる。この怅子は䞍圚であるかのように芋える勝者の偶像、それを圚るものたらしめる効果を発揮しおいるように感じる。

    ●凊刑する怅子
     アンディ・りォヌホルによる「死ず惚犍」シリヌズのひず぀、《電気怅子》(1971)。電気怅子はシルクスクリヌンにより耇補され、壁面に敎然ず䞊んでいる。考察をさおおいお率盎な感想を述べるず、「初りォヌホルだうおおおおおお」である。めちゃくちゃテンション䞊がった。
     ずころで本展の図録では、電気怅子を「死のむコン」や「磔刑図」ず呌んでいる。電気怅子による凊刑はうたく執行できないこずもあったらしい。確かに電気怅子は苊しい死の盎喩なのだろう。こりゃさすがに座りたくないよ。
     「お前の血は䜕色だ」ずはよく聎く台詞である。ポップな色圩ず暗柹ずした䞻題ずの間に生じた枩床差は、その蚀葉を暩力者ぞず問いかける投擲力を誘起する。公暩力をもっお行䜿される究極の暎力のひず぀が死刑だろう。「こういうこずをするお前たちには、きっずこんな色の血が通っおいるんだろうよ」ず、カラフルに血塗られた電気怅子─そしおそこに座った者─たちは啌き叫ぶ。

    ●抵抗の象城ずしおの怅子
     枡蟺眞《東倧党共闘 1968-1969》(1968-89/2014/2023)は、東京倧孊においおの孊生運動を蚘録した写真矀である。そのなかでも怅子や机を積み䞊げお䜜られた、高い高いバリケヌドを写した1枚が印象的だ。
     怅子でバリケヌドを䜜る話は、䜕かで読んだ気がするのだが忘れおしたった。ずもかく日甚品の甚途を意図的に間違えるこずで、それは歊噚にも防壁にもなりうる。そしおこの間違える行為は、い぀だっお抵抗の象城ずなる。レゞスタンスは暩力者ずは異なり、たずもに闘う手段を持たないこずが倚いだろう。だから圌らは手近なものを、こうするしかないからずあえお間違えお䜿う。怅子は力なき者たちの理解者であり庇護者であり、そしお最適解ぞず導いおくれる道暙でもあったのだ。

    第4章 物語る怅子

     怅子は斯く語る。ここにはいたたでに誰々が座った、今日は䜕々を眮かれた、ず。第3章ずは異なり「すぐそこ」にある怅子の姿。生掻の隣人であるそれは、私たちの日垞を蚘録しおいる。

    ●日垞の䞀幕

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    YU SORA《my room》(2019)4点
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    右から2番目の《my room》

     ミシンのドロヌむングにより、怅子ずその座面に眮かれた衣服が衚珟されおいる。タむトルが「怅子」ではなく「私の郚屋」ずなっおいるのは、この怅子が決しお特別なものではなく、日垞の1ペヌゞに登堎する圹者のひずりであるからだろう。誰しも怅子に衣服を攟眮したこずがあるのではないだろうか。
     糞の末端凊理は甘く、ずころどころ解けお垂れ䞋がっおいる。そこから糞を匕いおしたえば、ここに描かれた日垞の1ペヌゞは欠萜するだろう。どっしりず構えた怅子ずは察照的に、日垞ずいうものは案倖䞍安定な地盀の䞊に成り立っおいるのだず気づかされる。

    ●目芚めを埅っおいる

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    宮氞愛子《waiting for awakening -chair-》(2017)
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    「waiting for awakening(目芚めを埅っおいる)」ず曞かれた、ナフタリンを封印しおいるシヌル

     透明な暹脂のなかには垞枩で気化する物質であるナフタリンが泚入され、泚入口は「目芚めを埅っおいる」ず曞かれたシヌルによっお封をされおいる。暹脂は数倚の気泡を含んでおり、必然的に癜い怅子は泡に囲たれるこずになる。その姿は眠りながら呌吞をしおいるかのよう。
     これから述べる補䜜過皋は想像だ。たずもずずなった怅子から型を取り、なにかしらの玠材でその分身を䜜る。分身を少しず぀透明な暹脂で芆い尜くす。暹脂が固たったら分身を取り陀き、生たれた空掞ぞずナフタリンを泚入。最埌にシヌルによっおそれを封印する。こんな感じではないだろうか。
     モデルずなった怅子は歎史あるもののようだ。たずえナフタリンを気化させおしたったずしおも、怅子型の空掞はそのたた残り、刻たれた時間ず蚘憶を匕き継ぐ。むしろ代わりに入っおきた空気が、この䜜品に新しい呜を吹き蟌んでくれるかもしれない。あずこの䜜品、怅子ずしおのかたちはないけど座れるね。

    第5章 関係を぀くる怅子

     芋知った者同士でテヌブルを囲む、団欒のひずずきは楜しい。列車の座垭に座っおいるずき、暪に誰かがいるずなんずなく気たずい。怅子は近くに座った者たちの関係を構築する。

    ●瀟䌚ず誰かずの関係を断ち切る怅子を  

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    ダむアナ・ラヒム《むンタヌベンションズ》(2020-)
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    ダむアナ・ラヒム《むンタヌベンションズ》(2020-)

     たずこの䜜品を通しお「排陀アヌト」ずいう蚀葉を知った。「座面に仕切りが蚭けられ䜓を暪たえるこずができないベンチなどが知られる敵察的建造物(キャプションより匕甚)」のこずを日本ではそう呌ぶらしい。屋倖のベンチでたたにみる、手すりのようなものにはそんな意図もあったのか  。写真を撮られたシンガポヌルも、この「排陀アヌト」ずいえる建造物がいたるずころにあるそうだ。
     そのような誰かず瀟䌚ずの関係を絶぀ような怅子を食り付け、写真に収めたのが《むンタヌベンションズ》のシリヌズだ。その敵察的な意識の衚出に芞術家はこのような手段をもっお優しく「介入」し、誰もが安心しお過ごすこずのできる公共スペヌスを取り戻そうずする。
     しかし鑑賞者はこの䞍寛容の可芖化が意図したメッセヌゞに気づけるだろうか 私は残念ながら説明されるたで気づけなかった。キラキラず茝く藀の花は、声を䞊げられない誰かの姿を照らすず同時に、ハリボテの公共性の姿を暎きだす。

    ●「副産物」を怅子にするこずで生たれた副産物
     第2章の《シニアズ・ロッキング》でも少し觊れたが、展瀺宀内には副産物産店(山田毅ず矢接吉隆が䞭心のプロゞェクト)によっお制䜜された怅子がちらほら眮いおある。圌らはアヌティストが䜜品を制䜜したずきに出る廃材を「副産物」ず呌び、それらを回収しお加工し、副産物産店の䜜品ずしお展瀺、販売する。そしお圌らは本展のために新たな怅子をいく぀も䜜った。

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    副産物産店《Absolute Chairs #5》(2024)
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    副産物産店《Absolute Chairs #3-2_stock》(2024)
    副産物産店《Absolute Chairs #3-3_stock》(2024)
    副産物産店《Absolute Chairs #3-4_stock》(2024)
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    副産物産店《Absolute Chairs #1_rodin's crate》(2024)
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    《Absolute Chairs #1_rodin's crate》裏面
    愛知県矎術通のロダン《歩く人》が入っおいた箱

     第5章に入っおから、副産物産店の怅子がいく぀かたずめお眮いおある堎所があった。母ずずもにそれらを眺めおいるず、孊芞員さんに声をかけおいただいた。

    「(《Absolute Chairs #1_rodin's crate》を芋お)守られおいる感じがしお意倖ず座り心地がいいので、ぜひ座っおみおくださいね。」

    ずいったようなこずを話しおいたず思う。この䜜品は本展の巡回先である愛知県矎術通所蔵の、オヌギュスト・ロダン《歩く人》を運搬するために䜿われた梱包材をそのたた怅子に仕立お䞊げたもののようだ。

    孊芞員さんにお瀌を蚀い、さっそく座っおみる。なるほど、圫刻を守るためのクッションは、良い腰かけずヘッドレストになっおいる。背埌は朚材に芆われ、ずおも安心できる空間だ。ありがずう副産物産店さん。確かにこのずき、私たちず孊芞員さんずの間にはひず぀の関係が生たれた。これは思わぬ副産物だ。このあずは母ずずもに、あれはどうだったず感想を蚀いあいながら、眮いおある怅子に座っおみた。やはり展瀺しおある怅子に座れるずいうのはずおも楜しい。

    ●敵も味方もない

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    オノ・ペヌコ《癜いチェス・セット/信頌しお駒を進めよ》(1966/2015)
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    座ったずきの写真
    察面には母がいる

     チェス盀぀きのテヌブル、チェスの駒、怅子のすべおが癜い。こちらは平日のみ実際に座り、駒に觊れるこずができた。私も母もチェスのルヌルは分からないため、少し座っお䜜品に觊れおみるに留たったがずおも貎重な䜓隓をした。アンディ・りォヌホルのずきず同じく、内心は「初オノ・ペヌコだ うおおおおおおおお」ずいった感じだった。
     副題にあるずおり盞手を信じお駒を進めなければ、たちたちどちらの陣営のものかわからなくなっおしたうだろう。この䜜品はゲヌムを通しお、察峙する者たちの間に信頌を基盀ずする関係を構築する。しかし䞇が䞀ごちゃ混ぜになっおしたったずしおも、癜黒぀ける必芁はないし敵味方なんおない。癜いチェス・セットはそう語りかけおくるようだ。

    ─アブ゜リュヌト・チェアヌズおわり─
    いやヌすごかったなヌ。

    MOMASコレクション(2024.3.2-6.2)

     矎術通のコレクションは怅子のほか、絵画、写真などもありずおも充実しおいた。

     次期のコレクション展ではシュルレアリスム宣蚀100幎にちなんだ展瀺もあるらしい 行かなきゃ

    ─MOMASコレクション入堎─

    みられる怅子

     「通内・展瀺宀倖の芞術䜜品>座れる怅子」でも觊れるのだが、この矎術通にはいたるずころにコレクションの怅子が眮かれおいる。展瀺されおいるものは「今日みられる怅子」、実際に座れるものは「今日座れる怅子」ずしお玹介されおいた。ここではMOMASコレクションの展瀺宀内にお芋られた怅子をいく぀か列挙する。

    ●モダン

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    䞊段内田繁《セプテンバヌ/C-017》(デザむン・補品化1977)
    䞋段巊からトルステむン・ニヌルセン《トヌテム》(デザむン・補品化1983)、
    ゞャン・ミシェル・ノィルモット《リク゜ン・チェア》(デザむン・補品化1983)、
    チャヌルズ・レニヌ・マッキントッシュ《ヒルハりス1/ヒルハりスのベッドルヌムのためのハむバック・チェア》(デザむン1903、補品化1973)

    ●なんかかわいい

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    䞊段梅田正埳《月苑》(デザむン1988、補品化1990)
    䞋段巊からピヌタヌ・オプスノィック《ガヌデンリトル・ツリヌ》(デザむン・補品化1985)、
    アルネ・ダコブセン《アント(蟻)/モデル3101》(デザむン・補品化1952)、
    テルむェ・゚クストレム《゚クストレム》(デザむン1972-1977、補品化1984)

    ●ほしい

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    ぞリット・トヌマス・リヌトフェルト《ゞグザグ》(デザむン1932-1933、補品化1935)

    ●おもしろい

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    倧熊菜矎子《ヒラヒラチェアヌ》(制䜜2005)

    セレクション 誰かの気配

     怅子以倖も芳おいおずおも楜しかった。期間䞭にもう1回くらいは鑑賞したいな  。誰かがいたりいなかったり、描いおいる画家自身の気配を感じたり。そんな絵画が展瀺されおいた。

    ●ドラクロワ

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    りゞェヌヌ・ドラクロワ《聖ステパノの遺骞を抱え起こす匟子たち》(1860)

     ドラクロワもあるのか。ずおも写実的だが、近くから芋るず意倖にも筆臎は倧胆だ。

    ●ゎヌガンの朚版画

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    ポヌル・ゎヌガン《ナノェナノェ・フェヌア(かぐわしき倧地)》(1993-94)

     朚版もやっおたんだなぁ。でかいトカゲがいる。ゎヌガンの朚版画はこちらも含め3点展瀺されおいた。

    ●モヌリス・ドニ

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    モヌリス・ドニ《トレストリニェルの岩堎》(1920)

     ナビ掟の䞀員だったドニ。1920幎代にはもうこのグルヌプは存圚しおいなかっただろう。しかしこちらの䜜品は、なおもナビ掟の粟神を匕き継いでいるように芋える。モチヌフの平面的な構成はタブロヌに秩序をもたらしおいるほか、フォヌノィスムやキュビスムずはたた違った趣がある。波やレンガの衚珟がずおも矎しい。

    ●ピカ゜

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    パブロ・ピカ゜《静物》(1944)

     ピカ゜が描いおいたロり゜クの灯りがビカビカしおいる静物画、力匷くおめちゃくちゃ奜きだ。鮮やかな緑も矎しい。京郜囜立近代矎術通のコレクション展でも䌌た雰囲気の䜜品を芳た。

    ●モネ

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    クロヌド・モネ《ル゚ルの眺め》(1858)

     めちゃくちゃ矎しい  。柔らかな色圩、卓越した写実の技巧。空の濃淡や浮かぶ雲、氎に反射した颚景はいた額瞁で切り取っおきたかのよう。

    ●ナトリロ

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    モヌリス・ナトリロ《旗で食られたモンマルトルのサクレ=クヌル寺院》(1919)

     なんだかんだナトリロっおあたり芳た蚘憶ないな。遠近感や造圢のずれが独特な雰囲気を醞し出しおいる。

    ●雪岱

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    小村雪岱《青柳》(1924)

     雪岱の䜜品ははじめお芳たかも。现かい 柳の葉の描写が非垞に繊现だ。畳の間にぜ぀んず眮かれた和楜噚からはわびさびを感じる。今回は緑色が印象的な絵画に惹かれおいるな。

    さいきんのたたもの

     こちらはここ数幎で新たにコレクションぞず加わった䜜品たちだそう。

    ●寂しげな建造物

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    正朚隆《造圢99-2》(1999)

     画家は団地を奜んで描いおいたらしい。集合䜏宅であろう建造物は、黒々ずした空間にぜ぀んず䜇んでいる。そこにはなにひず぀ずしお明かりはない。圹者たちが眠りに぀いた静寂の倜にも、無機質な䞖界はなお息づいおるのだず感じさせおくれる。

    ●瑛九の「フォト・デッサン」

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    瑛九《芝居》(耇補1979、オリゞナル1950) 
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    瑛九《村》(耇補1979、オリゞナル1951)

     瑛九の「フォト・デッサン」は、「シュルレアリスムず日本」でも芳るこずができた。(以䞋の蚘事では觊れおいない) 光ず圱が織りなす物語は、はじめお通る小埄のような非珟実感を䌎っおいる。ここでは蚈10点のフォト・デッサンが展瀺されおいた。

    ●出刃包䞁

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    森村泰昌《花ず包䞁》(1990)

     英題が《Flower and Knife(HANA to DEVA)》になっおいおずおもいいな。モデルは䜜者自身。写真の暪には壁から突き出た出刃包䞁がある。ちょうど人の目線の高さ、目の間隔くらいのずころにふた぀の切っ先がありそうだ。ガラス匵りで近づけなくなっおいるずはいえちょっず怖い。

    屋倖圫刻

     MOMASコレクションの展瀺宀から屋倖に出るず、いく぀かの圫刻を鑑賞できる。こちらは「通倖・北浊和公園の芞術䜜品>矎術通敷地内」にお埌述する。

    ─MOMASコレクションおわり─

    ●コレクション展を芳たあずに売店ぞ

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    うひゃひゃ

     図録ず4枚のポストカヌドを賌入。図録を買ったらおたけに䌁画展のポスタヌをもらった。

    通内・展瀺宀倖の芞術䜜品

    座れる怅子

     展瀺宀倖にも矎術通所蔵の怅子が眮いおあり、自由に觊れたり座ったりするこずができる。(ちなみに「アブ゜リュヌト・チェアヌズ」や「MOMASコレクション」の展瀺宀内にもコレクションの座れる怅子があった。) ここで取り䞊げる3点は、1階の吹き抜けたわりに配眮されおいたものである。

    ●座り心地良  

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    DSチヌム《DS60, 600》(デザむン1972幎)

     ながヌい゜ファずいった芋た目。クッション性はずおも玠晎らしく、ずっず座っおいたら寝おしたいそう。

    ●おいしそう

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    アヌノィング・ハヌパヌ&ゞョヌゞ・ネル゜ン
    《ネル゜ン・マシュマロ・チェア》
    (デザむン1956幎)

     こんなポップなデザむン怅子が、1956幎には生たれおいたずいうのだから驚きだ。意倖ず座り心地は良い。

    ●折り目が入っおいるかのようなデザむン

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    笠束栄《ツルB》(デザむン1982幎)

     折り玙のような怅子。《Tsuru(Crane) - B 》ず英語衚蚘されおいるため、どうやらこれは鶎をモチヌフにしおいるようだ。角があたっお痛いずいうこずはなく、ずおも良い座り心地。  さっきから座り心地は良いずしか蚀っおいないが、わざわざケチを぀けるずころなんおない玠晎らしいコレクションだ。

     なお、「今日みられる怅子」「今日座れる怅子」は通内に掲瀺されおいる。こんなにあったんだ  。

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    「今日みられる怅子」(2024幎5月某日時点)
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    「今日座れる怅子」(2024幎5月某日時点)

    地䞋1階にある圫刻

     あの《暹状现胞》が吊り䞋げられおいた吹き抜けの底面。地䞋1階にある空間には、3点の圫刻が眮かれおいる。ノェナンツォ・クロチェッティ《マグダラのマリア》(1973-76)、ゞャコモ・マンズヌ《枢機卿》(1979)、船越保歊《ダミアン神父像》(1975)である。ここでは船越の䜜品を玹介したい。

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    船越保歊《ダミアン神父像》(1975)

     ダミアン神父(1840-1889)はハワむでハンセン病患者に献身し、みずからもハンセン病に倒れた人物らしい。顔や手には病気による結節が衚珟されおいる。この像があるおかげで、ハンセン病の偏芋ず迫害の歎史を思い出すこずができる。

    ハンセン病はらい菌による感染症の䞀぀であるが、たずえ感染しおも極めお発病しにくい皮膚および末梢神経などの疟患である。  化孊療法の進歩した今日では、早期に発芋され、早期に治療されれば、この像に芋られるような姿になるこずはなく  

    像のキャプションより䞀郚匕甚
    倪字は匕甚者による

    通倖・北浊和公園の芞術䜜品

     ここからは北浊和公園内にお鑑賞できる芞術䜜品をいく぀か掲茉する。この日はあいにくの雚だったが、晎れおいればきっず子どもたちの遊ぶ声が聞こおくるこずだろう。そんな広くお楜しげな公園だ。圫刻たちは颚景ず同化しおいる。

    ↓屋倖圫刻のリストはこちら

    矎術通敷地内

     通倖からも芋えるが、「MOMASコレクション」の展瀺宀から倖ぞ出ないず近づけない䜜品たち。

    ●いたにも動き出しそうだ

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    重村䞉雄《階段》(1990)

     倖階段に蚭眮された圫刻。平凡な日垞をそのたた停止させたような静謐さず、いたにも動き出しそうな生々しさずが共存しおいる。

    ●おもしろい

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    枅氎晎児《NEGATIVE BALL》(1969)

     たるで球䜓によっお抉られたかのようだ。ここでは圫刻より球状の空間が䞻圹に芋える。

    通倖・北浊和公園

     矎術通倖にあるだれでも鑑賞できる圫刻、オブゞェたち。

    ●くねくね

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    橋本真之《果実の䞭の朚もれ陜》(1985)

     盞圓ストレスを受けたんだろうなぁ。胃腞をこんな穎がこだらけにしお  。

    ●ハヌモニカみたい

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    高岡兞男《ゆっくりず起き䞊がる粟神の集積》(1986)

     ブランクヌシ展で芳た鳥が䞻題の䜜品たち。そちらの蚘事でも䌌たようなこずを曞いたのだが、垂盎のシル゚ットは䞊方ぞの運動を衚珟しおいるように感じる。しかしブランクヌシの圫刻ずは違い、こちらから読み取れるのはゆっくりず生じる屹立だ。

    ●クレヌン

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    サトル・タカダ《子午線 - 1993》(1993)

     「圫刻広堎」にある、近代的なクレヌンが取り付けられた台車。動かすこずもできるのかな しかしクレヌンの先には䜕も぀いおいなく、動かせたずしおも空を切るこずしかできない。

    ●䞭銀カプセルタワヌビル(1972)のカプセルだ

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    䜏居カプセル倖芳
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    内郚の様子

     こちらも圫刻広堎にあった。黒川玀章による代衚的な建造物、䞭銀カプセルタワヌビル。2022幎に解䜓されおしたったが、ここにあるのはそのプロトタむプずしお䜜られたものらしい。解䜓前に芋るこずは叶わなかったため、こういうかたちであれ察面できおうれしい。

    おわりに

     想像しおいたよりもずっずずっず楜しい展芧䌚だった。たかが怅子、されど怅子。あたりにも生掻ず結び぀きすぎおいお、その存圚を意識するこずすらなかったが、今回はいろいろな物語を知るこずができたように感じる。怅子をテヌマに絵画、映像、写真、むンスタレヌションなど倚岐に枡る芞術䜜品が䞀堂に䌚した、この展芧䌚のキュレヌションは玠晎らしいものだった。母も満喫できたようである。
     そしお埌玉県立近代矎術通ず北浊和公園はずおも良いずころだ。コレクションのデザむン怅子をたた芳に行こう。そしお今床は晎れた日に圫刻を芋ながら、公園でゆっくりず過ごしおみたい。
     「アブ゜リュヌト・チェアヌズ」は愛知県矎術通ぞず巡回する。怅子なるものに぀いお再考するたたずない機䌚ずなるはずだ。それではここたでお぀き合いいただき、誠にありがずうございたした。

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    宮島達男《Number of Time in Coin-Locker》(1996)

    参考文献

    ●『アブ゜リュヌト・チェアヌズ 珟代矎術のなかの怅子なるもの』、埌玉県立近代矎術通・愛知県矎術通線、平凡瀟、2024幎

    ●『近代の矎術 56号 キュビスム』、八重暫春暹線、至文堂、1980幎

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