
「もう驚きにくい」は、社長にとって良い知らせです。──4社が3日で最上位モデルを出した9月、AIを「衣替え」で読む会社の話
先々週、9月1日から3日にかけて、主要4社が最上位モデルの更新を出しました。以前なら1社の発表で社内がざわついたのに、今回は「もう驚きにくい」という声のほうが目立ちました。感度が鈍ったのではなく、発表が「季節」になったのだと私は思っています。季節になったのなら、会社の側も季節で動けます。年に2回だけたんすを開けて、衣替えをする。その日を先に決めてしまう話をします。

3日で4本、驚けなくなったのは自然です
9月1日から3日にかけて、Anthropic・Google・Meta・OpenAI の最上位モデルの更新が重なりました。各社の公式サイトに載った日付で並べると3日間に収まります(日本時間とは日付がずれる場合があります)。週報や報道では「もう驚きにくい」という声も出ていました。
9月1日、Anthropic が Claude Fable 5.1 と Mythos 5.1 を公式発表しています。コーディング・知識業務・長時間の問題解決を強化したとされ、両者は同じ基盤モデルで、安全措置と提供範囲が違います。通常の企業利用で検討の対象になるのは一般提供の Fable で、Mythos は専門用途のアクセス制度を通じた提供です。費用はキャッシュ読み出し料金の引き下げが案内されていて、典型的な処理で約25%、エージェント処理で最大約45%の低減見込みとされています。全部の処理が一律45%安くなるという読み方はできません。
9月2日、Google が Gemini 3.8 Flash を公式発表。長い開発作業・エージェント業務・多段階推論を強化し、専門用途の Flash Cyber も同時に出ています。強みは価格で、100万トークン当たり入力0.75ドル・出力3.75ドル。ただしこれは2026年12月31日までの導入価格で、2027年1月1日から入力1.50ドル・出力7.50ドルになると公式発表に書かれています。複雑な仕事では推論やツール利用が増え、消費トークンが増える場合もあります。
同じ9月2日、Meta が Muse Spark 1.3 を公式発表。長時間の作業・複雑な指示の保持・複数案件の管理・コーディングを改善したとされ、Muse Code と Meta Model API で提供されます。ウェイト公開は今後の計画とされています。
9月3日、OpenAI が GPT-6 Astra を公式発表。PC操作・ブラウザー操作・開発・資料作成など、複数のソフトを横断する仕事を強化したとされます。成果はモデルの推論能力に加えて、利用するアプリ・ツール・権限設定にも左右されます。標準API料金は100万トークン当たり入力10ドル・出力50ドル。一部の評価では出力トークンが減り、仕事単位の推定費用が下がったと OpenAI は説明しています。
列はその後も続きました。9月8日には Meta が個人向けの AI エージェント Muse を公式発表(メール・予約・購入などを進めるもので、モデル名ではなくサービス名です。米国から展開しており、日本ですぐ使える前提では扱えません)。Qwen3.8 はモデル群で、27B や大規模モデルなどが公開されています。ただし、少なくとも8月更新のモデルも含まれます。全部が9月初旬の新規発表だという読み方はできません。需要の側も動いていて、9月10日には担当者の発言を引用した報道で、Astra への需要による計算資源の負荷を理由に「月額200ドルの Pro プランの新規申込を一時停止」と説明されました(ChatGPT 全体の停止でも既存 Pro の停止でもなく、新規申込だけの一時停止で、再開時期は未確認です)。同じ9月10日、DeepSeek は V4.1 Flash を公式発表しました。公式告知では9月14日12時(北京時間)以降、旧 deepseek-v4-pro へのリクエストも V4.1 Flash へ切り替えるとしています。名前をそのまま指定していても、処理の実体が替わることがあるわけです。
ここまで並べて、私が経営者の相談相手として気になるのは、中身よりも間隔です。1年に1回なら事件ですが、3日で4本なら、それは事件ではなく季節の変わり目の景色です。

「追いかけるのはやめます」と社長が言った火曜の朝
ここから先は、私が支援してきた複数の会社の事例を1社のモデルケースとして再構成したものです。社名も人物も特定できないように変えてあり、数字はあくまで一例として読んでください。
W社は機械工具・産業資材の商社で、従業員は39名。営業部の外勤が8名、業務部で受発注と見積を6名が担当しています。AIの使い方は、社長と営業2名が個人契約の対話型AIを使い、業務部が見積書の下書きに1つ使っている。それが現状でした。
9月15日(火)の午前、定例の顧問ミーティングで、W社長(50代)が開口一番こう言いました。
「先々週、3日で4社が出したでしょう。正直、もう驚かなくなりました。追いかけるのはやめます」
私はこう返しました。
「やめ方が2つあります。見なくなるのと、季節にするのと」
W社長は少し黙ってから、「その2つは何が違うんですか」と聞きました。
見なくなるやり方は、発表そのものを視界から外します。そのうち、社内の誰かが「これ使えるらしいですよ」と言い出したときに、判断する材料が社長の手元にありません。止めるか、任せるかの二択になります。季節にするやり方は、見る日を決めます。年に2回だけ、まとめて見る。それ以外の日に来たものは、箱に入れて閉じておく。
「見ない」と「見る日を決める」は、外から見ると同じ顔をしています。中身は逆です。
そこで私は白板に線を引いて、「いま会社で着ている服を、全部書き出しましょう」と言いました。
書き出してみると、社長が1つ、営業2名がそれぞれ1つずつ、業務部が1つ。合計で5つのAIが会社の仕事に使われていました。社長がその場で言えた数と、白板に並んだ数は違っていました。
私が聞いたのは、サービス名・使っている人・月額・最後に見直した日の4つだけです。名前と人はすぐ出ました。月額は、個人契約のものが「たしか、いくらだったか」で止まりました。そして最後に見直した日で、白板の前が静かになりました。5つのうち2つは、いつ設定や契約を見たのか、その場の誰も答えられませんでした。
「これ、私が把握していないところで増えてるわけですね」
増えていること自体は悪い話ではなく、現場が動いた結果です。困るのは、着ている服の枚数を社長が言えない状態のまま、外から新しい服の案内だけが毎週入ってくることです。たんすの中身を知らない人のところに、新作の知らせだけが届き続ける。これでは、驚くか、無視するかしか残りません。
毎週たんすを開ける会社は、開けるたびに新作を1枚買い足します。買い足した服は着られないまま溜まり、たんすは年々重くなります。年に2回しか開けない会社は、開けた日に1枚出して1枚入れます。たんすの重さは変わりません。同じ「新しいものを取り入れる会社」でも、1年後の中身はまるで違ってきます。
「値段にも衣替えの日があるんですね」
白板の5行を眺めながら、私は手元の資料を開いて、9月2日の Google の公式発表を読み上げました。Gemini 3.8 Flash は100万トークン当たり入力0.75ドル・出力3.75ドル。ただしこれは2026年12月31日までの導入価格で、2027年1月1日から入力1.50ドル・出力7.50ドルになると公式発表に書かれている。読み上げたのはそこまでです。
W社長は、白板の「月額」の列をしばらく見てから言いました。
「値段にも衣替えの日があるんですね」
この一言で、その日の話が決まりました。私はそれまで契約の見直しは決算のついでにやるものだと案内してきたのですが、値段そのものに終わる日が書いてあるなら、たんすの表に「値段の期限」という欄が要るのは当たり前だと、白板の前で考えを入れ替えました。
値段に期限があるということは、こちらが何もしなくても条件が変わる日がある、ということです。契約を変えていないのに、支払う額が変わる。表に欄がなければ、気づくのは請求書が届いた月になります。
残りの時間で決めたのは3つです。衣替えの日をいつにするか。たんすの表に何の欄を作るか。窓の外で来た発表をどこに置くか。
W社長は繁忙期と決算月と人事異動の時期を挙げて、「この月とこの月なら、私が半日空けられます」と春と秋の日を口に出しました。ここに日付までは書きませんが、決めたという事実のほうが大事です。決めた瞬間に、「それ以外の日は開けない」も同時に決まりました。
そして、同じ日の夕方。
W社長の机には、3枚の紙が置かれています。1枚目は、春と秋の衣替えの日を書いた紙。2枚目は、たんすの表の1枚目で、白板から書き写した5行がそのまま入っています。3枚目は、保留箱の紙。その日の午前に話題に出た発表の名前と公式の日付、自社に関係しそうな点が1行だけ書かれて、箱に入れられました。
社長は、翌日の水曜の朝礼で「次の窓まで驚かない」と社員に伝えると話していました。実際に伝えたかどうかは、この記事を書いている時点ではまだ分かりません。

衣替えの日を先に決める
順番が大事です。たんすを整理してから日を決めるのではなく、日を決めてからたんすを開ける。逆にすると、整理が終わらないうちに次の発表が来て、また最初に戻ります。
決め方は単純で、繁忙期と決算と人事異動を避け、社長が半日を空けられる月を春と秋に1つずつ選ぶ。年に2回です。四半期ごとの4回にしたくなりますが、4回は多い。3か月では、前回替えたものの手応えがまだ出ていません。半年空けると、替えた1着が現場で定着したのか、それとも誰も使っていないのかがはっきりします。
窓の日にやることは、30分で終わる範囲に絞ります。たんすの表を読む。保留箱を開ける。候補を3つまでに絞る。1着だけ替える。これで終わりです。
「1着だけ」に驚かれることがあります。5つ使っているなら5つとも最新にしたい気持ちは分かります。ただ、同時に3つ替えると、うまくいかなかったときにどれが原因か分かりません。替えるのは1着、残りは据え置き。次の窓でまた1着。年2回で2着替われば、1年でたんすの中身は十分に入れ替わります。
必要になったときに見ればいい、という考え方もあります。実際、それで回っている会社もあります。ただ「必要になったとき」は、たいてい誰かが困ったときです。困ってから探すと選ぶ時間が足りず、いちばん名前を聞くものに決まります。季節で開けるのは、困る前に見ておくためです。
社長自身が窓の日の候補を出すための文面を置いておきます。運転中や移動中に、音声入力でそのまま話せる形にしてあります。
あなたは中小企業の社長の相談相手です。これから私が、自社の繁忙期・決算・人事異動の時期を話します。
【ここに話す:業種/従業員数/繁忙期はいつか/決算月/人事異動の時期/社長自身が半日を空けやすい月】
上記をもとに、次の3点を出してください。
1. 春と秋の「入れ替えの窓」の候補日(各1日・第1候補と第2候補)。繁忙期・決算・異動の直後を避けた理由を1行ずつ添える
2. 窓の日にやること(30分で終わる範囲・箇条書き5つまで)
3. 窓の外で新しい発表が来たときの扱い方(社長が社員に言う一言つき・2〜3行)
表は使わず、見出しと箇条書きで簡潔にお願いします。専門用語が出るときは、そのつど10字以内で言い換えを添えてください。たんすの表を1枚にする
日を決めたら、次はたんすの表です。1枚に収める。2枚目を作りたくなったら、それは行が多すぎる合図です。
欄は7つ。用途、今着ている服(サービス名とプラン)、使っている人、月額、最後に見直した日、値段の期限、次の窓で見直すか。
「使っている人」の欄を軽く見ないでください。ここが空欄の行は、たいてい誰も使っていません。導入したことは覚えているのに、使っている人の名前が出てこない。そういう行が1つか2つ混じっているのが普通です。窓の日に真っ先に外す候補は、この行になります。
このうち、中小企業でいちばん抜けているのが「最後に見直した日」と「値段の期限」です。W社の白板で2行が空欄になったのが前者。後者はそもそも欄を持っている会社を、私はあまり見ていません。値段は変わらないものだと思っているからです。実際には、導入価格に終わる日が書かれていることがあり、名前が同じままでも中身の処理が替わることもあります。どちらも、気づくのは請求書が届いたときか、出力の様子が変わったときです。
まず空の表を印刷して、社長の机に置いてください。
# たんすの表(最終更新: 年 月 日)
| 用途 | 今着ている服(サービス名/プラン) | 使っている人 | 月額 | 最後に見直した日 | 値段の期限 | 次の窓で見直すか |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 見積書の下書き | | | | | | はい/いいえ |
| 提案書のたたき台 | | | | | | はい/いいえ |
| メールの返信文 | | | | | | はい/いいえ |
| 議事録の下書き | | | | | | はい/いいえ |
| 調べもの | | | | | | はい/いいえ |
記入の決まり
- 「値段の期限」は、導入価格やキャンペーン価格の終了日が公式に書かれていればその日付。書かれていなければ「記載なし」
- 「最後に見直した日」が空欄の行は、次の窓で必ず見る
- 個人契約のまま会社の仕事に使っている行は、月額の右に「個人」と書く
- 行は5行から始める。増やすのは次の窓の日に行の中身を持っているのは社長ではなく、各部署の担当者です。とはいえ、担当者に空の表を配っても埋まりません。聞き役を1人決めて、その人が5問を持って回ります。次の文面は、その聞き役がそのまま使うためのものです。
あなたは社内のヒアリング担当です。これから各部署の担当者に「いま使っているAI」を聞き取り、1枚の表に整えます。
【ここに貼る:部署名/担当者名/聞き取った回答のメモ】
聞く5問はこれです。
1. どの仕事に使っていますか(1行に1つの仕事)
2. サービス名とプラン名は何ですか
3. 使っているのは誰ですか(人数と部署)
4. 支払いは会社ですか個人ですか。月額はいくらですか
5. 最後に設定や契約を見直したのはいつですか
出力は、次の列を持つマークダウンの表1つだけにしてください。
用途/今着ている服(サービス名・プラン)/使っている人/月額/最後に見直した日/値段の期限/次の窓で見直すか
分からなかった項目は空欄にせず「不明」と書いてください。回答が足りない問があれば、その問だけを追加で聞くための短い依頼文も最後に付けてください。表が埋まったら、窓の日まで開かなくて構いません。開くのは窓の日です。その日に、今着ている服と候補に同じ仕事をさせて比べます。
比べ方に、一つだけ工夫があります。デモ用のきれいな入力ではなく、自社の決まった3つの仕事に、実際の案件をそのまま渡す。そのうえで、AIの利用料と、人が確認・修正にかけた時間の費用を足して、合格した成果物の件数で割る。1件を仕上げるまでにいくらかかったか、という見方です。これは実務上の目安で、検証済みの指標ではない点だけ添えておきます。
あなたは業務改善の担当者です。今日は入れ替えの窓の日です。
【ここに貼る:自社の決まった3つの仕事の名前と、それぞれの入力サンプル(実際の案件を1件ずつ)】
【ここに貼る:今着ている服(サービス名・プラン)/候補(サービス名・プラン)】
この3つの仕事それぞれについて、今着ている服と候補に同じ入力を渡した結果を並べ、次の表で返してください。
| 仕事 | 今着ている服の出力の要点 | 候補の出力の要点 | 人が直した箇所 | 合格/不合格 |
最後に、判断のための1行を付けてください。
※測り方: AIの利用料と、人が確認・修正にかけた時間の費用を足し、合格した成果物の件数で割る(1件を仕上げるまでの費用)。これは実務上の目安であり、検証済みの指標ではない点に留意してください。窓の外で来た発表は、保留箱へ

衣替えを4つの段に分けると迷いません。上から、着ている服(たんすの表)、来た知らせ(保留箱)、試す(窓の日の比較)、替える(1着だけ)。上の2段は毎日動いていて、下の2段は年に2回しか動きません。
保留箱は、窓の外で来た発表の置き場です。紙を1枚書いて、箱に入れて、閉じる。読み返さない。窓の日まで開けない。
ここで大事なのは、捨てないことです。捨てると、現場は「社長は新しいものに興味がない」と受け取ります。箱に入れるのは、見ないという意思表示ではなく、見る日を後ろにずらすという意思表示です。この違いは、社員に一言伝えるだけで伝わります。
保留箱でよくある失敗が2つあります。1つは、箱を画面の中に作ってしまうこと。共有フォルダにすると通知が届き、結局その場で読んで、その場で話し始めます。紙にして物理的に閉じるほうが確実です。もう1つは、社長だけが入れられる箱にすること。現場が見つけた発表こそ入れてほしいので、箱は誰でも入れられる場所に置きます。
窓の日の進め方は、チェックリストにしておくと迷いません。
# 衣替えの日 チェックリスト(春・秋 各30分)
- [ ] たんすの表を開き、5行ぶんを声に出して読み、実態と違う箇所をその場で直した
- [ ] 「最後に見直した日」が空欄の行を洗い出した
- [ ] 「値段の期限」が今日から次の窓までの間に来る行に印を付けた
- [ ] 個人契約のまま会社の仕事に使われている行がないか確かめた
- [ ] 保留箱の紙を全部出し、日付の古い順に並べた
- [ ] 保留箱の紙を「見る/見ない」に分け、見ないものはその場で捨てた
- [ ] 候補は3つまでに絞った(4つ目以降は次の窓へ回した)
- [ ] 自社の決まった3つの仕事に、同じ入力を渡して比べた
- [ ] 入れ替えるのは1着だけに決めた
- [ ] たんすの表の「最後に見直した日」を今日の日付に書き換えた新しい発表が社内で話題になった日には、社長から短く一言出しておきます。黙っていると「聞こえていない」と思われ、慌てて動くと「また変わるのか」と思われます。見ている、いまは変えない、次の窓の日に見る。この3つを伝えます。
あなたは社長のスピーチ原稿を書く担当です。
【ここに貼る:社内で話題になっている発表の名前と、公式発表の日付】
【ここに書く:次の入れ替えの窓の時期(例:秋の窓)】
社長が社員に向けて話す短い一言を3案作ってください。条件は次のとおりです。
- 各案60〜90字。朝礼でそのまま読める話し言葉にする
- 「その発表は見ています」「いまは変えません」「次の窓の日に見ます」の3つを必ず含める
- 新しいものを否定しない。焦らせない。社員からの提案を止めない言い方にする
- 案ごとに、向いている場面を1行添える(例:現場から質問が出た直後 など)保留箱に入れる紙は、これで足ります。
# 保留箱の1枚(1つの発表につき1枚)
発表名:
公式の日付: (記事や人づてで知った日ではなく、公式に出た日)
出どころ: (公式サイト/報道/社内の誰か)
自社に関係しそうな点(1行だけ):
値段の期限: (導入価格やキャンペーンの終了日。記載がなければ「記載なし」)
次の窓で見るか: 見る / 見ない / 保留のまま
書いた人: 書いた日:
この紙を書いたら、箱に入れて閉じる。窓の日まで開けない。紙に「値段の期限」の欄があるのは、窓と窓のあいだに価格改定が来る場合があるからです。期限が次の窓より手前に来ている行があれば、それは窓を待たずに社長へ上げる例外にします。例外は、この1つに限ってください。例外を2つ作ると、いつの間にか5つになります。
会議室を出るまでに変わったこと
火曜の午前10時、この会社にあったのは「今週どのAIが話題か」という情報だけで、「いま何を着ているか」という表はありませんでした。新しい発表が来るたびに営業から「あれ使いませんか」という声が上がり、社長は「検討します」と答え、検討は始まりませんでした。
火曜の夕方、机の上には3枚の紙があります。着ている服が5行の表になり、次に開ける日が2つ決まり、その日まで発表を入れておく箱ができました。
……と書くと大げさですが、変わったのは紙3枚です。仕事のやり方も、使っているAIも、この日は1つも変わっていません。
変わったのは、次に何かが起きたときの反応のしかたです。以前なら、金曜に大きな発表が出れば月曜の朝礼で話題になり、営業が試し、業務部が「うちも変えるんですか」と不安になりました。これからは、紙が1枚増えて箱に入ります。
結果はこれからです。秋の窓で替える1着が当たりかどうかも、春の窓まで分かりません。ただ、火曜の朝に「追いかけるのはやめます」と言ったW社長の机に、同じ日の夕方、3枚の紙が置かれている。その日のうちに起きたのは、そこまでです。
年2回の窓の日は、30分の会にしておくと続きます。進行をそのまま置いておきます。
# 衣替え会 進行(30分・春と秋の年2回)
参加者: 社長/各部署から1名(多くても5名)
持ち物: たんすの表(印刷1枚)/保留箱の紙すべて/前回の記録表
0:00-0:05 たんすの表を読む
行ごとに「用途・今着ている服・使っている人・月額」を声に出す。違う箇所はその場で赤で直す
0:05-0:12 保留箱を開ける
古い順に読み上げ、「見る/見ない」を即決する。迷ったら「見ない」。理由は書かない
0:12-0:20 候補を3つまでに絞る
「見る」に残った発表から3つ。4つ目以降は次の窓へ回す
0:20-0:27 自社の決まった3つの仕事で比べる
同じ入力を渡した結果を並べ、人が直した箇所を数える
0:27-0:30 1着だけ替えることを決めて、記録表に書く
記録表(毎回1行だけ追記する)
| 窓の日 | 替えた1着 | 替えなかった理由(1行) | 次の窓までの宿題 |
驚けなくなった社長へ
「もう驚きにくい」という感想は、経営者として鈍くなった証拠のように語られがちです。私は逆に読みます。1年に1回の出来事なら驚けます。3日で4回なら、驚いている間に次が来ます。驚きという反応が効かなくなったのは、出来事の頻度が上がって、驚きが判断の道具として使えなくなったからです。
道具が効かなくなったら、別の道具に持ち替えます。季節です。
277社の支援を通じて見てきた範囲で言うと、AIの導入でつまずく会社の多くは、技術が分からないからつまずくのではなく、判断する日が決まっていないからつまずきます。日が決まっていないと、判断は「言われたとき」に起きます。言われたときに判断すると、いちばん声の大きい提案が通ります。社長が選んだのではなく、順番が選んだことになります。
季節で動くというのは、遅く動くこととは違います。決めた日には、確実に1着替わります。毎週たんすを開けて何も替えない会社より、年に2回開けて2着替える会社のほうが、1年後には前に出ているはずです。大事なのは動く量ではなく、動く日が決まっているかどうかです。
年に2回、日を決める。たんすを1枚の表にする。その日以外に来たものは箱に入れる。この3つなら、来週から始められます。新しいモデルの名前を1つも覚えないままでも始められます。
次の窓の日まで、驚かなくていい
この記事を書いているのは水曜の朝です。昨日の午前に「追いかけるのはやめます」と言ったW社長は、いまごろ朝礼で社員に話しているか、まだ言いそびれているかのどちらかでしょう。そのあいだにも、どこかの会社が新しい何かを出しているはずです。
余談ですが、私は「衣替え」という言い方が好きです。捨てるでも買うでもなく、入れ替えるという語感がいい。
日が決まっていると、着るものを毎朝考えなくてよくなります。社長の頭は、もっと別のことに使えます。発表の季節は自分では動かせませんが、会社の季節は社長が決められます。
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鈴木章裕
株式会社コミクス 代表取締役