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トークン数、私の14分の1。──「うまくできない」の正体は、それだけでした

    「うまくできないんですけど」。昨日、1ヶ月前に仕事を任せた部下から、そう相談が来ました。私は詰まった場所を聞くつもりでした。けれどその前に、30日分の使用量を見せてもらいました。二つの画面を並べた瞬間、話は終わりました。トークン数は私の14分の1。メッセージ数は12分の1。セッション数は20分の1。「できない」ではありませんでした。まだ、やっていなかっただけです。そして同じ数字が、そのまま私自身に跳ね返ってきました。


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    「うちの社員はAIを使えない」の中身

    経営者からいただく相談で、この数年いちばん増えたのがこれです。「AIを入れたのに社員が使わない」「うちの人間はAIが苦手で」。研修も入れた、ツールも配った、それでも動かない、と。

    私はそこで、教え方の話や道具選びの話に入る前に、ひとつだけお願いをします。「使用量の記録を見せてください」。すると多くの場合、記録そのものが薄い。薄いというのは、記録の取り方が悪いのではなく、記録すべき動きがほとんど起きていない、という意味です。

    「できない」という一言には、少なくとも三つの中身が混ざっています。

    ひとつ、やり方が分からない。ふたつ、やってみたが思った結果にならない。みっつ、そもそもまだほとんど触っていない。

    この三つは、打ち手がまるで違います。ひとつ目なら教えればいい。ふたつ目なら横に座って一緒に直せばいい。みっつ目には、教えることが何もありません。回数を増やす以外にやることがないからです。

    ところが会議の場で「どうですか」と聞いても、返ってくる言葉はたいてい一種類です。「やってはいるんですが、なかなか」。この一言からは、三つのどれなのかが分かりません。分からないまま次の手を打つので、みっつ目の相手にひとつ目の対策、つまり研修をもう一回入れる、ということが起きます。何度も見てきましたし、私自身が何度もやってきました。

    厄介なのは、本人にも区別がつかないことです。誰も嘘をついていません。みっつ目の状態にいる人も、本気で「うまくできない」と感じています。一度やって詰まれば、体感としては「できなかった」になる。そのまま日が経てば、記憶の中では「やってみたが駄目だった」に変わっていきます。悪意も怠慢もなく、そうなります。

    そしていちばん怖いのは、その一言が周りに保管されることです。「あの人はAIが苦手らしい」という情報として、上司の頭にも本人の頭にも残ってしまう。実際には一度触っただけかもしれないのに、人物の特性として登録されてしまいます。一度登録されると、次の機会が回ってきません。

    それでも使用量の話が出てこないのは、見る習慣がないからだと思います。売上も原価も在庫も、経営者は毎月数字で見ています。ところが「新しい道具がどれだけ使われたか」だけは、感想で見ている。契約したライセンスの本数は把握していても、実際に何回開かれたかは誰も見ていません。

    そして、この三つの区別は、話し合いでは決まりません。本人の内省でも決まりません。量を横に置いて、初めて確定します。測ってみると、相談の言葉とは別の事実が出てくることが、私の経験ではかなり多い。言葉の解像度を上げるのは、励ましでも説明でもなく、数字のほうでした。


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    二つの画面を並べた夜

    1ヶ月前のことです。私はClaude Codeで、自社の経営ダッシュボードを作っていました。会社の数字が一つの画面に集まるようにしたもので、作ってみたら思っていた以上に日々の判断が速くなりました。これは自分ひとりで持っていても仕方がない、社内に広げたい、と思いました。

    それで、部下のひとりに任せました。

    「Claude Codeで経営ダッシュボードを構築してみて。私の見本を見せるから、あなたもやってみたら」

    このとき私は、なかなかいい渡し方をしたつもりでいました。完成品を見せた。作れるということを、口ではなく現物で証明した。環境も渡した。手順も説明した。ここまでやれば、あとは本人が同じ道を歩くだけだろう、と考えていたのです。

    そこから1ヶ月、私は進捗を聞きませんでした。急かせば手が止まるとも思いましたし、任せた以上は待つのが筋だとも思っていました。今から振り返ると、この「待つのが筋」も、体裁のいい放置だったかもしれません。待っていたのではなく、見ていなかっただけです。

    昨日、相談が来ました。「うまくできないんですけど」。

    最初に頭に浮かんだのは「どこで詰まった?」でした。エラーの話を聞いて、書き方の話をして、私が横で一緒に直せばいい。そう考えかけました。

    ところが、実際に口から出たのは別の質問でした。

    「30日分の使用量を見せてもらえる?」

    なぜそう聞いたのか、自分でもはっきりした理由はありません。強いて言葉にすれば、詰まった場所を聞く前に、詰まるまでにどれだけ歩いたのかを知りたかった。それだけです。

    出てきた画面を、私の画面と並べました。セッション数。メッセージ数。トークン数。並べるのに10秒もかかりませんでした。

    トークン数は、私の14分の1でした。メッセージ数は12分の1。セッション数は20分の1。

    この数字を見た瞬間に、話は終わりました。

    正確に言えば、これから始めるはずだった話が、始まる前に終わりました。私はエラーの中身を聞く準備をしていました。設定の話や書き方の話をするつもりで、頭の中に説明の順番まで用意していた。その準備が全部いらなくなりました。二つの画面が並んでいる数秒のあいだ、私も本人も、何も言いませんでした。

    20分の1というのは、こういうことです。私が30日で20回入っている場所に、本人は1回入った。1回入って、詰まって、そこで1ヶ月が止まっていた。トークン数が14分の1というのは、その1回すらも短かったということです。入って、少し触って、出た。

    私はどうかというと、私も詰まります。毎日詰まっています。同じことを三度書き直すこともあるし、丸一日進まない日もある。ただ、1日に何度も入っているので、詰まりが数時間で溶けます。夕方どうにもならなかったものが、翌朝もう一度開くと、違う形に見える。そういうことが週に何度も起きます。

    同じ壁に、私は20回ぶつかっていました。本人は1回ぶつかって、そのまま1ヶ月置いていました。壁の高さは同じです。違ったのは、ぶつかった回数だけでした。

    ですから、私が言ったのは一言だけです。

    「Claude Codeにたくさん入って、使い倒さないと何も始まらない。これが基本」

    なお、この三つの数字をどう見るか、どう測るかについては、また別の機会に詳しく書きます。今日書きたいのは、数字が出た瞬間に何が起きたか、その一点です。


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    起きたことは、言葉の書き換えでした。

    相談を受けた時点で、「うまくできない」は能力の告白に聞こえていました。本人もそのつもりで言っていたと思います。ところが14分の1という数字を横に置いた瞬間、同じ言葉が「まだやっていない」に変わりました。同じ人が、同じ一言を言っているのに、意味だけが入れ替わったのです。

    言葉というのは、それ単体では中身が決まらないのだと思いました。「できない」も「難しい」も「合わない」も、量という物差しを当てて初めて、どの意味で言っているのかが確定する。当てないまま議論すると、能力の話にも相性の話にもなってしまいます。

    私自身も、まったく同じことをやったことがあります。あるツールについて、私はずっと「あれは自分の仕事には合わない」と言っていました。人にもそう説明していました。あるとき履歴を見返したら、触ったのは導入した週の2回だけでした。合わないと判断していたのではなく、2回で結論を出していただけです。しかも自分では、ちゃんと検討したつもりでいました。ですから昨日、数字を見たときに責める気持ちが起きなかったのは、私が寛容だったからではありません。同じ穴に落ちたことがあるからです。


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    ここからが、私にとってきつい部分です。

    その夜、画面を閉じてから、跳ね返ってきたものがありました。

    私は「見本を見せる」と言って、完成したダッシュボードを見せていました。あれは結果です。結果は、見ても真似のしようがありません。どんなに丁寧に説明しても、完成品からは、そこに至るまでの回数が消えています。

    本人が本当に見る必要があったのは、私がそれを作るまでに1日に何回開いて、何回失敗して、どれだけ長く画面の前に座っていたか、という量のほうでした。

    打席で打てない選手に、フォームの説教をする前に、素振りの回数を数える。書いてしまえば当たり前のことですが、私はそれをやっていませんでした。それどころか、うまく当たった一本の映像だけを見せて「こう打つんだよ」と言っていた。渡していたのは、素振りではなくハイライトでした。

    もう一つ、自分に問い直したことがあります。私はなぜ、1ヶ月間ひとことも聞かなかったのか。任せた以上は待つ、というのは半分本当ですが、もう半分は、聞き方を持っていなかったからです。「進んでる?」と聞けば「はい、やってます」と返ってくる。その先が続きません。使用量を見せてもらうという聞き方を、私は昨日まで思いついていませんでした。1ヶ月止まっていたのは、本人の手だけではなかったということです。

    見本という言葉の意味が、その夜に変わりました。見本とは成果物ではなく、量だったのです。

    素振りの数を、社長から積む

    ここから先は、部下をどう動かすかの話ではありません。社長本人が量を積むための仕掛けと、その量を隠さずに見せる方法です。順番はこの順でしか進まないというのが、昨日の私の結論でした。


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    バッティングフォームの議論は、素振りの数がそろってからで間に合います。「うまく打てない」の大半は、フォーム以前に振っていない。逆に言えば、フォームの助言は、振っている人にしか効きません。振っていない人にフォームを教えると、話が丁寧であるほど「難しそうだ」という感想だけが残ります。

    そして、なぜ社長が先なのか。社員に量を求めても、その量は業務時間の中から出てくるしかありません。業務時間の使い方を決めているのは社長です。社長自身がその時間を1分も使っていない状態で「使ってみて」と言えば、社員から見れば「余った時間でやれ」と同じ意味に聞こえます。余った時間は、中小企業にはありません。ここを社長が先に自分の予定表で解いてしまうのが、いちばん短い道でした。

    1. 朝、時間ではなく「きっかけ」を出す

    社長の予定表に「AIを触る時間」を30分入れても、その30分は真っ先に潰れます。私も何度か試して、全部潰しました。時間を確保するのではなく、すでにある予定に触る場所をくっつけるほうが残ります。移動中に音声入力で投げれば、机に着く前に終わります。

    あなたは、経営者のAI活用を横で支える伴走役です。
    私(中小企業の経営者)が今日の予定をそのまま話します。その中から「今日AIに触れる機会」を3つだけ挙げてください。
    
    【ここに今日の予定を話したまま貼る(音声入力のまま、順不同で構いません)】
    
    条件:
    ・所要5分以内で終わるものだけにしてください。小さいものほど良い提案とします。
    ・すでに予定に入っている用事の「ついで」にできるものを優先してください。
    ・新しいツールの導入や設定が必要なものは除いてください。
    
    出力は次の3行だけにしてください。
    1) 何を(1行) / いつ(どの予定のついでか) / かける時間
    2) 同上
    3) 同上
    
    私の使い方の評価、他社との比較、やる気に関するコメントは書かないでください。
    どれをやるかは私が選びます。おすすめの順位づけも不要です。

    2. 会議と会議の間の5分を、使い倒す枠にする

    これまで捨てていた時間です。5分では何もできないと思っていましたが、5分で終わるものだけを出させると、意外と残ります。大事なのは、続きが翌日に持ち越さないものだけに絞ることです。持ち越すと、次に開くのが億劫になります。

    あなたは、すきま時間の使い方を設計する助手です。
    私(経営者)が「空いた時間の長さ」と「直前に何をしていたか」を伝えます。その時間内に始めて終わる小タスクを3つ提案してください。
    
    【空き時間:◯分】
    【直前の予定:ここに書く(例:来客対応、原価の打ち合わせ)】
    
    条件:
    ・指定した分数の8割以内で終わる想定にしてください。
    ・直前の予定の内容をそのまま材料に使えるものを、1つは入れてください。
    ・資料の下書き・調べもの・文面づくり・整理のいずれかに絞ってください。
    ・準備や設定が必要なもの、続きが翌日に持ち越すものは除いてください。
    
    出力:
    ・タスク名(15字以内)/想定◯分/私が最初に打ち込む1行(そのまま貼れる形で)
    これを3つ。前置きと結びの文章は不要です。実行するかどうかは私が決めます。

    3. 量の背中を、週に1回だけ見せる

    ここが本題です。社長が使っていることは、黙っていれば社内の誰にも伝わりません。かといって成果だけを見せると「社長はすごい」で終わり、距離が開くだけです。私が1ヶ月前にやったのが、まさにこれでした。伝えるべきは回数と、失敗の中身のほうでした。

    失敗を先に出す、というのが効きます。社員がいちばん怖いのは、うまくできないところを見られることです。社長が先に間抜けなところを見せてしまえば、その怖さが一段下がります。週に1回、数行のメモで足ります。長く書くと、書くこと自体が負担になって続きません。

    あなたは、社内向けの短い共有メモを書く担当者です。
    私(経営者)の今週のAI活用を、社員が読む1枚メモに整えてください。
    
    【今週やったこと:ここに箇条書きで貼る(うまくいかなかったことも書きます)】
    
    構成:
    1. 今週やったこと(3つまで・各1行)
    2. かかった時間(それぞれ実際の分数)
    3. うまくいかなかったこと(必ず1つ入れる。どう間抜けだったかまで書く)
    4. 来週やってみること(1つだけ)
    
    トーンの条件:
    ・自慢に読めたら書き直してください。すごさではなく、回数と手間の少なさが伝わる書き方にします。
    ・社員に何かを促す言葉(ぜひ・皆さんも・活用しましょう)は使わないでください。
    ・成果や効果の数字は、実際に測ったものだけを書き、なければ書かないでください。
    ・全体で400字以内。です・ます調。

    4. 渡すのは完成品ではなく「1日1回メニュー」

    私が1ヶ月前に渡すべきだったものです。完成したダッシュボードではなく、1日1回で終わる小さい用途を30個。押しつけにならないよう、報告の仕組みは作りません。報告を求めた瞬間に、これは業務命令になり、量ではなく提出物の話に変わってしまいます。

    あなたは、社内のAI活用の立ち上げを手伝う設計役です。
    これから業務を任せる担当者へ渡す「最初の30日・1日1回メニュー」のたたき台を作ってください。
    
    【業種:ここに書く】【部署:ここに書く】【担当者がふだん使っている道具:ここに書く】
    
    条件:
    ・1日1つ、合計30個。1つあたり10分以内で終わるものだけにしてください。小ささを最優先します。
    ・前半15日は「今すでにやっている作業を、そのまま一度だけAIに渡してみる」内容にしてください。
    ・後半15日で少しずつ範囲を広げますが、成果物の完成を目標に置かないでください。
    ・「慣れましょう」「習慣化しましょう」などの励ましは入れないでください。
    ・できたかどうかを報告させる仕組みは作らないでください。
    
    出力:
    | 日 | やること(20字以内) | 想定分数 |
    の表だけ。前置きと補足は不要です。

    5. 週に1回、自分のログから「まだ試していない使い方」を拾う

    量が増えてくると、今度は同じ使い方ばかりになります。私も気づけば、文章の下書きと調べものに偏っていました。自分の質問ログを貼って、そこに出てきていない使い方を挙げてもらうと、偏りが見えます。ここで採点をさせないことが肝心です。点数がつくと、翌週から見栄えのいい質問を打ち始めてしまいます。

    あなたは、私のAIの使い方の幅を広げる相談相手です。
    私(経営者)が今週AIに投げた質問の一覧を貼ります。この中に「出てきていない使い方」を3つ挙げてください。
    
    【今週の質問ログ:ここに貼る(そのままのコピーで構いません)】
    
    条件:
    ・私がすでにやっている使い方の言い換えは除いてください。
    ・3つのうち少なくとも1つは、所要5分以内で試せるものにしてください。
    ・新しい契約や導入が必要なものは除いてください。
    
    出力:
    ・使い方の名前(15字以内)/なぜ今の私の一覧に無いのか(1行)/最初に打ち込む1行
    
    禁止事項:
    ・私の使い方の採点、点数化、レベル分けはしないでください。
    ・他の人や他社との比較はしないでください。
    ・使用量の多い少ないについての感想も書かないでください。

    五つ並べましたが、共通しているのは、どれも「時間を作らない」ことです。新しく30分を空けるのではなく、すでにある予定にくっつける。そして、どれも報告を求めません。報告を求めた瞬間に、社長の側も「やった証拠」を作りにいく動きが混ざります。量は、見せるために積むと嘘が入ります。

    金物・建築資材の卸をされている、従業員31名のH社長という方がいます。50代です。ここから先は、複数の支援先で見てきた光景を、1社のモデルケースとして再構成しています。

    H社長の最初の相談も「うちの社員はAIを使わない」でした。研修は1回入れた。ツールも全員分を契約した。半年経って、使っているのは若手が2人だけ。

    私が聞いたのは一つだけです。「社長ご自身は、先月何回お使いになりましたか」。少し考えて、「うーん、3回くらいかな」という答えでした。

    そこからH社長は、社員には何も言わず、自分の分だけを変えました。朝の10分で見積の添え状の下書き。会議前の5分で議題の整理。そして週に1回、社内のチャットに「今週やったこと」を数行だけ流す。うまくいかなかったことを必ず1つ入れる。

    最初の2ヶ月は、社内から何の反応もなかったそうです。メモを流しても誰も触れない。ここでやめる社長が多い、と私は思っています。H社長が続けられたのは、社員のためではなく自分の仕事が実際に軽くなっていたからでした。反応がなくても損はしない、という状態を先に作れたのが大きかったのだと思います。

    半年ほどで、社内の空気が変わってきたそうです。最初に手を出したのは若手ではなく、いちばん年上の経理の方だったと聞きました。理由を尋ねたら、「社長があんな聞き方をして変な答えをもらっているなら、自分がやっても怒られない」ということだったそうです。あくまで一例ですし、業種も人数も違えば同じようには進みません。それでも、変わり始めた場所が「社員の側」ではなかったのは共通していました。


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    私が渡すものが、昨日から変わりました

    先に正直なところを書きます。昨日の話なので、部下の側の結果はまだ出ていません。1週間後にもう一度、数字だけ並べて見よう、と約束しただけです。うまくいったという報告は、今日はできません。

    変わったのは、私が渡すもののほうです。

    これまで私が渡していたのは、完成したダッシュボードと、手順の説明と、環境でした。言い方まで丁寧にしたつもりでした。「私の見本を見せるから、あなたもやってみたら」。この一文には、量が一文字も入っていません。

    これから渡すのは、私が今週その画面を何回開いたか、どこで詰まったか、どう抜けたか、失敗したやり取りをそのまま含めた記録です。うまくいった手順書ではなく、素振りの記録のほうを渡す、ということになります。そして最初の30日は、完成を目標にせず、1日1回で終わる小さい用途だけを渡します。

    渡す順番も変えました。最初に見せるのは、うまくできた画面ではなく、私がしくじったやり取りのほうです。完成品から先に見せると、そこまでの距離の遠さだけが伝わってしまう。しくじりから見せれば、少なくとも「その程度のところから始まるのか」は伝わります。

    つまり、渡すものが「結果」から「量」に変わりました。これで初速が変わるかどうかは、これから見ます。断言できるのは、これまでのやり方では変わらなかった、という一点だけです。

    H社長の会社で変わったのも、社員の側ではありませんでした。変わったのは社長の予定表と、週に1回の数行のメモです。順番としては、それが先だったということだと思います。

    もう一つ、私の中で降りたものがあります。任せたのに進まないと、どうしても相手の姿勢を疑う気持ちが出てきます。やる気があるのか、興味がないのか、と。昨日その疑いは消えました。消えたというより、疑う対象が自分に移った、というほうが正確です。気持ちの問題として抱えていたものが、渡し方という直せる話に変わったので、こちらのほうがずっと扱いやすくなりました。

    経営者へ——天井は、あなたのログです

    社員のAI活用が進まない、と嘆く前に、ご自身の使用量を見ていただきたいのです。

    経営者自身が使い倒していない会社で、社員だけが使い倒すことは、まず起きません。理由は単純で、社長が使っていない道具は、社内では「使わなくてもいいもの」に自動的に分類されるからです。誰も宣言しません。ただ、そう分類されます。

    その意味で、社長の使用量は、そのまま会社の天井になります。天井の高さは、朝礼の言葉でも研修の回数でもなく、ログのほうが決めています。号令は天井を上げません。上げるのは、社長が今月その画面を何回開いたかという事実だけです。

    そして、この天井は知識の量では決まりません。詳しいかどうかではなく、触っている回数で決まります。私は導入の支援を仕事にしていますが、それでも昨日、自分の渡し方の間違いに気づかされました。詳しさが足りなかったのではなく、渡すものを間違えていた。詳しい社長ほど、完成品を見せて満足してしまう危険があるのだと思います。

    素振りをしない監督のチームで、選手だけが黙々と振り込んでいる、という光景を私は見たことがありません。振れと言うより、自分が振っている音を聞かせるほうが早い。しかも音を聞かせるのに、許可も予算もいりません。

    一つだけ、やってはいけないことがあります。使用量を人事評価や査定に結びつけないでください。数字は人を測るために使うものではなく、言葉の意味を確かめるために使うものです。評価に紐づいた瞬間、数字は演技になり、二度と本当のことを教えてくれなくなります。測るのは、まずご自身の分だけで十分です。

    そしてもう一つ。「うまくできない」と言ってきた相手を、責めないでください。私も責めませんでした。責める話ではなかったからです。あれは、渡し方の話でした。

    おわりに——隣に座って、同じ画面を見る

    昨日、私が学んだことは一つです。見本とは、完成品ではなく量だった。

    1ヶ月かけて、私は自分の側の宿題を一つ見つけました。部下の側に問題があると思って始まった相談が、終わってみれば自分の渡し方の話になっていた。こういうことが、経営では時々起きます。相手の能力の話に見えたものが、測ってみると自分の設計の話だった、ということが。

    これから私は、画面を見せるとき、隣に座って同じ画面を見ようと思っています。完成したものを、向かい側から見せるのではなく。


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    そして最初に見せるのは、うまくいっている画面ではなく、詰まっている画面のほうにします。私の30日には、そちらのほうがずっと多く残っているからです。

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    鈴木章裕

    株式会社コミクス 代表取締役

     
     
     
    AI活用のご相談→ https://www.comix.co.jp/contact/ 株式会社コミクス代表取締役。生成AI活用支援実績304社(2026年9月末現在)。営業・資料作成の効率化、AIエージェント導入を支援。何から始めるか迷っている段階でもご相談ください。

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