
同じAIなのに、使う場所で仕事の速さが変わる──ブラウザで相談する人と、手元で作業させる人
去年から今年にかけて、私は同じ相談を何十回も受けてきました。「うちもAIを入れたのに、思ったほど速くならないんです」。よく聞いてみると、使っているAIは同じ、契約しているプランも同じ。違っていたのはたった一点でした。どこで使っているかです。ブラウザを開いて相談している会社と、手元のパソコンに作業そのものをさせている会社。その差が、一日の終わりに手元へ残る時間を、まるごと変えていました。

同じAIに、同じことを聞いていたはずだった
私は株式会社コミクスという会社で、経営者の方に生成AIの使い方をマンツーマンで伴走する仕事をしています。社長ご本人の隣に座って、実際の業務を一緒に流しながら「この作業はこう渡すと速いですよ」とやってみせる。そういう仕事です。
その現場で、去年から今年にかけて、まったく同じ光景を何度も見ました。
社長が自分のパソコンでブラウザを立ち上げ、AIの画面を開きます。そこに「見積書の文面を考えて」と打ち込む。数秒で返事が返ってくる。おお、と声が出る。返ってきた文章をマウスで選んでコピーし、いつも使っている見積ソフトの入力欄に貼り付ける。数字を手で直す。取引先の名前を打ち直す。保存する。
ここまでで、だいたい四分から六分。
そして次の見積書に取りかかるとき、社長はまたブラウザに戻って、さっきとほとんど同じ文章を打ち込むのです。「見積書の文面を考えて」。返ってきた文章をまたコピーして、また貼り付けて、また数字を直す。
一日にこれを二十回。

計算してみると、一件五分として百分です。一か月なら三十時間を超えます。導入前と比べれば確かに速くなっている。文章を一から考える時間はゼロになったのですから。でも、社長が期待していたのは「三十時間の短縮」ではなく「見積作成という仕事そのものが手を離れること」でした。そこには届いていない。
同じころ、別の会社では違うことが起きていました。そこの社長は、AIに見積書の文面を聞いていませんでした。過去二年分の見積書のファイルが入ったフォルダをそのままAIに渡して、こう言っていたのです。「この中から、同じ工種の案件を三件探して、今回の条件に合わせて新しい見積書を作って、Excelで出して」。
戻ってきたのは、文章ではなくファイルでした。
この二人は、同じ会社の、同じAIを使っています。契約金額も同じです。それでも、片方は「文章をもらう人」で、もう片方は「ファイルを受け取る人」でした。差がついていたのは能力でも予算でもなく、AIをどの席に座らせていたかという一点だったのです。
なぜ「どこで使うか」で速さが変わるのか
この違いを言葉にするのに、私はずいぶん時間がかかりました。今は、こう説明しています。
AIには大きく分けて二つの席があります。ひとつは相談窓口。ブラウザやスマホのアプリを開いて、質問して、答えをもらう席です。人間が窓口に出向いて、用件を伝えて、回答を持ち帰る。役所や銀行の窓口とまったく同じ構造をしています。
もうひとつは作業台。こちらは、AIが自分の手元にあるファイルやフォルダに直接触れて、開いて、読んで、書き換えて、保存するところまでやる席です。パソコンにインストールして使うタイプのアプリ、表計算ソフトの中で動くもの、ブラウザの操作そのものを代行するもの、そして開発者が使うターミナルの中で動くもの。呼び名はいろいろありますが、共通しているのは「AIの手が、あなたのファイルに届いている」ことです。
窓口と作業台の決定的な違いは、往復があるかどうかです。
窓口では、必ず人間が運び役になります。用件を持っていって、答えを持って帰ってくる。この往復は一回あたり数十秒から数分ですが、回数が増えると効いてきます。しかも運んでいるあいだ、人間は他のことができません。
作業台では、この往復が消えます。ファイルはもうそこにあり、AIは自分で開いて自分で保存する。人間がやるのは「何をしてほしいか」を最初に言うことと、「これでいいか」を最後に見ることだけになります。
往復のコストは、時間だけではありません。運ぶたびに、情報が少しずつ削れます。窓口に用件を伝えるとき、人は無意識に要約するからです。「前の案件と同じ感じで」の「同じ感じ」が何を指すのか、口頭では説明しきれません。結果として、返ってきたものを人間が手直しすることになり、その手直しは次の依頼には引き継がれません。
作業台にはその削れがありません。前の案件のファイルが実物としてそこにあるので、「同じ感じで」が通じてしまう。説明しなくていいことは、説明しないのがいちばん速いのです。
もうひとつ、見落とされがちな違いがあります。文脈が貯まるかどうかです。
窓口型でも、最近は会話の履歴を残せますし、案件ごとに小部屋を作って知識ファイルを置いておくこともできます。ただ、そこに置けるのは「AIに読ませたい資料」であって、「あなたの会社の実物のファイル」ではありません。作業台型は、実物のフォルダそのものが文脈になります。過去の成果物が全部そこにある。だから「去年の◯◯案件と同じ形式で」と言えば通じるのです。
ここまで読んで「では全部を作業台にすればいいのか」と思われたかもしれません。違います。窓口には窓口の強さがある。それを、私は半年かけて遠回りしながら学びました。
測量設計の現場で、私が半年遠回りした話
ここからは、実際にご一緒した会社の話を書きます。個社が特定されないよう、複数の支援先で起きたことを一社のモデルケースとして再構成しています。数字も一例としてお読みください。
地方で測量と設計をやっている会社です。社員は二十八名。社長は五十代で、現場も見れば見積もりも書く、いわゆるプレイングマネージャーでした。相談をいただいたきっかけは、社長の口から出たこの一言でした。
「夜十一時まで会社にいるんですが、その時間にやっているのが全部、書類なんですよ」
測量設計の仕事は、現場に出ている時間より、成果品をまとめている時間のほうが長くなりがちです。現場写真の整理、数値の転記、報告書の体裁合わせ、決められた様式への流し込み。ひとつひとつは難しくないけれど、量がある。そして期限がある。

最初の一か月、私は完全に読み違えました。
社長にブラウザ版の使い方をお教えして、「報告書の書き出しを考えて」「この文章をもっと簡潔に」といった相談の型を三十個ほど作ってお渡ししたのです。社長は真面目な方で、翌週にはそれを全部試してくださっていました。
そして二か月目の面談で、こう言われたのです。
「便利なのは分かりました。でも、これ、私の仕事が減ってないですよね」
その通りでした。文章を考える時間は減っていた。でも、社長の夜十一時は変わっていなかった。なぜなら社長が本当に時間を取られていたのは「文章を考えること」ではなく、「三十七件分の現場写真を、決まった様式に、決まった順番で並べること」だったからです。それは窓口では終わらない仕事でした。
私が渡したのは相談の型で、社長が欲しかったのは作業の肩代わりだった。ここを取り違えていたのが、最初の一か月の正体です。
三か月目に、やり方を変えました。社長のパソコンに、ファイルを直接触れるタイプのAIを入れたのです。
導入の日、社長は乗り気ではありませんでした。「また新しいものを覚えるんですか」と言われたのを、今でも覚えています。二か月かけて相談の型を三十個も練習した直後でしたから、当然の反応です。
なので、その日は説明を一切しませんでした。設定だけ済ませて、こうお願いしたのです。「いつも夕方にやっている作業を、今ここで一件だけ、口で言ってみてください」
最初にやったのは、たった一件の作業でした。現場写真が入ったフォルダを指定して、「この中の写真を撮影日時の順に並べて、様式に貼り付けて、一枚あたりのコメント欄には撮影対象を書いて」と頼む。それだけの、地味な一件です。
十四分後、社長が私に電話をかけてきました。
「鈴木さん、これ、終わってます」
あの電話の声を、私はよく覚えています。喜んでいるというより、少し困惑した声でした。「終わってしまった」ことに、まだ気持ちが追いついていない声です。
その日、社長は残りの三十六件も同じやり方で流したそうです。翌朝いただいた電話では「昨日は八時に帰りました」と言われました。半年ぶりだったそうです。
ただ、二日目には別のことが起きました。写真の並び順が一件だけ想定と違っていて、社長がそれを確認しないまま提出しかけたのです。
任せることと、見ないことは違う。ここで一度つまずいておいたのは、結果としてよかったと思っています。以降、社長は「最後に自分が一分見る」を手順に組み込まれました。
そこからの二か月は速かった。社長は写真整理を任せ、次に数値の転記を任せ、その次に過去案件からの流用を任せました。四か月目には、社員の方が「自分の担当分もやってほしい」と言い出して、事務所のパソコン三台に同じ仕組みが入りました。
変わったのは社長だけではありませんでした。写真整理を担当していた若手の社員さんは、空いた時間で現場に同行するようになり、半年後には測量の補助業務を任されるようになって、本人いわく「事務所でパソコンに向かっていた頃より、この仕事を続けたいと思えるようになった」のだそうで、これは正直なところ、私が最初に想定していた効果のどこにも入っていませんでした。
退屈な作業が人から気力を奪っていたことに、その会社も、伴走していた私も、なくなってみるまで気づいていなかったのです。
ただ、ここで面白いことが起きます。作業台に移してから、社長は窓口を使う回数が増えたのです。
なぜかと聞くと、こう答えられました。「作業が手を離れると、考える時間ができるんですよ。それで、この工法でいいのかとか、来期にどの分野を伸ばすかとか、そういうことを相談するようになった」。
窓口は、考えるための席だったのです。作業台に作業を移して初めて、窓口が本来の役割を取り戻した。これが、私が半年かけて遠回りして辿り着いた結論でした。
余談ですが、この社長は今、現場に行く車の中でスマホの窓口に話しかけて、その日の段取りを整理してから事務所に入るそうです。
「相談窓口」と「作業台」──二つの席の違い
遠回りの結果として、私は自分の中に一枚の地図を持つようになりました。

相談窓口に向いている仕事は三つです。
ひとつめは、考えを整理する仕事。頭の中にあるもやもやを言葉にしてもらう、賛成と反対の両方を並べてもらう、抜けている視点を指摘してもらう。これは往復があってこそ深まる仕事なので、窓口が最適です。
ふたつめは、調べる仕事。知らない用語、他業界のやり方、法改正の概要。持ち帰って自分で判断する前提の情報収集は、窓口で十分です。
みっつめは、書き出しを作る仕事。ゼロから書き始めるのがつらい文章の、最初の三行だけをもらう。これも窓口が速い。
作業台に向いている仕事は四つあります。
ひとつめは、同じ形の書類を何件も作る仕事。見積書、報告書、請求書、日報。形が決まっていて、中身だけ変わるもの。
ふたつめは、手元のファイルを読ませないと始まらない仕事。過去案件を参照する、写真を整理する、複数のExcelを突き合わせる。
みっつめは、手順が長い仕事。五工程も六工程もあって、途中で人間が運び役をやると事故が起きるもの。
よっつめは、繰り返し発生する仕事。毎週、毎月、決まって発生するもの。一度手順を書いておけば、次からは呼び出すだけになります。
この四つに共通しているのは、成果物がファイルであることです。逆に言えば、成果物が「気づき」や「判断材料」で終わるものは窓口でいい。ここが分かれ目になります。
ひとつだけ、判断を間違えやすいものがあります。「資料を作る」仕事です。初めて作る種類の資料は、成果物がファイルなのに窓口の仕事になります。何を載せるか、誰に向けて書くか。それが決まる前にファイルを作らせても、方向違いのものが出てくるだけだからです。最初の一枚は窓口、二枚目から作業台。この順番で覚えてください。
使う場所を決める3つの質問
とはいえ、目の前の仕事がどちらの席かを毎回悩んでいたら本末転倒です。私は経営者の方に、三つの質問で仕分けていただいています。

質問1:終わったとき、手元に何が残っていてほしいか。
ファイルが残っていてほしいなら作業台。頭の整理が残っていてほしいなら窓口です。
質問2:同じことを、今月あと何回やるか。
三回以上なら作業台。一回きりなら窓口で十分です。三回というのは、手順を書き出す手間が回収できる回数の目安として置いています。
質問3:AIに、あなたのファイルを見せる必要があるか。
必要なら作業台。口で説明できる範囲なら窓口です。
三つのうち二つ以上で作業台に振れたら、その仕事は作業台に置いてください。ひとつだけなら、まず窓口で試してから考えれば間に合います。
この三つは、いつもこの順番で聞いてください。逆から聞くと「うちのファイルは見せられない」で止まってしまい、そもそも何が欲しかったのかに戻れなくなります。
この仕分けを、頭の中でやるのはけっこう大変です。なので、仕分けそのものをAIにやってもらう文面を作りました。経営者の方がスマホの音声入力で話しかけて使えるように、話し言葉のまま投げても成立する形にしてあります。移動中の車の中で、その日に気になった作業を放り込む使い方を想定しています。
あなたは、中小企業の業務をAIに任せる設計を専門とするコンサルタントです。
これから私が、自社で今おこなっている作業を口頭で説明します。文章が整っていなくても、そのまま受け取ってください。
【ここに作業の内容を話す・書く】
この作業について、以下の3つの質問にあなたが答えを推定し、最後に結論を出してください。
質問1:この作業が終わったとき、手元に残るべきものはファイルか、判断材料か
質問2:この作業は今月あと何回発生しそうか(回数を推定し、根拠も書く)
質問3:この作業をAIに任せるには、社内のファイルを見せる必要があるか
出力は次の形式で書いてください。
■ 3つの質問への回答(各1〜2行)
■ 結論:この作業は「相談窓口型(ブラウザで質問する)」か「作業台型(手元のファイルを直接扱わせる)」か、どちらか一方を明記
■ 判断の理由(3行以内)
■ 作業台型と判断した場合:任せる前に社内で決めておくべきことを3つ
■ 相談窓口型と判断した場合:質問の精度を上げるために足すべき情報を3つ
専門用語は使わず、社員に説明できる言葉で書いてください。実践プロンプト集:窓口で使う型、作業台で使う型
ここからは、実際に現場で使っていただいている文面を四つ載せます。前半二つが窓口用、後半二つが作業台用です。どちらも、そのままコピーして使えるようにしてあります。
窓口用①:判断の前に、両側を見る
経営会議の前日に、社長ご自身が使う型です。ひとつの案について賛成と反対の両方を出させて、決める前に穴を潰します。設備投資、人の採用、新しい取引先。迷いが残っている案件ほど効きます。
あなたは、意思決定の抜け漏れを指摘する役割の社外取締役です。
私が今、決めかねている案件は次のとおりです。
【ここに検討中の案件を貼る(背景・金額・期限・関係者を含めて)】
この案件について、以下を出してください。賛成側と反対側の分量は必ず同じにしてください。
■ 賛成する理由(5つ・それぞれ2行以内)
■ 反対する理由(5つ・それぞれ2行以内)
■ 私がまだ調べていない可能性が高い論点(3つ)
■ この判断を1か月遅らせた場合に失うもの、得るもの(各2つ)
■ 決めるために、あと何が分かればよいか(1行で)
私の意見に同調しないでください。反対側は、実際に反対する立場の人が言いそうな言葉で書いてください。窓口用②:知らない分野を、社員に説明できる状態にする
新しい分野の仕事を受けるかどうかを検討するとき、社長が三十分で概要を掴むための型です。移動中でも読める長さに制限をかけているのがポイントになります。
あなたは、専門分野を初学者に説明することに長けた解説者です。
私は次の分野について、社員に説明できる程度の理解を今日中に得たいと考えています。
【ここに分野名・関連する自社の状況を貼る】
以下の順番で説明してください。全体で2000字以内に収めてください。
■ この分野を一言で言うと何か(1行)
■ 押さえるべき基本用語(5つ・各1行の平易な言い換え付き)
■ 中小企業がこの分野に入るときによくある失敗(3つ)
■ 自社の状況(上に記載)を踏まえた場合、特に注意すべき点(3つ)
■ 私が次に調べるべきこと(3つ・調べ方も添えて)
比喩を使って構いません。ただし、断定できないことは「ここは確認が必要」と明記してください。作業台用③:同じ形の書類を、過去の実物から作る
ここから作業台です。ファイルを直接扱わせる前提なので、フォルダの場所を指定する行が入ります。書類の種類を差し替えれば、見積書でも報告書でも同じ型で動きます。
あなたは、社内文書の作成を担当する事務のベテランです。
参照するフォルダ:【ここに過去の書類が入っているフォルダの場所を書く】
今回作る書類:【ここに書類の種類を書く(例:見積書/完了報告書/請求書)】
今回の条件:【ここに案件名・数量・金額・納期・宛先などを箇条書きで貼る】
次の手順で進めてください。
1. 参照フォルダの中から、今回の条件に最も近い過去の書類を3件選び、選んだ理由を1行ずつ書く
2. 3件に共通している書式(項目の並び・言い回し・端数処理の仕方)を箇条書きで抽出する
3. 抽出した書式に沿って、今回の書類を作成する
4. 過去3件と比べて今回だけ違っている点があれば、作成後に一覧で報告する
出力形式:【ここに希望の形式を書く(例:Excelファイル/Word文書/このまま文章で)】
金額や数量は、私が提示した条件の値をそのまま使ってください。推測で埋めた箇所があれば、必ず末尾に「推測した箇所」として一覧にしてください。作業台用④:一度やった作業を、次から呼び出せる形に残す
これがいちばん効きます。うまくいった作業を、その場で手順書に変えてしまう型です。次からは、この手順書を渡して「これをやって」と言うだけで済むようになります。社内で人が変わっても品質が落ちない、という副産物もあります。
あなたは、業務手順を標準化する担当者です。
直前におこなった作業を、次回から誰でも同じ品質で再現できる手順書にしてください。
対象の作業:【ここに、今やり終えた作業の名前を書く】
実際に使ったファイル・フォルダ:【ここに場所を書く】
手順書は次の形式で作成し、ファイルとして保存してください。
■ この手順書の目的(2行)
■ 使う前に用意するもの(箇条書き)
■ 手順(番号付き・1手順1行・迷いようのない書き方で)
■ 各手順で失敗しやすい点と、その見分け方
■ 完成したかどうかの確認方法(数えられる基準で書くこと。例:ファイルが何件できているか)
■ この手順書を使ってはいけないケース(2つ)
「適宜」「必要に応じて」という言葉は使わないでください。判断が必要な箇所は、判断の基準そのものを書いてください。四つ並べて気づかれたと思いますが、窓口用は問いの形をしていて、作業台用は手順の形をしています。窓口では良い問いが成果を決め、作業台では良い手順が成果を決める。同じAIでも、席が変われば渡すものが変わるのです。
三か月で変わったのは、時間の置き場所だった
先ほどの測量設計会社が、その後どうなったかを書いておきます。

作業台を使い始めて三か月後、社長の一日はこう変わりました。
以前は、日中は現場と打ち合わせで埋まり、書類仕事は全部が夕方六時以降に押し出されていました。そこから五時間。帰宅は深夜になる日が週の半分を超えていたそうです。
三か月後、書類仕事は日中の隙間に溶けました。現場から戻った十五分、打ち合わせと打ち合わせのあいだの二十分。そこで作業を投げて、戻ってきた成果物を確認する。確認そのものは五分で終わります。夜に残るのは「判断が必要なもの」だけになりました。
社長は今、週に一日、まるまる予定を空けています。その日は事務所に来ない。現場も入れない。何をしているのかと聞いたら、「来期のことを考えている」と答えられました。
数字も出ています。成果品の作成にかかっていた時間は、案件あたりで六割ほど減りました。ただ、社長ご本人が価値を感じているのは削減された時間そのものではなく、空いた時間が何に変わったかのほうにあるようでした。いや、正確に言うと、最初のうちは削減時間を喜んでいたのに、途中から言うことが変わったのです。
三か月目の面談で、こう言われました。
「時間が減ったんじゃなくて、置き場所が変わったんですね。夜にあったものが、昼に来た」
作業台に置いたのは作業であって、時間ではありません。でも作業が動いたことで、時間の置き場所が動いた。この順番は、実際に体験しないと腹に落ちないところだと思います。
経営者へ:席を決めるのは、社長にしかできない
ここまで書いてきて、いちばんお伝えしたいことがあります。
どの仕事をどちらの席に置くかは、経営者にしか決められません。
社員の方は、目の前の仕事を速くすることはできます。でも「この仕事はそもそも人がやらなくていい」と決めるのは、その仕事を減らす権限を持っている人にしかできない判断です。作業台に置くというのは、業務の設計を変えるということですから、これは経営判断そのものになります。
もうひとつ。作業台に置く仕事を選ぶとき、多くの経営者がいちばん難しい仕事から手をつけようとされます。気持ちは分かります。効果が大きそうに見えますから。
でも私がお勧めするのは逆です。いちばん退屈な仕事から置いてください。
理由は二つあります。退屈な仕事は手順が決まっているので、AIが失敗しにくい。そして、退屈な仕事こそ社員の気力を削っているからです。難しい仕事を任せて失敗すると「やっぱり使えない」で終わってしまいますが、退屈な仕事が消えると、その日のうちに全員が効果を実感します。最初の一件は、効果の大きさより成功の確実さで選んでください。
そして、うまくいったら必ず手順書に残す。先ほどの四番目の文面がそのためのものです。残さないと、その成功はその人の中だけで終わります。残せば、会社の資産になります。
最後にひとつ、現場でよく起きることを書いておきます。作業台に仕事を移そうとすると、社内からたいてい「今のやり方で回っているのに、なぜ変えるのか」という声が出ます。これは反対というより、確認の声です。
このとき、効果を数字で説明しても、たいてい伝わりません。伝わるのは、その人自身がいちばん面倒だと思っている作業を一件だけ肩代わりして見せることです。説得ではなく、実物を見せる。順番はいつもこれで、逆にすると長引きます。
私が伴走の初回で「その場で一件終わらせる」ことにこだわっているのも、同じ理由からです。
明日の朝、どちらの席に座りますか
同じAIを使っていて差がつくのは、能力でも予算でもありませんでした。座らせている席の違いです。
相談窓口は、考えるための席。作業台は、仕事が終わるための席。どちらが上ということはなく、両方を使い分けている会社が、いちばん速く進んでいます。

明日の朝、いつもの作業に取りかかる前に、三十秒だけ手を止めてみてください。そして自問してください。「この作業が終わったとき、手元に残るのはファイルか、頭の整理か」と。
ファイルだと答えが出たなら、その作業は作業台に置けます。
一件で構いません。いちばん退屈な一件を選んで、席を変えてみてください。私が伴走してきた経営者の方々は、その一件が終わった日によく似た表情をされます。少し困惑した、けれど確かに前に進んだ顔です。
その顔を、次はあなたがされる番かもしれません。
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毎日AIに相談しているのに、仕事が減らない。──分かれ目は、AIに「作業する場所」を渡したかどうかでした
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鈴木章裕
株式会社コミクス 代表取締役